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拝啓、空と世界へ  作者: 鷹利


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Ext.18 手を取りあって人は生きて(前)

むかしむかし、とある国のお姫様に想い人がおりました。

相手ははかなくも敵対する隣国の王子様でした。

二人はいつか争いが無くなり、両国が共に協力し合っていける未来を望んでいました。

 しかし両国には百年前から続く戦争の因縁があり、それを払拭するには容易ではありません。

そんな中でも二人は近衛兵の目を盗んではひっそりと逢瀬を繰り返していました。

 だが何度目かの逢瀬の時でした。

お姫様の領土で突然、炎が燃え盛り、その渦中で兵士の雄叫びが二人の元にまで響いてきました。

 

『全ては陛下の願いのために!』

 

『全ては我らが祖国のために!』

 

『全ては我らの未来の王のために!』

 

その声を聞いたお姫様はひどく絶望し、王子の元を去りました。

何も知らなかった王子は己の立場を(さいな)み、その場で自ら命を絶ってしまいました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






「…ひっでぇ内容だな。

 国同士で対立していたのはともかく、これが最近の中学生の観せる演劇とは……」

 

十月の中頃。

冷たい風が吹く秋とともに文化祭シーズンも近づいていた。

そんな矢先、璃杏と強乃の中学校の文化祭で行われる演劇の台本を俺たちは全員で読んでいた。

  

「でも、多少の強い刺激があった方が観客も見入ると私は思う。

 敵対する国同士での争い、敵対する国の王子と姫の恋。

 …少し在り来りではあれど、私は嫌いじゃない」

 

「これ、さいごは王子さましんじゃうの?

 そんなのやだぁ(´;ω;`)」

 

知子はともかく、夏怜の感想はやはり的を射てる。 

だが中学生が演じるにはさすがにリアル過ぎないだろうか。

 

「俺も悪くは無いと思う。

 演劇とかなんて途中から飽きてくるけど、これなら少し面白みはあると思うな」

 

「ただの恋バナならつまんねぇし、ただどちらかが殺されて死ぬだけならひねりがねぇけど、これならオレもちょっとぐらいは面白いと思う」

 

強乃と海麗の反応も悪くはなかった。

一方、少数派の祈世樹はと言うと…。

 

「私はあまり好ましくないかな…。

 たしかに私も海麗の意見に同意するけど……内容はあまり(かんば)しくないと思うな…」

 

祈世樹の意見も頷ける。

個人的にはアリとは思うが賛否両論の差は大きいだろう。

 

「で、そのヒロインを璃杏がやるとは…。

 けっこう演技力が試されそうだな」


そう。

今回の演劇のヒロインは璃杏が務めることとなったのだ。

本来、演劇部で決まっていたメインヒロイン役の子がインフルエンザでダウンしたらしく、璃杏と同じクラスメイトの演劇部の生徒が璃杏を推薦したらしい。 

  

「それに関しては問題ありませんでしてよ。

 内容は全て把握しましたし、ヒロインの心中もしっかり理解しておりますわ」


親としては「お姫さま役」よりも「お嬢さま感」が出てしまうのではないかとだいぶ心配です。 

 

「そうなるとあとは演技力か。

 …今ここでちょっち試してみるか」

 

「分かりましたですわ」

 

そう言うと台本を持って璃杏は立ち上がった。

 

「じゃあ、五ページ目の十二節から行くぞ」

 

「え…えっと………『あなたにお話があります』ってところからですわね」

 

「あ、分かりづらかったか。

 そうだ、十二行目のセリフからいくぞ」

 

つい自分風に言ってしまった。

夏怜なら通じるだろうが、今どきの子はこの方が伝わりやすかったか。

 無言でみんなが見守る中、立ち上がった璃杏は一呼吸置いてから語りだした。

 

「こ……こほん…。

 ……『あなたにお話があります』」

 

「…『奇遇ですね。

 実は、僕もお話があります』」

 

みんなが黙って見てるのもあってか、何となく緊張してしまう。 

でも慣れてくるとアニメのアフレコ現場みたいで意外と楽しいかも。

 

