37.最終回で、宇宙を巻き込んだ戦いが始まりました
指揮駆逐艦ランツァの観測要員が、パニクっていた。
「て、天頂方向に超巨大時空震! 質量測定値オーバー。まさか、……天文学的な質量体がDSS・アウトする?」
質問形式の緊急報告。ヴォルフ大佐は艦橋の天窓を通して天を見た。
頭上を見上げたのは大佐だけではない。
ケティーム主力艦隊乗員とビュエル主力艦隊乗員、そしてブレット達も見上げていた。
「太陽」がDSS・アウトする様を!
ゆらりとG型恒星が姿を現した。
単なる恒星ではない。
中心のG型恒星より一億五千万キロの距離。天頂と天底に一つずつ。水平軌道上に四つ、合計六個の地球型惑星に見える天体が、等間隔で並んでいる。
そして外側二億三千万キロの軌道上に、惑星サイズのメタリックな球形要塞が十四個、立体配置されていた。
ハスクバナード軍、邀撃機械化要塞「バハ・デュアル」である。
「バハ・デュアル」より湧きだしてきた雲霞のごとき戦艦軍。鯨と呼ばれている海洋生物によく似た有機的なデザイン。
巨大艦郡は、一糸乱れぬ行軍でドライアンクル星域派遣合同艦隊をみるみる包囲していく。完全に布陣した陣形は、定石通り一カ所だけ穴が空いている。老練かつ熟練した艦隊運動だ。
ただ、戦闘艦艇の数が、万単位程度の小規模ではなかった。
「ふざけるのも休み休みにしろ!」
ヴォルフ大佐の素直な感想である。いや、ヴォルフ大佐だけではない。ケティーム・ビュエル両艦隊司令の立場にいる者、知らせを受けたボッカルド提督、そして、ブレットとオイスター、全てが圧倒されていた。
『姫ーっ! よくぞご無事で! うぐぅっ!』
痩せぎすで白髪頭に山羊髭の老人が、いきなりファム号の通信システムに介入。スクリーンに顔を出し、続いて泣きじゃくる。
「あらあら、スパツィ爺や。元気にしてましたか?」
どっちが心配をかけていたのか解らないが、世間話に興じるアーシュラ様。
『このような未開の地に漂着なされたというのに、爺の体を心配して下されますか! これもゼルビオスの無駄に大きい尻を叩いてきた甲斐があったというもの。もはや思い残すことはありませぬ!』
力尽き、両脇をネコ耳に抱えられて退場するスパツィ爺やの代わりに挨拶に現れたのは、鋭い印象を持つ妙齢の女性。片目がメカニックな眼帯で覆われている。
『アーシュラ殿下。拝見いたしましたところ、雑兵共に囲まれて難儀しておられるご様子。ここは一つ、不肖ゼルビオスが吹き飛ばしてごらんにいれましょう』
地球種人類系合同艦隊を今にも薙ぎ払おうとするゼルビオス。肩に付いた糸くずを左手で払うかのような気安さを片方だけの目に浮かべている。
文句を言おうと立ち上がるブレット。だが――。
「ゼルビオス千竜将。その必要はありません。彼我の差は歴然としております。地球種人類は見かけ以上におりこうさんです」
ブレットの言葉を代弁するかのように、アーシュラ様が静かに拒否する。
『仰せのままに』
残念そうな色を片眼に浮かべるゼルビオス。優雅な一礼と共に、通信を切った。
動きを止めたゼルビオス基幹艦隊。その隙に、ケティームとビュエルの全艦隊が「穴」から決死の思いで脱出していく。
額の汗を拭い、椅子に座り込むブレット。
「結局僕は何もできなかった」
己の無力さを嘆くブレット。
「安心なさいってブレット。私やアーシュラ様やネコ耳達はそうは思っていないから」
今は慰めにしか取られないな、と思いながらも声をかけずにいられないロゼだった。
アーシュラ様は先程から、ハスク遠征軍のデーターにご熱心だ。
「どうやら、ハスクバナード全軍が集結したようですね」
お茶を飲むときの話題みたいな軽さで、全てを説明してしまったアーシュラ様。
ギギギギッと油の切れた音を立てて首を回し、ロゼを見るブレットとオイスター。彼らの目は「説明しろ」と訴えていた。
「いや、何というか、……全てを知ってる者からすれば当然の結果なんですが、説明しにくいわね」
意味深にブレットを見るロゼ。自分のせいだとは理解していないブレット。
「一つ言えることがある」
オイスターがもったいぶって仕切りだした。
「それは、人類同士で戦っている時代が終わったということだ」
誰かが言った。戦いとは数が全て。小賢しい戦術を駆使したところで勝敗は覆せない。
今ここに、地球系人類全てが望んだ事、即ち、戦争の終結がもたらされたのだった。
パワーゲームの結果でしかない物悲しい結末が……。
その後――。
ハスクバナード軍による完全警護の中、邪魔者のいなくなったドライアンクルでは、天然痘患者に対する治療が順調に行われていった。
