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36.宇宙的なドジふみやがりました

「「キャーッ!」」

 ブリタニクことアーシュラと、実行犯ロゼの悲鳴が重なった。


 埋め尽くすネコ耳達に衝撃が伝わる中、二人してアーシェイクを抱き起こす。


 白目を剥いたアーシェイク。金色の髪がユサユサ揺れる。

「ああっ。ダメですアーシュラ様! 頭部に衝撃を受けた人の頭を揺さぶっちゃ!」

 衝撃を与えた張本人が注意する。

「え? どうしましょう」


 ロゼの腕の中で、アーシェイクの体から発光が消えた。

「ちょっと! アーシェイク様! 何処行くんですか!?」

 今度はロゼが、アーシェイクをガックンガックン揺する。

「ロゼ! 頭部を揺すっちゃダメですって!」


 慌てて手を離すロゼ。

 支える者がなくなったので、必然的に後頭部を地面に叩きつけるアーシェイク。彼の体は、頭から地面に打ち付られた。


 その衝撃がトドメとなったのか、アーシェイクの髪の色が元の艶やかな黒に戻った。

 神々しさが完全に消え、ただのブレットが転がっていた。


 時々ピクピクと痙攣している。


 ふと、ブレットの黒目が戻ってきた。

「いっ、痛ててて。あー、死ぬかと思った」

 間抜けなセリフと共に、ムックリ起きあがるブレット。


「あれ、皆さんお揃いで……ナニカ?」

 ブレットは、アーシェイクとしての記憶を保持していなかった。


 ハスクバナード全人種が二千年間待ち続けてきた、約束の神事であり奇跡の出来事を、一発のハイキックが打ち砕いた。

 そういう意味で、実にリキの入ったハイキックだった。

 長老・ブリタニクから、ハスクバナードの王女に戻ってしまったアーシュラ様と、髪の毛を乱れるに任せたロゼが、疲れ切った顔に虚ろな目で、ただひたすら遠くを見つめていた……。


「ボエーッ」

 一部始終を見ていたシルバが、間抜けな人間模様をあざ笑うかのように一声鳴いた。




 一番最後にやって来たオイスター艦長。息を切らしながら聞いた。

「どうしたのだみんな! おいブレット、何があったのだ?」

「それが、よく解らないんですが、こんな大事なときに、みんな魂が抜けたように……」

 オイスター艦長とブレットが、オロオロしながら意見交換をしていた。


 一番事情を知っているはずのアーシュラ様は、草原に力無く座り込んだままだった。


「そんな事よりも、みんな早くファム号へ戻れ! ケティーム軍が大量に姿を現した。ドライアンクルを包囲しつつある。恐らく今度の狙いは……」

 みんなの視線がオイスターに集まる。

「ファム号破壊の一点だ」





 瞬間移動のような速さで宇宙に飛び出すファム・ブレィドゥー。直ちにファール・ブレイドゥーより連絡が入る。


「ケティーム帝国軍艦艇約一万三千隻が、内惑星方面に展開中です!」

「全軍の三分の二を持ってきたか!」

 オイスターの表情は渋い。チラリとブレットの後頭部を見る。


「更に時空震観測ニャ! ドライアンクルの外惑星方面が出現予想ちゅううききなにゃ!」

「ケティームの残り三分の一か?」

 叫ぶオイスター。その答えはヴォルフ大佐が知っていた。




 ヴォルフ少佐が叫ぶ!

