最低な行いー1
「あと八十三人だよ、ナツキ」
ソフトクリームを食べ歩きしながら、ルシフェルが言った。
百人転生させたら、ルシフェルが創った別世界に転生して新しい人生を手に入れられる。
学校でのイジメを苦に自殺まで考えていた俺は、ルシフェルとのこの契約に飛びついた。
だが、今になって転生の決意が揺らいでいた。
俺のことなんか顧みなかった両親が、遠く離れた九州の地で家族として再スタートすると聞いて。
母の実家がある佐賀県での新生活……インターネットで検索したら、良さそうな所だった。
別人にならなくても、こっちでの人生に終止符を打たなくても、やり直すことが出来るんじゃないかって……そう思えた。
「もー、ナツキったら、また聞いてない!」
プウと頬を膨らませ、ルシフェルが俺の脇腹をつねる。
どうしよう、こいつに何て言えばいい?
優柔不断だと怒るかな。昔から俺は女の子だけでなく家族や友人からもこの性格についてよく文句を言われてきた。
優柔不断、飽きっぽい、すぐ人に影響される――――あと、キレやすいとか。
だけど生まれ持った性格なんだ。仕方ない。俺は自分の短所だと言われるこの性格を直すつもりは全くなかった。
しかし……誰かに嫌な思いをさせるのが平気ってわけじゃない。
フェアビューランドに国を築く為に、俺はルシフェルから必要とさせているし、俺も彼女のことを気に入っている。出来れば傷付けたりせずに円満に事を運びたい。
どうしたものか……。
考えあぐねていたその時、俺は複数の視線を感じた。
見られてる……?
「……!」
繁華街の雑踏の中、ぐるりと周囲を見渡してから気付いた。
俺を見ているのはクラスの奴らだった。
俺をクズ扱いした、笑い者にした、見て見ぬふりをした連中。
それと、もう一人――――美絵子が見ている。
ちょっと前まで、俺は同じクラスの女子と付き合っていた。
彼女とは交際期間半年程度で別れた。理由は……たしか、俺は美絵子のことを本気で好きじゃないんだとかイチャモン付けられてわんわん泣かれてめんどくさくなって。
今思えば、彼女と別れてしばらく経ってから、何かがおかしくなっていったような気がする。
学校での無視から始まり、SNSでも無視されるようになった。
最初は自分に何か原因があるのか考えたりもしたが、思い当たらないのでしばらく様子見をしようと思っていた。
教科書やノートへの心ない落書き、持ち物の紛失……鞄の中に昆虫の死骸を大量に入れられた時はさすがに参った。それでも、極力笑ってそれまでつるんでいた奴らに話しかけていた。
無視され軽蔑の目で見られても、俺はへらへらと笑い続けた。自分がイジメに遭っている事実を否定したくて。何にも気付いてないふりをしたんだ。
そんな日々が二週間程続いた週明けの月曜日の朝、俺の机に菊の花が活けられた花瓶が置いてあった。
ああ……俺、死ねって言われてるのか。
死んでしまえと思う程、皆俺のこと嫌いになったのか。
顔を上げた時、目が合ったのは美絵子だった。
その時既に別の奴と付き合ってた彼女は同情するような目で俺を見て、顔を背けた。
それからは、思い出したくもないようなことの連続だった。
休み時間になると男子はよってたかって俺を殴った。新しい玩具に夢中な子供のように、楽しそうな顔をして。
暴力を振るわない奴は面白がって動画を撮ったり、床に這いつくばる俺を見て笑っていた。
その他の連中はそれを見て笑うか、見て見ぬふりをしていた。
本格的にイジメが始まる前、少しイイ感じになっていた女子の前で丸裸にされた上に顔を便器に突っ込まれ、汚水を飲まされた時は本当にもう、死んだ方がマシだと思った。
だってそいつ笑ったんだ。
アタシ、夏生君のこと好きかも~とかほざいた口を大きく開けて、汚水と涙で濡れネズミの俺を見て。
「きったなーい」
そう言ってケラケラ笑ったんだ。
……糞が。
あいつら全員殺してからでないと死ねないな。
「イテッ」
ふいに走った痛みに、思考が現実に引き戻される。俺の脇腹をルシフェルがまたつねったのだ。
「痛えな、何だよ」
「どうしたの?ナツキ」
「は?」
「なんだかすごく悲しそうだから」
「……そ、そうかな」
てっきり“怖い顔“と言われると思っていた俺は拍子抜けしてしまった。
悲しそうに……見えたのかな。
心配そうに俺を見上げるルシフェルを見て、俺の頭にある計画が浮かんだ。




