ep.78 仲見世通りの闇市場と、塩漬け株の目覚め
江の島弁天橋を渡りきった先にある『ライオンアイズ・ウォッチ(ただし湘南仕様)』。
その中枢へと続くかつての土産物街――弁財天仲見世通りは、完全に世紀末の闇市へと変貌を遂げていた。
「寄ってきな! 鎌倉のダンジョンから命からがら持ち帰った防具だ!」
「こっちには貴重な真水と、干したダンジョン魚の燻製があるよ!」
ひしめき合うブルーシートの上には、泥に汚れた日用品から鈍い魔力を放つ出所不明の武具までが雑然と並んでいる。
一郎は、自身の周囲をがっちりと固める5体のゾンビたちを従え、ゆっくりとその喧騒の中を歩いていた。
STR520の補正を受けたゾンビたちが一歩進むたび、周囲の避難民や商人たちが「ヒッ」と短い悲鳴を上げて道をあける。
その圧倒的な威圧感は、この治安の悪い拠点で舐められないための最高のリスクヘッジだった。
「さて、どこかに掘り出し物があればいいのだがな……」
一郎の目的は明確だった。
パシフィコ横浜の激戦で手に入れた強力な固有ユニーク武器『Montregul's Grasp(モントレグールの掴み)』。
これを装備するためには、必要装備レベルは70。
現状では一郎のレベルは52のためまるで足りない。
また一郎に圧倒的に不足している『Intelligence(知性)』のステータスを底上げしなければならない。
(狙い目は、知性を固定値で上昇させる『Lapis Amulet』、あるいは知性の補正がついた指輪や魔術師用の装備か……)
じろじろとシートの上の商品を一瞥していく。
大半は、ゲームで言うところの『Normal(白アイテム)』、あるいはロクな追加効果のついていない『Magic(青アイテム)』のジャンク品ばかりだ。
そんな中、一郎はある一角の露店で妙な空気を放つ男の前で足を止めた。
男は怪しげな黒いローブを纏い、周囲の商人たちとは明らかに一線を画す冷徹な佇まいで、数個のアクセサリーを並べていた。
「ほう……。そこのあんた、いい目をしてるな。その引き連れているデカブツどもを見れば、ただの一般人じゃないことは分かる。……覚醒者だろ?」
男が不敵に笑う。
一郎はその言葉を否定せず、男の前に並ぶ商品へと視線を落とした。
その瞬間、一郎の網膜に『PoEシステム』の鑑定ウィンドウが浮かび上がる。
【Lapis Amulet】
・要求レベル:20
・+25 to Intelligence(知性が25上昇)
(ビンゴだ。まさに求めていたアミュレット……!)
一郎の胸が高鳴る。
これさえあれば、あの塩漬け状態だった強力なユニーク杖を装備できる条件が整う。
いや、一郎はそこでふと気づく。
(今のSTR+50アミュレットをこれに変更するとThe Baron(男爵)のゾンビ強化ができなくなる。まさにこちらを立てればあちらが立たず……!だがINT増加も捨てがたい。一応確保しておくか。)
「そのアミュレット、いくらだ?」
「お目が高い。だが、これは普通の金じゃ売らないよ。俺が欲しいのは『Scroll of Wisdom(鑑定のスクロール)』か、あるいは使える『Gem』だ」
物ブツ交換の要求。
この世界において、既存の紙幣がゴミクズ同然になっている証拠だった。
一郎はインベントリから、先ほどヒルロックを倒した際に手に入れたばかりの『Scroll of Wisdom(鑑定のスクロール)』を数枚取り出し、男に見せる。
「これでどうだ?」
「……チッ、スクロール3枚か。悪くないが、もう一押し欲しいね。あんた、何か珍しいもんを持ってないかい?」
強欲に目を光らせる商人の男。
一郎は少し考え、インベントリの奥で眠っていた、今の自分には不要な『Iron Ring』を引っ張り出し机にコトリと置いた。
「これなら文句はあるまい」
「……! 指輪のベースか! よし、交渉成立だ」
男は満足そうにアミュレットを差し出し、一郎はそれを素早く受け取った。
アミュレットを収納袋にしまいさらに散策する一郎。
◇
目当ての基礎スペック向上アイテムを手に入れたものの、ビルドのパズルは一筋縄ではいかない。
元社畜として数々の複雑なプロジェクトや財務諸表をこねくり回してきた一郎にとって、このステータスのやりくりは一種の「資産配分」に似ていた。
(現環境において、手持ちのユニーク兜『The Baron(男爵)』がもたらすゾンビ強化の恩恵は最優先の基幹事業だ。これを外してまで『Montregul's Grasp(モントレグールの掴み)』の早期運用のために知性を盛るべきか、あるいはレベリングを進めて基礎値を底上げするべきか……)
そんな風に贅沢な悩みに思考を巡らせながら歩いていると、通りの突き当たり、一際大きな黒いテントの前に行列ができているのが目に入った。
看板には、殴り書きでこう書かれている。
【スキル・鑑定所:未鑑定品の鑑定代行&売買】
どうやら、戦闘職ではない一般の避難民や、ダンジョンで命をからがら宝箱を拾ってきたスカベンジャーたちが、一攫千金を夢見て集まる場所のようだ。
「頼む、これを見てくれ! 鎌倉の奥で見つけた凄く光るジェムなんだ!」
「おいおい、またただのガラス玉かよ……って、おい、これは!?」
テントの中から、鑑定士らしき男の驚愕の声が漏れ聞こえてきた。
周囲の野次馬たちが一斉にざわめき立ち、一郎の鋭い視線もまた男の手元へと向けられた。




