31.宇宙で浴びせ倒ししました
「アーシュラ様・ブリッジイン」
アナウンスにダニエルが振り返ると、アーシュラ様が入ってきた所だった。乗馬服を着込んでいる。
衣装持ちのアーシュラ様でも、今回のような非常事態は想定していなかったのだろう。戦闘服などという無粋な衣類は持ち込んではいない。
ダニエルは、オブザーバーとして一段高くなってる艦長エリアに立っていた。
アーシュラ様は艦長席斜め前に設置されている副長席に、軽く会釈してから腰を下ろす。
「お体はよろしいのですかな?」
オイスター艦長は、二十時間前のアーシュラ様の状態を気にして声をかけた。
「今はすっかり元気です。あの時は三十六.八℃もあったので、ふらついてしまいましたが、もう心配いりません」
「三十六.八℃……ですか……さ、さぞや……えーと……」
歴戦の勇士、オイスター艦長は言葉に詰まった。
アーシュラ様はお姫様である。生まれてから今日まで体調管理は万全だったのだろう。ひょっとしたら、熱を出したのは今回が初めてなのかもしれない。
ファム号が、DSS・ドライブを行ってから二十三時間と三十分が過ぎている。ファム号の乗組員全員が持ち場に付いていた。水槽にプカプカ浮かんでるはずのブレットを残して。
『DSS・アウトまで、残り二十五分』
ファム号の声、とも言うべき、メインコンピューターの音声アナウンスが入った。落ち着いた大人の女性の声である。
緊張の糸を張りつめながらも、ロゼはホッとしていた。前回の暴走事故の際、メインコンピューターが一切の反応を絶ってしまったのだった。
今回の長距離他空間航行で、メインコンピューターがダウンする事だけは避けられた。成功の確率が飛躍的に増大した事になる。
「副艦長、ブリッジイン」
続いてのアナウンスに、ロゼは驚いて振り返った。
ブレットがこちらに歩いてきている。忘れている乗組員も多いだろうが、ブレットは副艦長であった。
「大丈夫なのブレット?」
「すっかり回復した。シャハト博士の技術はすごいね」
ロゼの心配をうち消すように、軽い動作でインカムを付け、席に着く。
「回復したのなら、こき使うぞブレット。航宙士として現状を把握しておけ!」
「了解!」
言葉の内容とは裏腹に、オイスター艦長は口元に笑みを浮かべている。
「ところでロゼ。僕の事よりアーシュラ様は大丈夫なのか?」
「えーと……」
自分より苦しそうにしていたアーシュラ様を気遣っての発言だったが、三十六.八℃の熱では……、ロゼには答えにくい質問であった。
ロゼに変わってアーシュラ様が答えてくれた。
「ご心配をおかけしました。ファム号に標準装備されているヒーリング・ポットで、四時間も眠っていたら、すっかり回復いたしました」
「ひーりんぐ・ぽっと?」
ギギギギっと首をロゼに向けるブレット。
「僕の場合も、そのポットで良かったんじゃ?」
「いや、ホラ、コレは……」
その時、ファム号に急激な衝撃が走った。
他空間航行中の衝撃にロクな物はない。皆、肝を冷やし、手近な物につかまった。
衝撃が収まっても微細な振動が収まらない。むしろ少しずつ振り幅が大きくなっていく。
「どうした! 原因は何か? 報告しろ!」
艦長が声を荒げる。
「長距離他空間航法による、皺寄せとも言うべき時空震です。ファム号の他空間航行限界が近づいている証拠です」
ロゼが報告する。予想されていたことなのか落ち着いた口振りだ。
「まだまだ大丈夫です。」
そうは言うものの、ファム号のショック吸収機構でも吸収しきれない振動が伝わってくるのは不安だ。
「頑張れ、ファム・ブレィドゥー」
ブレットが天井に向かって声をかける。
「馬鹿! 機械や船が頑張れるわけ無いじゃない!」
目の前の計器を操作しながらロゼが言う。ブレットの方を見ていないが、ブレットに向けられたものだ。
「ファム号だって仲間の一人じゃないか。サボテンだって声をかければ花を咲かすんだ。きっと機械だって頑張ってくれるさ」
「頑張るというより、経験させて航法プログラムを確立させる、と言った方が良いかもね」
ロゼは、ブレットを完全否定して作業に没頭する。二度目の失敗はしたくないのだ。
肩をすくめて、メインコンピューターのチェックに入った。
アーシュラ様も、後ろからじっとブレットを見つめている。
オイスター艦長はダニエルと打ち合わせをしていた。
「ダニエル君。お迎えはあると思うかね?」
「地球軍がファム号をロストした場合。ケティーム、ビュエル両国に連絡を入れる算段になっています。ドライアンクル守備部隊にも報告は行っているでしょう」
「ふむ。DSS・アウト直後に狙われるのは痛いな。他空間を引きずってる内に攻撃されたら、ファム号と言えど相当な被害は避けられない」
オイスター艦長は顎髭に手を当て、少し考えて、
「総員戦闘準備! 全砲門セィフティー解除。DSS・アウトと同時に全門無照準発射する。ファール・ブレイドゥー隊、発艦準備しておけ!」
やる、つもりだ。ブレットは精神が弾けそうなのを自覚した。
ブリッジは慌ただしくなった。ネコ耳オペレーター達の指示による会話で騒然となる。が、手際よく戦闘準備が整えられていく。
