3.宇宙船で嫌な音がしました
船長……、もとい艦長のセリフにもあったが、この時代、恒星間航法が確立されている。
人類は幸運にも、かなり早くから光速の壁を詐欺する技術を身につけていたのだった。
二十世紀後半の書物によくこんなお話があったはずだ。
バミューダ・トライアングルで飛行機が消えた。目の前の三面鏡に人が吸い込まれて帰ってこなかった。……等々、当時の人類にとっての不思議現象。
それら全てが現代物理学で解明された。
全く別の法則が支配する空間の存在と、その入り口。実は他次元空間世界へのスリットは、その辺に無数に転がっていたのだ。
空間間隙滑移動法=ディメンジョン・スリット・スライディング・ドライブ(Dimennsion Slit Slidining Drive)。略してDSS・ドライブと呼ばれる。
この世の因果律とは別系統の因果律が支配する、もう一つの因果律次元こと他空間への間隙を探知。無理矢理入り込む。
再び、力ずくで通常空間に戻ると、これが不思議! 通常次元の物理法則を無視した短時間で、目的地まで到達できました!
簡単に言えばワープ……。
……簡単と言えば、DSS・ドライブ理論の基礎理論は、中学校程度の方程式で簡単に解析・説明ができる。
その方程式の説明は、またの機会に譲るとして――。
仕組みが簡単な故に、DSS・ドライブのハードウエアーは国家的、いや、地球的プロジェクトによってスピーディーに確立されていった。
実際に運用されるにあたって、数多くの犠牲者を出しながらも、短期間で実用化に漕ぎ着けた。
現在の銀河系全域に人類が生活圏を広げ、繁栄していったのも先人達の貴い犠牲のお陰である。あだやおろそかにはできない。
「どれ、ブレット、儂が通信に出てやろう。なに、亀の甲より年の功だて」
海賊相手の通信に苦労しているブレットを見かねて、ウインクしながらポロネーズ機関長が通信機を握った。
外部スピーカーをオンにする。
『オルァ! 止まれつったら止まれ! ボロ船がぁ!』
いきなり興奮しまくった海賊の声が船内に響いた。かなり頭にきている。
「あー儂はのぅ、この船のぉー機関長やっとる者だ」
『よーし、やっと話の出来るヤツがあらわれたな。直ちに止まれ。死にたくなかったら止まれ。いますぐ止まれ』
「なんだぁのぅ。耳が遠くなってよく聞こえんのだがぁ。もちっと、大きな声でゆっくりとしゃべってくれんかのー」
『……俺・達・は・海・賊・だ! 死・に・た・く・な・け・れ・ば・ス・グ・に・止・ま・れ』
「アルハンブラに雪は降らない?」
『ボケてんじゃねぇ! クソジジイ!』
「だれがクソジジイじゃ! シロウトめ!」
『聞こえてんじゃねぇか! このヤロウ!』
どんな時代でも、自分では働かず他人が苦労して手に入れた物を出来るだけ楽して略取するのを生業とする集団がいる。ゴミの様な寄生虫も、一人前に生を営んでいる。彼らは、全人類が自分たちの同業者になったらどうする? 等とは考ない。
この時代、運送航路近辺には足の遅い輸送船を狙った宇宙海賊が横行していた。勿論、軍の艦艇によるパトロールが行われ、宇宙海賊と遭遇する確率が減りはした。だが、皆無ではない。
高圧ビーム砲を複数装備し、高出力エンジンを搭載した海賊船は神出鬼没。最近では、宇宙軍正規駆逐艦を振り切るパワーを持つ海賊船との遭遇が報告されている。
こんなのに襲われた日には、輸送船側が武装していたとしても逃げ切れるわけがない。
そして今まさに、アプリア恒星系惑星宙域内にも関わらず、ロイヤル薬師丸が海賊船に襲われようとしているのだった。
正式名称『ロイヤル薬師丸二世』――貨物船としては小さい部類に入る。開放型貨物室タイプを持つ、千フィートタイプ。
この船は船首にコントロールブリッジが設置され、最後尾にエンジンが配置されている。ブリッジとエンジンの間に、カーゴスペースを配置した簡単な構造の船だ。
しかも、今年で建造祝三十周年。運行すること自体が無茶な部類に入る老朽船である。
「密閉型運送船や客船を狙わない所がシロウトだ、とゆうておるのじゃ。衣料品や雑貨なんぞ盗んでどうやって金に換えるんじゃい? それとも儂らの懐金を狙っておるのかえ?」
『うるせぇ! てめえらの荷物を金に換える算段は出来ているんだよ!』
結果的にポロネーズさんが時間稼ぎに成功した。その間に航路設定の計算が出来たのだから。
「第六惑星がココで、主恒星がこっち……銀河中心部が……」
航宙長でもあり、通信士でもあり、甲板長でもあるブレットが、船長の要求を無視してホロスコープ(専用の解析機)で計算。DSS・ドライブ・ポイントを計算し終わっていた。
いつの間にかブレットは熱くなっている。
海賊船が狩人のライオンだとすると、貨物船は獲物のウサギだろう。ライオンの戦いが爪や牙に寄るものなら、ウサギの戦いとは何だろう?
