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『勇者リリアと魔王のフィアンセ』Eden Force StoriesⅣ(第四部)  作者: 瀬尾 碧


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『第四話・3 霧氷の谷、春の凱旋前夜』

笑い声がようやく落ち着いた頃、谷の上空には春の兆しが漂いはじめていた。

長く覆っていた氷霧は薄れ、黄金の光が雪面をやさしく照らしている。

戦いの余韻がまだ空気の奥に残るのに、それでも世界は、何事もなかったかのように新しい朝を迎えようとしていた。


リリアは深呼吸し、肩の力を抜いた。


「……はぁ。なんか、やっと終わったって感じだね」


セラフィーが頷いて微笑んだ。


「ええ。……本当なら、“あなたを助けるための薬草”を採りに来ただけだったのにね」


その瞳には、安堵と、少しの信じられなさが混じっていた。


「まさか病を癒やすどころか……あなた自身が、奇跡みたいに蘇るなんて」


ブッくんがぺらりと頁をめくり、ドヤ顔で言う。


「せやな。薬草採りに来たら勇者復活して、ついでに魔王軍の第三将まで討伐してもうた。

遠足どころか、これ国家行事クラスやで」


リリアは思わず転びそうになり、雪に手をついた。


「遠足で第三将討伐って……修学旅行のノリじゃないんだよ」


ブッくんが翼をぱたぱたさせながらすかさず突っ込む。


「ほな、土産は“魔王軍の角”やな!」


「そんなもん税関で止められるわ!!」


肩の上のワン太が、ふわりと動いた。

柔らかい耳が風に揺れ、くりっとした瞳でリリアを見上げる。

その表情には、言葉よりも温かい安心が宿っていた。

リリアは微笑み、指先でその頭をそっと撫でる。


「……うん。もう大丈夫。みんなのおかげだね」


ネイルはまだ緊張が抜けない様子で、両手を胸の前に組みながら小さく頭を下げた。


「……リリアさま。本当に……お疲れさまでした。

 このまま王都へ戻られるのですね」


リリアは空を見上げ、ゆっくりと頷いた。


「うん。……王都に報告もしないとだし。

あとさ、たぶん向こうじゃ、まだ私“寝たきり”扱いなんだよね」


セラフィーがくすりと笑う。


「……ええ。寝たきりどころか、“意識が戻るのは数週間後”って言われてたくらいよ」


「ふふっ、じゃあビックリだね。“奇跡どころか本人が歩いて帰ってきた”って」


(というか……いなくなってる時点で、医療塔たぶん今パニックだろ!?)


(“勇者リリア、病室から消失”とか速報出て、王国中で大捜索とか始まってんじゃね!?)


(たぶん今ごろ、「病室のベッドに残された髪一本」とか、ニュースで延々流れてるやつ!!)


ブッくんがまたぺらっと一枚めくり、得意げに言った。


「そりゃあ報告タイトルは──『勇者リリア、療養中に世界救う』やな!」


リリアは反射的に立ち上がった。


「ちょっ、世界救ってないから!! 第三将倒しただけだから!!」


両手をぶんぶん振りながら、声を裏返す。


「そんな見出し出たら、炎上どころか“再発防止委員会”立ち上がるわ!!」


(あと絶対トレンド入りするぞ。#勇者仮病 / #勇者に替え玉説?とか)


セラフィーが吹き出し、ネイルは困ったように頬を染めた。

その隣で、ワン太がリリアの首もとに身体を寄せる。

綿の詰まった腕を小さく動かし、ぎゅっと抱きしめる仕草をした。

それだけで、張り詰めていた空気がまた少し、やわらかくほどけていく。


リリアは目を細めてその頭を撫でた。


「……ま、でも悪くないか。

 戦いも終わって、みんな無事で……久しぶりに青空も見れたし」


セラフィーが肩をすくめる。


「まったく、あなたって本当に能天気ね。でも……それが一番、リリアらしいわ」


「ふふ……おかえり、リリア」


その一言に、風がやさしく揺れた。


ブッくんが誇らしげに頁を閉じる。


「ええ話や……“勇者、寝たきりからの復活劇”。朝ドラ化決定やな」


リリアが目をむく。


「やめて!! 放送初回で視聴者ドン引きするやつ!!」


「主題歌は『退院ウォーズ~命より早く~』でしょ!? 絶対嫌!!」


「せやけど視聴率20%超えるで?」


「そんな朝ドラないわ!!!」


リリアは笑いながら、軽く雪を払って立ち上がった。

白い息が春風に混じり、霧氷の谷を後にする足音が響く。

陽光が雲の隙間からこぼれ、黄金の羽根の残光を照らし出した。


セラフィーがリリアの横に並び、優しく頷く。

その手元にある籠の中では、苦労して摘み取った「蒼梢の雫草」が、その役目を終えたかのように静かな青い光を放っていた。

この小さな草が、すべての始まりだった。


「さ、行こっか。……王都が、きっとびっくりして待ってる」


リリアのその言葉に、セラフィーが「了解」と頷き、ネイルも小さく拳を握る。

ブッくんは羽音を立てて「出発進行や!」と叫び、

ワン太はリリアの肩の上で、「やれやれ」とでも言いたげに顔を背け――それでも静かに、頬へと寄り添った。


吹き抜ける風が、笑いと共に谷を越えていく。

蒼い雪原に残された足跡が、朝の光の中へと伸びていった。


(……っていうか、病室抜け出して帰った時点で医療塔の記録、もう地獄だろ)

(測定器が爆発する前に、医官のメンタルが先に爆発して“再発防止委員会”が本当に立ち上がるやつだこれ……)


その足跡の先には、

英雄たちの凱旋と――

案の定待ち受けているであろう“王国規模の大騒動”の予感が、逃げ場のない現実として、冷たくリリアの首筋を撫でていた。

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