重力の影響が甚だしいので「バハ・デュアル」はドライアンクル恒星系の重力圏より後退した。盛んに地球種人類側の偵察機が飛ぶが、守りを固めて動こうとしない。
次の日の夕方に、ファム号は惑星ドライアンクルを離れた。ブレットと子供達の涙の別れを済ませてから……。
ファム号は、ゼルビオス千竜将とスパツィ爺やが泣いて止めるのも聞かずに、地球に戻ることにした。マープルとの、いやロイヤル宙運との契約をアーシュラ様が優先したためだ。
……意外と自分本位なアーシュラ様。
それよりハスクバナード遠征軍。……身も蓋も無いとはこのことか……。
ブレット達は銀河がひっくり返る事件の中心にいるのだが、地球に帰っても前回のように強制事情聴取は無いだろう。地球にはそれをする度胸と――軍事力がない。
あの件について、ファム号の乗組員達は、ブレットやアーシュラ様に何も聞かなかった。聞けるような空気を纏っていなかった。
シャハト博士のみ、ブレットに対してやたら丁寧な言葉遣いになり、ブレットの言うことを何でも聞くようになっただけだ。
ブレット自体、一連の出来事を思い出すことは二度となかった。
以前と全く変わらず、スケベな事を繰り返すブレット。ロゼは、あいも変わらず暴力行為で対応していたが、何故か嬉しそうだった。
オイスターは何も言わない。ただ、日に日に疲れが目立ってくる。想像するに、ハスクバナード軍の事で眠れぬ夜が続いているのだろう。
副長席に座るアーシュラ様も一見変わっていない。今まで通りロゼとブレットの掛け合い漫才を微笑みながら見つめている。
「地球本社から連絡が入りました。ニャっ」
ミアが画像をメインスクリーン回す。マープル経理部長だ。
『やっと連絡がついた。こっちは蜂の巣をつついたような大騒ぎなっているけど、ちゃんとカタつけてきたんでしょうね?』
「作戦は無事終了した。こちらに被害は無い。これより帰投する」
オイスター艦長が、軍人口調で報告する。
何かを思いだしたように、ブレットがマープルに聞いた。
「ボッカルド提督は、何か仕掛けてきませんでしたか?」
ボッカルドという人名を聞いて緊張するロゼと、対照的にニヤリと笑うマープル女史。
『その事なら心配いらないわ。実は仕事の依頼を受けた後、提督と飲みに行ってたの。そこで、ツーショット画像を個人的に撮っておいたのよね』
マープルの笑みが、キュッと凄みを増す。
『で、昨日、その画像をR指定文面付きで提督の奥さんに送っておいたの。アドレスを間違えた風に。今、ボッカルド家では大変なことになっているわ!』
「そ、それは人として、やってはイケナイ事では?」
控えめに見てもファム号全員が引く中で、額に一筋の汗を流したブレットが非難した。
『同じ内容をコピーして娘さんに送ってやると言ったら、何処からか会社の口座に大金の振り込みがあったのよ。不思議ね。みんなにボーナスを出すから、早く帰ってきなさい』
人、それを恐喝と呼ぶ!
「やほーい!」
犯罪行為に気づかぬフリをして、ブレットはロゼの手を取り小躍りして喜んだ。
ロゼはブレットのどさまぎに気づいてはいたが、気づかないフリをして一緒に跳ねた。
オイスター艦長も「よし!」とばかりにグッと拳を握る。
ネコ耳達は、互いに肉球を打ち付けあっていた。
『帰ったらスグ次の仕事が待っているから。この間のロスはあなた達の責任だけど、有給でまかなっておいてあげるわね♪』
有給日数が減った、ということだが、わざと小声で言った通信内容を聞く者はファム号艦内に誰一人としていなかった。知らぬが仏のお祭り騒ぎは、しばらく続くこととなる。
ここから先、ロイヤル宙運にとっても地球種人類にとっても、レールが見えなくなった。でも人の営みは大して変わること無いであろう。
だが、みんな変わらずに、ずっとこのままの生活が続くわけはない。人は良きにつけ悪きにつけ変わっていくことにより、より高みへと登っていく。
ファム号の艦橋でも一つの、そして重大な変革が行われようとしていた。
喧噪の中、アーシュラ様がロゼに向かって、とびきりの笑顔でこう言った。
「負けませんことよ」
完
さて、無事最終回を迎えました。
途中からテレーネが出てきませんが、彼はどこにいるのでしょう?
テレーネはハムスター。ハムスターはキヌゲネズミ亜科。ネズミ。ネコ。行方不明。
……。
さて、無事最終回を迎えました。
かなり放り投げた感漂った終わり方です。
今回は、地の文を書いて面白いかったお話でした。
本来なら、倍の文字数が必要なお話しだったのかもしれませんw。
いつか、メルマック戦役編が書ける事を願って(嘘)




