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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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Ext.19 手を取りあって、人は生きて(後)

「疲れましたですわ……」

 

文化祭が終わった夜のこと。

演劇を見終えて満足した俺たちは、学校を出てその足で買い物に行った。

家に戻った頃には既に十七時半を指し、璃杏はそれから二時間後に帰ってきた。

ちなみに強乃はそのまま友達と遊んでくるとLAINEを寄越している。

 

「お疲れさま。

 先に風呂入るか?

 それともご飯食べちまうか?」

 

「今は………何もしたくありませんわ…」 

 

新婚夫婦のようなセリフにも璃杏はへとへとに疲れきってソファーに突っ伏していた。

 

「お疲れさま璃杏。

 とっても素敵だったよ」

 

隣に祈世樹が座ると、突っ伏す璃杏の背中をさすっていた。

 

「知子も良かったと思うよ!

 お姉ちゃんのおひめさまかわいかった♪」

 

ペチペチと小さな拍手をくれる知子に璃杏は優しく微笑んだ。

 

「ほら。

 せめて甘いものでも食べろ」

 

そっと俺はグラスに注いだヨーグルトを差し出す。

 

「…ありがとうですわ」

 

ゆっくりと身体を起こし璃杏はヨーグルトを頬張った。

 

「わあぁぁ…!

 知子も、知子も食べるのー!(( 'ω' 三 'ω' ))」

 

「はいはい。

 人数分用意してるから大丈夫よ。

 …ほれ」

 

嬉しそうにヨーグルトを受け取り知子もがっつくように頬張った。

 

「祈世樹も食べて。

 無調整ヨーグルトじゃないけど、砂糖は自由に入れてな」

 

「むー…。

 いくら甘党でもさすがにそこまでしないよぉ」

 

そう言いつつも祈世樹もヨーグルトを食べてくれた。

 

『夏怜と海麗にも持っていかないとな』

 

お盆にヨーグルトを二つ載せて夏怜の部屋に向かう。

 

「夏怜、ヨーグルト持ってきたけど食べるか?」

 

ノックをしながら呼びかけると夏怜の返事が聞こえた。

 

『どうぞ』

 

ゆっくりとドアを開けて中に入ると、異様な光景が目に入った。

 

「…ヨーグルトはどこに置いとく……って、海麗!?」

 

そこには灰色のスウェットに勉強机で何かを書いている夏怜を眺めている黒いスウェットに身を包んだ海麗がいた。

 

「んだよ。

 オレが居るのが変かよ」

 

「いや、海麗がここにいるのが珍しいと思ってな…。

 お前もヨーグルト食べい」


「私は後で食べるから、適当に置いておいて」 

 

「あいよ」 

  

海麗にヨーグルトを渡し、夏怜の手元にヨーグルトを置いた際に書いているものを覗くと、いつも開いている教科書の類ではなく、原稿用紙に文字がびっちり書き込まれていた。

 

「…およ?

 何書いてるんだ?」

 

そう聞くと夏怜は冷たい眼差しを俺に向けた。

 

「…女の子の秘密を覗くなんて、父さんは覗き魔なのかしら?」

 

「…ッ!?///

 ばっ、ちが…そゆ意味じゃなくて…」

 

「あーァ。

 やっぱ親父は変態だー」

 

棒読みで海麗が煽ってくるも、俺は冷静を保ちつつ状況を整理した。

 

「ご、ごほん…。

 夏怜よ……女の子の秘密であるならば、せめて顔を真っ赤にして急ぎ隠すってのが世の道理だと思うぞ」

 

そう言うも、多少常識がズレてる夏怜は目を丸くして聞き返した。

 

「…そうなのかしら?

 私にはよく分からない」

 

「そんな言われ方されたら…(´・ω・)」

 

「まぁ夏怜姉ぇは一般常識人とはワケが違うからなぁ。

 オレらみたいな凡人には到底かないっこないってもんしょ?」

 

足を組みながらヨーグルトをほおばりつつ、海麗は皮肉めいた自虐ネタをかます。

 

「まぁそれも夏怜の可愛いとこだよ。

 もちろん海麗だって可愛いぞ?」

 

夏怜の頭をぽすぽすと叩きながら海麗に語りかけると、叩く度に夏怜は「にゃっ」と繰り返し鳴いていた。

 

「…ところで何を書いていたんだ?

