28.宇宙軍の陰謀を聞き出しました
『その理由は?』
充分タメを作ってから、口を開くロゼ。
「理由は一体ナニ?」
ドッと体勢を崩す観衆達。
『いや、戦火を交えさす予定はない。我ら地球政府も間に立つつもりだ。目的は君らファム・ブレィドゥー号の乗っ取りだけだ。バレちゃったらしょうがない。スッパリ諦めるから帰っておいで。契約はこれにて終了だ。君らの運送代行をするのもそろそろ限界だ。ブレット君には悪いことをしたと思っている』
そう言い放ち、ボッカルド提督の方から通信を切った。
「なんか釈然としないわね。ダニエル大尉。なにか裏があるとか?」
糾弾先をダニエル大尉に向けるロゼ。
大尉は力無く首を振る。
「この後あることと言えば、私の評価が下がったって事ですかね。しばらく出世できそうにありません」
ダニエル大尉の任務は失敗に終わったのだ。
いたずらにドライアンクルの人が死んでいったに過ぎない。ファム号を手に入れるためとはいえ、ずいぶん汚い手を使ったものだ。
再び、通話が入った。マープル経理部長だった。
『話は済んだようね。契約は終了よ。たった今、入金を確認したわ。ドライアンクルの案件は関係ない話になったから、とっとと帰ってきなさい。仕事が詰まっているのよ』
鬼の経理部長健在である。
『生き馬の目を抜く今日日のご時世。ドライに割り切るのが大人の仕事。あなた方のカタキは、私が提督からふんだくって討ってあげるから』
大人の理論を展開する経理部長の演説。それをさえぎる声が後ろから来た。
「ダメですよ地球に帰っちゃ! 僕たちがドライアンクルに戻らなければ、あの子達がみんな死んでしまう。」
入院着を着たブレットだった。
まだ熱は下がりきっていないのだろう。肩で息をしている。
「天然痘のアンチ・ウイルスを持っているのは僕達だけです。シャハト博士に聞きました。このウイルスの潜伏期間は七日から十七日だそうですが、ドライアンクルの人達は違います。ピーラー・ウイルスによって押さえられていたから、既に発症して高熱期に入っているはずです。皮裂け病によって体力を削られた人達が、あの高熱に耐えられるわけがありません」
力が入らないのか、そこまで言って膝を折った。
「あの子達が死んでいく。そんなの理不尽だ! あの子らが何をしたって言うんです?」
ブレットは、自分を慕ってくれた年端もいかぬ子供達を思い描いているのだ。
ロゼが駆け寄って肩を貸す。
「あの子達を助けることが出来るのは、僕達だけです。大至急戻りましょう」
「無駄なことは止めたまえ」
ゴム手袋をはめた対菌装備のまま、シャハト博士がブリッジに入ってきていた。
「皮裂け病患者に対する天然痘感染のシュミレーションを行ったッ。結果、ピーラー・ウイルス駆逐直後から天然痘前駆期が始まる事が解ったッ。よって、六日目の今日は水疱期に入っていると予想されるッ。明日の七日目から化膿期にはいり、九日目には再び高熱期に入る事となり、住人の死亡率は極端に跳ね上がるのであるッ!」
解説しよう。
天然痘の特徴は、何よりも有名な発疹と高熱であろう。
通常の場合、致死率は二十~五十%と高い。有名な病名の割に、あまり知られてはいないが、主にウイルス血症によるものだ。ドライアンクルの人達はただでさえ体力を削られている。致死率はもっと高いだろう。
高熱期、発疹期、水疱期と変化していき、発症約九日目で膿疱期に入り水膨れには膿がたまる。そして再び高熱を発する。この高熱は膿疱が収まるまで延々と続く。収まるのは通常十一日目以降で約二週間かかる。
罹患者にとって、気の遠くなるような長い期間を生き延びる強靱な体力があれば治癒となる。色素の沈着した瘢痕を全身に残して。
「ブレット殿」
ブレットを見るシャハト博士の目は、冷たいダークメタリック色をしている。
「ブレット殿の気持ちは痛いほど分かる。しかし、物理法則的見地から、我々でもドライアンクルの人々を助けることは出来ない」
シャハト博士の冷たい目は、厳しい決断を下した医師の冷静な目でもあった。
ブレットは何も言えずうつむいた。薄々感づいてたのだ。
「皮裂け病で、体力を大幅にダウンさせたドライアンクルの住民達には、明後日から始まる高熱期に耐える体力は無いだろう。私が開発したキラー・天然痘ウイルスも、明後日中に接種させないと効果が薄い」
ロゼは、唇を噛みしめながら、うなだれたままのブレットの肩に優しく手を置いた。
いつもは賑やかなネコ耳達も、沈黙している。
オイスター艦長が代表して、言いにくいことを言った。
「ドライアンクルは、ここから六日の距離だ。到底間に合うものではない。我々に出来ることは何もない。そうだな? ブレット」
ゆっくりと、ゆっくりとブレットが頭を上げた。しゃがみ込んでいるロゼの、目の高さを超えてブレットが立ち上がろうとしている。
「あっ」
ロゼとブレットの視線が交差した。彼女は、ブレットの目が光に満ちているのを五感以外で感じ取った。
ブレットは長い間、じっとメインスクリーンに映し出されている星々の世界を凝視していた。やがて、つと口を開いた。
「ダニエル大尉」
ブレットに名を呼ばれたダニエル大尉が、過剰に反応する。まるで怯えた犬のようだ。
「どう考えてもおかしい。ボッカルド提督はケティームとビュエルの争いを納める、と簡単に言っていた。こんな大惨事になっても簡単に収まるのですか?」
言ってから、ゆっくりとダニエル大尉の方を向いた。ダニエル大尉の顔色は悪い。
「ボッカルド提督と地球政府は何を考えているのですか? 答えてくださいっ!」
ロゼは驚愕した。ブレットの目の光が、ダニエル大尉を貫いた瞬間を見たのだ。一体ブレットの中で何が起こったのか。
目で見えない光に貫かれたダニエル大尉は飲み込んだ。本当の言葉を飲み込んだ。
「な・なにも……。深く考えすぎだ。ほ・本当にファム号以外に他意はない」
しゃがれ声で震えながらダニエル大尉は答えた。とても人の声とは思えない。
「虚偽の言葉は、犯した罪の深さによって、恐れ震えるものだ」
この子はブレットなのか?