「『恥ずかしいですけど………あなたには私の想いを知って欲しいのです』」

 

「……」

 

ここで俺は台本に書いてる通りに璃杏を見つめる。

恥じらい気に顔を背ける璃杏の様子は、まさに物語のヒロインそのものとなっていた。

 

『なんか…自分の娘だと分かってても、璃杏の演技力の高さに少し気圧されるな…』

 

そして璃杏が間を空けて次のセリフを言おうとした時だった。

 

「璃杏、ちょっとストップ」

 

突然カットをかけたのは夏怜だった。

 

「璃杏。

 父さんから目を逸らしたら五秒、間を空けてみて。

 今のタイミング……三秒弱では緊張感に欠けが生じると思う」

 

流石は夏怜。

興味のないことには無頓着ゆえ、こういう事に関してはいっそうこだわりが出る。

 

「それと声の強弱ももう少し付けてみて。

 普段通りのしゃべり方では恐らくヒロインの気持ちにリンクしにくいと思う。

 それと、最初のセリフは一瞬口ごもるように語りだした方が良い緊張感の出し方が出来ると思う」

 

…ちょっとスパルタ過ぎませんかね監督。

 

「『えっと………わ、私………あなたの事を………ッ!?』」

 

台本通りにいけば、ヒロインが自分の心中を告白しようとしたタイミングで自分の領土側から炎が燃え上がるのに気付く。

それに合わせて璃杏はハッと後ろを振り返る。

 

「『そんなッ………一体何が……!』」

 

背を向けながら璃杏がセリフを言ったのを確認してから俺は兵士のセリフを知子に読み上げさせる。

 

「えーっとぉ……『す、すべては………へ、へーか(?)のためにっ!』」

 

人選ミスと判断した俺は即座に強乃に役を回した。

 

「『全ては我らが国のために、全ては我らの未来の王のために』」

 

無感情・棒読みではあるも、璃杏は数秒後に膝から崩れ落ち、やがてすすり泣きをし始めた。

 

「…ッ……『全部、仕組まれていたのですね…。

 あなたは私よりも……国を選んだのですね…』」

 

涙を流しながら璃杏は俺に振り返る。

少し気圧されながらも俺は続けた。

 

「『ちっ、違う!

 僕は何も……!』」

 

気が付くと俺も少し役に気持ちが入り、声に力が入っていた。

璃杏はゆっくりと目を閉じ、俺から顔を背けた。

 

「………『さようなら』……」

 

璃杏のセリフを締めに演技テストはそこで終わった。

 

『………』

 

みんな璃杏の演技力の高さにか、拍手さえ忘れて惚けていた。

 

「……ど、どうだった…?」

 

正気に戻させるために俺が恐る恐る声をかけると、強乃から感想が述べられた。

 

「あ…あぁ。

 内容は既に分かってたとはいえ、こうして見てみるとけっこう引き込まれるなって思ったぜ…?」

 

「まぁ、オレもこういうバッドエンドオチは悪くないと思う」

 

「知子は………よく分かんない(´・ω・`)」

 

予想通りの回答はともかく、俺は夏怜の感想に少しだけ身を強ばらせていた。

もしかしたら夏怜は純粋な気持ちを述べるかもだが、ただ一方的なアドバイスばかりでは璃杏を怒らせかねない。

恐る恐る夏怜の方を見ると、彼女は唇に指を当てて何かを思慮していた。

 

『………』

 

その雰囲気に引き寄せられてか、みんな夏怜に視線を向けていた。

やがて思慮を止めた夏怜はゆっくり顔を上げた。

 

「……問題はないと思う。

 璃杏の動き、言葉の浮き沈み、間の空け具合も悪くないと思う」

 

夏怜監督からからも評価をもらい、璃杏はひと安心して腰を下ろした。

 

「それなら安心ですわね。

 ……そういえば、お姉さまにアドバイスが欲しい部分がありますですわ」

 

璃杏が夏怜にアドバイスを聞きに行ったタイミングで俺はまだ祈世樹の感想がまだ聞けてないことに気付き、こっそり聞こうとした時だった。

 

「そういや祈世樹はどうだっ……」

 

振り向くと、祈世樹は気分が悪そうにうつむいていた。

 

「…どうした?

