第八話 過去 -サントリデロにて- その十
「こんな所にまで、猿が一匹迷い込んだか?」
法衣姿に、毛の一本もない坊主頭。金の杖を床に押し付けるように両手で持って、ビジョウはそこにいた。
十五年の歳月を隔て、バンボが改めて直に目の当たりにしたビジョウに抱いた想いは、不思議なことに、怒りでも恐怖でもなく、遥かな道のりの果てに辿り着いたかのような、感動だった。
「俺は……、お前に会いに来た。お前を殺すために」
ビジョウは暫し硬直していたが、バンボが言っていることを反芻しているうちに、笑いだした。
「俺を!? ははっ!! すごいじゃないか!」
「お前は俺の親を殺した! 忘れたとは言わせねえ!!」
「忘れた。お前も復讐か。その仮面は拾ったのか? そんなAIを使った所で、俺には勝てんぞ」
「黙れ……! 黙れ、ビジョウ!!」
バンボの中に蘇った怒りが、彼をビジョウに駆け出させた。バンボが腰の鞘から抜いたのは、何の変哲もない普通のナイフ。
ビジョウは右腕でナイフを止めた。硬質化させた皮膚と筋肉の固さで、ナイフの刃を止めたのだ。
「!?」
「勝負をしよう」
ビジョウが笑う。仮面の裏でバンボが動揺するのを見透かすように。
「まだ、この街には半分くらい生き残っているやつらがいる。お前が俺に傷を一つでも付けられたなら、お前の勝ちだ。お前を含め、そいつらをみんな見逃してやろう」
「……っ! 舐めてんのか!? おい!! ビジョウ!!」
「やるのか? やらんのか?」
数歩分距離を取ったバンボは、ビジョウの見下す視線に委縮する。
――――弱気になるな。怖気づいたら、飲み込まれる。
「やってやる! 分からせてやるよ!! てめえがどんだけ下らない野郎かをな!!」
そこは、サントリデロ工業都市。残された命を救うため。
「ははっ。……、来い」
サントリデロの最後であり、また、彼らにとって最初でもある戦いが始まった。
バンボがナイフを構え、ビジョウに切りかかる。ビジョウはナイフの刃を指で受け止め、バンボの横腹に蹴りを入れた。
ナイフから手を離して床に転がるバンボに、ビジョウが笑う。
「こんな物で俺を殺す気か? そんな馬鹿はお前が始めてだ」
「マスター。フライエの装備を拾ってください」
アーカーシャのアドバイスを受け、バンボがフライエの死体へと走った。バンボがフライエの死体の傍に落ちていたヴィブロブレードを拾うと、何時の間にかバンボの正面にまで近づいていたビジョウがフライエの銃を拾う。
「くっ!」
バンボは飛び退いて回避行動を取り、ビジョウにヴィブロブレードを構えた。
「柄の底にあるダイヤルスイッチを回してから、鍔の裏にあるスライドスイッチをずらしてください。刀身が振動し、殺傷力が飛躍的に上昇します」
「こうか!?」
アーカーシャの言った通りにバンボがすると、刀身が振動を始めた。
続いて、アーカーシャが警告音を放つ。
「なんだ今度は!?」
「ビジョウが銃を構えようとしています。回避行動を取ってください」
バンボが悪寒を感じて、右方に跳んだ。銃弾が空を裂く音が聞こえ、バンボは自分が間一髪で命拾いしたことを知る。
バンボがビジョウの方を向くと、アーカーシャが仮面の内側のモニターに、ビジョウが銃を構える手の拡大図と、予測される弾道を点線で表示してくれていた。
「すげえ……。なんだこれ……!」
ビジョウが銃を撃つタイミングも、銃弾が飛んでくる場所も手に取るように分かるバンボは、ビジョウが連続で撃った三発の銃弾を易々と回避した。
バンボが踏み込み、ヴィブロブレードをビジョウに振るった。ヴィブロブレードはビジョウに避けられたが、ビジョウが戯れに放った瓦礫をバンボが迎え切った際、その異常な切れ味を発揮した。
「このナイフもすげえ……。滅茶苦茶切れるぞ……!」
