イスラの罠
「……お嬢様、無理ですよ。彼女を籠絡するなんて僕には出来そうにありません」
「無理、出来ない、なんて聞きたくないわ。
やるのよ」
「でも彼女…メルシェさんは僕の秋波に全然気付かないんですよ?もうかれこれ2週間もアプローチしてるのに全く分かってくれない……」
「ホント鈍感な女ね……ジラルドってばあんな女のどこがいいのかしら」
「サバサバしてるわりには情に篤いところですかね?それに美人だし、いい体してるし」
「何よ、あんたの方がすっかり絆されてるんじゃない、しっかりしてよ?こうなったら無理やりにでも自分のモノにしてしまいなさいよっ」
「ええ~……強制的に関係を持つのは僕の趣味じゃないんですけど……」
「うるさいわね、なんの為にお父様が貴方を養子にしたと思ってるのよっ。そのムギリョウとやらに似た顔を駆使してなんとかしなさいよね!」
「いや、顔で養子に選ばれた訳じゃないんですけどね……子どもの頃はそんなに似てなかったし」
「もうホントうるさい!さっさとあの女をなんとかして!じゃないといつまで経ってもジラルドを私のモノに出来ないわ!」
「ご自分の魅力で何とかなさろうとは思わないんですか……」
「ずーーっとやってるわよっ!でも全然靡かないのっ!この私が、全身でアプローチしてるというのにっ!」
「うーん……単に好みのタイプじゃないんでしょうね」
「お黙りなさいっ!!
とにかく!さっさとあの女を片付けて。
わかった!?」
「はいはい、わかりましたよ……」
◇◇◇◇◇
ケント=バレイルはクレメイソン伯爵家の養子であった。
祖母が東方人で、彼の国のスーパースター、
ムギ=リョウタロウとは遠い親戚らしい。
その為か件の遠い親戚のスーパースターとケントは瓜二つである。
その特徴は成人してからは更に顕著に現れ出した。
しかし東方と西方、遠く離れた国の親戚と似ているからといって、実生活には何ら影響は無い。
それが一変したのが養子縁組先の末娘のイスラ=クレメイソンが筆頭魔術師であるジラルド=アズマに懸想してからである。
バディの初顔合わせの時に一目惚れをし、
自分の伴侶として隣に立つのはこの男しかいない!
と周りにも豪語していたというのにジラルド=アズマは既婚者であった。
しかも新婚ほやほやの。
イスラの両親も周りの人間も、不義は駄目だ、不貞なんて以ての外、諦めろ諦めて普通の令息と結婚しろなどと至極当然の言葉を連ねてくる。
しかしイスラは一度欲したモノを諦める事を知らない性格であった。
周りが諌めれば諌めるほど、イスラは「何がなんでも私のモノにして、筆頭魔術師の妻になってやる!」と意固地になってゆく。
迷宮攻略中はデマの噂をダイレクトにジラルド=アズマの妻の耳に入るように画策したり、なるべくジラルド=アズマと妻が音信不通になるように手を打ったりと、実に様々な手段を用いてアズマ夫妻が離婚するように手を回していた。
それが功を奏し、王都に帰るなり妻のメルシェ=アズマが離婚届を叩き付けに来たそうだが、ジラルド=アズマはそれに同意せずに妻に対して謝罪し、土下座までして離婚保留をもぎ取ったのだそうだ。
そしてあれよあれよとまた一緒に暮らし出し、
あれよあれよと離婚話は消滅したという。
計画が破綻したイスラは焦った。
こうしている間にも、自分はどんどん歳を取ってゆく。
それなのに向こうは別れるどころか互いに思いが通じ合い、離婚騒動前よりも仲睦まじいとの事だった。
そうなったのならもう諦めればいいのに、
悪知恵の働くイスラはその状況下の中である計画を思いつく。
妻のメルシェが大ファンだと言って憚らない、
ムギ=リョウタロウにそっくりのケントを使って誘惑して引き離せばいいと……。
しかしケントにしてみればハッキリ言って迷惑な話であった。
上手くいってる夫婦の間を裂くような真似をするなんて正気の沙汰じゃない。
だがクレメイソン家には自分を養育し、充分に学ばせてくれた恩義がある。