「ビュエル艦隊一万六千が到着しただと? しまった! 間に合わなかったか!」

 四捨五入して三万隻に到達した艦隊が揃った時、初めてヴォルフは焦った。


「たった三万隻ぽっちじゃ人形に勝てない!」




 もう一人、オイスター艦長も焦っていた。


 ファム・ブレイドゥー艦内。

 オイスター艦長は、うれしそうに……もとい、目に闘志をみなぎらせて立ち上がった。

「三万隻の艦隊。繰り返して言うが、その存在意義はファム号を破壊するためのみ。迎え撃たなければ我らは宇宙の藻屑! 面舵二〇! ダウン四五!」


「二万九千七百七十八隻のうち、約半数に生命反応あるニャ。有人艦だニャ」

 索敵担当ネコの報告にブレットが叫ぶ。

「駄目です! 戦ったら人が大勢死にます!」


「……主砲連射で敵艦隊撃破は可能か?」

 オイスター艦長の問いに、ネコ耳の一匹がピンポン型端末を覗き込んだ。

「物量的には、ライトニング・ワルキューレの五分間連続しぇいしゃできゃのうでちゅ」

「かみかみでよく解らんが、撃破可能だという事だけはわかった」

 

「それは困りましたね。地球系人類全勢力を敵に回すことになります。……ファム号で商売が出来なくなりますね」

 アーシュラ様が困った顔をする。

「ま、まあ、それも反対する大きな要因ですが、殺人は絶対駄目です!」

 ブレット不退転。それはファム号乗組員にとって絶対命令となる。

 戦えば勝てる。だが戦わない。戦わないと待っているのは死。


「やはり戦って切り抜けるべきだ! 儂に任せろ、策はある!」

 生き延びると言う点では、オイスターの判断は正しい。だが、

「ダメです!」

 両手を広げ、オイスターの前に立つブレット。命令を遂行させないつもりだ。


「何故だ? 死にたいのかブレット! 今、作戦行動を起こさねば、さすがの儂でも負けてしまうぞ!」

 鬼のように目を剥きだすオイスター。

「死ぬのは嫌です。でも人を殺すのはもっと嫌です!」

 オイスターの迫力に、それでも泣きそうになりながら睨み返すブレット。


 ふうと息を吐くオイスター。

「しかたないな」

 先に視線を外したオイスターは、ラックから金属製品を取りだした。

 取りだした火薬式自動拳銃をブレットの額にポイントする。


「わしは船と乗組員を守るため、お前を排除する権限がある。違うかね?」

 後ろからオイスターに飛びかかろうとするネコ耳を目で制止するブレット。

「その権限は否定しません。でも駄目なものは駄目です。僕も引き下がれませんっ」

 自分でも言葉が淀みなく出てくるのを不思議に思う。


 引き金をゆっくりと引き絞るオイスター。泣き出すブレット。だが逃げない。

 まさかそんなはずはと息を詰めるロゼ。


 パン!


 意外と小さな音と共に、火を噴く銃口。本当に火を噴く銃口。

 火だけを噴く……拳銃型ライター……。申し訳ないくらい古いギミック。


 オイスターは懐から取りだしたゴロワーズに火を付け、大きく吸い込んだ。

「儂にどうしろと言うのだ? ブレット」

 紫煙を吐き出しながら、ライターをラックにしまい込む。


「戦わないで下さい!」

「だから、死にたいのかブレット! ロゼも何か言ってやれ!」

「私はブレットに従うわ。多分、アーシュラ様もネコ耳達も」

 堂々巡り。こういうとき人は天を仰ぐ。




ヴォルフも同様に天を仰いでいた。だが、

「何だ…アレは?」

 ランツァ通常艦橋の天窓から見える宇宙から、星が消えていた。


 ビリビリとランツァの船体が震えだす。真空の空間に揺らぎが発生した。

ヴォルフ少佐、死ぬはずだったんですが、生き残ってしまいました。

これが生命力というものなのか!?


ネコ耳族にとって、天敵メルマック星系人との戦い以来の大戦力投入です。

ちなみに、メルマック戦役は、ハスクの天才外交官・タナー・ウイリー主席外交官の尽力により、平和裏に終戦を迎えました。ご安心ください。


次回最終回「宇宙を巻き込んだ戦いが始まりました」

全37話。長かったような短かったような……。

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