バンボは腰を低く、走り出す構えを取り、笑う。
「いける!!」
勢いよく、バンボが跳び出した。
バンボがビジョウにまたヴィブロブレードを振った。同じように横薙ぎにヴィブロブレードを五回振り、ビジョウにそれを避けさせる。ビジョウに六回目の横薙ぎを意識させ、バンボは
横薙ぎを振るような構えから、側転の体勢に入った。
両手を床に付いて逆立ち状態になったバンボは、腕を曲げた反動から全身のバネに勢いを繋げ、銃が握られているビジョウの右手に蹴りを打った。
しかし、ビジョウが動いたせいで蹴りの狙いは逸れ、バンボの足は銃に当たる。
銃はビジョウの手から離れ、床に落ちた。バンボは銃を素早く広い、フライエの死体に近寄ると、彼女のホルスターのポケットから銃弾を取り出した。
「……、借ります」
ビジョウから距離を取りながら銃弾を装填し、バンボが銃を構えた。
仮面のモニターに、バンボが構えた銃の銃口から、弾道の予測起動が点線で表示される。
「射撃補助機能が表示されています。説明は要りますか?」
「いや、必要ない!」
長年の鍛練の成果を発揮し、バンボが撃った銃弾は狙い通り、ビジョウの額に向かう。
硝煙の向こうで、ビジョウは当然のような顔で銃弾を指二本で掴んだ。
「まあ、こんなもんだろうなぁ」
ビジョウがつまらなそうに呟いたのにも気付かず、バンボは銃を撃ちながらビジョウへと接近した。銃弾を全て受け止めるビジョウを見て、バンボはビジョウが次に放たれる銃弾に意識を向けていると思い込んだ。
だが、ビジョウはバンボが思っていたよりも、遥かに人間の常識を超えた存在であった。
ビジョウの心臓に向けてヴィブロブレードを突き出したバンボの腹に、ビジョウの膝が食い込んだ。
「お前は弱い。よわぁい。弱すぎる」
バンボが床に倒れ込んだ。予想していなかった反撃と激痛に、バンボの意志が大きく揺れる。
「一瞬でも俺に勝てると思ったのなら、とんだ幻想だ」
バンボは起き上がると、ビジョウを威嚇するように空手の構えを取った。そこから、バンボはビジョウに上段蹴りを放つ。
バンボの繰り出す蹴りは、常人からすれば凄まじい威力と速度を持つ達人級の技に違いはない。
しかし。
「お前が積み重ねてきた努力など、俺の足下にも及ばない」
バンボが十年間、フライエと共に磨き続けてきた技術。その全てを否定するかのように、ビジョウは片手だけで、軽々とバンボの全力の蹴りの数々を捌ききった。
「……っ!」
焦りと苛立ち。バンボは胸の底に現れた感情に蝕まれ、冷静さを失っていく。
無謀にもバンボはビジョウに続けて蹴りを打つ。下段、中段、それらをビジョウに片足でカットされ、次はヴィブロブレードをビジョウの喉に向けて振る。それも、手首をビジョウに掴まれ、捻り上げられることでヴィブロブレードを床に落とさせられた。
そのままビジョウに投げ飛ばされたバンボは、今度は銃を構えた。
「お前たちは、地を這う赤子だ。天に向けて石を積み、報われようと足掻くだけの存在だ」
ビジョウは金の杖で銃弾を弾き、バンボの顎を蹴った。
「そして、その願いが天に届くことはない」
「黙ってろ!!」
バンボの拳はビジョウに避けられ、虚しく勢いだけの音を立てる。
「よく聞け! ははっ! 俺はモテるぞ! 俺の塔には、俺に憧れて抱かれたがる女がしょっちゅうやって来る!」
「!?」
「誰を好きになるべきか、本能で分かるんだろうなぁ! 当然だ! お前らは誰も俺には敵わない! 誰よりも自由で、誰よりも自由を与えられるのは、誰か! この俺だよ!!」
バンボは動揺した。
バンボの中で、薄れて消えた筈の“彼女”の姿が思い浮かんだ。
エメルダ。今や遠い昔にいなくなってしまった初恋の人。
バンボは、彼女が誰に会いに行ったのか、その頃にはもう悟っていた。
