夢の世界-4
俺にはルシフェルが怒る理由がわからなかった。
新しい自分になる為には、今の自分は邪魔だ。
記憶はきっと新しい俺を臆病で卑屈な……今の俺と同じ者にしてしまう。
だから転生後には今の俺の記憶は消してくれと頼んだ。それだけだ。
なのに彼女はダメだと言う。
「ダメよ。ナツキはナツキでいなきゃダメ」
「どうしてだよ」
「ダメったらダメ!!」
声を張り上げ珍しく反抗してきたルシフェルにチッと舌打ちしすると、彼女はビクリと身を震わせた。
よく覚えてないけど、また喧嘩か?という時、邪魔が入った。
草をかき分け、俺達の前に現れたのはピョコンと大きな獣の耳を持つ幼い女の子だった。
「あのっ、お取り込み中のところ大変申し訳ありません!私、どうしても一言お礼が言いたくって!!」
ピアノの発表会にでも出るようなフリフリのドレスを着た可愛いその子は、知りたくもない事実を教えてくれた。
「私、こないだ転生させていただいた者です!ホラ、二丁目の公園の木陰であなたとキスを……」
「えええええ!!お、おま…っ、あの、公園のあいつ!?」
キャッと両手で顔を隠して照れてみせるそいつは、俺がネットに書き込んだ文言を見て連絡してきた男だった。
反応ないなと思っていた矢先『死にたいです、死なせてください。でも痛いのはカンベン』とメールを送ってきた奴だ。
公園に呼び出すと、現れたのは色褪せたスウエットの上下にゴム草履、眼鏡をかけた中年の小太りな男。何日も風呂に入っていないようで、髪はベッタリとしていて臭いも酷かった。歯を磨いてきた可能性はゼロと推測された……。
ルシフェルから選り好みせずにやれと気圧され、泣く泣くそいつと夕暮れの公園の木陰でキスしたんだよな、トホホ。
転生したら何になりたいか尋ねると、男は何やらぶつぶつ言い始めて……ちょっと、いや、かなり気持ち悪かったので適当に聞き流し、本人の望む姿になれと念じてキスをした。
やはり歯は磨いてなかったようだ……消したい思い出のひとつなんだが。
その男が転生した姿が、まさか獣耳のロリッ娘だったとは。
「ありがとうございます、ホントに!ホントに!」
キャピキャピとはしゃいでいるが……元がアレだと思うと、萌えとか感じないんですけど……おげー。
でも、いいなあ。うらやましい。前世よりもずっとずっと幸せそうじゃないか。
「幸せなら……それでいいんです」
俯きながら小さく言うと、元不潔なメタボのオッサンである獣耳娘はそっと俺の手を握り、言った。
「あなたも早く解放されますように……」
「え?」
「キスの時に、私の人生に触れたでしょう?私にとっても同じことが起こったんです。あなたは学校で……」
そこで一度言葉を切ると、そいつはごめんなさいと謝った。
「触れられたくないですよね……本当にごめんなさい。でも、転生すればきっと変われますよ」
「あなたは……今、幸せですか?前世の記憶が残っていても……?」
「はい、とっても!」
くったくのない笑顔はもう、死にたいと願っていたあの男のものではなかった。