#77.赤い稲妻
―――それから一週間が経った。
「本日お集まりいただいたのは、我々エルフ族の文化を識者の皆々様にご理解していただく為の機会の場を設けたく思った次第でございます。
ご多忙の中、お越しいただきましたことをエルフ族の代表として御礼を申し上げます」
申し訳ないが、クリスの堅苦しい挨拶は半分ほど聞き流して僕はホールの上から一同に会したお偉いさん達を吟味するように見下ろした。
「適材適所ってやつだな……さすがだよ……」
これだけの人数を収容する為の会場を借りるのにどれだけの費用がかかったかを考えて痛む頭を抑えながら、堂々と挨拶をするクリスに賛辞を送る。
浮き足立つ者、品定めをするようにクリスを見つめる者、知り合いと談笑を交わす者、それぞれの思惑を俯瞰して見つめるのは意外と面白い。
クリスが手を上げると、展示品にかかる幕が一斉に取り払われた。
「おぉ〜!!」
会場のそこかしこから感嘆の声が漏れる。
ちょっとした細工の装飾品から仕立ての良い調度品まで幅広い工芸品が並ぶ様は圧巻だった。
エルフの里で見慣れてなければ、僕自身もこの異文化の様式に飲まれていたかもしれない。
特にクリスの後ろに鎮座する凝った細工が散りばめられた超大型の剣は目を引いた。
「この後ろにある二振りは先日、我々で討伐しました超大型モンスターの牙から切り出された一点物です。我々にはこういった加工技術に秀でた職人が多数おり、またそれらの資材を調達できるだけの名うての討伐隊もおります」
荘厳で流麗な大剣に見惚れる衆目の色を見ながら僕も感心の声を上げていた。
「さすがだな、クリス……」
武力の開示も交渉においては大事な要素となる。パワーバランスに偏りがあれば弱味を盾にされることもある。
予想もつかない大型モンスターの牙を使った加工品を作れるだけの技術、討伐出来るだけの力を暗に示すことで迂闊に実力行使をする訳にもいかないだろう。
「エマ、あの人とあの人……それとあそこにいる人、あっちもだな。
ピックアップしてクリスに資料を渡してくれないか?
あの人達は目付きが違う。一点物の見本品に目を奪われていない、アレは商売をする人間の目だ」
僕は複数人を指差して服装から特徴を伝えてエマにリストアップさせる。
「さすがの慧眼ですね、的確に手腕の確かな商会の頭取を拾ってますよ……」
「ああ。あの人達は量産化が可能かどうか、流通までの取り扱いをどうするかをすでに取り巻きと話を詰めてる。この展覧会が終われば、すぐにアプローチを仕掛けてくるハズだ」
「なぜそこまで分かるのですか?」
「頭の傾き方と振り方だよ。あの動かし方は構造を把握する時に出る首の振り方だ……装飾の贅を眺めてる動きじゃない……」
「なるほど、恐れ入ります」
「華美で見慣れない展示物と美しきエルフの女王に目もくれず、流通可能な品だけを見定める眼力がある人物を洗い出せて良かったよ。
そんな人物が一人も居なかったらどうしようかと思った……アナも念入りにチェックしているハズだから僕とアナでチェックが入った人物を取り引きの本命にしよう。
どれだけの交渉を持ち出してくるか、こっちでまた考えておくから人物像の資料や商会の規模など必要な情報を早急にクリスに共有してやってくれ」
「了解しました」
「後はそうだな。さっきからただ一点こっち見てる人物が一番気になるとこだな……アレは誰だい?」
複数の人間をダミーで上部に配置したというのに、僕一人を品定めでもするかのように射抜く視線があった。
「あの方は王国の騎士団所属の人間ですね。
名前までは分かりませんが、赤いマントを羽織っているので師団長以上の人物かと思われます。
少し思い出してみます……お時間を下さい……」
エマが少し眉をしかめてボソボソと呟いた。
「真紅の出で立ち、金色の髪、獅子のように鋭い赤眼……どこかで聞いたことあるような……もう少し距離が近ければ分かるかもしれません」
「いや、いい。あの人が金目当ての人間じゃないことが分かればそれでいい。
これは大層な人物に目を付けられてしまったかもしれないな……」
「いかがいたしますか?」
「興味の対象が僕一人だということは見て分かるからキミはキミの仕事を進めてくれればいいよ。
アレとは個人的に話をすることにするよ」
「お気を付けて。暗部の人間かも分かりませんので」
僕がこちらを見つめる彼女から視線を外すと、女性は不意にマントを翻して会場を後にした。
「まあ、気を付けるよ。それじゃ、また後で」
僕も盛況を見せる展覧会場を後にした。
エントランスから会場外の緑豊かなちょっとした造成地まで来ると足を止める。
「貴方は一体、何者ですか?」
女性特有の高い声質からは想像も出来ない冷淡かつ殺気を溢れさせた質問に、僕は振り返らず答えた。
「そっちこそ、どういったご用件で?