特に末娘のイスラとは歳も近い為に共に成長したという家族めいた情もある。
自分がジラルド=アズマの妻を誘惑して、その妻も自らの意思で喜んで誘いに乗って来たのなら仕方ないじゃないか……ケントはそう思い、今回だけだという条件を付けてイスラに協力する事にした。
クレメイソン家の分家に王宮の人事課に務める者がいる。
その者に、「後学のために得意分野を活かした部署に配属されたい」という適当な理由をつけ、懐に金を入れたら希望通りに文書室へ配属になった。
そこで初めてメルシェ=アズマなる女性と出会った。
オレンジに近い明るい茶髪に深緑の瞳。
メイクも髪型も服装も流行りのそれを熟知しており、田舎の出とは俄に信じ難い洗練された女性だった。
稀に見るイケメン筆頭魔術師と謳われる、黒髪に新緑の瞳のジラルド=アズマの隣に並んでも何の遜色もない。
こうやってこの夫婦を見て、どうして自分の方が相応しいとイスラが思えるのか、ケントは心底理解出来なかった。
でもまぁ協力すると言ったからにはとりあえず努力だけはしてみようと、ケントなりにメルシェにアプローチをしてみる。
しかしこのメルシェ=アズマという女性、今までこういった経験が無かったのか恋愛に対する男女の駆け引き、心の機微というものを全く知らないようなのだ。
知らないを通り越して鈍感、と言ってもいいかもしれない。
とにかくどんな誘惑めいた言葉を投げかけても、
あまり表だっては出来ないが態度でそれとなく示しても、『暖簾に腕押し』『糠に釘』昔祖母がよく言っていたような状況になるのだった。
しかしもうやめたい、とイスラに言ったところで聞き分けてくれるはずなどない。
「もうこうなったらヤケだな」
と、ケントは最後の手段に出る事を決意する。
これで駄目ならもうお手上げ。
イスラには悪いが手を引かせて貰おう。
そう考えながらケント=バレイルはメルシェに声を掛けた。
出来るだけ深刻な顔で、そして急を要する逼迫した表情で。
「メ……メルシェ…さんっ……」
仕上げに目の前で体勢を崩して見せれば、さも本当の事のように見えるだろう。
ガタンッ!ガタガタッ……!
「バレイルさんっ!?」
突然目の前で苦しそうに崩れ落ちるバレイルを見て、メルシェは驚愕した。
そして慌てて駆け付ける。
「どうしたんですかっ!?
だ、大丈夫ですかっ!?」
心の底から心配そうに覗き込むメルシェを見て、
ケント=バレイルはこう思った。
――ああ、優しい人だな。心もキレイだ。きっと人を疑ってかかるなんて知らないのだろう。ゴメンね、でももし君が望むなら、僕は喜んで責任を取るよ。
「メルシェさんっ……急に差し込むような腹痛がっ……楽になるかもしれないので、腹部をさすって介抱してくれませんか……」
「わたしがっ?あなたの介抱をっ!?」
狼狽えるメルシェにバレイルが言う。
「……だってここには今、僕と貴女しかっ……いないじゃないですかっ……」
そう、今この文書室にはメルシェとバレイルの二人だけだ。
面倒見が良く、責任感の強いメルシェの事だ。
介抱の為ならと言う通りにしてくれるに違いない。
そして腹部に手を当てる彼女の体を抱き寄せ、
愛の告白をする。
この顔が好きな彼女なら、勘違いのしようもないくらいにハッキリと愛してると伝え、強引に口付けをすれば拒めないだろう。
その時に丁度ジラルド=アズマを連れたイスラが理由を付けてこの部屋へやって来る。
情熱的に口付けを交わす自分たちの姿を見て、アズマ夫妻の間に亀裂が入る……という算段だ。
イスラは既にこちらへ向かっているだろう。
――後はメルシェさんに一世一代の愛の告白をして口付けをするだけだ。
「メルシェさん……」
バレイルは突然、メルシェの手を取った。
「バレイルさん……?」
バレイルは有りったけの情熱を込めた眼差しでメルシェを見た。
そして、告げる。
あと3話で最終話です。




