夢の世界-3
街としてはまだまだ小規模だったが、ルシフェルの城から馬車で五分程の場所にひとつの集落が出来ていた。
木造や煉瓦造りの建物がちらほら建ち並び、人間や獣人らしき連中もまだまばらではあるが、そこそこの人数がそれぞれの仕事に精を出していた。
「ここが街の中央広場。ここに噴水を造りたいのよね」
ルシフェルは観光ガイドのようにあちこち指差しながら案内してくれた。
行く先々でルシフェルを見た者達が挨拶する。
「姫様、戻ってらしたんですね」
近寄ってきたのは犬か猫か、それとも狐か……モフモフした動物の耳が頭に付いている若い女。
「見てください、姫様。だいぶ店らしくなったでしょう?看板はヘルマンが書いてくれたんですよ」
次は皮膚が緑色をしたガタイのいい男と人間と思われる女。
「マーガレットのパンと焼き菓子のお店は明後日オープンです。是非、いらしてくださいね」
「ここは平和で本当に住みやすい。全て姫様のおかげです」
皆、口々にルシフェルを讃え、姫様と呼んでいた。
本当にここを創ったのか……この女の子が。
イマイチ信憑性に欠けるような気がしたが、これが現実なんだと自分に言い聞かせた。
飛び降りて死のうとしたあの日、彼女が現れなかったら……俺は今頃どうなってたんだろう?輪廻転生とかあまり詳しくないし興味もないんだが、ルシフェルに出会うことなくあのまま飛び降り自殺を図って死んでいたら……俺はこことは別の世界に転生していたんだろうか。
全てを忘れて、全くの別人として。ゼロからのスタートを切っていたんだろうか。
「姫様、そちらの男性は?もしかして、彼が王子様!?」
「前世では、何を?IT系だったら、僕と一緒です~」
「!」
ルシフェルを取り囲む連中に適当に笑顔を振りまいていた俺は、誰かが発したその言葉に耳を疑った。
こいつら、前世の記憶があるのか!?
「それは聞かない約束だろ。ルールを守れよ、ミゲル」
「ああ、スマンスマン……で、その人は?王子様なんでしょう?」
「王子様!?まさか!これは私の家来よ、家来!」
連中を笑い飛ばし、ルシフェルはまた俺を馬車に乗せた。
◇◆◇
「家来ねえ。俺、奴隷から家来に格上げされたんだ?」
馬車に乗るなりそう言った俺に、ルシフェルは少し逡巡してからこう答えた。
「何にだってなれるわ、ナツキ」
「え……?」
「あなたが望むなら、王子様にだってしてあげられる」
そう言ったルシフェルがあまりに儚げで、今にも泣き出しそうで……俺はかける言葉をみつけられなかった。
◇◆◇
程なくして馬車が止まり、降りてみるとそこは先程城から見た草原だった。
草の上に大の字になって深呼吸すると、緑の匂いがした。
それは美夕と遊んだ公園の匂いに似ていた。
緩やかな斜面に広がる草の海。その裾には先程の集落。
いい場所だな。のどかで、皆幸せそうで。
こんな場所で、出来るだけ人と関わらずに暮らしたい……いや、関わってもいいか。誰も俺を知らないんだから。
今度こそ失敗しないように、イジメになんか遭わないように…………ビクビクしながら、また生きるのか。
結局どこに行っても、俺が俺である限りダメなんじゃないか?
さっきの奴ら、自分達の前世を知っている風だった。
聞かない約束だろ、とか言ってたな……。
ということは、彼らには前世の記憶があるんだろう。
「……」
「何を考えてるの?」
俺の傍らに腰を降ろしたルシフェルがいつものように覗き込んできた。
「なあ、ルシフェル。何でも言うこと聞くからさあ」
「何?」
「俺を転生させる時は、記憶とか、そーゆーの消してくんねえかな」
「え……?」
そんなに変なことを言っただろうか。ルシフェルは表情を歪ませた。
自殺志願者だったんだぜ?忘れたいことで、この俺の脳みそは満杯だ。
「ろくな記憶がないからさ。死にたくなるくらい、辛いことばっかりで」
「忘れたいの?全部……」
何故か恐々と尋ねてきたルシフェルに、俺は即答した。
「ああ、全部忘れたい」