僕はただの警備ですよ?」
僕の後ろを取った女性は圧力をかけるように剣を鳴かせる。
「白を切らないでいただきたい。貴方がこの珍妙な展覧会の首謀者でしょう?」
「どうして、そう思うんですか?」
「目線が警備の人間のソレではありませんでした。貴方、私達を隈なく見定めていたでしょう?」
「参ったな、買いかぶりですよ……それは……」
「視線誘導とフェイクを混ぜすぎましたね。それではすぐに看破されてしまいますよ?」
「それはアナタの思い込みじゃないんですか?」
「装飾だけを凝らしたハリボテと目を引く分かりやすい飾り物の中に真作を混ぜて吟味するなど、これではどちらの展覧会か分かりませんね」
「こっちも必死なんでね、人のプライドに傷を付けたなら非礼はお詫びしますよ」
「目の利かない有象無象の品評会などはどうでもいいのです……私が貴方に訊ねたいことはただ一つ。
我が祖国を食い荒らす蛆虫かどうか、です」
「それはまた、ずい分な物言いですね。
僕の素性なんて取引屋の親父さんやラインハルトさんから聞いているでしょう?」
「王国に仇なす者は何人たりも逃しはしない……それが私の使命です。
外敵とあらば即座に斬って捨てるまでです」
「一つ言えるのは、それだとケンカを売る相手を間違えてませんか?」
「その発言は不敬罪に値します。処断させていただきますっ!!」
後ろで微かに地面が擦れる音がした。
―――恐らく相当な剣の使い手だ。
踏み込む音がほとんどしないのは重心移動が滑らかな証拠でもある。剣術を極めた人間にしか出来ない足運びで赤い稲妻が僕を襲った。
「――来いっ!! 蒼穹連刃ッッ!!」
僕の呼びかけに呼応するかの如く、一瞬で爆ぜた水色の炎は形を作り、細身の双剣になる。
振り向きざま、赤き乙女の振るう一太刀をアロンダイトが間一髪で受け止めた。
「やはり、相当な手練ですね……どこから得物を取り出したのか……所作がまるで見えませんでしたよ……」
受け止められるや否や、彼女は即座に飛び退き、剣を寝かせる。
「取り出すもなにも最初から手元にあったしなぁ」
「戯言をっ!!」
流麗な剣撃が前方から所構わず打ち込まれる。二振りの刃で何とか受け止め、金属のぶつかる甲高い音が辺りに何度も響き渡った。
オーソドックスな真紅の剣に紅の大盾という重装でありながら、まるでその重量を感じさせない軽やかな身のこなしに僕は目を丸くした。
「お姉さん、そんな重装備で大変じゃありません?」
「騎士にとってこれくらいのことは重装のうちに入りません! 剣は誇り、盾は意志、鎧は覚悟です!!」
「なるほど……」
「祖国と民を護るのが騎士の務めです! いついかなる時であろうと、この三相を崩すことはありませんっ!」
「そういう暑苦しいの、僕は好きですよ!」
「お黙りなさい!!!!」
「少し対話をしてもいいじゃないですか?」
「私の質問にちゃんと答えなかった時点で貴方を危険分子と判断しました。
死になさい、ロイ・オックスフォード!!」
彼女の剣を片手で受け止め、もう一振りの刃で彼女の肩口を狙う。下手に殺してしまえば外交問題に発展しかねない状況だが、手加減出来るような相手でもない。
僕のアロンダイトが彼女の肩に差し迫ると、女性は大盾でそれを弾く。
「この程度ッッ!!」
「待ってましたよ、その隙を……」
―――ガンッ!!
「くぅうっ……!!?」
僕は晒された脇腹に蹴りを入れ彼女を蹴倒した。
常人なら重装の鎧を蹴り込んでも自分の足を痛めるだけ、そんな行動を予測してなかったのだろう。
あっさりと転げた彼女が立ち上がるより先にその首元で剣身を光らせる。
彼女は剣を落として項垂れた。
「よもや、賊に遅れを取るなどとは……」
「だから賊でも危険分子でもありませんって!」
「さあ、殺しなさい! 私は何も吐きません!!」
「落ち着いて! 早とちりしないで!!」
「ならば自害するまでですっ!」
「待った待った待った!!」
興奮して自害しそうな彼女を抑える為に僕は後ろから羽交い締めにする。
涙目で抵抗する年頃の娘を無理やり抑え込む危ない絵面になってしまった。
「なにをするのです! 離しなさい、下郎!!」
「何もしないです! しないから落ち着いて!」
「ウソをおっしゃい! 拐かして手篭めにするつもりですねっ!! 離しなさい〜!!」
「なに言ってるんだ、アンタはぁ!!」
「辱められるくらいならば自死するまでです!」
「いい加減にしろよぉー!!」
なんて、くんずほぐれつで組み合っていると周りがザワつく。
「……マスター、なにやってるんですか?」
「リコ! いいところ――……ひギィッ!!?」
「騒がしいと思って見に来れば、まーた女の子とキャッキャウフフですか?」
「ち、違う……違いますぅう!!?」
「へぇー、ふーん……?」
「みみ! ダメっ! ホントに痛いから!!」
僕とリコのやり取りを赤装束の女性がポカーンと眺めている。呆れたようにやって来たアナが僕達を止めた。
「恥ずかしいから痴話ゲンカは家に帰ってからにしてちょーだい……まったく……」
リコが我に返って辺りを見回す。人集りはそそくさと散り散りになっていった。
「私としたことがっ!?」
「リコさん、たまに冷静さを失うよね……」
「ごめんなさい!!」
「まあ、ロイは目を離すとどこで女の子を釣り上げてくるか分からないから気持ちは分からなくもないけれど……」
「僕が悪いのっ!?」
「ええ、そうよ? このスケコマシぃ!!」
アナの拳がグリグリとこめかみに食い込む。
「すみませんでしたぁあああ!!」
そんな言葉が往来に木霊した。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原律月です!
竜の魔女、77話です。
新キャラちゃんの登場です。
強キャラ臭を滲ませながら、すでにポンコツ臭もしますね(笑)
リコさんと対比っぽくしたいキャラなので、何をしでかすか分かりません((´∀`*))ヶラヶラ
それでは、また次回〜 ノシ




