second voice question story 001 午後9時の異変
「残り十秒前です」
調整室のガラス越しに、タイムキーパーの丸い指がカウントダウンを刻む。
地方ラジオ局『FMミナト』の第3スタジオ。防音材で囲まれた四角い密室は、夜になると静かな空気と機材の微かな熱気が混ざり合う。
パーソナリティを勤める立処は、マイクのスイッチのレバーに指先を添えたまま、小さく呼吸した。テーブルの上の時計が午後8時59分55秒。
(今日も、あの喉の渇きがする・・・・・)
立処は自分の喉に軽く手を当てた。この半年ほど、マイくを前にすると急激に声が掠れる。原因不明の不調に悩まされている。かつて、「聴く者の心に寄り添う宝の声」と評された、パーソナリティーとしての評判は薄れ担当番組は、30分枠『ナイト・トーク』1本になっていた。
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三、二、一
赤く灯る"ON AIR"の文字。時報のピッピッピーという音が鳴る。
「午後9時になりました、みなさん、こんばんは、立処 昇の『ナイト・トーク』今夜も静かなひとときを、ごいっしょしましょ」
出だしは悪くない、発音に気を付けながらゆっくり言葉を声にした。
でも、体からは冷や汗が・・・現われ、台本を持つ指が微かに震えを帯びていた。
「さて、今夜最初のコーナーは、皆様から届いた『夜の忘れ物』というテーマのお便りをご紹介します」
立処は、机の上の並べられたプリントの一番上を手に取った。ラジオネームのない、手紙形式の便りだ。放送直前机の片隅に置かれていたものを、そのまま持ち込んだのだった。
「えーっ、愛知県にお住いの匿名希望の方からのメッセージです」
立処は、目を細め一行を読み上げようとした。
『立処さん、こんばんは私はずっとあなたに、言えなかったことがあるんです』そこまでは確かに自分の声だった。次の瞬間・・・
(えっ・・・・っっっ)
喉が焼かれるような感じで、カーッと熱くなった。まるで誰かに喉を掴まれているような・・・。立処は息を詰まらせ口を閉じようとした。
でも、勝手に、話しはじめた、別の声で。立処の声は閉じ込められていた。
『--おっ前は、昔自分の声と引き換えに大切な人間の声を奪っただろ?なぁ、覚えているかい?』
スタジオのスピーカーからその声は流れていた。
それは立処の声ではない、甲高く、木彫りの人形がカタカタと顎を鳴らし、喋っているような歪んだ声。
腹話術師が人形の口を借りて喋らせる鴇のうな不自然で奇妙が加わっている声だった。
「ツッ・・・!」
立処は目を開き、マイクのレバーを下げようとしたが、指先がかたくて、動かせない。内側から押さえつけられているような感じもあった。
口は勝手に開き自分の意思をはねのけて、喉の筋肉が動き、声を出し続ける。
『覚えているだろう、立処、あの雨の夜、保身のために嘘をつき、代わりに罪を擦り付けた、あの人間の事を』
(やめろ・・・・、何だこれ、誰が・・・誰の声で話しているんだ・・・)
脳内でどれだけ叫んでも、声帯は立処のところへ帰らず、エラーが暴走した、腹話術のように、しゃべり続ける。
調整室のスタッフたちは、パニックで、ガラス越しに立っているのがみえた。
『午後9時の時報を鳴らした瞬間、立処おまえは自分の言葉を抹消されるのさ ははははっっっっ・・・』
立処は全身の力を振り絞り、自分の力で右腕を動かすと、テーブルのマイクが床に叩き落ちた。
"ガン"と激しい音と、ハウリングがスタジオに響き渡り、
「CM、CM入れて、早く・・・・」
調整室に向かって叫んだ声は掠れきった、精一杯の立処自身の声だった。
音声が、切り替わり、スタジオ内にスポンサーの賑やかなCMソングが流れた。立処は激しい息で呼吸を繰り返し、自分の手で喉を強く押さえた。
あの甲高い声は、一体何だったのか、誰も知らないはず過去を喋ったのか?立処の身体は恐怖で震えが止まらなかった。
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同じ時刻。ラジオ局から数キロ離れた小さなアパートの一室。暗闇の中でラジオのスピーカーに耳を傾けている女性がいた。
音原すみれ。膝の上に置いたノートに、シャープペンシルを持ちすぐメモできる状況。
CMが流れ耳に届いている。
「・・・今の何・・・?」
思わずすみれは呟き、集中した。
すみれは、幼いころから、音の重なりに敏感で、音の中の音・雑音など、特質な聴覚の持ち主。
一般のリスナーなら、ただの音声の放送事故/不気味なリスナーからの電話・・・と思うかもしれないが、すみれの耳は違っていたのだ。
あの甲高い声の裏で響いていた、微かな喉の振動音、空気の摩擦音、すみれは"立処 昇の本人の喉から別の声が出ている"とノートにメモをした。
ラジオの向こう側のスタジオ内で、今とんでもない、異常が・・・
すみれは、全身で、強い恐怖を受け止めていた。




