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朝早く降り立ったそこは、氷の国であった。
吹き荒ぶ風で、フードを被らないと耳が痛くてたまらない。
吐く息は白く、空気を吸うと冷たい空気で肺が凍りそうだ。
「では、参りましょうか」
迎えにきた紳士的な従者が声をかける。
「はい、宜しくお願いします」
オーレリア・セイブルは頭を下げる。
金の髪に金色の瞳の彼女は、妖精の国の姫である。
「あちらに馬車を停めております」
にこやかな従者のあとについていくと、馬車が並んでいる。その中でも目を引く豪華な馬車、白馬には角があり、ユニコーンのようだ。白い馬車には細かい装飾が施されており、品のあるデザインである。
当たり前のようにドアを開ける従者。
お姫様待遇に慣れないオーレリアは、緊張しながら馬車に乗り込んだ。
ここから目的地までは三十分程だ。
走り出した馬車の窓から景色を眺める。
木々も道路も白銀の世界。湖は凍り、太陽の反射で空気中が光っている。幻想的なダイヤモンドダストだ。
街が見えてきた。
高い時計塔が見える。家々もお店も数えきれない。馬車や人々が行き交っている。
都会だ……
遠い国の、広大な自然の中で育ってきた彼女にとって、それは初めて見る物ばかりである。
ーー
オーレリアがこの国に訪れたのは、三年間の留学のためだ。
彼女は妖精の国の姫である。
王位継承権の低い王子の父と、平民の母との間に産まれたオーレリアは、自国で姫として接しられる事はほとんどなかった。他の王子や王女からは軽蔑の目で見られ、平民の子どもからは一番下の王女とバカにされた。
コウモリのように、どちらの仲間にも入れない、オーレリアの唯一の友達は植物だった。
物心ついた頃から誰にも相手にされない日々、母はオーレリアを産んですぐ亡くなっているし、父は正妻とその子との家庭を優先する。
ここまで聞くと悲劇的なヒロインかと思うかもしれない。しかし、さっぱりした性格で何事にも動じない鋼の心を持っている彼女は、自分の立場をありがたいと思っていた。
平民だったら出来ない贅沢をさせてもらえる。ちゃんとした王族なら、決まりに縛られる毎日……。そんなのは御免である。
好きな植物を、たっぷりある時間で育てる事ができる喜びは神に感謝したい。
自由気ままに植物を育てるうちに、彼女の魔法の知識は増えていった。
妖精の国と云われる所以は、植物を育てる事のできる魔法にある。この魔法はこの国の者しか使えない。
国はもちろん、学校でもそこを一番重要視している。成績優秀な彼女に、周りの者もオーレリアを馬鹿にできなくなっていった。
そんな時、久しぶりに父が顔を見せた。
「なかなか顔を見せられなくてすまない。元気か? オーレリア?」
正妻に頭が上がらない、頼りない父である。
いつも疲れたような表情で、取り繕った笑顔を貼り付けている。
突然現れたと思ったらご機嫌とり? 何だか嫌な予感がする……
「お父様、お久しぶりです。私に何かご用事でしょうか?」
意志の強い目で父を見る。
「あぁ、オーレリアに留学の話が出てるんだ。来年高等学部に入学するタイミングで、氷の国の魔法学園に行ってもらいたい」
「なぜ私なのですか? 私が留学なんて、この国の利になるのですか?」
純粋に疑問に思う。
「え? まぁ、その……氷の国の王から直々の話でね。断る事はできないんだよ」
「私をご指名ということですか? それとも王族をでしょうか?」
伝わらない父にわかる質問をする。
「後者だ。オーレリアなら優秀だし、きっといい勉強になるだろう?」
父はぎこちない笑顔を向ける。
外交的に断れない案件、その条件にたまたま引っかかったのが私。
氷の国というと、この妖精の国以上の大国である。この国にはない物、事象が沢山ある。その中には、オーレリアが好きな『植物』も含まれる。
そこで留学し、学ぶ事ができれば、確実に妖精の国の利益になるはず。
氷の国は、妖精の国と友好関係を築きたいのだろう。もしかしたら、植物を育てるこの魔法を利用したいのかもしれない。
そんな事も分からず、私のようなコウモリの厄介払いに使うとは、馬鹿な事だ。
しかし、せっかくの話だ。断る理由はない。この国の植物はほとんど咲かせた。未練はない。
「承知しました。いつ出発でしょうか?」
「おぉ、受けてくれるか! ありがたい! 氷の国は寒いと聞いている。体には気をつけるんだぞ。詳細は追って知らせよう」
そう言うと、ほっとした顔で父は帰って行った。
あの口だけの優しさ、そんなものに母は騙されたのだろうか? もしくは王子の肩書きが魅力的だったのだろうか?
首を振り、思考を飛ばす。
氷の国は年中冬なわけではない。冬の期間が特別に寒いのだ。植物は冬の間育ちにくいが、春になれば自国にない花を見られるだろう。そんな事も知らない父や、周りの人間に同情する。
留学か! 楽しみだ!
オーレリアはうきうきしながら、旅支度を始めるのだった。
ーー
馬車が止まる。目的地に着いたようだ。
「オーレリア様、学園に到着致しました。疲れていませんか?」
従者が扉を開け、気遣ってくれる。
「はい、大丈夫です。お心遣いありがとうございます」
目の前の魔法学園は、それまで通っていた学校とは比べ物にならない程大きく、豪華で重厚感のある造りだった。
門から見える園庭はとても広い。遠くは霧がかかっていてよく見えないが、奥にも建物がありそうだ。
「この学園の敷地内に寮もございます。管理人の私がご案内いたします」
オーレリアは従者にお礼を言うと、学園の敷地に足を踏み入れた。