「頑張っても報われず、女は奪われる! 可哀想になぁ!? 生きてて楽しいか!? そんな人生!!」
「うるせええええええええええ!!」
バンボは左腕に取り付けたガン・ウィンチをビジョウに向けた。
ドクターに託されたガン・ウィンチ。ドクターが最後まで作るのを諦めず、完成させた努力の結晶。
「くそっ……! なんだ、これ!? どうやって使うんだよ!?」
ガン・ウィンチが何かを撃ち出す装置であることは分かっていたが、肝心の動かし方をバンボは知らない。バンボがガン・ウィンチをがちゃがちゃと弄り回しても、ガン・ウィンチは何の反応もしなかった。
ビジョウは焦るバンボを一笑に伏すと、金の杖の先端をバンボに向けた。
金の杖はその装甲を宙に浮かばせ、中に仕込まれた鉄芯を露わにさせた。鉄芯が纏うのは、青白い稲妻。
「データベースに該当データ有り。射電兵器“金剛杵”。杖に内蔵された放電装置が鉄芯を通じて――――」
アーカーシャが説明する隙も与えず、ビジョウの杖が稲妻を放った。
バンボのすぐ横の床に当たった稲妻は、銃弾よりも遥かに速い速度で、床を大きく抉っていた。
「……っ」
バンボはその威力に恐怖した。ビジョウが狙いを定めた所に瞬時に到達する稲妻は、仮面の力を以てしても避けようがない。
金剛杵の先端がバンボに向けられると、バンボは恐怖の余り駆け出した。
「はっはぁ!! ほらほら、逃げろ逃げろぉ~! はははははっ!!」
逃げるバンボを追いたてるように、稲妻がバンボの背後の床を抉っていく。
笑うビジョウは弄ぶように、明らかにバンボから狙いを外して稲妻を放っている。恐がって逃げ回る自分が、バンボには酷く惨めに思えた。
――――俺は何のために、今まで頑張ってきたんだ。弟と離れて、寺子屋のやつらとも遊ばずに、ずっと強くなろうとしてきたのに。
「ぐっ……。くっ……!」
――――アンリ。お前は今、どうしてる?
「なんだよ……。なんなんだよ……っ!!」
――――エメルダ。あんたは誰に会いに行ったんだ?
「どうしたぁ!? おい!! どうしたよ!?」
――――フライエさん。俺は、こいつに遊ばれるために、ずっと頑張って来たんですか?
「くそ……っ!! くっそぉぉぉぉぉぉぉぉおっ……!!」
――――ずっと頑張ってきたのに。皆が楽しそうにしてる横で、ずっと、俺だけ――――
バンボの力は何一つとしてビジョウには遠く及ばず、ビジョウにとって、バンボは遊び道具としか捉えられていない。
金剛杵の稲妻がバンボの正面の床を抉ると、その衝撃でバンボは床に転んだ。
完全なる挫折が、そこには在った。
バンボにはもう、立ち上がるだけの気力も残されていなかった。
「マスター、起きてください。危険です。マスター!」
アーカーシャの警告も意味を成さず、バンボはビジョウに胸倉を掴み上げられた。
「ははっ。あぁー、もう駄目になったか。糞の役にも立たんな」
圧倒的な無力感。底のない絶望。
復讐を夢見た青年に突き付けられた、どうしようもない現実は、青年の心を打ち砕いた。
「俺は……」
ビジョウに掴み上げられて、杖の先端を心臓に向けられて、バンボは悔しそうに震えていた。
仮面の裏から溢れ出し、顎を伝って落ちたのは、一筋の涙に他ならない。
折れた心は諦観で思考を満たし、バンボの口から発せられた言葉は、どこまでも情けない、劣等感の発露。
「俺は、お前みたいなやつが……、嫌いだ……。有利な立場から俺を見下すやつが……。俺が欲しいものを、当たり前のように持ってるやつが……」
ビジョウの体が、ぴくりと動きを止めた。杖を下ろし、バンボの続く言葉を、ビジョウはじっと待った。