 夏怜が教科書を開かず何を書くことが………お?」

 

よくよく原稿用紙を覗くと、そこには作文とは雰囲気の違うセリフが散りばめられていた。

 

『愛すべき人との出会いと別れの再会』

 

タイトルは間違いなくそう書かれていた。

この雰囲気はどう見ても…。

 

「お前、小説を書いてたのか?」

 

頭に乗せられていた俺の手を夏怜はそっと下ろすと話を続けた。

 

「そう。

 璃杏の演劇に少し惹かれるものを感じたから、あの演劇の雰囲気を軽くオリジナルにしてみようと思った」

 

「へぇー…」

 

夏怜らしいと言えば夏怜らしいが、その事を璃杏本人に言ってやればきっと喜ぶと思うけどなぁ。

 

「なぁ夏怜」

 

いつの間にかヨーグルトを食べている夏怜にふと問いかけてみる。

 

「気付いてたか?

 演劇の内容が変わっていたこと」

 

夏怜は黙って俺を見つめる。

言わんでもわかってると言わんばかりの眼差しで。

 

「……父さんが変えたの?」

  

「…璃杏に少し頼んでみたんだよ。

 個人的にはあまり結末が芳しくないと思ってな。

 少々、俺の方でシナリオを変えさせてもらった」

 

思ってもいなかったと言わんばかりに夏怜は目を見開く。

 

「…ちょっと待て。

 たしかにシメは練習した時と違ってるのは気づいてはいたが、あれって親父が脚本で書いたのかッ!?」

 

「まぁそういう事だ。

 だいぶ茶番なハッピーエンドではあるが、あれの方が客ウケも良いと思ってな。

 バッドエンドなんてPTAからクレームも来かねないしな」

 

海麗もまた惚けた表情で口をあんぐり開けていた。

 

「たしかに、父さんなら考えつきそうな終わりだったものね。

 どちらかと言えば、私はあっちの方が好きかもね」

 

「ありがと。

 多分無理だろうなと思いながら書いてたから、正直まだ俺自身もビックリしてるよ。

 結果オーライだったけどな」

 

夏怜ののどをなでながら海麗に目を向けると、少し呆れ気味に俺を見ていた。

 

「はぁー…。

 ほんと親父ってそういう所がわかんねぇんだよなァ…」

 

「それ、褒めてるのか?」

 

そう聞くも海麗は俺に背を向けてしまった。

 

『……年頃の女の子は分からんなぁ…』

 

そう思いつつも、気が付いた頃には未だ夏怜ののどをなで続けていた。

  

「………くすぐったいにゃー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 

それから一時間後。

強乃も帰ってきて全員で晩飯を囲んでいた。

 

「お待たせ。

 今日はキムチ鍋だよ」

 

「ふおぉぉぉぉ!

 ちむちなべーーー!(*´ω`*)」

 

「知子。

 ちむちではなくキムチ鍋ですわ」

 

グツグツと煮えたぎる鍋を囲み、俺は全員分の配膳をしていた。

 

「父さん、飯は何杯までなら食べていいんだ?」 

 

「今日は多めに炊いたから、一人三杯まで許してやろう。

 その代わりてんこ盛りは禁止な」

 

「…ウィンナー美味そうだな」

 

「…母さん。

 狭くない?」

 

「うん。

 大丈夫よ夏怜」

 

それぞれわちゃわちゃした雰囲気を集めるため、俺はとあるビンを置いた。

 

「…それは何ですの?」


「ふっふっふっ…。

 よくぞ聞いてくれた璃杏よ。

 これはなぁ……今どきじゃ珍しい…」

 

「親父。

 顔きめぇぞ」

 

「…ッ!?///

 ご、ごほん…」

 

海麗にディスられたとこで、気を取り直して俺はビンを回してラベルを見せつける。

 

「………わぁ!

 おれんじじゅーちゅだぁー!(*´Д`*)」

 

「オレンジジュースな。

 ……さっき買い物に行ったときに見つけてな。

 珍しいと思って買ってみたんだよ」

 

俺が出したオレンジジュースは至って普通の瓶ジュース。

しかし、今どきには珍しいかもしれない王冠タイプの瓶ジュースである。 

 

「ほえぇぇ…。

 知子、気づかなかった!」

 

「そりゃな。

 お前が俺から目を逸らしながらさりげなく入れたポテチの下敷きになってたからな」

 

「ッ!? Σ(´□`;)

 そっ、そうだったんだ…」

 

なにゆえ肩を落とすことがあったか知らんが、父さんはお前の罪を見逃したんだからな。

 

「なぁ、そろそろ食べようぜ。

 もう待ちきれねぇぜ!」

 

「はいはい。

 オレンジジュースは各自セルフでな。

 んじゃ、いただきます」

 

『いただきます!』

 

そしていつも通りに強乃と知子は鍋にがっつく。

 

「んー……!