 具合悪いのか?」

 

急に声をかけられ祈世樹はハッと我に返った。

 

「……ッ!?

 ううん、なんでもないよっ!

 ……なんの話だっけ…?」

 

『……』

 

何となく何かを察した俺は明日の仕事のことで話を逸らした。

偶然にも傍にいた夏怜たちには気付かれてはいなかった。

だが話が終わって顔を背けた直後、祈世樹に暗い面影が見えたのを俺は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 

その日の夜中。

夏怜たちが寝入ってからのこと。

 

「なぁ祈世樹」

 

「なぁに?」

 

ホットココアを飲む祈世樹に先ほどのことを聞いてみた。

 

「さっきの璃杏の演劇の話なんだけど…」

 

「ど、どうかしたの…?」

 

明らかに動揺している。

あまり聴き込むのは可哀想だが……。

 

「やっぱり内容が気に入らないんだろ?

 初め辺りからあまり芳しくなさそうだったし」

 

「…そうね…。

 私は……あまり………」

 

祈世樹は暗い話やバッドエンドを極端に嫌う。

みんな幸せになって欲しいと願う祈世樹だからこそ、報われぬ恋物語の内容が特に嫌なのだろう。

 

「そうだよな。

 中学生がやるにはあまりにリアルすぎるし…」

 

学校側が認めてるのかどうかはともかく、正直PTAとかから文句を言われるのではないだろうか。

 すっかり冷めきったココアの入ったマグカップを置き、祈世樹はソファーに座りながら丸くなって少し震えていた。

 

『愛と裏切り、そしてじさ……自害なんてさすがにまずいよな』

 

隣に座って祈世樹の背中をさすると、祈世樹はすすり泣きながら俺に寄り添った。

 

『どうにかならないものか…………あっ…』

 

その時、ある事に俺は気付いた。

すっげー単純だけど普通のやつには多分難しい……俺みたいなやつなら出来ること。

 

「…もう寝ようか。

 明日も仕事だろ」

 

「…ぐすっ……。

 そうね……」

 

未だ泣きすがる祈世樹を支えながら寝室に入った時のこと。

 

「…ねぇ燈。

 今日は………一緒に寝てもいい…?」

 

「…もちろん」

 

そんな気はしてた。

そう言うと祈世樹はゆっくりと俺のベットに入った。

 

「…手……握って…」

 

無言で祈世樹の手を握ると、祈世樹は安心した笑顔で鼻をすすっていた。

 

「…ありがと。

 ちょっと……安心できた」

 

「そりゃ良かった」

 

きゅっと握る力を入れると祈世樹ははにかむように笑ってくれた。

やがて意識が落ちた祈世樹は静かに寝息をたて始めた。

 

『大丈夫だよ祈世樹。

 お前には俺がいるし夏怜たちもいる。

 もう………一人ぼっちになんてさせないから』

 

幼子のような寝顔の祈世樹を見つめながら俺は手を離し彼女の頬に手を当てる。

 

「んぅ…」

 

頬に当てられた俺の手に自分の手を添え祈世樹は再び寝息をたてる。

そして俺もまた誘われるようにゆっくりと重くなっていくまぶたに合わせるように眠りについた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 




 



翌日、アラームの音に目を覚ますと隣に祈世樹の姿はなかった。

目覚ましの時間でも間違えたかと一瞬焦るも、アラームの時間はいつも通りだった。

疑問に思いつつリビングに降りると、台所で祈世樹は俺のエプロンを着て味噌汁を作ってくれていた。

 

「…おはよ燈。

 ちょっと味見お願いしてもいい?」

 

何事かと思うも祈世樹の様子におかしな所は見当たらなかった。

 

「おはよ。

 俺より早く起きるなんてどうしたんだ?

