表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/66

38話 自分の価値

「……ヒーロー、気合いが入ってる。」

「えっ?」


合宿2日目、朝食を終え、練習に向かおうとホテル玄関で靴をロッカーから取り出していると、マコモが声を掛けてきた。


「何かいつもと違うか?」


「……いえす、今日は強者っぽい感じが出ている。表情も引き締まっている。」


「えーと……客観的に見て普段の俺は一体どんな表情してんだ?」

俺が不安まじりに聞いてみると、マコモは両手で口を塞いだ。


「……おっと失言。」


「……………。」



テトラと仲直りするための作戦、名付けて『テトラと仲直りしよう作戦』を本日、決行する。表情の話はともかくとして、いつもと気合いの入り方が違うのは確かだ。


昨日見た夢がトリガーになったのか、今の俺の頭の中では、皇陽高校でのアンネとの会話が思い出されていた。


**********


「あたしのせい……あたしがいなければ……。」


突然泣き崩れるアンネ。そんな彼女に対して俺が慌てふためいているというのに、夕焼けは皮肉なほど美しかった。


「アンネっ!?………もしかしてテトラは、薬が効かなくなって、自分が自分じゃなくなるのを怖がってたんじゃ……。」


下手に理由も聞かず慰めるよりはと、俺は閃いたことを答え合わせをするようにアンネに聞いた。


「ぐすっ……ページ……めくってみて。」

テトラの顔を涙でぐしゃぐしゃにしたアンネの言う通りに、俺は先ほど渡された手帳の、几帳面に記録がなされた1ページ目をめくった。


「……何だ、これ……。」

まず目を引いたのが、紙一面にびっしりと書かれた文字の、その不均一さ。

だいたい四、五行くらいすると、突然字体が変わっている。


一瞬驚いたが、理由はすぐに分かった。


「3人で交換日記つけてるんだな……。」

アンネはこくりとうなずいた。


「入れ替わってる間のことが分からないと……大変だからね。」


俺はその奇妙な交換日記を夢中になって読み進めた。



(あっ……俺の名前が。)


『まずは二人ともごめんなさい。今日は同じクラスの武藤エイユウっていう男に私たちの秘密を見破られた。変に詮索されると面倒だからなるべく詳しく話したわ。武藤エイユウについてはそこまで心配しなくても大丈夫。悪い人じゃないみたいだし、多分殴り合いならあなたたちでも勝てる。』


この端正な字は、恐らくテトラのものだ。それにしてもこの言い様はあまりにも酷すぎではなかろうか。

その次にあったのは、弱い筆圧で書かれ、今にも消えそうなほど小さい字だった。


『ごめんなさい……私がテトラのふりをしっかりできればばれなかったことです。死んで償います。さようなら……。』


『テア―。分かってるとは思うけどあんたが死んだらあたしたちも道連れだからねー。 まあ大丈夫なんじゃない?あたしは気になるな、その武藤エイユウくんとかいう人。

テトラさ、友達全然いなさそうだからこの際自分から迫ってみなさいよ。』


これはアンネのものか。この丸みを帯びた字に、彼女の朗らかさが存分に発揮されている。


『何かあの男、私の監視を理事長に頼まれたらしい。思ったより面倒なことになってそう。今後も下手な行動起こさないように気をつけておいて。 →アンネ 余計なお世話、あと絶対に手は出さないこと。テアはいい加減前向きに生きること。』


3人の紙の上での会話は続いている。


『武藤エイユウに稽古をつけてあげることにした。理由は、あの根性なしが側にいると凄い私のストレスになるから。これは入れ替わったあなたたちが苦しまないようにするための苦肉の策だから悪しからず。』


『了解しました。でも武藤さんは優しい人なので、あまりいじめちゃだめです。』


『おっけー。』



『今日は午前中は特に何もなし。午後はクラス交流戦があった。ちょっと私が厳しいこと言ったから、もし入れ替わって会うようなことがあったら適当に慰めておいて。


今日もクラス交流戦。隣のクラスの真菰マコモという女の子に負けた。でも友達になろうと言ってくれたから、きっと悪い人じゃない。ジンという男子にも会ったけど、エイユウ以上に面倒だった。


今日もクラス交流戦。特にその他何もなし……二人とも、本当に手出ししてないわよね?明らかにエイユウの反応がおかしかったけど。』


『私じゃありません!でもいいなあ……私、武藤さんにもう一度会いたいです。』


『あたし疑われてるー?何にもないってば。』



『今日もクラス交流戦。私は特に何事もなく全勝。あとエイユウが初めて勝った。それなのにあの男は、大して喜びもしない。その上私に「これからも稽古を頼む」だって。本当に何を考えているのか分からない男。』


『お疲れ様ー。テトラもテアも最近武藤エイユウにばっかり拘ってるけどもしかしてもしかして?あたしならもっとダイレクトに伝えるんだけどな〜。二人とももっとぐいぐいいってみたら?」


『ええっ!?私なんかじゃ無理です!』


『断じてそんな感情は抱かない』


多重人格であるがゆえの奇妙な交換日記に……そしてテトラが俺のことについて色々書いてくれていたことに、場の空気を忘れてつい笑顔を浮かべてしまいそうだった。


(嫌われてるって言ってたけど………普通に楽しそうじゃん。)