全て手筈が整ったところで、ファム号から落ち着いたアナウンスが入った。
「DSS・アウト三分前」
アナウンスが入ると同時に、警報が鳴り響いた。DSS・アウトに関する警報ではない。
「前方、DSS・アウト予定空域近辺に、未確認質量体発見。ニャッ!」
探知担当のネコ耳から報告が入る。DSS・アウト間近の出来事に、本人も……もとい、本猫もかなり慌てている。
艦橋にいる全員が浮き足立った。ただでさえ荒事の経験が少ないブレットなど、早くも冷や汗が額を濡らしていた。
「未確認とは何事か? まだ三分ある。正確に探査測定せよ」
冷静な口調で命令するオイスター艦長。ダニエルも慌てたそぶり一つ見せない。
ネコ耳達は他空間電測を操作し、情報を集めている。
「報告しますニャ。DSS・アウト予定ポイント手前に船影がありますニャ。船にエネルギー反応にゃし。千フィートクラスの漂流船れすにゃ!」
何らかの問題が発生し、他空間から抜け出せなくなった船。いわば幽霊船だろう。未来永劫に他空間を漂流し続ける悲劇の船だ。
だが感傷に浸っている場合ではない。この距離とスピードでは回避できない。
DSS・アウト・ポイントまでの距離も絶望的だ。百㎞や二百㎞などコンマ一秒と掛からず駆け抜けてしまうだろう。
そして、ファム号の振動が急激に大きくなった。
ファム号の構造材が軋み、巨人の声のような音を奏で、進路が右に左にと振れだした。
フォオオオオオォォン……
艦内に、悲しげな声が響く。無理だ、と言わんばかりの共鳴音が混じる。
操舵席では二匹掛かりで舵取りをしている。
「コ・コントロール出来ないニャ! それよりも出口の漂流船をかわしきれないニャ!」
「ええい! この際だ! 漂流船ごとDSS・アウトしてくれる! 前方漂流船をファム号のマニュピレーターで掴め!」
オイスター艦長がキレた。
「ここまで来れば重量は関係ない。逆に重量が増すことで安定するかもしれません」
ホロスコープ片手に計算をするブレット。
「重量が増すと、DSS・アウト時に受ける正面衝撃が増します」
他空間航法失敗がトラウマになっているロゼが、異を唱える。
「DSS・アウトの衝撃を受けるのは正面です。漂流船がダメージを吸収してくれます」
ブレットが素早く再計算をする。
漂流船が目の前に大きく迫ってきた。躊躇する時間など無い。
「総員、衝撃に備え! 備品の固定再確認!」
操舵席のネコ耳2匹は、ナイスなコンビネーションでファム号を操作。ファム号を起こし、両腕を広げ漂流船を受け止めた。
「うわっ!」
激しい突き上げが来た。ファム号の中は、振り回したジュース瓶の中身のようになっていた。
ファム号は漂流船を抱きかかえたまま、浴びせ倒しの格好でDSS・アウト・ポイントになだれ込む。
速度が緩んだ。DSS・アウトするには今一息の速度が足りない。
ファム号がパワー負けしたのだ。DSS・アウト・ポイントからずれようとしている。
ブレットが怒気を孕んで、スクリーンを睨んでいた。
ロゼは、ハッとなってブレットを見た。ブレットの体から、爆発しそうな位のエネルギーを感じ取ったのだ。
アーシュラ様も黙って見ていた。ブレットが内包するエネルギーが彼女にも見えていた。
「何やってんだファム! それくらいねじ伏せろっ! それでもお前はっ――」
ヒュォオオオオオッ!
ブレットが吠えたとき、甲高い女性の叫び声が四方から聞こえてきた。
ファム号の背中に翼が生えた。左右に伸び、力強く羽ばたいた。
グンっと前に進む。どんどんガンガン前に進む。振動したままだが、力強く加速した。
機関車が貨車を押して坂を登るような、原始的パワーがほとばしる。
そして一気に次元の扉をこじ開けた。
二十四時間分の時間と空間を越えて、ファム・ブレィドゥー号は、ドライアンクル星系に到達したのだ。
通常空間に躍り出たファム号に、今まで以上の衝撃が襲っていた。
ファム号が抱え込んでいた漂流船が、突然爆発。四散した。
待ちかまえていたドライアンクル方面軍の艦艇から、一斉射が放たれたのだ。
だが、砲火はファム号まで届かなかった。
抱きかかえていた漂流船がファム号の楯になったのだ。バラバラに砕け散る漂流船。
灼熱化し、光の粉を散らし、回転しながら砕け散っていく漂流船の破片が、スクリーンいっぱいに舞う。
ブレットは見た。
スクリーン隅に消えゆく破片に書かれた、「ロイヤル薬師丸」の文字を。
「父さん!」
「全砲門解放! 照準無し。五連射! 打ち方始め!」
ブレットの言葉を誰一人聞くことなく、オイスター艦長の攻撃命令が全艦に流れた。
ファム号、両二の腕から、六本の光条が幾度となく乱舞する。手首の宝玉から現れた怒れる太い光の柱が荒れ狂う。
ファム号の撃ち出す光に触れた艦船による、幾つもの光球が暗黒の空間を彩り、たちまちの内に惑星ドライアンクルに向けての道が開けた。
ブレット、忙しくても墓参り行っとけよ。
次回32話「宇宙で格闘しました」
格闘戦……、大山先生! 僕はもうダメポです!




