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12.宇宙軍提督が出てきました

「出来るなら、その艦隊と事を構えたくはありませんねぇ」


 何時入ってきたのか。そこには、恰幅の良い初老の軍人が立っていた。


 髭を生やしたトドが軍服を着て二足歩行している、と考えていただければ、まず間違いなくイメージを伝えることが出来るであろう。


「提督!」

 大佐達は一斉に立ち上がり、靴音を立てて敬礼する。

 提督と呼ばれた人物は、後ろに秘書官らしき女性を連れてでデスクの傍らに立った。


「デリー・ボッカルドが本名だ。よろしく頼む」

 やぁ! って感じのぞんざいな敬礼で、この場の皆に答礼した。

 暑苦しい見た目とは裏腹に、何か軽いオッサンである。


「ロイヤル宙運の方々も所属の船を喪失し、経営的に苦しい立場に置かれている。王女様達も、御身内が迎えに来られるまで身の置き場がない。さらに私たち軍も、ケティーム帝国やビュエル同盟国にファム号を渡したくない。三すくみの状態ですな」

 ボッカルド提督は一旦言葉を止めて、部屋中の人達とネコ達を見渡す。


 自分の切り出した話題に、全員興味を抱いていることを充分確認してから話を続ける。

「そこで妥協案ですが、……ファム号を地球籍の艦船として登録するという案はどうでしょう? そして、あなた方ロイヤル宙運の船として運営してはいかがでしょう? このようにすれば、王女様達を路頭に迷わすこともありません。我々軍としても、目の届くところに置いておける……。いかが?」

 三方一両損的提案を進言すると、ボッカルド提督は笑顔でウインクを一つした。この提督、笑うと愛嬌のある顔になる。


「……なし崩し的に取り込んで、我々の技術の一端を手に入れようという魂胆が見え見えですが」

 ロゼが、ボッカルド提督を睨み付けながら話を続ける。


「軍としては、ファム号を取り込めない以上、我々を完全監視下に置いておきたいのでしょう? 私たち達ファム号組と友好関係を結んでおきさえすれば、敵の手に渡らずに済みますからね。あわよくば、ファム号の情報も収集出来ればそれに越したことはない」

 ボッカルド提督の思惑を、読み取ってみせるロゼ。


「いえいえ、あなた方と仲良くさせていただいて、あわよくば、そちら様から進んで技術提供の申し込みがいただければなぁ、と手前勝手に期待しているだけですよ」

 ボッカルド提督は、心を見透かされた子供のように悪戯っぽく笑った。


「まー最低限、二大陣営に、あなた方を渡しさえしなければオッケーなんですが……。ハスクバナード王国と、真っ先に地球が友好条約を結べれば幸いです」

 どうでしょう? とばかりに小首を傾げ、子供のような笑顔で返事を促す。


 マープルとブレットの視線が絡む。マープルの目は、悪い話ではないと言っている。

 続いてブレットはロゼを見た。ロゼはこの辺りが落とし所かな? という視線を返してきた。

 オイスターは、……うつむいて腕を組んでいる。寝ているのかもしれない。


「ロイヤル宙運としては、妥協出来る内容だと思います」

 ブレットは、ボッカルド提督の申し入れを受け入れた。提督は、笑顔で何度も頷いた。


「仕方ないわね。でも、腐っても王室直属! 地球軍の言いなりにはならないわよ」

 ロゼも、渋々賛成した。

 現実的に、ロゼ達も身の寄せ場がないのだ。味方救出部隊と接触するまで、アテもなく宇宙をさまようことは出来ない。


 ボッカルド提督が、無邪気な笑顔でこの場を締める。

「では、反対意見も無いところで……」


「ちょっと、お待ちなさい」

 アーシュラ様が、待ったをかけた。南部鉄製風鈴を鳴らした様な凛とした涼しげな声。 部屋中に沁み入る緊張感。


「ファム・ブレィドゥーを地球船籍の『貨物船』として登録するのですね?」


 コンマ数秒、ボッカルド提督の表情が凍り付いた。

「……勿論、地球船籍の貨物船としてね」

 再び、ボッカルド提督の顔一面に笑顔が溢れる。ただ、数瞬前の笑顔と違っているのは、わずかに油っぽい感じがする事だけだ。


「『艦船』では、余りにも範囲が広すぎますから。万が一、戦闘用を含む多目的艦だったりしたら、華奢なファム号では船体が持ちませんもの」

 アーシュラ様が涼しげな笑顔をボッカルド提督に向ける。のだが、その言葉は何やら意味ありげだ。


 ブレットがボソリと言った。

「もし戦闘目的を主目としたカテゴリーに、ファム号が登録されたりしたら……」

「あっ!」

 思いも寄らぬ方面から仕掛けられた罠を察知し、ロゼが声を出した。


 ブレットが、何かに憑かれたような目をして喋りだした。

「戦争が起こったとき、当事国は民間船を徴用し軍務に充填する事が出来る。戦闘可能艦であれば、前線に従事する事になっても文句は言えない。だけど、これが貨物船なら、最悪の場合でも輸送任務で済む、か……」

