Ext.20 ガールズトーク
雪がちらつき始めてきた十一月下旬のこと。
慶太からLAINEが来た。
『おひさ。
明後日辺りにでもそっちに遊びに行く予定なんだけど忙しいか?』
「およ…。
珍しいな」
午後出勤の昼間、家事を終えてくつろいでいた時だった。
『おひさ。
大丈夫だけど、何かあったのか?』
『あぁ。
最近ゴルフに興味持ち始めてな。
そっちに大きめのスポーツショップあっただろ?』
これまたゴルフとは…。
慶太にしては意外な趣味だな。
てか十一月にゴルフかい。
『あるよ。
明後日は祈世樹も休みだから特に問題ないよ。
子供たちも学校あるし』
『そうか。
こっちも彩子は学校だから、紫と二人で向かうことにするよ』
「りょーかいっと……」
最後に返事を返し、おもむろにテレビのチャンネルを変える。
火曜日の昼間という事もあって、特にこれと言って面白みのあるものはない。
「……おっ、ゴルフやっとる」
途中で見つけた再放送のゴルフ中継に手を止めてぼーっと眺めてみる。
『さぁ五番ホール。
バンカー手前からのセカンドショットに高坂選手はどう打って出るのか』
ゴルフのルールは大体分かっている。
だからこそ、慶太がゴルフに興味を持つなんて予想外だった。
「こういう張り詰めて硬そうなの嫌うイメージだったんだけどな…。
時の流れは人を変えるってことかな」
そんなどうでも良いことを考えつつ、再び会える級友との再会に俺は少しだけ胸踊らせていた。
「じゃあ紫。
祈世樹のことよろしくな」
「あぁ。
すまないが付き合ってやってくれ。
私はどうもゴルフのことは分からなくてな…」
「いいってことよ。
んじゃ、祈世樹もまた後でな」
「うん。
行ってらっしゃい」
時刻はお昼の午後十三時。
燈は我が家の車で慶太くんとスポーツセンターに向かった。
「私たちはどうする?」
「近くに喫茶店があっただろ?
そこでお茶でもしようか」
「うん!」
「どうだ?
あれから燈とは仲良くやってるか?」
「うん。
たまに喧嘩したりもするけど、これといって変わりないよ」
「そうか。
変わり映えしないのは良い事だ」
「そうだね。
それに今は子供たちもいるからね。
ずっとピリついてなんていられないよ」
「ふふっ…。
そうだな」
薄暗く聞いたことの無いジャズソングが流れる喫茶店で、私と紫ちゃんはそれぞれカフェモカ、エスプレッソコーヒーを飲んでいた。
「しかし良い店だ。
こんなにくつろげるのは久しぶりだ…」
「そうなの?」
「あぁ。
慶太のやつ、家に仕事を持ち帰って来るくせに、最近ハマり始めたゴルフの勉強ばかりしてろくに手をつけないのだ。
全く……私が手伝わなきゃ、ほぼ毎日朝からバタバタだと言うのに…」
「そうなの!?
ご飯だって紫ちゃんが作ってるんだよね?
それじゃあ紫ちゃんは休めてないんじゃ…」
「まぁ幸いにも彩子も手伝ってくれてるから助かってる。
…あんな親にはなりたくないとな」
「あはは…。
いい意味かは分かんないけど、手伝ってくれるのは嬉しいね」
「全くだ。
これで将来、仕事もこなせれば、彩子は男いらずだな」
「それはどうなんだろ…(´・ω・`)」
言い遅れたが、紫ちゃんは現在リサイクルショップの店員として、慶太くんは会社員として仕事しているそうな。
ある程度話したとこでカフェモカで喉を潤してあることを聞いてみた。
「そういえば、紫ちゃんは慶太くんとどういう形で再会したの?」
コーヒーを一口飲んで紫ちゃんは眉を上げた。
「慶太と…か。
……そうだな…」
椅子にもたれかかりながら紫ちゃんは少し楽しげに語り始めた。
あれは農専を卒業してからの事だ。
私は実家に戻るついでに祈世樹に会いに行こうと青森に帰ってきていた。
電車を乗り継いで駅に着き、最初に祈世樹に会おうと孤児院に行ったのだ。
勝手口のインターホンを押すと、リルドさんが対応してくれた。
「はい。
……あら、紫さん……ですよね…?
