シナリオ外『合同合宿』
久しぶりの投稿ですみません。5月メインイベントの説明回です。
ゴールデンウィーク明け。HRの時間に配られたのは1枚のプリントだった。
「おー、プリントないやついないかー」
今日も今日とて白衣を着て教壇に立つ芦江先生に、今日も今日とて女子生徒がため息をつく。ここまで女子に人気があれば男子生徒には嫌われそうだが、そうはならないのが芦江先生のすごいところだろう。入学して一か月、わたしは未だ芦江先生のことを嫌いだと言う生徒を見たことがない。
「いないな? じゃ、説明するからプリント見ろー」
ざわつく周囲から浮きながら、言われた通り手元の紙に視線を落とす。『合同合宿』という無機質なタイトルが大きく目に飛び込んできた。指先で項目を辿れば、よく知る内容がずらりと説明されていた。
芦江先生が教壇の上で説明の声を響かせる。
「入学したばかりだが5月の終わりに合同合宿がある。全ての学年が同じ場所に行って交流する。他学年のやつらと同じグループになって4日間、一緒に行動する。これを機会に先輩たちと仲良くなっとけよー」
合同合宿。ゲーム中にもあったイベントの1つだ。学年関係なく行われるこの合宿は、さすが乙女ゲームというべきか全ての学年ごちゃまぜでグループが構成され、合宿中の行動を共にする。もちろん主人公のグループには攻略対象者が勢ぞろい、あとは一言も台詞のないモブの女生徒が数人いるだけだ。出会いイベントを経て初めての通常イベントになるから、このイベント内では全ての攻略対象者とのイベントがある。キャラクターによってはスチルもあったはずだ。ほとんど好感度はゼロの状態だから甘さはないが、これから先のイベントを起こすために必要なフラグ回収がある。
「せんせー、グループってどうやって作るんですかー」
「自由だ、と言ってやりたいところなんだが、残念ながらこっちで決めることになってる。来週までにはグループが発表できると思うから待っとけー」
ここで問題となってくるのは、「主人公」は誰なのかという問題だ。ゲームでは最初に女王様かお姫様かを選択してからゲーム開始となるから「主人公」が誰なのかははっきりしている。合同合宿においての主人公以外の方、つまりお姫様が主人公なら女王様の方はこのイベントにまったく関わらない。どのグループでどんな活動をしているのかも描かれていなかった。これが現実世界となったとき、一体どちらを「主人公」として攻略対象者と同じグループに入ることになるのかは分からない。
「グループ作るときの選考基準とかは? 完全ランダム?」
「グループは学年3人ずつ、計9人で作られる。大して基準はないが、同学年の場合は同じクラスにならないように考えてはいるな。この合宿の目的は他学年、他クラスと交流を深めることだからな」
「せんせー、クラスの仲は深めないんですかー」
「あー、まあこのクラスは3年間このまま持ち上がりだからなー。いやでも深まる」
冗談めかした芦江先生の言葉にクラスに笑いが広がる。お愛想程度にその波にのりながら、プリントの合同合宿の文字を指でなぞった。
わたしが、愛されるための大切な第一歩。
――わたしは、わたしのシナリオを進められるだろうか。
――――――
――――
優孝と二人っきりの夕食の後、食後のお茶を飲みながらわたしはさりげなく優孝に話を切り出した。
「今日、合同合宿の説明を聞いたわ」
「ああ、そうかもうそんな時期だね」
ティーカップから口を離して、優孝がゆるやかに微笑む。
「優孝はもう2回参加しているでしょう? 様子を聞いておきたいと思って」
「そうだねぇ、僕としてはあまり参加したい行事ではないんだけれど」
優孝の珍しい苦笑にわたしは首を傾けた。優孝は基本、なんでもそつなくこなすタイプだ。表面上は人当たりがいいから、初対面の人にも好印象を抱かれやすい。社交的な方でもあるし、あまり苦ではないと思っていた。わたしの疑問が伝わったのだろう、苦笑を深めて肩をすくめる。
「あれは3年生が主体となって動かすからね、今も準備に追われている。なにより、班の女の子たちがよく僕のことを気にかけてくれるから、他の班員はあまり僕のことをよく思わないみたいだし」
「……ああ、なるほど」
本音は後半だろう。たしかに優孝と同じ班になったとなれば大騒ぎになりそうだ。そして、優孝ばかりを気に掛ける女子生徒をその他の男子生徒がよく思わないというのも容易に想像がつく。
「3年生が主体なのね、合同合宿って」
「そうだよ。これから僕たちは受験勉強に入るから、学校行事企画としては最後の企画なんだ」
「ふうん。最後にして一大イベントなのね」
「ああ、そうだね。みんな張り切ってる。瑛莉も楽しみにしておくといいよ」
「ええ、優孝も企画するんですものね。きっと楽しいわ」
「ご期待に添えるようにがんばるよ、お姫様」
ふわり頭を撫でられて、つかの間目を閉じる。優孝に頭を撫でられるのは好きだ。髪に指を絡めてふんわり撫でてくれるから。愛されているような気がして、とても幸せな気分になれる。たとえ、それが錯覚かもしれなくても。
「3年生が主体ってことはグループを決めるのも3年生なの?」
そういえば、というように本題を持ち出す。聞きたいのはそこだ。それによって、どうにかグループ編成を都合よく変えられないかと思ってこの話題を出したのだから。
「そう、それは生徒会の仕事だよ。今週中には最終決定が発表されるんじゃないかな」
「へえ。芦江先生は同じクラスじゃないようにする程度で完全にランダムだって言っていたけれど。本当にランダムなの?」
「ランダム、というより生徒会長の判断かなあ。案を出すのは生徒会だけど、それを見て調整するのは会長だから。まあとはいっても、会長個人の独断というわけではないから、そう偏るということもないと思うけど」
……最終判断を下すのは、佐子島瑞月、なのか。
それが教師であれば、生徒会という組織であれば、まだ何かしらの手は打てたが、最終決定権が佐子島瑞月にあるということは、わたしになす術はない。
『大嫌いだ』
耳の奥、冷たい声がよみがえる。……なす術がない、わけではない。ただ、近寄りたくないのだ。また、あの言葉を浴びせられるのが、怖くて。
「瑛莉? どうしたの、大丈夫だよ。どんなグループだって仲良くやっていける」
黙り込んだわたしに優孝が優しい声をかける。優孝はわたしをひどい人見知りだと思っている節があるから、見知らぬ人ばかりのグループに不安を感じていると思ったのだろう。ふんわりと頬を包まれ、目を覗き込まれる。
「瑛莉が嫌だと思うものは全部僕が排除してあげる。ほら、笑って」
くい、と唇の端を指先で撫でられ、そのくすぐったさに頬を緩める。それを見て満足そうに目を細め、優孝は甘い毒を吐く。
「うん、可愛い。そうやっていつも笑っておいで、僕の可愛いお姫様」




