second voice question story 002 ノイズの向こう側の謎
ラジオからCMが明けた後の『ナイト・トーク』は、明らかに異様に染まっていた。立処の声はオドオド佐賀、伝わるほど動揺し、活舌は乱れ、番組後半に予定されていたトークコーナーは、すべてカットされ、代わりにクラシック音楽を流し、番組終了を迎えたのだ。
「・・・終わった」
アパートの一室で、音原 すみれは、大きく深呼吸をした。
うす暗い部屋の机の上にある、小さな液晶画面が、青白く光っている。
すみれは、毎晩、お気に入りのラジオ番組を録音していた。
音に対して過敏なすみれにとって、夜のラジオのノイズやパーソナリティーの息遣いは、心を安らげる唯一の睡眠役だった。
だから今夜の録音データは、安らぎとは程遠く「戦慄」を秘めている。
すみれは、レコーダーのボタンを操作し、先ほどの録音した、午後9時3分前後辺りの箇所を聞き直した。
【おまえは昔、自分の声と引き換えに大切な人の声を奪っただろう】
あの甲高い歪んだ"腹話術のような声"が再生される。
すみれは目を閉じ、聴覚に神経を集中させ、音の波形を頭の中で解析していく。これが、誰か別の人物が外からマイク越しに喋った声なら、マイクと口元のの距離感が変わるはず。
事前に録音されたなら、ラジオ局のミキサー特有の微細なノイズが混合するはず。
でも、それらの条件は存在しない。
あるのは立処の唇が擦れ合う微かな音。そして、彼の声帯が異常な緊張を生み出している物理的な証拠だけ。
「やっぱり・・・・・」
すみれはシャープペンシルを握り文字を躍らせた。
〘仮説1:立処は自分の意思とは無関係に『あの声』を出している〙
〘仮説2:あの声は、彼自身が出している『別の記憶』または『別人格』〙
鎮まりかえった部屋の中ですみれの心臓の鼓動が早くなっていた。
ただリスナーとしてスルーすることが、できる。音に憑りつかれたすみれの好奇心は、もう引き返せないところまで刺激されていた。
不気味な声の中に混ざっていた立処の音、雑音?が耳から離れない。
すみれはパソコンを立ち上げ、『FMミナト』の番組にメッセージを入力した。
♢♢♢立処様
今夜の放送拝聴いたしました。番組後半の放送事故について、周りのスタッフさんは"機械の不具合、悪質な嫌がらせ"だと思っているかもしれませんが、あの別の声はスタジオ外部から入ったものではありません。
あなたの喉から出されたものです。
あなたは何かに口を奪われていますね?午後9時になるとまた、あの声が、出るのでしょうか?♢♢♢…ラジオネーム 音原
送信ボタンの上にカーソルを置き、一瞬躊躇したものの、クリックした。
♧♧♧ ♧♧♧ ♧♧♧ ♧♧♧
翌朝10時 ラジオ局『FMミナト』の会議室には重苦しい空気が漂っていた。
「立処くん、説明してくれないか、昨夜のあれ、あの声はなんなのさっ」
局の編成部長が腕組したまま厳しい視線をぶつけていた。
テーブルをはさんで座る立処は、顔色を失い、目の下に濃い隈を作っていた。そう、昨夜は一睡も眠れなかったからだ。
「申し訳ありません、自分でもよくわからなくて・・・」
「分からないでっ・・・て、済まないぞ、スポンサーから問い合わせがあって、対応に困って、演出なら、事前に通すことを伝えたはずだけど」
「・・・・演出ではありません」
立処は思わず声を張り上げてしまった。喉のヒリヒリが返ってきた。
「僕は、届いた便りを読もうとしただけなんです、そして、急に喉が固まって、勝手に・・・」
「くだらん、言い訳にしか聞こえんぞ」
冷酷な言葉が、立処の胸をズカズカと差した。信じてもらえない悔しさの、ぶつける場所を探していた。
"自分が一番、あの現象に怯えているというのに、どうしたらいいのか・・・"
その時会議室のドアが、ゆっくり開いた。
「そこまでに、していただけますか、部長」
入ってきたのは、一人の女性だった。黒いスラックススーツを着て髪を一つで束ねていた。
手には何枚かプリントされた用紙が握られていた。
「あなたはどなたですか?」立処が尋ねると
「今日から『ナイト・トーク』のディレクターとして着任した、谷笠真理恵だ」
部長が不機嫌そうに紹介した。
谷笠は、手元の用紙をテーブルの上に置き、
「立処さん、今朝番組宛てに、興味深いメッセージが届いて・・・」
谷笠が差し出した用紙の一番上には、すみれが送信したメッセージが印刷されていた。
『あの別の声は、あなたの喉から、出されていた音です』
立処の心臓は跳ね上がった。印刷された文字を何度も、読み返し、
「この"音原"というリスナーは一体・・・」
「リスナーの指摘通りなら・・・」
真理恵は淡々とした声で、告げた。
「今夜9時にも、また、"あの声"が出るということになりますねっ・・・」
真理恵の唇の端が、ほんのわずか引き上げられたのを、立処は見逃さなかった。




