9.宇宙遭難事故現場より脱出できました
ブリッジ、ただっ広い。
絶対に九百八十フィートクラス艦船のブリッジじゃない。
二階建てになっているし……。
周囲に三百六十度スクリーンが展開し、あちらこちらに、いろんなコントロールパネルが設置されている。
そこがブリッジの一階に相当するのだが、働いているのが……。
……ネコ耳だけ? ヒューマノイドはいない。
ざっと十数匹のネコ耳達が働いていた。
書類を手に持ったりレシーバーを耳に差し込んでいたりパネルを操作していたり走ってぶつかってひっくり返って書類を散らかしたり、といったモブシーンが展開されている。
この内、何匹がまともに働いているのやら……。
ネコ耳群衆の上部、張り出したテラス状の二階部分にブレット一行が案内された。ここはそれ程広くない。とはいうものの、ブレットの実家より広い。
四匹のネコ耳達がコントロール席についていた。彼女達が統括指揮をしているようだ。
「ちなみに、ここブリッジはファム・ブレイドゥーのどこら辺に位置するんですか? やっぱり頭部?」
空間拡張しているとはいえ、あまりにも広すぎる。当然の疑問であろう。ブレットはロゼに聞いた。
「人体でいう左胸ね」
「左胸って心臓の部分だよね?」
「左胸だけど心臓じゃないわ。左の胸よ」
「心臓じゃないの?」
「だから、左胸の先っぽ」
「だから、左……の胸、……オパ……-イ。……。オイスターさんには黙っててあげてください」
「そんなことより聞きたい事があるの」
ブレットの側に寄ってきたロゼが、手のひらを口元に立てて聞いてきた。
「あんた『シャチョー』だって言ってたじゃない?」
「一応ロイヤル宙運の社長って事になってますが、……親父がこの前急死したんで、後を継いだばかりなんですけど」
ロゼの目がきつく細くなる。
「今の文脈からいくと世襲したわけ? 『シャチョー』って独立収支組織的集団の長なんでしょ?」
どうやらロゼ達の世界、ハスクバナード王国には「会社」というものが無いらしい。
「古い雑居ビルに狭いけど会社の事務所あるし、従業員も数名だけどいますし、株式会社を標榜してますから世間的に見てもちゃんと独立した組織ですね」
トントンと、右手人差し指でこめかみを突っつきながら答えるブレット。
間違っているわけではない。正しく意味を伝えている。が、括りが大きすぎる。
「『ザッキョビル』って歴史が古い建築物なの?」
「かなり古いですね」
石造りの古城を想像するロゼと、築四十五年・剥がれたコンクリート外壁を思い浮かべるブレット。
「ふんふん、ちゃんと家臣団がいてしかも世襲制……」
たった三名の従業員を家臣団と変換すれば、不思議と文脈が繋がる。
「なんだ、やっぱり毛並みが良い人のね……」
なにやら、意味深なロゼであった。
「先達の敷いたレールを全速力で走っていると思って下さい」
やんぬるかなブレットに深い意味は通じない。
「DSS・アウト準備は出来ているか?」
ブリッジ片隅で行われている間抜けなやり取りを知ってか知らずか、オイスター船長が仕切りだす。
あんたの船じゃないだろうに。場所をわきまえて、口には出さず、ブレットが心でつっこむ。
「航路設定プログラム終了。DSS・アウト一分みゃえです」
ネコ耳オペレーターが、幼児のような発音で返答する。かみかみであるが……。
高性能翻訳機構が正常に働きだしたのだろうが、このネコ達は長ゼリフを噛む。結果として翻訳機の性能が発揮できずにいる。
「後方、ロイヤル薬師丸、離れていきます」
そう。ブレット達の船は被弾して航行不能になっていた。ここで捨てるしかない。
ブレットには、未練があった。父の船だから。
父がこの船で身を起こし、ブレット達家族を養ってきた。中古の老朽貨物船だったけど、みんなの未来や希望を背負ってくれた船だ。
スクリーンの一部に、カコミでロイヤル薬師丸が映し出されていた。
エンジンは壊れ、船体がひしゃげている。ブリッジに穴が開いていた。あの状態でよく生きていたもんだ。
……トドメを刺したのはファム号なんだが……。
ファム号が加速していく。ブレット達の船が小さくなっていく。
このままロイヤル薬師丸は、永遠にこの空間をさまよい続けることになるのだ。
「こらっ! ブレット!」
オスターさんがブレットを怒鳴った。
「『さようなら』くらい言ってやらんか!」
ブレットは小さな声で「さようなら」と言った。大きい声で言うと、声の振動で涙腺が開きそうだから……。
そして、DSS・アウトは成功した。
やっと通常世界のお話ができそうです。
次より、たぶん、2日おきに投稿します。