「お前も寺子屋のやつらも……、同じだ。俺が馬鹿だとか、てめえらの方がモテるとか抜かして、俺を見下しやがる……! どんだけ俺が我慢してるのかも知らずに……! お前らみたいに……、俺の世界を窮屈にするやつらが、俺は……っ!」
「大っっっっ嫌いだ!!」
「……!」
寺子屋という場所で、バンボは自分と同じ歳の子供がどんな風に青春を送るのか、間近で見て、知った。
若者は学ぶ。バンボのように何かに打ち込みもする。そして何より、楽しく遊ぶのだ。
友達と。恋人と。
復讐に青春を懸けたが故に、バンボはそういったことに全く縁がなかった。
バンボが叫ぶ怒りを、ビジョウは黙して聞いていた。いつもの卑しいにやけ面はそこになく、一人の男の真剣な顔だけがある。
ビジョウのその顔は、彼の長い人生の中でも、誰にも見せたことのない物だった。
「……」
「死ね。死んじまえ……。邪魔なんだよ……。お前なんてよ……!」
バンボは知らない。その時、どれだけ有り得ないことが起こったのか。
その時、確かに、ビジョウ・グアラザという男が、初めて誰かに心を開いたのである。
「……、おい」
「お前、俺の仲間にならんか?」
白い雪が舞っていた。
滅びをもたらす雪は、サントリデロに絶えず降り注いで。
バンボとビジョウ。二人の間に流れた静寂は、サントリデロ全体に染み入っていくようだった。
静寂を破ったのは、バンボ。
バンボ・ソラキの返答だった。
「絶対に御免だ。ハゲ野郎」
バンボの答えに、ビジョウは何を想ったのか。
少しずつ、少しずつ。ビジョウの顔に、笑みが浮かんでいった。
「……、ははっ」
その顔もまた、いつものようなにやけ顔ではなく。決してそれは、バンボを馬鹿にした物ではなかった。
「ははっ! はははっ!! はっはははははははっ!!」
ビジョウは笑った。
バンボを投げ飛ばし、床に転がるバンボへと、ビジョウは言い放つ。
「そうだよなぁっ!? そりゃそうだ!! それでいいんだ!!」
「死ね! 死ねっ! 死ね、死ね、死ね!! ビジョウ!!」
最早バンボの攻撃は、怒りに身を任せるだけの、自棄な暴力に過ぎない物と化した。
拳を振る前にバンボはビジョウに殴り返され、また同じ突撃を繰り返す。
「お前は弱い! 気に入らないんだろ!? お前はどうしようもなく気に入らないやつを、この俺を、超えられない! お前は青春の敗北者だ!!」
「ビィィィイイジョォォオオオオオオ!!」
向かって行っては、倒されて。それでもバンボは、また立ち上がる。
「ひたすら、届かぬ天に手を伸ばす! そうだ! お前こそ!」
「お前こそ、天に非ぬ、“非天”の男!!」
どれだけ頑張っても敵わない。そう分かっていても、バンボは拳を握る。
無謀な拳はビジョウに届かず、バンボは逆にビジョウの拳を受けて、床に倒れた。
バンボの体は力が入らなくなり、腕と脚は震え、立ち上がるだけでも力を振り絞らなくてはならなくなった。
「どうした? これで終わりか? 俺に一つでも傷を付けてみろ。そうでないなら、この街にいる全員が死ぬぞ」
無駄だと知っていても、怒りがバンボを立ち上がらせる。両親やフライエが殺される光景を思い出し、目の前の仇に向かって足を踏み出す。
バンボに残された最後の理性が、床に落ちていたヴィブロブレードを彼に拾わせた。
振動する刃をビジョウの心臓に突き立ててやりたい。ただその一心で、バンボは最後に残された力の全てを懸けて、ビジョウに向かった。
ビジョウは楽しんでいた。新しいおもちゃを見つけたとでも言わんばかりに、喜ばしい笑みを浮かべて。
ヴィブロブレードを軽やかにかわし、ビジョウはバンボの腹にとどめの蹴りを入れた。
「フライエがいなくなった所に、これはありがたい! これからはお前で遊ぶことにしよう! 何度でも俺を殺しに来い! その仮面をつけて、必死に自分の正体を隠しながらなぁ!!」
