#95.神からの挑戦状
「神殺し、一つ尋ねてもいいか?」
「なんだよ?」
煉蛇龍が不思議そうに僕を見た。
「お主は自身の運命について考えたことはないのか?」
ヤツのいう運命―――、それは英雄として迎える結末のことを指しているのだろう。
世界を救済し、平和が訪れた先にある未来―――……それを考えたことは何度もある。世界を変えるほどの力は世界を破滅へと導く力にもなり得ると考えた時、世界が選ぶ僕の行く末は恐らく滅びだろう。
歴代の英雄達がそうであったようにきっと僕にも訪れる。
数瞬だけ仄暗い感情が僕を圧し潰そうとしたが、頭にかかる黒い靄を払うように首を振った。
「さあな、僕の知ったこっちゃないね!」
「カッカッカッ、若いのぅ! すまぬ、年寄りの戯言だ、気にするな」
「やりにくいな、アンタ……」
「だろうなぁ! 遍く総てがワシから見れば赤子のように幼く拙いからのぅ!!」
飄々とした口振りながら煉蛇龍は静かに死の圧を拡げる。僕は乾いた口びるを舌で軽く舐めてヤツの鋭い瞳孔を見抜く。
「アナ、バフを!」
「はいはい、あまり突っ込みすぎないようにね?」
「分かってる!」
「あと、ロイだけに伝えておくわ」
「なんだい?」
アナが真剣な顔つきで僕の耳に口元を近付ける。
「みんなを不安にさせたくはないけれど、嫌な予感がするわ。このヘビとヴリドラ以外にもまだ何かいる気がするの……」
「なんだって!?」
「根拠のない不安だわ。だけど私の精霊達が怯えてるような、そんな何かがあるのよ」
「わかった、異変があれば教えてくれ!」
「うん」
彼女は話が終わったところで不安げに僕を見た。ことさら明るく振る舞うように笑顔を作り、僕は煉蛇龍にフェンリルの刃先を向ける。
「ジル! 行くぞ!」
ジルに目線を送ると、彼は嬉しそうに笑っていた。
「お前、緊張感ないな……」
僕が呆れたように口元をひきつらせると、それに気が付いたジルが慌てて腕を振った。
「いえ、ロイさんと一緒に戦えるのが久しぶりでつい……」
「それを緊張感ないって言うんだろ?」
「なんていうか、アナタと二人なら負ける気がしないんですよ……後ろにアナさんも居ますし……」
「ああ、そうだな。負ける気がしないってのは同感だ!!」
僕達は強く頷き合い、後ろにいる三人を軽く見たあと、煉蛇龍に視線を戻して全力で駆け出す。
(やれやれ、ジルのことは言えないな……久しぶりの緊張感にどこか気分が高揚してるな……)
煉蛇龍が僕達を迎撃するように厳しい顎を振り上げ、ヤツの幻想的な白銀のたてがみが翻る。
ヤツの口腔に孕んだ緑炎が鮮やかな死の景色を見せると視界を獄炎が埋め尽くす。
「ロイさん!? 危ないっ!!」
僕を飲み込む焔にジルが叫ぶ。フェンリルの纏う青い焔が荒ぶり、緑炎を食い荒らすように激しく猛り狂う。
「うぉぉぉおおおおおおおおッッ!!」
青と緑の焔がぶつかり、お互いを食い合うように燃え盛る。せめぎ合う炎の熱に身体の内側が赤熱する。
「押し切れッ! フェンリルッッ!!」
愛剣が僕の叫びに呼応し、青い炎が更に膨れ上がる。フェンリルを振り払い、緑の炎を完全に消し飛ばすと煉蛇龍は嬉しそうに眼を細めて僕を見た。
「ワシの火焔を祓うとは……さすが、ただの小僧ではないな……」
煉蛇龍の死角にジルが回り込み、デュランダルに黄色の魔力を灯して神速の建御雷となる。
「術式:静寂を呑む雷霆!!」
見失ったジルを探すよう、煉蛇龍は鼻先をあちこちに振り向かせる。
「シュルル……シュルルルル……」
何かが空気を叩くような音が断続的に洞内に響く。
「あのこわっぱめ、どこへ消えたというのだ?」
煉蛇龍は焦る様子もなく、隈なく洞内を見渡して嬉しそうにガラガラと笑う。
「400年振りに起きてみれば、よもやこれだけの人間がおるとはァ!!