 この少年、時々鋭い所を突く。


「この差は大きいわね」

 ロゼが顎に手を置いて、さっきの仕返しとばかり、これ見よがしに呟く。


 もっとも、戦闘を強要されてもタダで応じるロゼ達ではないだろう。

 しかし、ブレット達は太陽系国家地球に本籍を置く住人だ。道義や義理や義務等によって、コントロールされないとも限らない。


「地球政府に関わり合いのある会戦は、小競り合いを含めて二・三年に一度のペースで、どこかで起こっておる」

 眠っていると思われたオイスターが、タイミング良く話しに割って入る。


「現在の人類文化圏では、ケティーム帝国とビュエル同盟国の二大国家が人類生存権の覇権と称して戦っている。ここ数年は和平協定が結ばれ比較的穏やかではあるが、裏ではお互い戦力の回復に勤めているはず。この平和が、後どれくらい保つか疑問である!」

 自称元軍人を名乗るだけあって、オイスター船長の状況分析はもっともらしい。


「あなた達の国家は一つじゃなかったの?」

 ロゼが、コソッとブレットに聞く。

「うーん、痛いところを突かれたねー。政治的に見ると、宇宙は真っ二つに別れているんだ。地球政府は柔剛取り混ぜて、完全中立の立場を貫いてきてるんだけどね」

 そう言いながら、目でオイスターに助けを求めているブレット。


 自分の出番とばかりに、コホンと咳払いを一つするオイスター。

 だが、話し出したのはボッカルド提督だった。

「たかが一星系の体力です。整っているとは言え、大した戦力は整備出来ませんよ。仮に、二大陣営のどちらかに戦いを挑まれれば、地球が負けるのは時間の問題でしょう。でも、簡単に負けてしまうほどの貧弱な戦力でもありません」

 そこで胸を張るボッカルド提督。だんだん芝居がかってくる。


「戦いを挑んだ陣営も、ただでは済まない犠牲を強いられる程度には、ささやかな戦力の維持に日々精進しております。そしてそれは、静観しているもう一方の陣営に、戦略的チャンスを与える事を意味します」

 殺意を帯びた視線をボッカルド提督に送るオイスター。手がワナワナと震えている。


 ブレットとロゼは、身を乗り出して専門家の頂点とも言える「提督」からのレクチャーを受ける。訳の分からない自称元軍人より、バリバリの現役提督の話の方が絶対リアルだ。

 それに、こんな立場の人に、地球政府の戦略を直接聞く機会など滅多にない。


 提督は、そんな事を知ってか知らずか、ブレット達のノリに得意になって話を進める。

「奥の手なんですが、……戦いを挑まれた時点で、もう一方の陣営に戦闘協力を求め、同盟戦線を張ることが外交条約で締結されています。つまりですな、地球に手を出すという事は攻撃側陣営に二面作戦を強要させる、という事です。人類社会の未来には、ちゃんとレールが敷かれているのですからご安心を」

 オイスターはボッカルド提督の話の間、ずっと不機嫌に黙り込んでいた。


「へぇー、やっぱ専門家は考える事が大きいなぁ。実は僕、ケティームが攻め込んできたらどうしようかと、ずっと悩んでいたんだ」

 ブレットは目をキラキラと輝かせながら提督の「話術」に酔っていた。

 提督は今ここに、一人の少年の心の闇を打ち払ったのだった。


「おっと、これは地球政府と軍の機密事項ですから。お友達には喋らないで下さいね」

 この辺、話術の基礎なのだが……。ウンウンと頭を上下に振るブレットとロゼ。

 この程度の機密事項は、マープルのような一般地球人にとって、子供教育番組並の内容であった。という事を付け加えておこう。


「じゃあ、そう言うことで手打ちね。仕事が詰んでいるので、一刻でも早く作業を開始したいのですが」

 マープルは既に立ち上がっている。彼女はウンザリしていた。早くブレット達を働かせたいのだ。


「それでは、これ以上お引き留めするのもご迷惑をおかけするだけのようですな。これでお開きに致しましょう」

 まるで宴会での締めの挨拶みたいな口調で、ボッカルド提督はこの場を締めくくった。

 何か言いたそうな大佐達を片手をわずかに動かすことで押さえていた。


 マープルさんを先頭に、みんな部屋からゾロゾロ出ていく。

 オイスターがドアをくぐりかけたとき、提督が声をかけた。

「オイスターさん。どうですか今晩? たまにはカードゲームで遊んで下さいよ」

「いつもの様に、ジョーカーを外したゲームならお断りだ」

 右の眉をヒョイと上げて、残念の意を表明する提督。豊かな表現法を誇る。


「にしても、相変わらず最後の詰めが甘い男だな」

 ドイツ系老船長の言葉に、イタリア系油ギッシュな提督はわずかに笑顔を凍らせた。

「オイスターさんにはとてもかないません」

 それでも肩をすぼめ、手のひらを上に向けておどけて見せた。


「オイスター船長は、提督とお知り合いだったんですか?」

 やり取りを聞いていたブレットが問う。

「知らん!」

 髭を生やした老人からは、素っ気ない答えが返ってきた。

 ブレットは、確かめるように提督の方を振り向いた。

「知らないと言うからには、知り合いじゃないんでしょうな」

 提督は、情けない顔をわざとらしく作り、小首を傾げた。


 こんな大人達のやり取りに、ブレットはどこまでが本当なのか、どこからが冗談なのか、判断つけられないでいた。

二年に一度、糖尿になっているという設定のボッカルド提督。当年とって57歳。

提督というよりも政治家といった方がしっかりくる性質。階級は大将。


次回13話・宇宙船乗組員引退しました

政治なお話も次回まで。14話より、舞台は宇宙へ。……いまも宇宙ですが。

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