バンボは力尽き、薄れていく意識の中、ビジョウの笑い声を聞いた。フライエの期待を裏切った自分を責めながら。
遂にバンボの意識は途切れ、バンボはビジョウに傷一つ付けることもできず、敗北したのだった。
「お前たちに自由はない! ははっ! 例えお前たち人間が束になってかかろうと、俺には決して敵わない!」
ビジョウとバンボがいる塔の頂上を除いた、サントリデロの全土を、雪と白い嵐が埋め尽くしていく。
「それでは諸君!」
生き残っていた全ての人がその中で死んでいき、半日続いた嵐が消えた頃には、誰一人として生きている者はいなかった。
「今度こそ! さようなら!!」
死で満ちていく街に、ビジョウの笑い声が響いていた。
後に語られる、“サントリデロの冬”。
これが、その全貌であった。
「バンボ。ねえ、バンボ」
懐かしい声に起こされて、バンボはゆっくりと目を覚ます。
温かい日差しに目がくらみながら、バンボは体を起こし、目をこすった。
「休み時間終わっちゃうよ?」
バンボを起こしたエメルダは微笑んで、りんごをバンボに差し出した。
そこは、いつもの空き小屋だった。
「ああ……。ありがとう、エメルダ」
けれど、バンボがりんごに手を伸ばすと、りんごもエメルダも、ふっと消えてしまう。
「バンボ」
振り返れば、今度はフライエの姿が在って。
「よく頑張ったね。さあ、今日はそろそろ帰ろうか」
「いえ……、僕は……、全然……」
「バンボ! エメルダが何処に行ったか知らんか!?」
「え……?」
ササニシキも。
「おいバンボ! そのきたねえ顔をどっかに向けろ!」
「かっちゃん! さっきバンボのやつ、便所ででかいのしてた!」
寺子屋の同級生も。
「バンボくん。君がもっと、笑顔でいられる日が来ることを、願ってるよ」
そして、最後に、ドクターが。
「待っ――――!」
バンボはみんなに声をかけてあげたかったけれど、みんなの姿は目まぐるしく、バンボの前から消えていって――――
バンボは夢から覚めると、塔の頂上で一人倒れている自分に気が付いた。
バンボが辺りを見回しても、ビジョウの姿は何処にもなかった。
フライエの死体もなくなっており、バンボは頂上に残されていた、フライエの形見となってしまった、銃とヴィブロブレードを拾った。
仮面を外し、胸元にしまうと、バンボはサントリデロ中央政府ビルを降りた。そして、地上に無数に転がる死体を見つけ、絶句した。
サントリデロの入口にまで来て、バンボは荒野にも点々と死体が倒れているのを見つけた。荒野の遥か先にまで続いていた嵐の中で、誰も逃げることはできなかったのだと、バンボは分かってしまった。
バンボはその死体の中に、バイクから落ちておびただしい量の血を流しながら死んでいったと思われる死体に近寄った。
バンボとラスターからバイクを奪って逃げた、あの青年の死体だった。
いつもバンボを馬鹿にしていた彼も、結局、嵐の中でどうすることもできずに死んでいたのだ。
「馬鹿野郎……。せめて、せめて……、逃げ切れよ……」
誰もいなくなった街で、バンボは悲しみに暮れ、唇を強く噛んだ。
バンボにとって唯一の救いは、荒野にラスターの死体が見つからなかったことだった。
「マスター」
バンボは驚き、慌てて懐にしまっておいた仮面を取り出した。
「……。そうか。まだ、お前がいたな」
「これから、どういたしますか? 周囲に生物の反応はありませんが、水や保存食が無事に残っていそうな、倉庫らしき場所ならありました」
「すごいな。目も手足もないのに、どうやって見つけたんだ?」
アーカーシャと話していると、バンボを押し潰してしまいそうな悲しみが和らいだ。
バンボはインドラジット支部へ行き、ドクターの研究室からガン・ウィンチの動かし方のヒントになりそうな物を探した。設計図の一部と思われる物から、バンボは一緒に託された指輪がガン・ウィンチを動かす鍵であることを知った。
