46話 ペンタグラム会場
夏休み明けからの四日間はあっという間に過ぎ去った。
そして今日が、二日間の『剣士養成五学校対抗戦』初日。そう、決戦の日はついに訪れた。
線路の上を、水星学園代表メンバーだけを乗せた電車が走る。
各々剣を磨いたり、近くの人間と喋ったりするなかで、流れても
変わり映えのしない無機質なラグーンの景色を俺は、出発してからずっと眺めていた。
そうでもして気を紛らさないと、現に今小刻みに震えている手足はどうにもならないと思ったのだ。
『振り逃げ王子』と名付けられ、
どんなに蔑まれても、テトラという憧れの存在に助けられ、
紆余曲折あって彼女と知り合いになって、マコモやジンと出会って、
生まれて初めて心の中が空っぽになる感覚を味わって、
学園の代表になって、虐められて、
また心も身体もボロボロになって、それでもまた立ち上がって
また助けられて……
(俺は……ここにいるんだな。)
入学してからあったことが、突然走馬灯のように俺の心の中を駆け抜けていく。人は半年も経たない間にここまで色々な経験をできるのか、と感心してしまうほどたくさんの思い出が俺の中で知らず知らずのうちにできていたのだ。
その思い出の分だけ、俺が今背負っているモノは重く感じる。
戦いの舞台となる会場まであと10分程度に迫ったところで、ふと隣の席に気配を感じた。
「あっ。」
景色から目を外し振り向くと、清流のような茶髪を持った女性が、俺の隣に立っていた。
「生徒会長?」
俺の問いかけに、彼女はふふっと言って微笑む。
「お隣、よろしいですか?」
「えっ!……あっ、はい。」
俺は急いで隣の席の下に置いてあった荷物を自分の足元に寄せた。この一車両は水星学園用に貸し切られていたので、一人二席使える余裕があったのだ。
生徒会長は「お気遣いありがとうございます。」と言うと、上品にその席についた。
「1年生や初出場の皆さんが緊張した面持ちでしたので、このようにお話してまわっているのです。」
「そ、そうなんですか……。」
「武藤君は特に緊張して見えますので。」
生徒会長は再び微笑んで、俺の足に視線をやった。なるべく落ち着いた様子でいたつもりだが、どうやらバレバレだったらしい。
「特に固い話をするつもりはありません。あっ、もしお話をする気分でいらっしゃらないなら言っていただいて構いませんよ。」
特に断る理由もなかったので、俺はそのまま生徒会長と話を始めた。
彼女の繰り出す話題は、剣の「け」の字すら出てこないような他愛もない話だった。
最初はどのように言葉を返せば良いか迷い、途切れ途切れの会話だったが、途中で思ったことをそのまま口にすれば話が弾むことが分かり、いつの間にか生徒会長との時間を大いに楽しんでいた。
俺がわざと自虐的な言葉を口にすると、生徒会長は俺が傷つかない程度の軽い冗談も織り混ぜて返してくる。俺の中の彼女に対する印象が、喫茶店で一緒させてもらったときよりも更に柔らかくなった。
先ほどまでの全身が強張った感じは、既に無かった。『ペンタグラム』について話しているわけでもないのに、それに対する高揚感すら覚え始めている。
次の話題に移りかけた時、車内アナウンスが鳴る。
『間もなく、新西区画運動公園前。水星学園代表の皆様は、この駅でお降り下さい。お出口は……』
アナウンスの女性の声が言い終わる前に、生徒会長は立ち上がって、透き通った声を車内に響かせた。
「皆さん、荷物をまとめ始めて下さい。降りた後は、大会側が手配して下さったシャトルバスで会場のスタジアムまで移動します。その前に一旦集合しますので、お手洗いなどは降りてすぐに済ませるように。」
メンバーがいそいそと荷物置きから荷物を下ろし始める。
生徒会長は、
「お話の途中にすみません、私も自分の席に戻ります。次は、また時間があるときに……。」
と言って頭を下げ、自分の席へと戻ろうとした。
「あっ、待ってください!」
俺はふと思ったことがあり、彼女を呼び止めた。
「何でしょう。」
「あの………。」
あの時、喫茶店でご一緒させてもらったとき、あなたもテトラの変化に気づいていたのではないですか?