 キムチ鍋うめぇ!

 こりゃ飯がすすむぜ!」

 

「知子もこれすきー!

 ウィンナーおいしー♪(*´▽`*)」 

 

「そりゃ良かった。

 でも、お代わりは三杯までな」

 

強乃と知子ほどではなくとも、璃杏もまたがっついてこそおらずとも箸はいつもよりもテキパキせわしなく見えた。

 

「…美味いか璃杏?」

 

さっきまで戦死していたとは思えない様で璃杏はキムチ鍋の具材とご飯をぱくついていた。 

 

「えぇ!

 疲れていたのもあって、たまにはお腹いっぱい食べるのもいいですわね!

 ……まぁ、明日からダイエットを頑張ればいいですしね…」

 

何もそこまで気にしなくても璃杏は細すぎる方だと思うが………違うとこに肉付きがいいもんな。

 

「…そういや璃杏。

 まだ今日の演劇の感想を聞いてなかったな」

 

頬杖をつきながら璃杏に聞いてみた。


「そうですわね…。

 ……そう聞かれると、意外と答えが出ませんわね…」

 

「ほう。

 璃杏なら即答で「自分の演技力に採点など出来ませんですわ!」なんて言うかと思ったんだが」

 

「私がどんな目で見られてるか知りませんが……何となく答えづらいですわね。

 まぁ、お父さまの作ったシナリオは悪くなかったですわね」

 

「だろ?

 半日足らずで書き上げた半端なシナリオだったが、そっちで上手いこと脚色してくれたみたいだしな」

 

その一言に、事実を知らなかった祈世樹と知子と強乃の三人は驚いていた。

 

「なっ…!

 あのクソバッドエンドオチの内容は父さんが作ったのかッ!?」

 

「いや、正確にはそのクソバッドエンド部分をゴリ押しで変えたんだよ。

 自害オチじゃなくて、駆け落ちエンドな」

 

その様子だと、演劇は見に来ず遊び倒してたな思春期男子め。

 

「うえぇぇぇ!?

 なんかさいごちがうなぁと思ってたけど、あれお父さんが作ったんだね!

 すごーい!ヾ(*・ω・*)ノ」

 

「まぁ俺自身も気に入らない締めだったしな。

 璃杏に俺脚本の台本を書いてこれでやれないか聞いてみてって言ったんだよ。

 結果、通ってよかったよ」

 

同時に、誰かさんの為にもな。

 

「………」

 

惚けた表情で祈世樹は俺を見つめていた。

そんな祈世樹に俺は一瞬だけウィンクして飯を頬張った。

 

「先に聞いてはいたけど、実際すげぇ事だよな。

 親父らしいと言えばらしいけどよ」

 

「私も、あっちの方が好きかもね」

 

娘たちからの高評価に満足しながら俺はキムチ鍋を頬張った。

 

「………」

 

一方で、祈世樹は気の抜けた眼差しで俺を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 

それから数時間後。

疲れもあってか、璃杏たちはいつもよりも早めに寝床についた。

現在、俺はリビングでまったりスマホゲーに集中していた。

ちなみに祈世樹は入浴中である。

 

「明日の米研いでおくか」

 

スマホを置き、五合分の米を研ぐ。

 

「……よしっ」

 

予約タイマーを押し、軽くのどを潤そうと飲み物を探している時だった。

 

「お風呂あがったよ」

 

誰も居ないのもあってか、祈世樹は珍しくバスタオル一枚で出てきた。

 

『これは………誘われてるんだろうか…』

 

正直、祈世樹から誘ってくることなんて滅多にない。

最近マンネリ気味ゆえ、少しの期待と大きな勘違いを天秤にかけながら俺は平然を装っていた。

 

「ふぅ~…」

 

持ってきていた別のタオルで祈世樹は濡れたままの髪を拭いていた。

 

「何か飲むか?

 アイスとかプリンもあるぞ」

 

そう言うも祈世樹は少し悩んでいた。

 

「ん~……。

 ……お酒が飲みたいかな」

 

「…?

 珍しいな。

 カクテルか?」

 

「ううん。

 こないだ買った桃のチューハイあったよね?」

 

「あぁ。

 ……ほいっ」

 

「ありがと」

 

何気ない夫婦のやり取り。

祈世樹は臆することなくプシュッとチューハイのプルタブを開けて一口飲む。

 

「…何でパジャマ着ないんだ?

