17.宇宙的な家族問題を聞かされました
アプリア星系からの帰り便も、貨物をめいっぱい積めた。その事で㈱ロイヤル宙運は、手形支払い資金を得た。倒産の危機をからくも脱したのである。
行き便で海賊船を三隻も返り討ちにした噂は、大いに評価された。
民間の船が火器で海賊船を撃退した、とは公には言えない。よって、あくまでも噂なのである。
この噂による効果で、帰り便でファム・ブレィドゥー号が襲われる懸念は無くなった。
ちなみに、この時点でロイヤル宙運に対する宇宙輸送信用調査会社の評価が、Bの上クラスになったことを付け加えておこう。
現在ファム・ブレィドゥー号は一回目の他空間航行を終え、通常空間で航行中だ。
ブレットが積み荷を点検する為、貨物室に入ってきた。貨物室の管理ボックスにもネコ耳達が数十匹たむろしている。
「……いったい、この船には何匹のネコ耳族がいるのだろう?」
ロゼが質量計算を間違えたのも、ネコ耳族の総数を把握しきれなかったのが原因ではなかろうか、と思うブレットである。
なにせ、このネコ耳族。計算用のブックを開くと、どこからともなく現れ、キーボードの上に乗りたがる習性をもっているのだ。乗って何をするかというと、――お昼寝。
ネコ耳がモゾモゾ体を動かすたび、誤入力が繰り返される。
ファム号が遭難したのは、あんがい機器類の操作間違いかもしれない。
点検が一段落付き、ブレットはお弁当を広げた。ファム号には乗務員食堂も完備されているのだが、仕事中に食べに行くのもめんどくさい。
まあ、最大の理由は銀シャリを食べたい。その要求が大半を占めているのだが……。ファム号に日本食は配備されていないのだ。
名前は横文字であるが、ブレット・デューティを構成する遺伝子の八割方が日本人である。勿論、米で育った。一日一回はご飯ツブを食べたい人である。
お弁当といっても実にシンプル。
弁当箱に半分くらいの浅さでご飯を敷く。醤油で浸した鰹節を厚めに敷く。そして上から残り半分のご飯を乗せる。鰹節をサンドしたご飯。……ネコマンマとも言う。
たまに、ワサビを利かせた醤油を使う事もある。又それも変わっていておいしく頂いている。
食べる前に、お箸を持ってカチカチさせるのがブレットの癖である。あまり行儀が良いとは言えない。
その箸さばきを見て、感じ入っている者がいた。ネコ耳だ。
「器用に扱う。それで摘んで食べるのかニャ?」
「僕は、ほぼ日本人ですから。こうやってね……」
ブレットを中心に扇形に広がっているネコ耳達。彼女らを前に、実演販売のように箸を使って一口食べてみせる。
「をををぉををををを!」
ネコ耳達にドヨメキが走る。みな一様に目を見開き、鼻をヒクヒクさせる。
それを見て自慢げなブレット。
「その茶色いのは何だニャ?」
ネコ耳の一匹が、可愛い指を突きつける。可愛い指はプルプル震えていた。
醤油で浸した鰹節である。ロイヤル宙運がお歳暮やお中元で頂いた物の、余り物である。この鰹節は、今までブレット一人が消費していた。累積在庫が沢山残っているが、鰹節は基本的に保存食なので品質に問題は少ない。
「鰹節の削り節、と言う物だ。覚えておきなさい」
ネコ耳達は、ブレットの箸芸に驚いているのではない。鰹節の放つ、魅力的な香りに惹かれているのだった。
やはりネコ……。
連中、ダラダラと涎が口から垂れている。
「欲しいの?」
小首を傾げて問うブレットに、コクコク首を縦に振るネコ耳達。全員の動きが完全にシンクロしている。
「ホレ!」
ご飯ごと箸で一掴みして、アーンしているネコ耳の口に運んだ。
クピっとくわえ、モグモグして悶絶し、ゴロゴロ転がる。
「痛い! ホッペが痛い! 唾液の出口が痛い! ニャッ! ニャッ!」
「それは、ホッペが落ちるという現象だ。どれ」
アーンしているネコ耳達に、一口ずつくわえさせていく。
既に数匹のネコ耳達がゴロゴロしていた。
お弁当箱に、ネコマンマは既に無い。調子に乗って全部ネコ耳達に食べさせてやった。
「いっけね、自分の分が無くなっちゃった!」
ブレットは、金魚に餌を与えすぎて太らせるタイプなのである。対象の動物が喜ぶと見境無く食べ物を与えてしまう。つい、よかれよかれと過食にさせてしまうのだ。
「もっとほしい。もっとほしい」
奈良公園の鹿よろしく、ブレットに群がるネコ耳達。
「いや、もうないから」
チョウダイ・チョウダイと、首を上下させている。数も増えつつあった。虚ろな目をして、濡れた鼻面をブレットに押しつけてくる。完全に餌付けされた鹿状態だ。
「……いえ、今度もっといっぱい持ってきてあげるから。会社に帰りさえすれば沢山持って来れるから、今は許して下さいぃっ!」
