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29.宇宙船内で逮捕劇がおこりました

 地球に本社を置く軍需企業郡は、両陣営と商売してる。だが、ここ数年の和平で需要が下がり、経営が苦しくなっていたのだ。


 彼らは、軍族議員を通して、地球政府議会に和平破棄工作の圧力をかけてきた。軍需産業からの献金と、自らの権力が落ち込むことを嫌った政治家と軍人は、その話に乗った。


 地球政府の族議員と軍上層部は、彼らと自分たちの要求を満たすため、地政学的に今回の条件を満たしているドライアンクルを生け贄に選んだ。

 そして皮裂け病と天然痘による、二重バイオテロを仕掛けたのだった。


 結果、ケティーム帝国とビュエル同盟国を疑心暗鬼にさせ、戦争再開の機運が高まったのだそうだ。事実、両軍はドライアンクル周域へ、主戦力を集結させていた。


 ――最後にもう一つ、ボッカルド提督の本命が仕組まれていたのだ――。


 ファム号を検閲しようというのは、真の目的ではないという事。

 真の目的は、ファム・ブレィドゥー号の破壊抹殺!


 今回の航海で、未知の科学技術を持つファム号を両陣営に見せつけた。あの技術の一端でも所有できれば軍事的優位に立てる。

 だがファム号が手にはいるはずはない。自分の手に入らなければ、他人の手に入るのを阻止しなければならない。


 地球政府ぐるみで策を弄すれば、両陣営によるファム号への攻撃誘導など簡単な事。


「今の時点で……発動予定の作戦は……次の二つです」

 ダニエル大尉は、ポツリポツリと語り始めた。


「第一に、ファム号が地球に戻らなかった場合。ファム号の破壊指示がケティーム軍に発令されるでしょう。第二に、天然痘撲滅の為、ケティーム帝国ドライアンクル駐留軍による全ドライアンクル住民の抹殺が敢行されます。証拠隠滅のためでもあります」

 静まり返った艦橋内で、ダニエル大尉の嗄れ声だけが虚ろに響いていた。


 犬のように忠実と言われたレーム少将率いるドライアンクル駐留軍。躊躇することなく本国の命令を実行するだろう。ドライアンクルの人達は確実に消去される。


「くだらぬ! 自ら描く計画で動きを読み切れない存在。つまり、ジョーカーを場から外そうとしたのだな。ボッカルドのやりそうな事だ。天井の低い男よ!」

 オイスター艦長は、奥歯に挟まった銀紙を吐き捨てるようにして怒鳴った。

 全てを語ったダニエル大尉は、無反応な存在になった。虚ろな目をしている。一気に十も年を取ったようだった。


「そんな微細な事はどうでも良いんです! 直ちにDSS・ドライブ準備に入ります!」

 ブレットが立ち上がって叫んだ。ダニエル大尉も、地球の陰謀も、ドライアンクルまでの距離も、一切我関せず。


 ロゼがブレットの腕を取って叫ぶ。

「落ち着いて、落ち着くのよブレット! 六日の距離よ。一日では到達出来ない距離よ」

 今度はブレットがロゼの両腕を掴んで引き寄せた。

 顔を間近に近づけられて、ドギマギするロゼ。


「計算してくれロゼ。何時間の他空間航行で六日の距離を縮められる?」

 手でブレットの胸を押しのけてから答えるロゼ。

「ちょっと待って――」

「ぴったり二十四時間だ。二十四時間の他空間航行で到達できる!」

 ブレットがホロスコープを見せた。計算は終わっていたのだ。


 だが、それは恐ろしい結末を意味していた。

「解ってると思うけど、ファム号の最長連続他空間航行時間は十二時間よ。半分しかないわ。十二時間オーバーです。物理的に不可能なの!」

「理論上二十四時間可能、とロゼは言っていたじゃないか!」


 お互い、意地になって張り合う二人。


 ロゼは、アーシュラ様を巻き込んだ時空事故を絶対に繰り返したくないのだ。このまま平行線をたどる話しが続くと誰もが思ったその時。


 ギスギスしたブリッジに光が射し込んだ。


「何故長時間他空間航行が失敗したのか、正しい理由を知りたくありませんか?」

 アーシュラ様、ブリッジイン。


 少しやつれているが、しっかりとした足取りだ。光り輝くような神々しさは少しも失われてはいない。むしろ、やつれ具合が色っぽゲフンゲフン……。

「ファムの能力に問題があったわけでも、ロゼの質量計算に狂いがあったわけでも……それは少しはありましたが、そんな理由ではありません。誰も知らない間にプログラムが書き加えられていたのです」

 全員がアーシュラ様に注目した。ダニエル大尉は拝んでさえいた。


「プログラムを書き換えた犯人は……」

 オイスター艦長も、ネコ耳達も、ダニエル大尉も、ロゼも、あんなに興奮していたブレットも固唾を飲んで聞き入っている。


「私です」

 人差し指を自分に向けるアーシュラ様。


 ……カラッ・カラカラカラ。

 テレーネが回し車を回す。久しぶりに回す。だが、悲しいかな誰も見てくれなかった。


「「なんですとぉー!」」

 全員が見事にハモる。そしてパニクる。


 ロゼが最初に正気を取り戻した。

「それは嘘です! 失礼ですが、アーシュラ様はその方面には全くもって素人です。DSS・ドライブ関係はファム号の基幹プログラムに関係しています。細工するには複雑なセキュリティの壁を越えなければなりません」