「貴方は嘘をついている」
ブレットが静かに、しかし、何者をも寄せ付けぬ強い口調で嘘と断定した。
「知らないんだ、例え何かの思惑があったとしても私は知らされていないし、知る立場でもない! だから……」
ダニエル大尉は、自分の意志で息が出来ない事に気がついた。言葉を続けようとして、息を吸い込もうとして……吸い込めないのだ。
『――この子の、ブレットの存在感に体が動けないでいる――』
ダニエル大尉は、ブレットの視線から逃げたかった。このままでは彼の放つプレッシャーで死んでしまう確信があった。だが視線が外せないのだ。
たった十七才の小僧に、訓練を受けた三十前の情報部大尉が位負けしている。
ブレットの視線にどんな魔力が秘められているというのか。
ロゼは、ダニエル大尉が窮地に陥っているのを知覚した。太古の昔に失ってしまったアトラース人の能力が一時的に蘇ったのだろうか。
だが、ロゼも動けなかった。突然発祥したブレットの威圧感によって、足がすくんでいたのだ。
普段のブレットからは想像もつかないことだ。まさに不意をつかれたと言えよう。予見していない限り動くことが出来るのはこの場にいない。
だが、対菌装備のシャハト博士が二人の間に割り込んで来た。まるで、ブレットの放つ威圧の力量を想定していたかのように。
「ダニエル君」
「な、何でしょう」
シャハト博士がブレットを遮ってくれたので、ダニエル大尉は息を吐くことが出来た。
「先程アーシュラ様が、天然痘の前駆期症状を発症なされました」
アーシュラ様罹患。
この事実は、ファム・ブレィドゥー号全乗組員に衝撃を走らせた。武装したネコ耳達が全員、銃口と刀剣をダニエル大尉に向けていた。
ファム号内における太陽にして、女神以上の不可侵の存在。それがアーシュラ様だった。
絶対の存在が犯されたのだ。
証拠など必要ない。ダニエル大尉は生きてファム号を降りられないであろう。
当のダニエル大尉はというと、……白目を剥いてヘタリこんでいた。
『アーシュラ様、天然痘を罹患』その一句は、ダニエル大尉に鼻面をコンクリートブロックで叩きつぶされたような衝撃を与えていた。
意識が吹き飛び数秒間の失神をもたらした。
数瞬後、大尉は大粒の涙と共に意識が戻った。止めどなく頬を熱い滴が伝っていた。
考える能力を喪失した大尉の脳裏には、繰り返し繰り返しある情景が映し出されていた。
ファム号内私設牧場で、アーシュラ様から茶葉を手渡されたシーンだった。
『ハスクバナード王室より賜りました茶葉を、貴方に授けます』
アーシュラ様の言葉が笑顔と共に、何度も何度もプレイバックされる。
ダニエル大尉にとってアーシュラ様は、唯一の純愛対象者となっていたのだ。
「私は、バカモノだ!」
このまま自分の心を扉の向こうに閉じこめておこうか?
そうボンヤリと思った時、シャハト博士が光ある世界に引き戻してくれた。
「心配御無用。アーシュラ様に、処置を施してきてから艦橋に上がってきたのだ。一切の心配はいらない。大丈夫だ」
……ダニエル大尉は、全てを話してくれた。
ボッカルド提督、真の目的は、ケティーム帝国とビュエル同盟国の和平崩壊工作だった。
バイオテロは、短期的視点で見ると安価ですが、長期的視点で見ると高くつきます。開発者並びに使用者は、コストパフォーマンスを定期的に計算し直しましょう。
次回28話「宇宙船内で逮捕劇がおこりました」
ファム号内にも保安部があり、保安員が常駐しています。
もちろんネコ。武器は日本刀とちっこいショットガン。
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