 おまけに味噌汁まで作ってくれて…」

 

味見をしながら聞くと、祈世樹は少し照れくさそうに笑った。

 

「なんかね………こうして先に起きてご飯作ってもらえるって、当たり前だけど本当は幸せな事なんだなって思ってね…」

 

「……」

 

薄めの塩味に舌をヒリつかせながら祈世樹を見つめる。

 

『たしかに、何気に当たり前で家族のためだと思ってたけど………そう言われてみればたしかにそうかもな』

 

当たり前だからこそ忘れてしまうありがたみ。

祈世樹はそれを思い出させ、再確認させてくれる。

それはとても単純で難しく、簡単でなかなか出来ないこと。

 

「…美味しいよ。

 今度からコーヒーだけじゃなくて味噌汁も作るか」

 

「うんっ♪」と祈世樹は後ろ手を組みながら微笑む。

ほんと、たまに忘れてしまうが………やっぱり俺の嫁だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





それから数時間後。

祈世樹が仕事に出勤してからのこと。 

 

「なぁ璃杏。

 ちょっと話がある」

 

「如何致しましたですの?」

 

日曜日という事もあり、家にいた璃杏に俺はある事を尋ねてみた。

 

「昨日の演劇の事なんだが…」

 

「何か不祥事でもありまして?」

 

「いや、そういうことではない。

 …実はな……」

 

耳打ちで俺は璃杏にある事を聞いてみた。

 

「………出来ないことは無いでしょうけど……。

 …私一人ならともかく、他の方たちが合わせられるかどうか…」

 

「ちょっとキツいかもしれんが、何とか明日聞いてみてよ。

 そんな増やさなくていいから。

 というか、もう「作った」んだけどね」

 

「いつの間にですのッ!?

 昨日やったばかりでしたのに…!」

 

驚くのも無理はない。

俺が作った「それ」は、ついさっき部屋にこもって二時間ほどで仕上げたからな。

 

「まぁ中身見てアレンジするとこは変えてもらってかまわんから。

 どうにか頼むよ」

 

たどたどしく璃杏がそれを受け取って中身を見る。

それは「俺が作った」原稿用紙十数枚の台本である。 

 

「………なるほど…。

 とりあえず明日聞いてみますわ」

 

「うん。

 頼むよ」

 

眉をひそめながら璃杏は読み込む。

 

『大丈夫。

 こっちの方がきっと万人ウケになるはずさ。

 物語ってのは、多少定番くさい方がウケもいいってもんだろうしな』

 

ソファーに腰を下ろし台本を読み込む璃杏を見つめていると、横から知子が俺の膝に飛んできた。

 

「お父さん!

 今日とんかつ食べたい!」

 

「そうさなぁ……。

 璃杏、晩メシはとんかつでいいか?」

 

「…私はかまいませんですわ」

 

台本を読みながら返事を返す璃杏の様は、本番前にセリフを頭に叩き込む女優にも見えた。

 

「ねーお父さん。

 お姉ちゃんはなに見てるのー?」

 

「しーっ…。

 そっとしといてあげてな。

 璃杏は今、頑張ってるんだ」

 

「(´・ω・`)…?」

 

状況を察せない知子を尻目に俺は部屋に着替えに向かう。

 

「知子、一緒に買い物行くか?

 とんかつの材料買って来ないと出来ないからな。

 ついでに今日は一緒に作ってみるか」

 

「うんっ!!

 知子もきがえる!」

 

そう言って知子も部屋に走り去った。

おもむろに振り返ると、璃杏は膝を折って食卓で身振り手振りしながら集中していた。

 

『邪魔するのもよくないな』

 

俺は静かにリビングを出て玄関で知子を待って買い物に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






――二週間後――

 

 

 

璃杏と強乃の学校で文化祭が始まった。

 

「では、行ってまいりますわ」

 

「うん。

 俺たちも後から行くから演劇頑張れよ」

 

「もちろんですわ」

 

ちなみに強乃は友達と先に出ている。

 

「あっ、璃杏。

 ちょい待ち」

 

「…どうかなさいましたですの?」

 

ある事を思い出し俺は璃杏を呼び止める。

 

「ちょいおいで」

 

「…?」

 

疑問形しか浮かばない璃杏を呼び寄せ俺は………ギュッと抱きしめた。

 

「…ッ?!!////」

 

なんの意味か分からない璃杏は声も出せぬまま硬直していた。

そして数十秒してから璃杏をそっと離す。

 

「…知ってたか?