しかしその内容は、あるところから本格的な言い争いに変わっていった。俺の緩んでいた表情筋もだんだん強張っていった。


『勝手な行動は慎みなさいって何回言えば分かるの?この学園には「テトラ・アレクセイ・ヘクター」という人間しかいないの。だから疑われるような行動は絶対にしないこと。絶対。』


『ごめんなさい……。』

テトラの強気な文面にテアの細い文字が気圧され、より一層薄く小さくなっている。


そしてその直後、テトラの言葉に反論するアンネの文字が現れる。


『テトラの邪魔をしたいわけじゃないの。 あたしたちも自分がこの身体に出られたときは、一人の女の子として自由にしていたい…… それなのに何!?まるでこの身体が自分のものみたいに言い張ってさ! あたしたちも曲がりなりに生きてる! もっと尊重してくれたっていいでしょ!?』


『私はテトラ。この身体もテトラ。あなたのものじゃない。』

相当怒っていたのだろうか、テトラの文字も乱雑なものとなっている。


『やめましょうこんなこと!入れ替わるまでに時間があるから、二人ともその間に頭を冷やしてください。』


『悪いけどテアは割り込まないで。というわけでテトラ!ちょっとあたしたちより表面に出てられる時間が長い程度で調子乗んないの! 何!?自分にそんな存在価値あるって思い込んでる!? 随分小さい頃からあたしたち一緒だけど、実は「テトラがあたしかテアの中の人格の一人」って可能性もあるのよ!? 勝手に主人公面しないで!』


………それからの日記に、テトラの書いた言葉は見つからなかった。



俺はただ驚嘆するしかなかった。ずっとテトラの中に「テア」「アンネ」がいるのだと無意識に思い込んでいたが……「その逆であるのではないか」とは考えもしなかった。

アンネのその考え方を知ったテトラの衝撃は、きっと他人が計りしれるようなレベルではない。


いつの間にかアンネは泣き止んでおり、強い瞳でこちらを見つめていた。


「エイユウ、あんたの言ってること正しいよ。きっとあの子は怖がってた。きっと今も、「何がいちばん自分らしいか」を探してる。そこにあたしがあんなこと言っちゃったから………けどあたしだって自分の身体で好きなように生きていたいの。でもそれは出来ない……だから、つい……。」


俺は彼女を責めることも、かといって擁護することもできず、ただうつ向いて座り込んでいることしかできなかった。


「大事なことだからもう一回言うよ!あたしもテアも、一人の女の子として生きたいの!テトラの脇役なんかじゃないの!」


「…………。」


「………お願いエイユウ。テトラの心を開いてあげて。強いふりしてるけど、本当は寂しがりやなのよ。こんな体質のせいで、友達もずっといなくて……。交換日記見て分かったでしょ?エイユウに会ってからのテトラ、すっごい楽しそうだったの。」



自分の存在価値を見出だすために、テトラは『剣士』としての更なる高みを求めた。だから、俺との関わり、周囲との関わり、果てにはテアとアンネとの関係まで絶った。


………テトラの苦悩する理由は分かった。だが、そんな彼女に俺は何をしてあげることができるのだろうか。

俺はあの雨の日、彼女の葛藤など露知らず、「テトラという存在そのものに対しての疑問」とも取れる一言を、テトラに言い放ってしまったのだ。そんな人間がテトラを救うことなんてできるのだろうか。


「………あっ、いたぞ!お〜い!大丈夫か〜!」

遠くから、水星学園の生徒が走ってくる。

アンネが役目を終えたように倒れ、そしてテトラに戻った……いや、「入れ替わった」のは、それとほぼ同時だった。


その後俺達は、「あとのことは何とかしておくから」と半ば強制的に電車に乗せられ、皇陽高校をあとにすることとなった。


**********



アンネのあの願いが、俺に『テトラと仲直りしよう作戦』を決意させた。

ただ、その時の俺にテトラともう一度話す勇気は遂に湧いてこなかった。



(でも今なら………)


俺は靴紐を結びながら、ちらりとマコモを見た。

するとマコモが塞いでいた手を離して、口を開いた。


「……もしかして、『合宿中にヘクターと仲直りしよう作戦』とか考えているのでは。」


「うおおっ!?」

不意に手が滑り、結んでいた紐がまたほどけてしまった。


「……図星。」


マコモがぷくくと口の奥で笑う。

自分でも動揺が隠せていないことがよく分かるほど、手の平に汗が滲んでいる。

まだ何も話してないのに8割がた見破られるとは……!


「……お願いしますっ、他の人には言わないで………。」

すがるようにマコモに頼み込む。マコモは「……おうけい。」と短く言うと、特にそれ以上何も言わずその場から去った。



俺は一つ大きく息を吐くと、靴紐を急いで結び直し外に出た。そして緑に囲まれた世界のなかで、肺をゆっくり満たすように息を吸う。


仲直りできないかもしれない。


けど、何もことを起こさずに変わるわけがない。


ちょっとイタい気もするが、テトラ、テア、アンネのために、そして俺に道を示してくれたみんなのために変わらなくてはならないと、俺は心に強く思った。














ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