 叫ぶようにロゼ。


 アーシュラ様がDSS・ドライブ事故の犯人。それでは自分を庇ってくれたのでなく、アーシュラ様自らが自己弁護していたことになる。

 それはロゼにとって、耐えきれない裏切りだ。承認することは出来ない。


「ロゼ、これには訳があります。私の向こう見ずに付き合って頂けるのは、貴女だけだと思ったから巻き込んでしまったのです。許して下さい」

 膝をついたアーシュラ様は、正式に頭を下げた。人に頭を垂れるのは、生まれて初めてのことだろう。

「ま、まあ……その、私に頼りがいがあるのは言うまでもありませんが……」

 そこまで言われては怒れない。ロゼはむしろ、自分を信用してくれたことを嬉しく思った。


「アーシュラ様、訳をお話下さいますね」

 ロゼもひざまづいてアーシュラ様に声をかける。


 アーシュラ様はこくりと頷いて話し出した。

「あの時空事故は、私が仕組んだことです」

「……協力者はシャハト博士ですね?」

 ロゼが、アーシュラ様の目をじっと見ながら推理した。


「違います。別の者です。この件に関して、シャハト博士は無関係です」

 ロゼの推理をあっさりと否定するアーシュラ様。


「じゃあネコ?」

「にゃー?」

 ネコ耳族を見る。ネコ耳達は、全員が指を自らに向けながら、可愛く小首を傾げている。


「ネコ耳達はソフトウエアーを使いこなせても、組み上げることは出来ません。ロゼ、貴女は推理が下手くそです」

「それはいいから! 結局、誰なんです?」

 真っ赤な顔をし、ブンブン握り拳を振り回しながらロゼが続きを促す。


「皆さんのよくご存じの者です。今はそれだけしか言えません。私を信じて下さい」

 生憎、アーシュラ様を「信じない」という者は、この船に乗り合わせていない。


「ハスクバナードを出航する前日に天啓がありました。無くして久しい、我らアトラース人の祖先が皆持っていた力です」

 アーシュラ様の目がボウっと怪しく光り出し、髪の毛先がなびく。風が何処からか吹きだしてきていた。


「『始まりの書・未来の章』に言う。『遠い未来。光の恩人アーシェイクと偉大な長ブリタニクが出会うことは約束された事実である』……どうやら、その時が間近に迫ったようです。ファム・ブレィドゥーの暴走は、遠く離れた二人の邂逅の為に必要だったのです」

 アーシュラ様の目から光が消えた。

 崩れ落ちるアーシュラ様を抱きかかえるロゼ。


「ブレット様の言うとおり、一刻も早く長距離DSS・ドライブを敢行するのです。知恵を絞って張り巡らされた用意周到な罠をファム号が暴力で打ち砕くのです」

 そこまで言って、苦しそうに喘ぐアーシュラ様。しかし、弱り切った体とは裏腹に、アーシュラ様の内側から光が溢れ出すのをロゼはアトラースの力で知覚した。


「光の……」

 ぐっと、唇を噛みしめて言葉を飲み込むロゼ。言葉にすれば、何もかもが逃げていきそうに思ったからだ。


 アストラルサイドの現象が見えないブレットは、ロゼの苦悩を知らない。艦長に行動を促した。

「艦長!」

「だめよ艦長! 危険すぎるわ!」

 ロゼが叫ぶ。


「私も反対だ。不安定要素が多すぎる。超長々距離DSSドライブは、物理的見地から見て危険すぎる」

 シャハトも反対に回った。ファム号乗組員の意見が二つに割れた。

 みんなの目が、オイスター艦長に集まった。艦長の役職が決断を求められる事になった。


「艦長職とは船の運行に全責任を持つものである」

 両手を後ろに組んだオイスター。帽子の庇の影から片眼だけが光って見える。


「そして、艦長は司令官より受けた指示を速やか克つ、効率的に処理するのが仕事だ」

 何が言いたいのだろう?


「この船、そして、ロイヤル宙運の最高司令官は誰か?」

 株式会社ロイヤル宙運取締役社長ブレット・デューティーである。


「ドライアンクルに向け他空間航行準備。いそげ!」

 命じて、艦長席に大股で向かう。


「仕方ないわね」

 ロゼが笑う。

「致し方あるまい」

 シャハトが眼鏡を怪しく光らせる。

 ネコ耳クルーが慌ただしく席に着いた。


 衛生班のネコ耳達が、アーシュラ様を病院棟へ連れていく。同時に衛兵ネコが、ダニエル大尉を自室へ連行する。


 ダニエル大尉は、追いかけるようにアーシュラ様の隣に付いた。

「アーシュラ様」

「何でしょう?」


 アーシュラ様に語りかけるダニエル大尉の目は、今までにないくらい穏やかだった。

「この航海が終わったら、私、軍を辞めます」

「辞めてどうするのですか?」

 アーシュラ様は平然としている。


「紅茶専門の喫茶店を開いてみるつもりです」

 ダニエルは、背負っていた重りを全て捨てたような、晴れ晴れとした笑顔をしていた。

「それは良いアイデアです。軍人なんて貴方には似合いませんもの」

 アーシュラ様は、自分がバイオテロの犠牲者になりかけた事を忘れて喜んでいた。

「私が店内装飾を致しましょう。きっと素敵なお店に仕上がりますわ」

 アーシュラ様は、太陽のような笑顔を満面に浮かべられた。


 ダニエルは、この時のアーシュラ様の笑顔を一生忘れないと誓った。

生きていたかテレーネ!

そしてボッカルドはヤンデレ。イヤン!


次回30話「宇宙で水槽に浮かびました」


ちなみに数百年前、ハスクバナードで大戦争がありました。

敵はメルマックという星間国家です。

ネコ耳族が唯一、大苦戦した種族です。

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