ご無沙汰しております」
「お久しぶりですリルドさん。
覚えていてくださって光栄です」
「ふふっ…。
紫さんは祈世樹さんの数少ないお友達ですからね。
忘れるはずがありませんよ」
最後にリルドさんに会ったのはいつ頃だっただろうか。
燈と仲良くなってからというもの、自然と私は孤児院に行く機会が少なくなっていた。
それ故、本当に十数年ぶりだった。
「ここで立ち話もなんですから、中に入ってください。
お茶を用意します」
「あっ…。
それは嬉しいのですが……祈世樹はいますか?」
「あっ……。
……祈世樹さんはまだ神奈川にいます。
ただ、昨日祈世樹さんから近いうちに帰ってきますとは返事をいただいています」
「そう…ですか…」
…少しだけ、寂しいとは思った。
でも、祈世樹はそれでも一人で頑張っていたんだなと思い、私は寂しさをグッと飲み込んだ。
「分かりました。
では、私はこれで失礼します」
「あら…。
せっかくですから、何か食べていきませんか?
それか、昨日クッキーやマドレーヌを焼いたのでおすそ分けに持っていかれませんか?」
「では……貰っていきます。
祈世樹が帰ってきたら、よろしく伝えておいてください」
「分かりました。
中でお待ちください」
そう言ってリルドさんはクッキーを包みに奥へ戻った。
「……」
久しぶりに入った教会内を私は歩く。
女神像の前に並ぶベンチの脇にある柱に、ひっそりと造花が彩られていた。
日の入りにくいここでは造花の方が適切であろう。
『無機質さだけでは良くないと思ったリルドさんなりの気遣いだろうな』
少しだけほっこりしているとリルドさんが戻ってきた。
「お待たせしました。
ご家族と一緒に食べてください」
「ありがとうございます」
菓子の詰め合わせを受け取った際に見たリルドさんの手は、昔と変わらず綺麗な手だった。
「紫さんが宜しければ、またいつでも遊びに来てください。
今日は西浜さんは外出していますが、次はおられると思うので」
そう微笑むリルドさんの目尻には、最後に会った時よりも笑いシワが増えたように見えた。
「ありがとうございます。
では、私はこれで失礼します」
そう言うとリルドさんはペコリと頭を下げて見送ってくれた。
「……」
歩きながらもらったクッキーを見つめ、私はふと思った。
『……慶太のとこにも行ってみようか…。
きっと居ないだろうがな…』
それでも、あそこのご両親には小さい頃に世話になったのもある上、私は顔を出しに行く事にした。
祈世樹の家から歩いて二十分。
久しぶりに歩いたのもあってか、私の脚は久しぶりの運動に震えていた。
『高校の時は部活もやってたからな。
立ち仕事をしてるとはいえ、そりゃ体力も落ちるか…』
小さく呼吸を乱しながらも私は慶太の家へと歩みを進めながら、だんだん湧き上がってくる緊張感を解すために深呼吸をした。
『顔を出すだけだ。
どうせ慶太は居ないはず。
昨日帰って来たばかりで顔を出しに来たと言うだけだ…』
そして家のそばの公園の中を通ろうとした直後だった。
「………紫か…?」
突然、背後から投げかけられたその声に思わず私は立ち止まってしまった。
「ッ………」
全身が強ばって動けない。
振り返ることが出来ない。
今振り返ったら、涙が溢れ出そうな気がした。
「あっれ?
違う人か…?」
足音ともに声が近付いてくる。
私は息が詰まりそうになっていた。
『言わねば…。
臆するな私……!』
高鳴る鼓動に抗い、私は勇気を振り絞った。
「………ひっ………久しぶり……慶…太…」
無理やり吐き出した声は、あまりに粗末で聞こえているかどうかも分からないものだった。
それでも…。
「……やっぱ紫かぁ!
久しぶりだなぁ」
慶太の返事にようやく私の全身の硬直が弛緩し、私はゆっくりと振り返った。
「……………ッ……」
そこには………数年前より少しだけ大人びた……それでも懐かしさのある顔があった。
「元気にしてたか?
ずっとどうしてるかなって心配してたんだぜ?
……なぁんてな」
女子のようにチロっと舌を出すクセは間違いなく慶太そのものだった。
「………バカッ…」
懐かしすぎる再会に、私は苦し紛れにそう言うしか出来なかった。
「実は俺もさっき帰ってきたばっかりでなぁ。
親にもたまには帰ってこいって言われてたからちょうどいいかなって。
一応、向こうで大学行きつつバイトはしてたんだが、両立してる間は気張ってたせいか、学校終わってからはなんかやる気失せてな。
それをきっかけに戻ってきたんだよ」
「そう…だったんだな…」
慶太の家のそばの公園で私と慶太は少しばかりお互いの空白の時間を告白しあっていた。
『背……伸びたんだな…』
隣に立った時、数年前までは頭一つ分下だった慶太は私とそう変わらないぐらいの身長になっていた。
『たくましくなったように見えるのと同時に、少しもの寂しい気もするな…』
自販機で買ったコーラの缶を見ながら考えていると、慶太の声が聞こえてきた。
「お前んとこにはいい男とかいたか?」
「……いや、低レベルな男ばかりだった。
入学して私を見るなり「メアド教えて」とか「彼氏いるの?」だの、下心しか見えない男ばかりだったな」
コーラを飲んでのどを潤すと、慶太のある所に目が向いた。
「髪…染めたのか?」
「ん?