逃げること。逃げのびることがウサギの戦いだ。死ななければウサギの勝ちなのだ。
元来、ブレットは打算づくで日和見的な性格だが、時々もう一人の自分が顔を出す。
後先考えずに走り出すブレット。そいつは、海賊相手に暴れたいのだ。
「ポイント二〇・三・マイナス一二へ進路を取ります。十分後にDSS・ドライブに入れます」
操舵員であり、航宙長でもあり、通信士でもあり、甲板長でもあるブレットは、言うや否や操舵パネルを操作し方向転換する。
「よし! 機関長! 今度こそ機関全速!」
オイスター船長が、たった一人の機関要員に命令を発する。
「じゃ、若いの、またのぅー」
『何やってんだコラ! 俺の話を聞けってんだか――』
なにやらアツクなっている海賊だが、ポロネーズ機関長は、話しの最中で通信を切ってしまった。
「あー、機関全速。どっこらしょ、と」
この道六十年のポロネーズ機関長が、気合いを込めてレバーを操作する。
ロイヤル薬師丸は方向をわずかに変えた。貨物船としては、まずまずの加速で逃げ出す。
当然、海賊船は追ってくる。ロイヤル薬師丸のスピードを遙かに凌駕する能力を持って。
「本社、誰かいませんか?」
ブレットは救難信号を発信すると同時に、地球にある本社との直接通話を試みた。
『毎度ありがとうございます、ロイヤル宙運です。……ってブレット? え、なに? 救難信号出てるわよ!』
間抜けな応答をしそうになって、慌てて修正する女性の声がスピーカーより流れ出る。……通信用画像パネルは三年前に壊れたきりだ。
『海賊に襲われたの? やったじゃない! 保険申請しとくわね!』
この人も何かを狙っているようだ。喜々とした声がブリッジに響きわたる。
「ミス・マープル! 艦長のオイスターである! これから緊急DSS・ドライブに入る! ……ので一つよろしく」
専用マイクを手にしたオイスター艦長が、対応に出た女性社員マープル・キッドマンに語気荒く報告する……最後は小声になったが……。
『ちょっと、船長! ブレット! どういう事よ? 何で逃げるの? おとなしく撃沈されなさい!』
恐ろしいことを平気で言うミス・マープルは、ロイヤル宙運の優秀な経理部長さんだ。
経理部長が保険に頼る様なのだから、㈱ロイヤル宙運の危機的財政状況が分かろうというものだが……。
事実、給料不払いが二ヶ月続き、社員も四人を残して全員逃げ出している。
「ご免なさいマープルさん。通話はこれで終わります。きっと無事に帰ってきますから」
ブレットは強固な決意をミス・マープルに伝えた。
『船は沈められないと、保険が下りな――』
恐ろしいセリフの続きを聞きたくなくて、マープル女史との通信を途中で切った。
なんか、冷たい汗が背中を流れたような気がしたブレットだった。
「海賊船が、何かを発射したみたいじゃのう」
いまいち緊迫感に欠ける声で、ポロネーズ機関長兼レーダー手が報告した。
「対空防御! アンチミサイル発射!」
「だから、ミサイルは装備されていませんって!」
オイスター船長の命令に、速攻で口答えするブレットと、もの凄い不機嫌な顔でにらみ返すオイスター船長。
「カラコロカラコロ……」
ハムスターが回す回転車の音が操舵室を支配する。
「あのぅ~。急いでくれんかのぅ。物騒なのがドンドン近づいて来るんだがのぅ」
一番急いでなさそうなポロネーズさんが、一番緊急な話題を問題提起する。
「ミサイルとは言っても炸薬は入っていまい。得物をバラバラにしては連中の取り分がなくなるからな。振り切れブレット!」
「大丈夫、大丈夫! いけるいける!」
相対距離の計算をせずに、勘で答えるブレット。勘というよりも希望的観測と言った方がいいかもしれない。
「DSS・ドライブ可能宙域に到達! ミサイルに当たる前に他空間へ逃げ込みます!」
言いながらブレットは、DSS・ドライブ・プログラムを起動させた。
自分でも頬が赤くなっているのが解る。興奮して声もうわずっている。
「DSS・ドライブ五秒前!」
ミサイルがロイヤル薬師丸に、グングン近づいてくる。とても五秒を待っていられない。
「三秒前! 準備加速!」
エンジン・ノズルから白光が吹き上がり、船体構造材に強烈なGをかけた。
一瞬だけ、ミサイルとの相対速度がゆっくりになる。
「二・一」
カウント残が無くなった。
ミサイル着弾まで、ギリギリで間に合った! のか?
「DSS・ドライブ!」
オイスター船長が大声で怒鳴る。
「ロイヤル・ストレート・フラーッシュ!」
ブレットが、なにかを叫ぶ。
「イマイチ残念じゃ!」
オイスター船長の脊髄反射的突っ込みと、ロイヤル薬師丸のノズルから最大噴射されるのとが同時だった。
そして、ミサイルが薬師丸に衝突するのも一緒だった。
ロイヤル薬師丸は他空間(他の空間という意味で『他空間』と呼んでいるが)に突入し、通常空間=この世の因果律、から姿を消した。
関税とか、物によって違ってくるんだけど、運送業者に関係ない話です。