 タオルと一緒にあったと思ったんだが………あっ、さては俺と久しぶりにイチャコラしたいんだなぁ…?」

 

某アニメの大泥棒ばりに指をくねらせるも、祈世樹の様子は少し違った。

 

「ううん…。

 ちょっと気になる事があってね」

 

「…?」

 

再びチューハイを飲み、祈世樹は俺に目を向ける。

 

「あの演劇の最後の部分、燈が脚本で書いたって言ってたけど……ほんとに燈が書いたの?」

 

真剣な眼差しで祈世樹は俺を見つめる。

 

「あ…あぁ…。

 言った通り、璃杏に書き換えた脚本を見せて、どうか他の子たちにもこれでやれないか聞いてみてって言ったんだよ。

 結果、オーライだったって事よ」

 

さりげなく祈世樹の飲んだチューハイを取り、口をつけないように軽くのどを潤して話を切る。

 

「そう………」

 

どこか寂しげな表情で祈世樹は目線を下げる。

 

「どうした?

 何か気に入らなかったか?」

 

そう聞くと、祈世樹はそっと俺の手を取った。

 

「燈…。

 私ね、あなたのそういう「変えようとする力」がある所は好きよ。

 けどね………私たちはもう表舞台を引退して、陰からあの子たちを支えないといけない身分なの。

 下手な事をして、あの子たちを悪目立ちさせるようなことは控えて欲しいの。

 もちろん、燈のやった事は悪いことではないわ。

 ただね……あなたが何でもかんでも手を加えてると……あの子たちが何も出来なくなるから」

 

それは、あまりに的を射た発言だった。 

 いうて俺たちももう四十五手前。

高校生だったあの頃と違って、やれる範囲は広がってるようで実は狭まっている。

 

『たしかに……俺が甘やかしすぎて、璃杏たちの積極性を奪ってはいかんな…。

それこそ、俺が脚本の流れを考えて、それを夏怜に書いてもらうとか…』

 

将来、学校を卒業して働きに出た時、積極性がなければ仕事は覚えられない。

そういうのは今のうちに身に付けさせねば。

 

「…分かったよ。

 俺が軽率だった。

 心配かけてごめんな…」

 

祈世樹の頭を抱き寄せて俺は優しく抱きしめる。

少しして祈世樹は自分から離れた。

 

「…別に怒ったとかじゃないの。

 燈がそこまで手をかけたがるのは、優しいからってことも分かってるから。

 でもね…どうしてもサポートがしたいなら、もうちょっとだけ控えめにしてね。

 それからどうするかは、あの子たちに委ねてね」

 

「分かったよ」

 

そっと祈世樹の頬に手を当てると、猫のように俺の手に頬をすりすりとなすりつけた。

その間に俺はもう一口だけチューハイを飲んだ。

 

「あっ…。

 飲んじゃった…?」

 

「いや、まだ残ってるよ」

 

チューハイを渡すと、祈世樹は残り分を飲み干した。

 

「…っはぁ……」

 

ようやくさっぱりした表情で祈世樹は顔を赤らめていた。

…なんとなく、真っ赤になった祈世樹の頬をぷにぷにとつついてみる。

 

「うにゅ…。

 どうしたの?」

 

「ううん。

 ただ触ってみたかっただけ」

 

いたずらっ子のようにニマニマと笑うと、祈世樹は頬を膨らませていた。

すると何を思ったのか、祈世樹はおもむろに俺の手を取り、自分の胸に押し当てた。

 

「…どうした?」

 

ずんずんと祈世樹は俺の手を引いて押し当て続ける。

酒の力でも借りたかったのだろうか。

 

「うぅー…。

 …興奮、する…?」

 

「……全然?」

 

そんな冷淡な俺の一言にムキになってか、祈世樹は悔しそうな表情でバスタオルを取った。

 

「……これならどう?

 …たっちゃった…?///」

 

裸を見せつけながら祈世樹は問いかけてくる。

もちろん興奮しない訳がない。

 

「…今は……これでいいや」

 

「…?

 …………ふぁッ?!///」

 

そっと祈世樹の頭を逸らさせ、首筋にキスをした。

 

「うぅー…!///

 燈のいじわる…!」

 

身体をビクッと震わせ、涙目で祈世樹が怒るも、駄々をこねた子供にしか見えない。

 

「アーー。

 そろそろ眠くなってきたナー。

 明日もみんな学校あるし、もう寝ようカナーーー(棒)」

 

棒読みで呟きながら俺は寝室に向かう。

 

「あっ…。

 私も一緒に…!」

 

アヒルの子のように祈世樹はついてくる。

その後のことは…………言うまでもないよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『マンネリ。

 ダメ、絶対』

 

改めてそう思ったピンク色の一晩でした。

 

 

 

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