…おぉ、よく気付いたな!
これな、俺が最近見た特撮アニメのキャラのマネなんだよ。
かなりささやかなワンポイント染めだからけっこう目立ちにくいけどな」
そう自慢する慶太の側頭部、一束程度の髪は赤く隠れるように染まっていた。
「全体にやらないのか?
私はあまりそういうのは分からないが、染めるなら全体的にやるのが普通じゃないのか?」
「まぁな。
でも学校もバイトもあったし派手すぎると指摘されかねないしな。
これぐらいがちょうどいいかなって」
「なるほど」
染め方はともかく、そういう破天荒に見えて実は繊細な所も私は好きだった。
「なぁ。
俺ん家に来たならついでに飯食っていけよ。
まだ何にも食ってねぇんだろ?」
「い…いや…それは迷惑ではないだろうか。
私は慶太によろしく伝えておいてほしいと挨拶して帰る予定だったからな」
「ならついでに食ってけよ。
親父たちも喜ぶぜ」
「…そうか。
……分かった…」
「そう来なくっちゃな!」
そして慶太は立ち上がりまっすぐ家に向かおうとする。
「あっ…」
てっきり以前のように手を引かれていくかと期待してしまったが、慶太は一人で行ってしまった。
『慶太…。
……いつまでも待ってるだけじゃダメなんだろうな…』
己の右手を見つめながら私は慶太に呼びかけた。
「…慶太ッッ!!!」
突然の呼びかけに慶太は少しばかりビクついて振り返った。
「どっ、どうしたんだよ急に…」
慶太が振り返ったのを確認して私はゆっくり近づく。
高鳴る鼓動に耐えながら私は頭を下げた。
「……お前のことがずっと好きだった…。
こんな私で良ければ…………付き合って…欲しい……」
慶太の顔は見えない。
だが動揺しているのは間違いない。
「おまッ……。
……なっ、なんで今こんな所で…」
「分かってる……!
タイミングが悪いことも、今すぐ返事ができる訳が無いことも。
でも………今ここで言わなければ、私は二度と言えない気がしてたまらなかったんだッッ!!!////」
自分でも半分やけくそに言ってるのは分かってた。
でも、ここで言わなければ……私は……。
「………紫…」
呼びかける声の直後、私の肩に慶太の手が乗せられた。
「俺さ、一回だけ考えた事あるんだよ。
…お前と付き合ったら、どんな生活になるのかなとか……お前と結婚したら、どんな子供が生まれるのかなってさ。
それも…卒業式のあの日……紫たちと別れてからな」
「…ッ!?」
さっきまでとは打って変わって慶太の声が一段と低くなった。
そして慶太は私の顔を上げさせた。
「……こんな自由人でいいなら、よろしくお願いするよ………紫…」
そう言われた直後、私は思わず泣きながら慶太に抱きついた。
「あぁ…。
全くもってお前は人の話も聞かないし、自由奔放な大バカ野郎だ……。
けど………そんなお前のことを私が誰よりも知っている。
…ずっと…………好きだったからッ…!!!」
我ながら情けないと思うほど泣き叫んでいた。
それでも慶太は優しく私の背中を抱きしめてくれた。
「あぁ…。
俺もそんなお前が大好きだ。
……ありがとうな紫…」
初めてと言えるほど久しぶりに味わえた慶太の優しさを、私は必死にかみしめていた。
「それから一年と半年ぐらいして私たちは結婚した。
その二年後に彩子が生まれた。
……あの時は泣いたなぁ…」
「……そっか…」
腕と脚を組みながら紫ちゃんは楽しげに話し終えた。
その時を思い出してか、紫ちゃんは優しい笑顔で涙を滲ませていた。
「祈世樹の話も聞かせてくれないか?
燈とどんな風に再会したのか、私も気になるな」
「…そうだね」
コーヒーを一口飲んで紫ちゃんは頬杖をつきながらニコニコと笑う。
こっちに帰ってきてゲーセンで遊んでた時に燈が声をかけてきてくれたこと、雨の中で告白してくれたこと、妊娠した事……全部を私も紫ちゃんに話し尽くした。
「……そうか…。
祈世樹も燈に声をかけられて再会したのか」
「そうっ!