 ハグを三十秒以上すると、元気になれる分泌物質とかが出るらしいんだよ。

 …今日の演劇のエールだよ」

 

もちろん年頃のJCには刺激が強すぎたかもしれない。

 

「ッ…////」

 

璃杏は顔を真っ赤にして涙目で俺を睨みつけていた。

ビンタでもされるかと思ったが、璃杏はうつむきながら服装と髪を整えて急ぎ足で出て行った。

 

『ちょっとやり過ぎたかな…』

 

璃杏を見送ってから家の中に戻ろうとした時だった。

 

『………』

『………』 

『………』

『………』


目の先で夏怜・知子・海麗・祈世樹の四人が俺を見つめていた。

 

「(*; ´・ω・*)ワオ…(汗)」

 

もちろんセクハラのつもりは無い。

それでも冷や汗が止まらなかった。

 

「お父さん、なんで璃杏お姉ちゃんをギューってしてたの?」


「なんか……エールとか言って上手いことセクハラ目的の匂いしかしねぇ…」

 

状況を分かってくれてる(?)祈世樹と夏怜は何も口にせずも、残り二人からは返しにくいセリフを浴びせられた。

 

「知子。

 あんなスケベ親父は置いといて、オレたちでとっとと着替えて行こうぜ」

 

「ふぇ…?

 でも、みんなと一緒じゃないと…」

 

言い切る前に知子の手を引いて海麗が中に戻ると、夏怜も無言で戻ってしまった。

 

『…どうしろと(´・ω・`)…』

 

そう思っていると残っていた祈世樹は静かに近づいてきた。

 

「……たまには、私にもしてね?」

 

後ろ手を組みながら祈世樹は上目遣いで囁き、頬にキスをして中に戻った。

 

『…まぁ、いっか』

 

多分、海麗も内心は分かってくれてるはず。

そう言い聞かせ、俺も着替えに家に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






それから一時間くらいしてから俺たちは璃杏と強乃の学校に向かった。

距離もそう遠くないため、車では行かず歩いて行くこととなった。

学校の近くまで行くとだんだんと人気もにぎやかになり、警備員が交通整備をしていた。

 

『やはり車で来なくてよかった。

 結構渋滞もしてるし』

 

去年は知子の小学校のバザーと被ってしまい、惜しくもこちらには来れずじまいだった。

 

「ふおぉぉぉ…!

 ここが璃杏お姉ちゃんとお兄ちゃんのガッコー…!」

 

自分とこの小学校よりも一回り大きな中学校に知子は感動していた。

 

「知子も将来はここに入学するからな。

 勉強怠ったらダメだぞ」

 

「うんっ!」 

 

そう言って知子はわくわくしながら俺と祈世樹の手を取って校内に入っていく。

その右隣で、髪色に合わせた黒と黄色を主としたパンク調の長袖に丈が長めのスリットスカートにスパッツを合わせた海麗と、ピンクのカーディガンに白ワイシャツ、灰色のプリーツスカートの夏怜はすれ違う男女に振り返られるほど目立って(?)いた。

 

「…なんだよ」

 

俺の視線に気付いた海麗が俺に問いかける。

 

「…んーん。

 何でもないよ」

 

ニコッと笑うと海麗は不愉快そうにそっぽを向く。

生徒玄関からスリッパを履いて中に入ると、既に多くの人たちが行き来していた。

 

「そういや演劇って何時に始まるんだっけ?」


「えっと……一時だったかな」

 

時計を見ると時刻はまだ十時半だった。


「時間まで適当に見て回って待つか。

 一応、場所取りの為に三十分早めに行くけどな」

 

「そうね。

 その方が安心だね」

 

「知子、フリャンクフルト食べたい!」

 

「はいはい。

 …海麗、知子がはぐれないように手繋いで歩いてな」

 

「…分かってるよ」

 

「…?」 

 

どうもここ最近の海麗は知子関連に関しては素直に言うことを聞いてくれる。

 

『姉としての自覚が出てきたのかな?』

 

そんなことを思いつつ、俺たちは時間潰し程度に各教室見て回る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








