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第9話 取引材料

高槻蓮は、いかにも人前に立つのが上手そうな男だった。


神泉高架下。

雨のにおいが残るコンクリートの下で待っていたのは、スーツ姿の男が二人。

ひとりは結城。もうひとりが高槻。


写真で見たことのある政治家みたいな顔だと思った。

清潔感があって、よく眠れていて、たぶん自分が勝つ絵しか見ていない顔。


椎名は少し離れた場所に立っている。

影みたいに静かだ。


「来てくれて嬉しいよ、神代くん」


高槻はそう言って笑った。

その笑顔がちゃんと好印象なのが腹立たしい。


「俺は嬉しくない」

「だろうね」


怒らない。

むしろ、怒られ慣れている人間の受け流し方だった。


「証拠」


挨拶を飛ばして言うと、高槻は紙の封筒を一通差し出した。

中には、写真が三枚。

どれも桜庭が誰かと接触している。

時間も場所も違う。


「昨夜だけじゃない」

と高槻。

「今朝も、昼もだ」


数字は八七。


高い。


「合成じゃないって保証は?」

「ない。だが、君はたぶんそこを自分で測れる」


そう言って俺を見る。

嫌になるくらい、こっちの能力を前提に喋ってくる。


「何が目的だ」

「単純だよ。桜庭真をこちらへ渡せ」

「断る」

「即答か」

「仲間を売る気はない」


高槻は、少しだけ目を細めた。


「その言い方は美しい。だが、現実的じゃない」

「あんたに美しさを評価されたくない」

「私は評価ではなく、利用価値の話をしている」


その瞬間、数字が少し跳ねる。

九一。


本音だ。

この男は、人の善悪より使えるかどうかで見ている。


「桜庭は厄介だが、捨て駒にもできる」

「……」

「君たちはまだ優しい。優しい集団は、最初の裏切りで崩れる」


言い返せなかった。

図星に近いからだ。


高槻は歩道の向こうを眺めるみたいに言う。


「私は秩序を作りたい。百人も候補者がいれば、半分は淘汰されるべきだ」

「随分勝手だな」

「王を決めるなら、誰かが線を引かないといけない」


その言葉の数字は、八二。

こいつは本気でそう思ってる。

だから厄介だ。


ただの悪人のほうが、まだ単純だった。


「神代くん。君は“本当かどうか”を見るんだろう?」


どこまで知られてるんだ。

思わず顔が固まったのか、高槻は小さく笑う。


「結城が雑に揺さぶっただけで分かった。君は人を見る目を持っている」

「それで?」

「物語には勝てない」


意味が分からない、という顔をした俺に、高槻は一歩だけ近づいた。


「人は真実で動くんじゃない。納得できる物語で動く。君がどれだけ桜庭の本音を読んでも、彼が“家族のためだった”と語れば、何人かは揺れる」


家族。


その単語に引っかかった。

数字もわずかに揺れる。


「……何の話だ」

「君はまだ知らないのか。なるほど」


高槻はそこで初めて、少しだけ愉快そうに笑った。


「じゃあ、次の取引材料をあげよう。桜庭真は、自分の家族が“消された”と思っている」


背筋が冷える。


高槻は封筒を俺の胸に押しつけた。


「次に落ちるのは、いちばん真面目な子だよ」


その一言だけは、数字を見るまでもなく嫌だった。

でも見えてしまう。


八九。


結城が隣で、まるで天気予報でも告げるみたいに言った。


「走る準備はしとけ」


その帰り道、俺は初めて、成瀬に電話をかける指が少し震えた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


高槻みたいに、正しそうな顔で残酷なことを言う相手は、たぶん単純な悪役よりずっと嫌です。

その手触りが残ったなら、次の話はきっともっと痛くなります。


続きを追ってもらえるなら、ブックマークや評価を置いてもらえると嬉しいです。

次は、取り返しのつかない選択が入ります。

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