狩りのしがいがあるというものよ! カッカッカッ
!」
その一言、ケツァルコアトルのその言葉に雷霆は激しさを増し、荒ぶる厄災のように地面を叩いて跳ね回る。
「狩られるのはアナタです、煉蛇龍……ッ!!」
「カッカッカッ! やってみぃ、こわっぱ!!」
「その動き、私は知っていますよ……下等竜種であるヘビ系の魔物が良くする動きです……恐らく鼻先に獲物を感知する何かがあるのでしょう……?」
「ほう……? キサマ、ただのバカではないな?」
「観察と検証は物事の基本です……無策で走り回ってるとでも……?」
「賢しいのぅ〜」
「アナタの速度では私を捉え切れない……なます斬りにして差し上げますよ……ご老体ッッ!!」
ケツァルコアトルの左側で稲光が爆ぜる。煉蛇龍が音につられて振り返ると、青白い閃光を発した稲妻は青紫の色を帯び、左側にいたジルは瞬きする間もなくヤツの右側に現れる。
「その首ッッ!! もらったぁああ!!!!」
ジルの剣閃が晒されたケツァルコアトルの首元を狙う。
「見えておるぞぉ! 小僧!!」
ケツァルコアトルは急激に振り返ると、剣を振り上げ中空で身を晒すジルに迫った。
ヤツの大顎が彼を丸呑みするように大きく口を開く。
「クスッ……残念、ハズレ……です……」
「なぁ!!?」
煉蛇龍の口が虚しく空を食み、再びジルの姿が消える。
「二重奏:青き稲妻と兵士を見送る妻達の行進曲ッッ!!」
煉蛇龍の頭上、荒ぶる建御雷は剣を再び振り上げ、全身の力を乗せて神速の刺突を繰り出す。
「―――剣技! 動くこと雷霆の如しッッ!!」
ジルの振り下ろした剣が煉蛇龍の頑強な頭殻に突き刺さり、やつの鎧を超高温の稲妻が火花を散らして焼き切っていく。
青白い電光が空気の中を奔り、ケツァルコアトルが堪らず痛苦を漏らす。
「ぐぬぬぬッッ!! ぬぉおおおおお!!!!」
「もう一押し、です……ッッ!!」
より一層、雷光が激しさを増し、ついに煉蛇龍が地に伏す。
「ロイさんっ!! 今です!」
ジルが叫ぶより先に駆け出していた僕は蒼炎を巻き上げるフェンリルを掲げ、ケツァルコアトルの首を目掛けて振り下ろす。
「真・紅蓮一文字斬りぃ!!」
赤熱するフェンリルの高温が煉蛇龍の首を掻き切ろうと僕の叫びに呼応する。
「うぉおおおおおおお!!!!」
ヤツの頑強な甲殻が焼け、青い炎がその鎧を侵食していく。確かな手応えに半ば勝ちを確信して気を緩めたその時―――、ケツァルコアトルが笑った。
「カッカッカッ!! これは片腹痛い!」
「なにがおかしい!」
「どれくらい遊べるか様子を見てみたが、お主ら興醒めじゃのぅ……もう良いか?」
「なにを寝言をっ!!」
「満足したかと聞いておるじゃ、小僧ぉお!!」
煉蛇龍は力任せに巨体をくねらせ、食い込むフェンリルごと僕を振り払う。
大質量の巨体にはね飛ばされた体は軽々と吹き飛び、洞穴にめり込む。
「―――ガハッ!?」
衝撃が全身を駆け、思わず痛苦が漏れる。
暴れるケツァルコアトルの頭上で耐えるジルにヤツのしなやかな尾が迫る。
「まずい、ジルッ!! 離れろ!!」
「しまった―――……間に合わないっ!?」
ジルが反応するより先、ヤツの尾がジルを捉えて縛り上げる。
―――ギリギリギリィィ!!
「―――うぐぅ!!?」
首を締め上げられたジルが堪らず剣を落として、もがき苦しむ。
「お主ら、ワシのことを舐めすぎじゃな。いくら何でも力押しでワシに勝てる訳なかろうて」
「くっ! ジルを離せぇ!!」
フェンリルを握り、再び煉蛇龍に向けて走り出す。振り上げたフェンリルで何度差し迫ろうと、あしらうように跳ね除けられ、焦りが思考を奪っていく。
「ロイッ!! このままじゃ、ジルさんが!」
「分かってる!」
何とか手立てはないものか、まとまらない思考を必死にまとめ上げていると視界の端を赤い稲妻が駆けて行った。
「ロイ殿ッ!! 私を忘れてはいませんか!」
「危険だ、ロゼリアさん! 無策で突っ込んで何とかなる相手じゃない!!」
「私の命は民の為にあるのです! 私がヤツの気を引くうちにジル殿を!!」
真紅の重装を纏った乙女が決死の覚悟で煉蛇龍の元まで走り込んでいく。
「クッソ!! クリスの援護があれば……っ!!」
「ないものねだりしてる場合? このままじゃ、二人ともやられちゃうわよ!!」
「ロイさん、私がフォローします。今は一秒でも早くロゼリアさんとジルさんを助けましょう!」
「そうだな。エマ、一つ頼めるか?」
エマに革袋を手渡して僕は駆け出した。
ハジメマシテ な コンニチハ!
タカハラリツキですっ!
竜の魔女、95話になります。
しばらくは毎週木曜日の更新を目指して頑張ります!!
それでは、また次回〜 ノシ