それから、バンボはサントリデロを発つ前に、墓地へとやって来た。
墓を作ろうと、バンボは思ったのだ。サントリデロの人たちの墓を。
できることなら、死体を全て集めて、しっかり火葬と埋葬をしてやりたかったが、バンボにはもう、そんな気力も体力も残されていない。
だから、バンボは一つだけ、簡素な墓を作ることにした。そこに埋めるのは、ドクターの死体だ。
ササニシキの死体も探したが、無数の死体の中から彼の物を見つけることはできなかった。
バンボはシャベルを手に、穴を掘った。
ドクターの死体が灰に変わるのを待ちながら、ひたすら、黙々と。
ざくり、ざくりと。
土を掘り返して、バンボは大きな穴を掘った。
しばらくして、ドクターの遺灰をそこに埋めたバンボは、余っていた墓石を運び、それを埋めた穴の上に置いた。
「ごめんな。ちゃんとみんな埋めてやりたいけど、今はこれで勘弁してくれ。いつか、絶対に戻るから」
バンボが墓石に刻んだ文字は、“サントリデロの人たちへ”。
この街で死んでいった人たちの墓だ。
名も知らない人たちへ。嫌いだった人たちへ。お世話になった人たちへ。
バンボに出来る、感謝と悲哀を込めた、たった一つの手向けだった。
翌日、バンボはサントリデロを去った。バンボが目指すのは、グアラザ自治領。
ビジョウへのバンボの復讐心はくすぶったまま、残り続けていた。例え、手が届かぬ存在であると思い知らされても、決して諦められない感情が彼をその街へ向かわせた。
荒野を歩くバンボは、懐に入れた携帯端末が細かく震えているのに気が付いた。
フライエから託された携帯端末。その画面には、メールの着信通知が出ていた。
「……?」
バンボがメールを確認しようと、フライエに教えられた手順を思い出しながら、画面を指で触れていく。
届いたメールの差出人名の欄。そこには――――
「あ……」
“ランムリア”と、そう表示されていた。
サントリデロから去り、荒野を進んでいくバンボの背中を見つめる、一人の男がいた。
その男、コッパー・ジョウは、フライエの亡骸を抱いて高台に立っていた。
「……。俺の夢は失われた。ドクター。フライエ。お前たちの夢も」
一人、淡々と呟くコッパーの手には、一本のシャベルが握られている。
「だが、諦めはしない。生きている限り、夢を追うことはできるんだ」
コッパーはフライエの亡骸を高台に置かれた椅子に座らせた。サントリデロを一望できる、美しい場所だった。
「……、墓か」
コッパーはシャベルを握り直し、フライエに告げた。
「すまない。俺がお前を持ってこなければ、あいつに埋めてもらえたのにな。だが、あいつは、“いつか絶対に戻る”と言った。だからお前の墓は、あのガキに作ってもらえ。お前もそのためになら、カラスにつままれたって、待てるだろう?」
誰もいなくなったはずの街。サントリデロで、コッパーはシャベルを動かす。
コッパーはバンボの跡を継いで、サントリデロの人たち全員の墓を作り始めた。
死体を集め、燃やして、埋めるのだ。死んだ人のために。もう、いない人のために。
意味があるかなんて、コッパーには分からなかった。けれど、コッパーはどうしてか、そうせずにはいられなかったから。
ざくり、ざくりと。
コッパー・ジョウは、穴を掘り続けた。
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第八話 過去 -サントリデロにて- 完
次回から時間軸が元に戻ります
新人賞とかいろいろあって時間が取れないので更新を一か月お休みします 更新再開したらtwitterで報告しますのでよろしくお願いします




