2.宇宙コンテナ船、ロイヤル薬師丸二世
そして、ただいまの通信より、さらに数分後より本筋は始まる。
突如、耳をつんざくばかりの警報音。アプリア恒星系・内惑星宙域を航行中である超光速宇宙船内部に響きわたる。うるさすぎて警報以外の音は何も聞こえない。
「まーたボリュームを最大に上げてるー!」
耳を押さえながら独りごとを言った彼の名は、ブレット・デューティー。宇宙船乗船勤務が、やっと百八日になった十七才。
頭髪を意図的に伸ばしたのはよいが、長くなりすぎて煩わしく感じる悩み多き少年だ。
この年齢の男の子にしては低い方の身長。天使の輪を持つ黒く艶やかで細い髪質。色白で、少しメイクをすれば少女で通るような顔の作りをしている。
よく言えば美少年。……悪く言えば男気が無い。
この船の甲板長であるブレットは、積み荷の重量チェックをおこなっていたところだ。
「何回目の緊急警報だよ?」
急いで貨物室を飛び出した。
何回も空警報が出るのなら、いい加減無視すればいい。の、だが、この少年、人が良くできている。
毎回、つきあってしまうのはそのせいだ。
ブレットがブリッジのドアを開けると、乗組員は既に全員が配置についていた。
全員と一匹。
部屋の中央に吊した籠の中で、ハムスターのテレーネが忙しそうに回転車を回している。
テレーネ砂漠からでも生きて帰れますように、と願いを込めて付けた名前だ。名前を付けた人間様本人が「帰れますように」との意味であり、ハムスター本人のことを考慮されているわけではない。
籠の後ろ。ブリッジ中央に設置されている重厚な船長席で、ハンス・オイスター「艦長」が、コード付きアナログマイクを片手にどっしり座っていた。
七十才を越したわりにガッシリとした体格。白髪に胡麻塩髭の老人。
目つきの悪いサンタクロースが、赤いコートの替わりに黒い軍用コートで身を包んでいる姿をイメージしていただきたい。
古びた宇宙軍軍帽の下。機嫌悪そうな目が、コンソールパネルのレバーを睨み付けている。そして、おもむろにレバーを下げた。
警報の音量が半分くらいに小さくなった。
警報音が大きすぎて、自分の命令がスピーカーから聞こえない事に気づいたのだ。
アンティークなマイクに向かい、大声で命令を発す。
「緊急警戒態勢! 艦橋メンバーは至急、戦闘艦橋に集まれ!」
「いや、とっくに全員集まっとりますが……」
ボケたセリフに、間髪を入れず突っ込むブレット。最近の彼は、やけにこの老人の言動が気にさわる。
「船長ぉー。戦闘艦橋ったって、この船にブリッジは一つしかないんですからー」
ブレットは、テレーネの入った檻を指で突っついている。彼らが乗船するようになってから、百数十回目のカビが生えたやりとり。
「艦長と呼べ! と何度言わせれば気が済むのだ!」
オイスター船長は、自分のことを『艦長と呼べ!』としつこく要求する。
元軍人でエリートコース一筋、宇宙軍少将まで上りつめた。と、言っているが、あくまで自称の範疇だ。証明をかって出た人は一人もいない。
「ブレットちゃん、そう言ってやるな。ホントに一大事なんじゃよ」
ノホホンとした笑顔の男が割って入った。度の強い老眼鏡を掛け、甚平を羽織った老人。骨と皮のように痩せている。ちなみに、オイスター船長よりも年長である。
灰色をした頭髪は短く、頭頂部のみ禿げたカッパ状になっていた。
この船の機関責任者、ポロネーズ機関長である。ブレットが生まれる前から、この船の機関長を生業としてる人だ。
「ちゃん付けはいいですって。で、何が起こったんです? ポロネーズさん」
「つまりのぅ、えーと、なんだ、んーと、アレじゃ、ほれ……」
ポロネーズ機関長がおっとりと……もとい、ゆっくり答える最中、痺れを切らしたオイスター「艦長」が大声で制した。
「宇宙海賊が現れたのだっ! 総員迎撃戦用意! 測敵開始! 機関全速!」
短い時間であっても我慢できないタイプの老人らしい。
やたらめったら凝った作りの、自分で持ち込んだ「艦長席」から立ち上がり、プルプルと拳を握りしめ興奮しているオイスター船長……艦長。
「了解。機関全速」
条件反射で行動に移すポロネーズ機関長。自己判断が出来なくなったお年頃。
「機関長! こんなところで全速航行しちゃダメです! それに船長! 総員ったって我々三人しかこの船には乗っていません。貨物船には!」
カラコロカラコロ……。
ハムスターが車輪を回す音が、やけに響く。
この船は、宇宙運送会社㈱ロイヤル宙運所属の恒星間宇宙汎用貨物船・ロイヤル薬師丸(建造三十年)。もちろん、武装など施されてはいない。
アプリア星系から、会社が置かれている地球に向けて貨物を運送している最中なのだ。いわゆる帰り便というヤツである。
運送業で生きていく上で、この帰り便をもらえれるかどうかが重要なのである。営業利益率を大きく左右するのだ。……今の場面には全く関係のない話だが……。
ブレットが担当しているコンソールが、電子音を響かせながらライトの点減を繰り返している。通信機が担当者を呼んでいるのだ。
「海賊船から通信が入りました」
通信士でもある甲板長のブレットが、コンソールを操作しながら船長に報告した。
宇宙なのだから、海賊とは呼ばず宙賊と呼んでもよさそうなものだが、どういうわけか慣例に従って海賊、もしくは宇宙海賊と呼称されている。
「読み上げろ」
状況把握が間違っているのか肝が据わっているのか、オイスター船長は腕を組みながら軍隊調の命令を出した。
「読みます『速やかに停船せよ。身ぐるみ置いて逃げ出すならば、命までは奪わない。宇宙海賊バンディット』以上です。えーと、保険も下りることですし此処は一つ、仮名バンディットさんの要求を受け入れましょう」
ブレットはソロバンを弾いた。この船は、海賊行為を対象とした損害保険に入っている。
これは老朽船を新造船に変える……もとい、
一から出直す又とないチャンス! もとい、
……会社が受ける損失を最小限に押さえる、といった方向で……どうか一つ……。
「どう返信します?」
そーいった期待を込めまくって、一応船長に判断を仰ぐブレット。
「バカメと答えてやれ」
それはどこかで聞いた。
仕方ないので、自己責任で交信を試みるブレット。
それが冒頭の通信内容だった。
「『コロス』って言われちゃいました」
「よーし、そう来なくてはイカン!」
オイスター船長は、揉み手をしている。やる気満々である。
「第六惑星に進路を取れ! 第六惑星を利用した重力カタパルトを使い、海賊船を振り切って一気に他空間航法に入る! 機関全速!」
「ココからだと、第六惑星まで四時間かかります」
間髪を入れずブレットが答えた。
カラコロカラコロ……。
ハムスターが一生懸命回す回転車の音が、むなしく操舵室に響く。
「それに四時間も連続運転やっちゃ、エンジンが保たないです」
一番若い自分が、もっと焦らなければならないこの状態。なぜか一番冷静でいられる。
それは、先に周囲がヒャッホイされてしまったので、妙に精神が覚醒してしまったからだ。
何にせよ、ブレット達、ロイヤル薬師丸のピンチは続く。
C&Fは保険が無くてCIFは保険付き。
豆知識でした。