13.宇宙船乗組員引退しました
「さあ、今夜一晩ふかふかのベッドでゆっくり休みなさい。明日からキリキリ働いてもらうわよ!」
ファム・ブレィドゥー号に戻るや否や、いきなりマープルが鬼になった。ブレット達に今後のスケジュールを告げる。
「明日からって……次の仕事はまだ無かったんじゃぁ?」
「ふふふ、甘い甘い甘い! 蟻がコンクリサンドイッチ装甲隔壁を蟻酸で溶かして這よる混沌なほど甘い!」
回りくどく例えるマープル。ふんぞり返りながら、再び鼻の穴を見せる。
「軍にファム号を横取りされないために、私がどれだけの手を打ったと思うの!」
「な、なにやらかしやがりましたんですか?」
「ただ放置しておくと、軍に接収されるのは核融合を起こしている太陽を見るよりも明らか! そこで私はあらゆるメディアにファム号の情報をリークしたのよぉっ!」
ググッと握りしめた拳を下段に構え、七:三にて立つ㈱ロイヤル宙運経理部長。
……本当に何やったのか? 何やっちまったんですか!
「マスメディアで言えばニュースペーパー、テレビ局、ネット局、運輸関連機関誌、等々。アングラメディアで言えば、我が社ホーム、卒業大学広報室、公設・私設ネットコミニュティ、趣味のツーリング会、その他私が出入りしている有象無象の機関に、動画付きでファム号の情報を流したのよっ。ホーッホッホッ!」
右手の甲を口に、左手を腰に当て高らかに笑う。
「あの時、提督が動いたのも、きっとメディア関係に早々と嗅ぎつかれた事を察知したからだわ!」
「地上の会社からオービットベースまで来るだけでも、一時間はかかるはず? いつの間に!」
チッチッチッと人差し指を目の前でフリフリし、口の端を力づくで無理やり曲げて笑うマープル。
この人もっと沈着冷静な性格だったはずだ。何かあったのか?
「ここに来るエレカタクシーの中で、まとめて発信したのよ。その発信先に、お得意さまもあってね。一連のニュースを見たのか、つい今しがたまとめて発注が入ってきたところよ!」
転んでもタダでは起きない人。
このピンチを㈱ロイヤル宙運の宣伝に使ったのだ! つーか、不利な条件を有利な状況に持っていく、この能力。
……ただ、何でも金儲けに繋げる守銭奴なだけかもしれない。
「アプリア星系までの往復便を取ったわ。通常一週間の所を三日で到着するだけよ。しかも、一流企業の通常運行料金で引き受けるのよ。狙い通り、引き合いが沢山来たわ! どお? ファム号なら簡単な事でしょ?」
言って、アーシュラ様へ振る。アーシュラ様は、そんなバタバタした彼らを関係ないかのように微笑みを持って見つめていた。
「どうですか?」
アーシュラ様が、側に控えているネコ耳の一匹に視線を落とす。
「三日は、順当な時間だニャ」
秘書役らしいネコ耳は、ピンポン球並の球体を手に操作していた。既に計算が終わっていたらしく、アーシュラ様の問いに即答した。
「アーシュラ様。本当にファム号で運送業を始めるんですか?」
ロゼは、話が自分の手より離れ、どんどん先に進んでいく危機感を感じていた。
アーシュラ様は、ロゼの言葉に興味がない様子。別のネコ耳が差し出したピンポン球型ハンディ端末を覗き込んでいる。
「丁度良い知らせが入りました。ハスクバナードと連絡が取れたそうです」
「「何ですってー?」」
そこにいる全員が、異口同音に同じ言葉を叫んだ。
「装備を調え次第、迎えに来てくれるそうです。ゼルビオス首長艦隊が、ゼルビオス旅団に改変されて、救出の任にあたってくれるそうです」
そう言って、アーシュラ様は端末のピンポン球をロゼに渡した。
表示されたデーターを見て、唸るロゼ。
「うわー。首長艦隊全戦闘艦三万二千七百三三隻に高速装甲補給艦隊を特別編成? 最新鋭の強襲揚陸艦隊まで追加配備ですって! 爺やの、スパツィ・フォア予備艦隊一万七千隻も参加を希望してますね。この分だともっと増えそう」
「えーと、合計五万隻規模の艦隊じゃないですか! どうですかオイスター船長。地球軍は、まともに勝負できそうですか?」
軽い気持ちで訊ねるブレット。
「……ケティーム軍とビュエル軍が、……全艦隊を貸してくれるなら、……何とか戦いに持ち込む事が出来るんじゃないか? その時の指揮官にだけはなりたくないがね」
一発ぐらいは撃てるかもしれない。そう呟いて深く考え込むオイスター。眉間の皺が深くなった。
ブレットと片目だけをあわせたオイスター。意味深な表情だ。
「五万隻か、うーん……」
マープルさんが唸る。
……この人、五万隻の艦隊を何とかロイヤル宙運の為に働かせようと画策しているのではなかろうか?