「そろそろ行くか」

 

時刻は十二時二十分。

予定より早めだが、そろそろ行かねば場所取りが出来なくなる。

 

「今のうちにトイレ行きたい奴は早めに済ましとけよ。

 演劇の最中に前を横切るのは他の客に迷惑だからな」

 

「…問題ない」

 

「知子はダイジョーブだよ!」

 

「オレも全然食ってないから問題ない」

 

「私も平気よ」

 

確認を取ってから全員で体育館に向かう。

中ではまばらながらも既に席が埋まりかけていた。

何とか四席を確保し、知子を俺の膝に乗せる形で座ることとなった。

 

「あら、可愛い娘さんですね」

 

隣に座っていたお婆さんが知子を見てそう言うと、知子はいつも通りのテンションで返した。

 

「おばあちゃんもかわいーよ!

 ほっぺのほくろかわいいの!」

 

「こ、こら知子…!

 …すみません……娘が不躾なことを…」

 

知子の代わりに俺が謝るも、お婆さんは優しい笑顔で返してくれた。

 

「いんや、この歳になって可愛いなんて言われるとは思ってもいなかったから嬉しいですよ。

 …私のとこの孫が演劇に出るみたいで、私もいてもたってもいられず見に来たんですよ」

 

「そうだったんですね」

 

まだ多少抜け切ってない人見知りっ気に申し訳なく思っていると知子が続けた。

 

「このえんげきでね、知子のお姉ちゃんも出るんだよ!

 しかもおひめさまやくで出るんだよ!」

 

「おぉー、そうなのねぇ」

 

ニコニコと楽しそうに知子の話を聞いてくれるお婆さんに安心していると、開演の放送が響き照明がゆっくりと消えていった。

 

「知子、静かにしてるんだよ。

 お口チャックだぞ」

 

「はぁーい」

 

控えめな声で知子が返事をすると、ゴーン、ゴーンと鐘が鳴り、始まりのタイトルコールが流れてきた。

 

『むかしむかし、ある国のお姫様には想い人がおりました。

相手ははかなくも敵対する隣国の王子様でした。

 二人はいつか争いが無くなり、両国が共に協力し合っていける未来を望んでいました』

 

もの寂しげなBGMと共に始まりの語り部が流れる。

 

『さて、璃杏はどのタイミングで出てくるか…』

 

語り部が終わって数秒後、幕が開かれステージがライトアップされたタイミングで主人公らしき男子が王子様風のコートを羽織って出てきた。

 

「あぁ…。

 我が愛しきイザベルよ。

 彼の国におれど、そなたが居なければ私にとっては苦痛でしかない。

 どうすれば彼の国と祖の国、両国の和平は叶うものか…」

 

いかにも練習して作り上げた演劇ボイスで主人公が語ると、その数秒後に璃杏が登場した。

 

「遅れてしまい申し訳ありません」

 

煌びやかな紫色のドレスに身を包み、整えられたハーフアップの頭上にティアラを冠した様にまるで別人のようなその口調は、こないだ一緒に練習した璃杏とは打って変わって別人の姿だった。

 

「わぁー…!

 璃杏お姉ちゃんおひめさまだぁ…!」

 

俺の膝の上で知子は控えめに言うも、たしかに普段から金髪のお嬢さまキャラの璃杏にはあまりにうってつけすぎた。

 

「へえ〜。

 璃杏もやるじゃん」

 

「推薦されただけあるわね」

 

祈世樹の隣にいた夏怜と海麗からも好評の様子だった。

その一方で祈世樹は黙って璃杏を見つめていた。   

  

「おぉ、我が愛しきイザベルよ。

 そなたに会える事を思うと、眠ることすらも惜しくなってしまう。

 この想い、どうすれば伝えられるものか…」

 

演劇特有の役作りボイスの王子様役の男子は少しカタコトなセリフで璃杏に問いかける。

 

「私も、貴方に会えない時間が苦しくて仕方ありません。

 あぁ…私のこの辛さ、どうすれば届くのでしょうか…」

 

すると、静かにBGMが流れ二人は手を取り合った。

 