今思うと、あなたの言葉の一つ一つが、俺への助言みたいな気がするんです。
もしそうであれば……自惚れに聞こえるかもしれませんけど、俺にテトラの事を託したんじゃないですか?
テトラの一番近くにいる人間は、俺だと思うので。
「…………。」
しかし言おうと思った言葉たちは喉に引っ掛かり、音になることを許されない。
「……すいません、やっぱり何でもないです。」
やっと絞り出した言葉は、それだった。
「そうですか、では。」
生徒会長が茶髪を翻して席へと戻る。ふわりと踊った髪からは、花のような良い香りがした。
**********
バスに乗り換えて、運動公園の中の木々の間を貫く道を5分ほど移動すると、その会場は現れた。
その光景に感嘆の声をあげる間もなくバスは停まった。ドアが開くと、俺を含めた車内にいたメンバーは鉄砲水のようにドアから流れ出した。
「おお………。」
スタジアムは、白を基調とした、まるで城のような建物だった。大きさも半端ではない。ラグーン内にあるどんな山よりも、それは大きく見えた。
『ペンタグラム』の競技内容がリニューアルされるということを受けて昨年末に建設されたばかりらしく、傷一つない外壁が光を反射する様子は、さながらもう一つの太陽と言った所だ。
今こうして目の前にしてみると、俺は発せられるオーラに圧倒されるばかりである。俺のような臆病者なら尚更だ。
見た目はともかくこれからこの闘技場で死闘が………そう思うと、ただただ単純に恐ろしい。
ちょっと離れたところで記念撮影などをして騒ぎ回る他のメンバーの気が知れない。これを見て怖じ気づいているのは俺だけだと分かった瞬間に、俺の中の高揚感は一気に冷めてしまった。
俺だけが、弱い。
自分がここにいる理由を見失いかけたその時だった。
「今からでも棄権は出来るわよ?」
立ち尽くす俺の後ろから声が掛けられた。振り返らずとも声の主は分かる。一応後ろを見てみると、そこにはテトラが悪戯な笑みを浮かべ………るわけもなく、いつものように口を固く結んで腕組みをし、そこに立っていた。
「あんたがそんなビビってちゃ、移動中にフォンテーヌが話して回ってくれた意味がないじゃない。」
テトラは顔つきをより一層厳かにして近づいてくる。
「確かに緊張はしてる……けど大丈夫、結果はどうであれ、ベストは尽くす。」
僅かに残っていた自信で俺はそう言う。もちろん、大丈夫なんていうのは真っ赤な嘘だ。
パァンッ
突然乾いた破裂音が鳴った。
はっと気づいたときには、頬の痛みだけが俺に残されていた。
俺はそこで初めて、テトラの平手が炸裂したのだと知った。
「自惚れないでっ!」
見上げるテトラの顔は真っ赤だった。
「他の皆みたいになれとは言わないわ、ただ……こんなこと直前に言いたくはないけど……あんたは選ばれた人間の1人よ! 他の生徒を蹴落としてここに立っているの! 「ベストを尽くす」だけじゃあんたは何も変わらないわっ!」
「な、何やってるんデスか〜、てとらサン!?」
「……落ち着けヘクター。」
呆然とした頭を振って意識を鮮明にすると、既に周囲には他の水星学園メンバーが集まっており、テトラはマコモとファに取り押さえられている。
俺とテトラの間に割って入ったのは中村先輩だった。
「な、何があったかは聞かねえけどよ………何があったんだ!?」
と、彼は狼狽しながら俺に訊いた。
「どっちなんですか先輩……。」
「すまん。で、何があったんだ?」
「それは……」
「仲間割れか?水星学園諸君。」
ありがとうございました。