最初はね、ナンパか何かと思ったんだけど、顔を見てすぐ燈だって気付いたの。
もう……あの時は泣きそうだったよぉ」
「ふふっ…そうだろうな」
あの時を思い出して涙ぐむ私を紫ちゃんは優しく頭をなでてくれた。
「お互い、良い旦那さんに恵まれたね」
「…そうだな」
そう二人で笑い合っていると、手元に置いてあったスマホの着信音が鳴った。
「メールか?」
「……燈だ。
『今から戻るけど、どこにいた?』だって」
「そうか。
では、私たちもそろそろ出るか」
そう言うと紫ちゃんはコーヒーを飲み干した。
「しかし……最近の慶太はあまりに自由すぎる。
彩子もいるというのに、自分のことに関しては優先的でな。
…燈には付き合ってもらってばかりで申し訳ないな」
「大丈夫だよ。
燈も慶太くんと話せるのも嬉しいと思うしね」
「そうか…」
くつろぎ終えたように紫ちゃんは背伸びをして自分の頬を叩いた。
「さて、私も切り替えねば。
帰ってきたら少しばかり説教してやらねばな」
「そんな、今日ぐらいは大目に見てあげようよ…」
「いや、それではダメだ」
楽しげに紫ちゃんは呟いた。
「私がしっかりせねば、家族を守ってやれないからな」
その時の紫ちゃんは、本当に幸せそうな笑顔を浮かべていた。
それから十分ぐらいして燈たちは戻ってきた。
「慶太ッ!
趣味を持つことは悪いとは言わないが、もう少し彩子の事も気にかけろ。
自分の趣味に没頭してばかりだと、いつか本当に嫌われるぞ」
「ぐっ…。
それは嫌だが……こればっかりは譲れぬッ…!」
駐車場で買ったばかりのゴルフクラブを握りしめながら慶太くんは動揺していた。
さっきまでの紫ちゃんを知っている私だからこそ、その夫婦の様が微笑ましく見えた。
「…どした?」
「ううん。
なんでもないよ♪」
少しばかり笑みが零れた私の様子に燈が気付くも、こればっかりは女の秘密にしよう。
「全く…。
…すまなかったな燈。
うちのバカに付き合わせてしまって」
「良いってことよ。
紫だって、久しぶりに祈世樹と話せて楽しかっただろ?」
「まぁな。
普段は私が一家の大黒柱みたいなものだからな」
「ちょ、俺だって少しは役に立って…」
「…そう言えば………昨日誰かさんの部屋の布団の中から麻雀雑誌が見えたんだが……。
まさか、麻雀にまで手を出すつもりは無いだろうなぁ…?」
「あっ……。
それは………あれだ!
会社の友人に押し付けられたんだよ!
お前も付き合い程度に覚えろってナッ!」
いかにもわかり易すぎる嘘に紫ちゃんは大きくため息を吐く。
『頑張れ紫ちゃん』
心の中で私は小さくエールを送った。
「…まっ、まぁそういう事だ。
俺も見たいものは見れたわけだし、紫が寄りたいとことかなければ帰ろうぜ…?」
恐る恐るそう聞く慶太くんに対し、ため息混ざりに頭をかきながら紫ちゃんはうなずいた。
「……そうだな。
遅くなっては彩子が心配するだろうしな」
何事もなく承諾してくれた紫ちゃんに慶太くんはほっと胸をなで下ろし、二人は私たちに背を向ける。
「そういう事だ。
付き合わせて悪かったな燈、海条。
また何かあったら遊びに来るよ。
…なんなら、たまにはうちにも遊びに来いよ」
「そうだな。
機会があれば行くよ」
アイコンタクトで燈は私に同意を求めてくるも、そんなのイエスとしかうなずけまい。
「それなら彩子も喜ぶ。
……さて、帰るか」
そして二人は車に乗り込む。
車のエンジンがかかると、窓が開けられた。
「じゃあな燈、海条。
お互い大変だろうが、とりあえずまた今度な!」
「どの口が言ってんだお気楽自由人。
美人妻に逃げられないように気をつけろよ!」
男友達らしい別れの挨拶に私は少しだけ羨ましいと思ってしまった。
「祈世樹も身体に気をつけてな。
燈や子供たちのこと、大変だろうが支えてやれよ」
「うん!
紫ちゃんも頑張ってね」
笑顔でガッツポーズをすると車がゆっくり動き出し、そのまま走り去って行った。
「……俺たちも帰ろうか」
「うん」
自然と私たちは自分たちの車がある所まで手を繋いで歩く。
「そうだ。
何か甘いものでも買っていくか。
俺たちばかり楽しんでたんでは夏怜たちが可哀想だ」
「うんっ!」
時刻は夕方の十七時半。
真っ暗で冷たい風と闇の中、燈の繋いでくれる手は変わらず私の心を暖かくしてくれていた。