「ハスクバナード史上、最大の長征です。準備だけでも、かなりの日数を必要とするでしょう」
ジト汗を滲ませるロゼ。本当にエライ事をやってしまったと血の気が引く思いだ。
「ゼルビオスの事です。艤装中の邀撃機械化要塞バハ・デュアルを仕上げて乗り込んでくるかもしれませんね」
アーシュラ様は、大変な事を他人事のように言ってのける。
「あ、でも、こちらから自力で脱出するとかすれば、もっと早く保護されるんじゃないですか?」
ブレットのナイスな提案に、マープルは音を立てて殺気を放った。
何か怖い言葉を発しかけるマープルを制して、アーシュラ様が声を張り上げた。
「まあ、はしたない!」
アーシュラ様、初めての不快感表示である。
ブレットはアーシュラ様の剣幕にオドオドする。
「いやしくもハスクバナード第三王女たる者、たかが遭難ごときで自ら助けを求め、軽々しく動き回る程落ちぶれてはおりませぬ! そのような卑しい行動をするくらいなら潔く自決いたします!」
ビシリと言ってのけた。
「王族って、いつもこんなものなの?」
口元に手を当て、ブレットはロゼに聞いた。
「そういう傾向はあるけど、今回のアーシュラ様は特に顕著ね」
ロゼの言うとおりである。まるで、アーシュラ様に事情があるかのようだった。
眉をひそめ合う二人の会話を聞いてか聞かずか、アーシュラ様がその場を仕切りだす。
「私がこの船のオーナーであり、あなた方ハスクバナード側乗組員の生与奪権を握っている事を前提に、多数決を取ります」
有無を言わさぬ多数決方法が採択された。
「味方艦隊が到着するまでロイヤル宙運のお仕事をお手伝いすることに賛成の方、意志表示してください」
その場にいる、両手で頭を抱えたロゼを除く全員が挙手した。
ブレットやマープルは勿論、オイスターやポロネーズも手を挙げている。その場にいるネコ耳族三匹も前足を、いや、手を挙げていた。
更に、いつの間に設けられたのか、特設パネル(大型フルハイビジョン)に向かっているネコ耳が報告する。
「ただいま、艦内ネコ耳族の投票率四十五%。即時開票、賛成票九十五%どっちでも良い票五%。『賛成』が当確となりました」
アーシュラ様正面の空間に二次元パネルが出現し、円グラフと棒グラフが表れる。
それぞれリアルタイムに得票率と得点を表している。隅の小さいカコミには、艦内各地の投票模様が動画で映し出されていた。
投票場と書かれた横断幕を張った施設に、行列をなしているネコ耳族。手に手に、アナログな投票用紙を持っている。
いつの間にか「賛成」の欄に花が飾られているボード。
そのボードの前で万歳三唱しているネコ耳族の群れ。
一方、反対派陣営には暗い影が。
こうまであざといと、盛り上げる為にワザと反対派を演出しているグループなのかもしれない。
大げさに投票を祭り上げるネコ耳達である。
ふざけているだけか、……或いは面白い方になびいているだけか?
いずれにしろネコ耳達は、アーシュラ様に完全になついている。
民主主義最大の欠点がここに暴露される結果となった。今回の多数決採択がその最たるものであろう。
「わかった、判りました。運送のお仕事を手伝います」
眉間に皺を刻みつつ、こめかみに指を当て賛同するロゼ。
今まで問題が起こる度に、毎回こんな光景が繰り返されてきたのであろう。
……可哀想なロゼ。ブレットは涙した。
「よろしくお願いします。アーシュラ様、そしてロゼさん」
ブレットは、心の涙をぬぐい、あらためて挨拶した。
人々に幸せを与える笑顔で答えてくれるアーシュラ様。
ロゼは、トホホ顔をしながら握手を求めてきた。
「ホントはチョビットばかし興味があったんだけどね」
ハスクバナードの人達も握手する習慣があるのかな、と思いながらブレットはロゼの手を握り返した。
ロゼの手は柔らかくて小さかった。
そう言えば同世代の女の子の手なんか握ったこと無かったな、とブレットが考えていると、二人の回りにネコ耳が数匹集まってきた。
目を細めてブレットの顔を下から覗き込んでいる。そして一斉に、
「ニヤリ!」
「なんなんだよぉ! こいつらー!」
「オホン!」
咳払いをして、ポロネーズがブレットに近寄ってきた。
「ブレットちゃんや、いや、ブレット社長」
そこでポロネーズが姿勢を正した。何か新たまった話があるらしい。
「いい機会じゃから言うが、……儂は船を下りさせてもらうよ」
「どうしたんですポロネーズさん! 今まで一緒にやってきたじゃないですか。何で辞めちゃうんですか?」
ポロネーズは先代から、そしてブレットが生まれる前から、ずっと船に乗ってきたロイヤル宙運の重鎮である。なんでこれからの時に船を下りる、つまり会社を辞職するのか。
「まあそう言うなブレットちゃん……いや社長。儂ももう年じゃ。船の仕事はキツいんじゃよ。それに第一、この船の動力機関は何だね? 儂の出番はどこにあるのかね?」
その時初めて気が付くブレット。なんて馬鹿な事を聞いたんだろうと、自分を責める。
「そんな顔をしないで……そんなつもりで言ったんじゃない。儂も余生を孫の世話で明け暮れたいだけじゃて」
そう言ってブレットの頭に手を乗せた。艶やかな黒髪をなでながら、
「幸いにも……幸いかどうか……、良い船が手に入った。儂も安心して降りられる。ちょうど良い時期が巡ってきたんじゃ」
ポロネーズの手は分厚くて堅くて、しわしわで……とても暖かかった。
ボボンキュキュババーンな歩くアイアンメイデン・マープル経理部長。
お酒飲むと、ほんのりピンク色に肌が染まって、ゲッフンゲッフン!
けしからん! まことにけしからん!
次回14話「宇宙運送業再開しました」
長かった導入部も、今回で終了。そして宙へ。アムr(ry




