扉を開ければ……
イスラは、ケント=バレイルから事前に知らされていた計画を成功させる為に、適当な理由を付けてジラルドを文書室へと連れて行った。
妻の顔を見れるとなれば、悔しいがこの男はホイホイと付いて来る。
――ふん、ご機嫌でいられるのも今のウチよ。扉を開けて最初に目に飛び込んで来たのが、妻と他の男との情事の最中だったら、貴方はどう思うのかしらね?当然、夫を裏切るような女と結婚生活なんて続けられないでしょう。
イスラは必ず上手くいくと確信していた。
何故ならケント=バレイルはとにかく女の扱いが上手い。
そしてあの甘いマスクで愛を囁かれ、靡かない女などいないはず。
ましてや大ファンである俳優と同じ顔の男からの誘惑だ。
きっと今頃、ジラルドの妻は他の男の腕の中にいるに違いない。
イスラは笑みを浮かべずにはいられなかった。
そして嬉々として文書室の扉を開ける。
――さあジラルド、とくと見るがいいわ!妻の裏切りをっ!!
「…………メルシェ……?何をやっているんだ?」
先に室内を見たであろうジラルドのその声に、
イスラは内心ガッツポーズを取った。
どうやら計画は上手くいったようだ。
イスラは芝居染みた声でジラルドにわざと尋ねる。
「どうしたのジラルド?奥様がナニかしてるの?」
とそう言いながら、自身も満面の笑みで室内を見た。
「………………………は?」
そこには、文書室の中には、
ムキムキのチョンマゲを結った守護精霊にお姫様抱っこをされたケント=バレイルとその横に立つメルシェがいた。
イスラも一応高魔力保持者なので、ボンヤリとだがチョンマゲ精霊が見える。
魔力が無い者からしたら、バレイルが横になって宙に浮いている……といった感じだ。
現にメルシェにはそう見えている。
バレイルもそうだろう。
突然入ってきたジラルドとイスラを見て、メルシェは告げた。
「大変なのジラルド!バレイルさんが急にお腹が痛いって……介抱して欲しいって言われたけど、素人のわたしがやるより医務室に連れて行った方が早いと思って。でもわたしじゃバレイルさんを運べないでしょ?だから、今もわたしを守ってくれている守護精霊さんにお願いして連れて行って貰うところよ!」
それを聞き、ジラルドは感心した。
「なるほど、守護精霊をそういう風に使うとはさすがはメルだ!マッチョンマゲはメルの言う事ならなんでも聞いてくれるからな」
「え?は?え?」
わけがわからないのはイスラである。
――なんでこんな事になってるの!?
メルシェ=アズマと情熱的な口付けを交わしているんじゃなかったの!?
イスラはバレイルを睨み見た。
するとバレイルは両手で顔を隠し、恥ずかしそうに恥辱に耐えている様子だった。
そして消え入りそうな声でこう言っている。
「ゴメンナサイ……モウダイジョウブ……オロシテクダサイ……」と。
それを聞き、メルシェは首をぶんぶんと横に振る。
「遠慮は要らないわバレイルさん、今すぐ医務室に運んであげますからね!あ、そういえばさっきわたしに何か言い掛けてませんでした?何でしょう?どうかされましたか?」
「イエ……モウケッコウデス…アノ、ホントニダイジョウブデス…カラ……」
バレイルはますます消え入りそうな声で答えた。
そしてチョンマゲ精霊が部屋を出ようした瞬間、病人として取り繕うのも忘れた様子で飛び降り、ダッシュで何処かへ逃げて行った。
メルシェはそれを呆気に取られながら見送る。
「だ、大丈夫…そうね……一体なんだったのかしら……」
そして首を傾げながらも気を取り直し、ジラルドに向き直った。
「それで?ジラルドはどうして文書室に?レディ・クレメイソンも一緒のところを見ると、何か仕事関係なのかしら?」
「いや?ただ単にイスラが文書室に用があるから付いて来いって言われて」
メルシェはイスラの方へ顔を向けた。
「何かご用でしたか?」
上手くいくと確信していた計画も失敗に終わり、
イスラは凄い形相で俯いていた。
その様子が気になってメルシェはもう一度イスラに声をかける。
「レディ・クレメイソン?」
メルシェの声にハッとして、イスラがメルシェを見る。
そして当たり前のようにメルシェの隣に立つジラルドを見て、歯軋りをした。
「っ……また今度でいいわっ!」
とそう言い残し、イスラは一人文書室を出て行った。
地団駄を踏みながら歩くという器用な事をしながら歩いて行くイスラ、淑女とは?と問いたくなる歩き方だ。
――何よっ!!どうしてこうも上手くいかないのっ!!