『生まれてきた この世界で 出会えた奇跡~♪』

 

『愛されるために 求め続けた人よ~♪』

 

ミュージカルばりに二人は踊りながら歌う。

そしてあの場面が来た。

 

「…貴方にお話があります」

 

歌い終えてから璃杏は王子役から少し離れ、胸に手を当て一呼吸置いてから語り出す。

間の空け具合は夏怜からの教えもあってか、わずかな観客席のざわめきが消えた。

 

「奇遇ですね。

 実は、僕もお話があります」

 

練習した通りのセリフ。

ふと祈世樹に目を向けると、バッドエンドの結末を分かっていてか少し目をそらしてるようにも見えた。

 

『ギュッ…』

 

隣に座る祈世樹の手をそっと握る。

心の中で「大丈夫だよ」と囁いた。

 

「………」

 

祈世樹は暗闇で俺を見つめ安心したかのように笑って手を握り返した。

視線を舞台に戻すと、二人は手を握りあって互いを見つめあっていた。

 

「この想い、どうすれば叶えられるものか…。

 ………アッシュ…」

 

あっ、あの王子役アッシュって名前だったのね。

 

「僕もだよ。

 イザベル…そなたのことを考えるだけで……僕は…」

 

「アッシュ……」

 

そう言った直後、二人はゆっくりと顔を近づけ合った。

 

『…ッ!!!?

 まままッ、待て待て待て待て!!!!

 キキキッキスシーンなんてお父さん聞いとらんぞッ!?

 ましてやあんな璃杏と相性の悪そうな………もとい、普通すぎる男子と演技とはいえキスはさすがに…!!!』

 

そう思っている直後「ドーン!」という爆発音と共に二人はステージ右側に振り返った。

 

「なんだっ!?」

 

「……あれはっ…!!」

 

振り返った先でステージ裏からたぎるような赤いライトが波打つように点滅していた。

 

『……ほっ…。

 そういう流れに変えたのね。

 いくら演技とはいえ、自分の娘の……それも思春期真っ只中の璃杏のキスシーンなんて、親としてはドラマの演技でも見れないな……』

 

昔、味わった嫉妬心にも似た胸の痛みがじわじわと残るも、どうにか予定通りの流れに俺は少しだけ安心していた。

 

『全ては陛下の願いのために!』

 

『全ては我らが祖国のために!』

 

『全ては我らの未来の王のために!』


聞き覚えのあるセリフに璃杏は膝から崩れ落ちた。

 

「………全部、仕組まれていたのですね。

 貴方は私よりも……国を選んだのですね…」

 

「ちっ、違う…!

僕は何も……!」

 

振り返った璃杏の頬から光に反射した涙が見えた。

やはり役に入れば女優レベルだ。

すすり泣く璃杏に王子役が触れようとした瞬間、璃杏はその手を払い除けた。

 

「………さよなら……」

 

そう言い残し、璃杏は泣きながらステージ脇に走り去った。

 

「イザベルーーー……!!!!」 

 

取り残された王子役は空に手を伸ばしながら崩れ伏せる。

気が付くと隣にいた祈世樹は震えていた。

静かに鼻をすすり涙を流していた。

 

『役や話に引っ張られやすいとこは俺と同じか』

 

だが、ここからが真骨頂だ。

崩れ伏した王子はふと自分の首飾りを手に取り、再び立ち上がると璃杏と同じくステージ脇に走り去った。

そして一旦ライトが消え、しばしの真っ暗闇がステージを覆う。 

やがてライトが点くと、それまでの崖の背景から森の背景に変わっていた。

すると、走り去っていた璃杏がステージ左側から走り出てきた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

走り疲れた璃杏……イザベル王女は、薄汚れたドレスで立ち止まり膝に手をついて呼吸を整えていた。

その先では、絶えず燃え盛る炎の光がライトアップされていた。

 

「…お父様……お母様ッ……!」

 

その声に思わず俺が震えた。

その時だった。

 

「はぁ…はぁ………イザベルッ!!!!」

 

イザベルが振り返った矢先でアッシュが息を切らして追いついた。

 

「……アッシュ……」

 

よろよろと再び歩きだそうとするイザベルの手をアッシュは引き止めた。

 

「……お願い…。

 この手を離してください。

 私は……国に戻らねば…」

 

そう言うもアッシュは手を離さなかった。

 

「イザベル……。

 どうか聞いてくれ。

 これは……僕の本意なんかじゃないッ…!!」

 

アッシュが叫ぶとイザベルはハッと目を見開いて彼を見つめた。

その直後、アッシュは首に下げていた首飾りを引きちぎり、地面に叩きつけた。

 

「…ッ!?