暴徒化しつつある群衆を前に、身の危険を感じたブレットは泣きながら謝った。
謝る筋合いは全くないんだが……。
ブレットが苦し紛れに言い放った「沢山ある」の言葉に納得いったのか、ツブラな瞳をギラギラと輝やかせながら部屋を出ていくネコ耳の集団。
ネコ耳達の瞳の輝きは、肉食獣特有の殺気こそあれ、少なくとも社長を見る目の光ではない。
「ああ、畜生! ……いや、ホントに畜生なんだから悪口にならないか……。結局、お昼ご飯一口だけで終わっちゃったよ!」
哀愁感を漂わせた背中を丸めながら、異常の有無をチェックするブレット。運搬作業を担当したネコ耳達を信用してないわけではないが、当面の間は自分の目でチェックしなければ気が済まない。
管理ボックスにロゼが入ってきた。
気配に気づいたブレットが、振り向く。ロゼは機嫌の悪そうな顔をしている。
気を利かせてブレットが声をかけた。
「……さみしい?」
「バカ!」
更に機嫌の悪い顔をする。世間一般で言うところの『怒る』という行為だ。
「いろいろと、成り行きで馴れ合っているけど、……はっきりさせたい事があるの」
なんだろう? って面もちで、目を見開いてロゼを見るブレット。ただし、頭の中ではどんな事を考えているかは解らない。
「あなた、社長だったわよね?」
「この船の中では一番地位が低そうですけど、一応社長です」
ブレットが自分の事をへりくだって言ってるのだ、とロゼは受け取った。大間違いだが。
「一番高貴な立場に在りながら、実に気さくね。まあ、いいわ」
勘違いなんだが、幾分機嫌が直るロゼ。
「父上の跡を継いだんでしょう? 生まれたときから決まっていたんでしょうけど」
「倒産しなければ、『跡を継いでも良い』立場ではあったけどね」
ロゼは貴族社会に見られる、血筋による継承権の話をしている。
ブレットは、選択肢の一つとしての社長就任を話している。
話はかみ合っていないのだが、お話はスムーズに展開している。
「私、嫌いなのよ。特権階級に属する人間が!」
ロゼは、軽く腕を組んで横を向く。
「継がなきゃならないってシステムも、どうかと思うんですけどぉ。お昼ご飯ひとつ食べられないのが現状なんだけどなぁ。実際の所、僕の仕事内容はごらんの通り、ナッパ服を着たプロレタリアートですからね。血統で人生を左右するのは、競走馬だけで十分だと思うな」
不思議と説得力のある話をしているブレット。彼は学校を中退し、借金だらけの会社を継いだ身だ。彼から見れば、大人達が責任逃れをしている! としか映っていない。
社長とは名ばかりで、身を粉にして働いているのだから。
……精神的には余裕ありそうだが……。
「……意外と、質素な生活をしているのね」
「いや、そう言われると…………ちょっと悲しいかな……」
ブレットの虚像は、ロゼの眼に「話の分かるブルジョア階級」と映っている。
ブレットの給料と貯金通帳を見て、とんでもない間違いという事に気づくのだが、それはずっと先のことである。
「あなたは、ちょっと毛並みが違うようだけど、貴族階級には違いないわ。そして、それは私とは相容れられない存在」
「ネコに、『頑張るように』って言われる存在なんですけど」
……。
カラッ、カラカラカラ。
ハムスターのテレーネが回転車を回している。
「なぜ故、こんな所に?」
テレーネをいぶかしるブレット。一生懸命仕事をしているテレーネを全く無視し、キツイ目でブレットを睨み付けるロゼ。
ロゼの睨みに気づき、小首を傾げてカワイコぶるブレット。
ロゼには通用しなかった。仕方ないので話題を振る。
「アーシュラ様はどうよ? 貴族の最たる者じゃないです……かぁ……、なんて、ね?」
更に目尻が急角度で跳ね上がっていくロゼを見ながら、語尾を消し、揉み手になるブレット。
「あの人は別なの! 小さい頃から私を気に入ってくれて、目をかけてくれている人なの」
拳を握りしめ、ブンブンカ振り回しながら力説するロゼ。顔が真っ赤になっている。
「な、何か、特別なご関係でもあるんですか?」
テレーネの籠をぶら下げて、すり足で二歩下がりながら一筋の汗を垂らすブレットと、全身に緊張をみなぎらせフルフル震えるテレーネ。
「あの人と私は……姉妹なのよ。……腹違いのね」
「えっ?」
驚くブレット。そう言えば二人は似て無くもない。顎と口のラインがそっくりだ。
ブレットは「複雑な家庭の問題」で済みそうにない予感を覚えて黙り込む。
「姉妹」この甘美な言葉。
「母親違いの姉妹」本年度の麗しき日本語大賞に推薦します。
次回18話「宇宙でアッパーカットが決まりました」
「姉妹どんぶり」すばらしいご馳走です。
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