しかも何っ?守護精霊に守られているって事っ?
今までは僅かな魔力変動でもジラルドには感知されてしまうが故に敢えて物理的な方法を取ってきた。
しかし守護精霊に常時守られているとなれば、魔術も物理攻撃も効かない……。
――なんとかしたい、あの邪魔な女を本当になんとかしたいっ……!何か手はあるはずよ。ジラルドでも、守護精霊でも防げない、何かが……!
その後イスラは急遽クレメイソンの屋敷へ戻って行った。
◇◇◇◇◇
「ぷっ……ふふふふっ…くっ、あはははっ!」
「なに笑ってんの?」
「うわぁっ!?びっくりした!!」
夜、一人でソファーに座りながら魔力念写映像を観ている時にいきなり声をかけられ、メルシェはオレンジ一個分飛び上がった。
「ジラルドおかえりなさい…って、何度言ったらわかるの?ちゃんと玄関のドアを開けて入って来なさいよ」
「いやだよ面倒くさい。それより、なんで一人で笑ってたんだ?」
「あぁ。ジラルドが魔力念写映像を観れるように壁に魔術を掛けてくれたでしょ?
それを使って『サツタバヘイジ』を観てたの」
「サツタバ?ヘイジ?」
「そう。かなり昔の魔力念写映像なんだけど、オカッピキのヘイジが悪党をサツタバでしばいて倒して行くのが痛快で!それにヘイジ役のモリー=カザマ(芸名)が素敵なの♪」
「へー♪サツタバで殴るのか、それは斬新だな」
「でしょ?ジラルド、いつでも魔力念写映像が観れる魔法陣を壁に施してくれありがとうね。おかげで毎日何を観ようか楽しみで!」
ご機嫌のメルシェを見て、ジラルドも思わず顔を綻ばせた。
「どういたしまして。そんなに喜んでくれるんなら、もっと早く布陣しときゃよかったな」
「まぁそれは仕方ないんじゃない?
だって誰かさんは2年も家に居なかったし」
「おっふ」
思わぬ方向から飛んで来た流れ弾に被弾したジラルド。
メルシェは笑いながらジラルドの分の夕食の用意をした。
ジラルドはこのところ帰りが遅い。
遺跡調査で見つかった魔道具や石盤の分析を任されているのだそうだ。
それと加えてとある計画の準備中とか……
何の計画か一度聞いてみたが、
その時のジラルドの悪戯っぽい含み笑いが怖くて
詳しく聞くのはやめておいた。
あの笑顔は悪巧みしている時の顔だ。
絶対にロクデモナイ事だ。
「触らぬ神に祟りなし」と、
メルシェは東方のコトワザをポツリと呟いた。
夕食のチキンカツを頬張りながらジラルドが尋ねて来た。
このチキンカツの衣には摺り下ろしたチーズとハーブが入っていて、香ばしくてサクサクしてるのがメルシェ自慢のひと皿だ。
「メルってさ、東方の国って旅行した事ある?」
スープをよそいながらメルシェが答える。
「行った事はないの。いつか必ず行くという野望は抱いてるんだけど」
「そっか☆」
「どうして急にそんな事を?」
「いやね、行くなら早い方が嬉しいかな~って思って♪」
「いつかジラルドが連れて行ってくれるの?」
「もちろん、可愛い奥さんのお望みとあらば♪」
「ふふ、じゃあ楽しみにしてる」
「うん」
――別に東方の国でなくてもいい。いつか本当にジラルドと旅行に行けたら楽しいだろうな。
とメルシェはそう思った。
…………その時は☆