 アッシュ、それは王家に代々受け継がれてきた大切な首飾り…!

 貴方、自分で何をしてるのか分かってるのッ!?」

 

イザベルが声を張り上げるも、アッシュは肩で息をしながら首飾りを踏みにじった。

 

「こんなの………君の価値に比べたら、天と地の差だッ!!!

 …イザベル………僕にとって、君はかけがえのない恋人だ。

 たくさんの宝石で飾られた装飾なんかよりも、僕のことを好きだと言ってくれる君の方が……ずっと大事なんだッッ!!!!」

 

アッシュが力いっぱい叫ぶと、イザベルは口に手を当て泣き崩れた。

そしてアッシュは静かに手を差し伸べた。

 

「…行こう、イザベル。

 二人で、どこか遠い国に行くんだ。

 そして…二人でゼロからやり直そう。

 …僕たちなら、きっと出来るよ」

 

あまりに素敵すぎるセリフにイザベルは泣きながらアッシュに抱きついた。

 

「アッシュ…アッシュ!

 ………アッシュ…!!」

 

泣きながらも呼び続けるイザベルをアッシュは優しく抱きしめる。

しばらくしてアッシュはそっとイザベルを離した。 

 

「さぁ、行こうイザベル。

 共に国を捨てて生きよう。

 僕に必要なのは……君だけだ!」

 

「………はいっ!」

 

イザベルの返事を聞き届け、アッシュは彼女の手を取りそのまま舞台袖に走り去った。

間もなくして演劇のアナウンスが流れる。

 

『こうして、アッシュ王子とイザベル王女は、双方の国を捨て、共に遠い地を目指して馬を走らせました…。

先手を投げかけた祖の国は一時優勢だったものの、途中でアッシュ王子の亡命を知ると、みるみるうちに攻めの手を弱めてしまうこととなり、彼の国を討ち取るに至らずじまいになってしまいました。

彼の国もまた、イザベル王女を失ったことで両国はまた再び睨み合いの冷戦状態へと戻ることとなりました。

両国の国王、女王はひどく悲しみ、怒りに苛まれるも自分たちの戦争の愚かさにも同時に気付かされることとなり、やがて両国は停戦条約を結び、長きに渡る戦争は収束を迎えることとなりました。

そんな事も露知らず、アッシュとイザベルはただひたすらに北の方角へと馬を走らせていました。』

 

アナウンスの直後に馬の鳴き声と疾走音が鳴ると、二人の声が響いた。

 

「行こう、イザベル。

 僕たちの未来のために!」

 

「えぇ、アッシュ。

 私は永遠に、あなたについて行きます!」

 

それから間を置いて最後のアナウンスが流れる。

 

『二人の旅は、これから始まっていくのでした……。』

 

静かなBGMと共にゆっくりと幕が降りると、一斉に大きな拍手が鳴り響いた。

やがて拍手が落ち着くと、再び幕が開かれて主役の二人とスタッフ全員が壇上で立ち並び、手を繋ぎ合いながら同時に頭を下げた。

その直後、再び大きな拍手が贈られ、一部の観客は立ち上がって拍手をしていた。

 

「璃杏お姉ちゃーん!

 カッコよかったよーーーーー!!!」

 

膝の上で知子も間違った日本語で賞賛の拍手をする。

祈世樹に目を向けると、予想外のハッピーエンドに拍手すら忘れて感涙していた。

本来の結末を知っていたがゆえ、このサプライズ展開に意表を突かれたのだろう。

そして最後にゆっくりと幕が閉じていくも、観客席からはしばらく拍手が絶えることは無かった。

 

 

 

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