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たとえばこんなディストピア  作者: おきをたしかに
*キスから始まる異世界転生*
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真実への階段

「五十嵐夏生」

 抑揚のない声にフルネームで呼ばれ、全身に緊張が走る。

「お前はフェアビューランドの存続を望むのか」

「……当たり前だろ」

 睨みつけながら俺は即答した。

「ではお前にもルシフェルと同じ能力(ちから)を授けよう。お前の世界とフェアビューランドを自由に行き来する能力(ちから)、姿を可視化、不可視化する能力(ちから)、他人に暗示をかけ意のままに操る能力(ちから)を」

 相手の意図がわからず、俺はまたケンカ腰に言い放つ。

「それで俺に何をしろって言うんだ」

「元に戻すのだ。フェアビューランドのどこかに住人達の元の肉体がある筈だ。肉体と魂を結び付け、元の世界に彼らを戻す」

「それが、均衡を保つことに……?」

「そうだ。元に戻せばあの世界の存続は認めよう。お前の肉体的な死の後は向こうで勝手気ままに暮らすがいい」

「美夕は?美夕も連れてっていいんだろ!?」

「……まずは見るがいい。お前の世界で何が起こっているか。そしてフェアビューランドであのルシフェルが何をやっているのかも。その目で確かめるといい」

「確かめてどうすんだよ。俺は美夕と……」

「確かめた上で、どうするかはお前が決めろ」

「え……」

「とにかく行け。もうあまり時間がない。笠原美夕の命はあと僅かだ。あの娘が肉体的な終焉を迎えれば、ルシフェルもフェアビューランドも私が手を下さずとも消滅し、あの世界に転移した者達の魂は永遠に転生することが出来なくなる」

 話しながら彼は俺の胸に手を当てた。

「な、何すん…………!!」

 触れられた場所から瞬時に全身を何かが駆け巡った。

「これは……!?」

能力(ちから)は授けた。行け、五十嵐夏生」

「ちょ、ちょっと待った!」

「何だ」

「あんたのこと、何て呼べばいいんだ?」

 男が表情を変えた。

「……では、ソールと」

 数秒、逡巡してから男は名乗った。

「ソールね。なんだ、発音出来るじゃないか。じゃあ俺行くわ。フェアビューランドは俺が守る!」

 そう言って俺は心の中で「フェアビューランド」と唱えた。

 途端に例の無重力感と強烈なGが俺を翻弄する。

 その中で俺は考えていた。

 自分はこれから何をしようとしているんだろう?

 あの世界を守りたい。それは本心だ。

 でも……フェアビューランド存続は美夕の為なのか?自分の為なのか?それとも……?

 ソールは自分の目で確かめ、そして決めろと言った。

 もし、これから目にするものが俺の意に沿わないものだったら?

 答えを出すことは出来なかった。


 フェアビューランドの草原に降り立つと、眼下に見える街が大きくなっているように感じた。

 住人達は自分達の楽園を築く為に日夜汗を流している。

 元の肉体に、元の世界に戻されると知ったら……彼らはどうするだろうか。

 ――――ダメだ。今は考えるな。

 俺は出来るだけ誰の目にも付かないように街を通り抜け、ルシフェルの城へと向かった。

 まずはルシフェルと話をしなければ。

 彼女の様子は明らかに普通じゃなかったし、何か隠し事をしているようだった。

 だけど、俺とルシフェルの仲だ。きっと打ち明けてくれる。


◇◆◇


 城の扉を開けて彼女を呼んでも反応はなかった。

 城の大部分はまだ未完成でそんなに広くないし、どこにいても声は聞こえる筈なんだが……。

「ん?」

 歩き回ってみつけたのは見覚えのない小さな扉だった。石造りの壁の突き当たりに木製の扉。

 前に来た時は見過ごしていたのだろうか。

 ギイイ……。施錠はされておらず、扉は押すと簡単に開いた。

「……地下?」

 扉の向こうは暗闇だったがこちら側の光が差し込み、下へと続く階段が見えた。

 ゴクリ、無意識に喉が鳴る。

 俺は壁の燭台から蝋燭(ろうそく)を一本拝借した。

 降りては行けない気がする。

 理由はわからない。

 それは直感だった。

 この先には何かある。

 それでも行かなければ、この世界は終わりを迎えるかもしれない。

 冷や汗なのか脂汗なのか……嫌な感触を拭いながら俺は地下への一歩を踏み出した。

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