#50.ポケットの中の戦争
クリスの矢が鷹のように軽快な音を立てて僕の横を飛んで行った。
前方、視認できる程度のゴブリンに標的を定めると鷹は湿った音を立てて獲物の側頭部に食いついた。
ゴブリン達は騒然となる。
ある者は挙動不審に辺りを見回し、ある者は光になっていくゴブリンを抱き上げては汚い金切り声を上げ、ある者は貧相な武装を片手に村を背に駆け出した。
よく晴れた青い空は平穏そのもの。
その平穏は不意な悪意によって悲鳴を上げて叩き壊されてしまった。
罪の意識はある。
止まない懺悔もこれから沢山することになる。
それでも、手に馴染んだ愛剣を強く握って二人に声を掛けた。
「リコ! ジル! 今だ、一気に畳み掛けるぞ!!」
「承知しました!」
「了解です!」
僕の号令に短く返答して二人は駆け出した。
二つの黒い影は情け容赦なくゴブリン達を斬り裂いていく。
貧弱な武装しか持たない彼らは突然と来訪した理不尽な凶刃を前に為す術もなく引き裂かれ、戦き、慟哭を上げて散っていった。
気分はまるで、野うさぎやアナグマを追い回して狩りをする領主か何かのようだ。
僕は二人が大多数のゴブリン達を掃討したことを確認して駆け出す。
早鐘のように打つ心臓の音、妙に重たい土の感触、千切た草花の青臭い匂い、どれもいつも以上に明瞭に感じた。
僕が前線に立ってゴブリン達をなぎ払い始めると二人は心得たように下がる。
春雷のような一連の流れに蜂の巣をつついたような騒ぎだったゴブリン達の動きも時間と共に少しづつ統制されていく。
彼らを引きずり出すように少しずつ僕達が後退すると、ある一定のところからゴブリン達は引き下がる。
「やっぱり深追いはしてこないか……」
「集落の防衛が最優先のようですね」
「どうやって村の外まで引きずり出しましょうか」
ゴブリンの中でも戦闘個体だけを殲滅しようというのは僕達の一致しているところだ。
戦うというのは、双方にとって命のやり取りを覚悟した上に行うものだ。
理不尽な戦闘能力差があるとはいえ、戦士を殺める分にはこちらに落ち度はない。逆を言ってしまえば、僕達の誰かがゴブリンに殺られたとしてもそれは殺られた人間の過失であり、ゴブリン達に非はない。
ーーとはいえ、こんな不意打ちめいた襲撃をしている時点でゴブリン達からしてみたら悪逆非道そのものでしかないのだろうが。
これは立場を逆に置き換えてみたら分かりやすいかもしれない。
ゴブリン側が僕達で僕達がゴブリンだったとしたら、10人居たら10人全員がゴブリンは悪だと論じているだろう。要するにやってることは野盗やモンスターの村襲撃と、そう変わらない。
特にジルにとっては心痛察するとこでもある。
彼の村は大規模なモンスター襲撃で多くの犠牲者を出している。ジルの顔を横目でチラリと確認すると、苦悶の表情を浮かべて懺悔するようにまぶたを固く結んでいた。
突撃前の長閑な光景を見せられては、余計に強く引っかき傷を付けてしまっているだろう。
こんなことをさせて平然と出来るのは、よほどの人でなしか心の機微が分からない異常者のどちらかだろう。
「ジル、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」
「いえ、これは私自身が選んだことですのでお気なさらず……」
そう呑気に話をしている場合でもない。
立て直したゴブリン達は弓矢を引っさげて照準をこちらに向ける。
ヘロヘロの矢が届きそうで届かないのが、ものすごく心痛かった。
お返しと言わんばかりに、クリスの矢が弓兵を射抜いてゴブリン達は為す術もなく数を減らしていく。
こうやって挑発行為を繰り返すことで決戦に打って出てくるのを待っている訳なんだが、そこに至るまでがとにかく居た堪れない。
「消耗戦になりそうですね、長期戦闘も視野に入れましょう」
「そうだな、アナとエマにも戦線を上げてもらって野営準備をしよう。
ゴブリンブッチャーのこともある。夜目が効く僕がここで哨戒をするから、キミ達は後方で設営を進めてくれ」
「はい」
リコとジルは引き下がり、アナ達と共に炊事しながら野営準備を始める。
「クリス、キミは貴重な狙撃手だから下がってもらうワケにはいかない。ゴブリンブッチャーが見えたら全力退避するとして、それまでは危険だけどゴブリン達を狙撃し続けてくれ」
「ええ、そのつもりですわ」
日暮れてくると、ゴブリン達の集落にポツポツと明かりが灯る。哨戒するゴブリンを無慈悲に射止める鷹の矢が奏でる風切り音は時おり一帯に響き渡った。
野営準備に乗じて総攻撃を仕掛けてくれるのを待っていたんだが、距離を置きすぎてしまったか。
汗がじっとりと頬を伝う。
彼らの営みは知りたくもなかったが、よく知っている。
昼行性で農業を生活基盤にしており、人間を襲う時は報復措置か武装の調達が主な理由である。嫌なことに人間を襲撃するという一点以外は非常に温厚とすら言え、仲間同士で助け合い、和気あいあいと静かに過ごしている。
もう普通に人間と何も変わらないレベルの生活だ。
そんな彼らを一方的に襲撃して恐怖のドン底に叩き落としているというのは、英雄として如何なものだろうか?
そんな下らないことをまた考えてしまうくらいあまりにも長い時間、事態は硬直していた。
事態が急転直下を迎えたのは、二日ほど経過したよく晴れた日の朝だった。
もう哨戒活動も出来ないほどにゴブリン達の数が目減りしていて、武装ゴブリンの数もこっちが泣きたくなるくらい寂しい数になっていた。
怠らず彼らを見つめていた僕はその異変をすぐに察知する。
彼らの集落が目に見えて色めき立ったのだ。
非戦闘員と思しきゴブリン達も含めて全ゴブリンが一所に集まり、武装していないゴブリンはどこかへ退去していく。
悲愴すぎるソレをまざまざと見せつけられ、僕は彼らに対して一種の共感すら憶える。
時間にしてほんの数分くらいの出来事だったが、その光景は鮮明に、そしてありありと僕の脳裏に焼き付いた。
「クリス、もういい……下がっていてくれ……」
「まだ武装ゴブリンがいます! こちらにやって来る前に倒し切ります!!」
「そんなことをしていてアイツと接敵したらキミを庇い切れる自信はない!
それにさ……見てみろよ、アイツらの数を…………僕達より少ないじゃないか……それでもやって来る彼らを弓矢でいたぶるなんて僕には出来ないよ…………」
「…………わかりました」
彼女は簡潔に返事をして、リコ達の元へと駆けて行った。
「今なら戦場でククルカンがブチ切れてた理由がよく分かるよ。同胞を見殺しにして待ちの姿勢を続けるなんてキレたくもなるよな、そりゃ……」
武装ゴブリン達の少し後方、遠近感がおかしくなりそうなサイズのゴブリンが悠然とコチラに向かって進軍してくる。
僕は足元に火を灯し、堪えていた何かを燃料にゴブリン達に向かって飛び出した。
今までで一番力を込めて踏み込んだかもしれない。
僕の蹴飛ばした地面は大きくめくれ上がり、爆炎が僕の背中を押し出す。
ほとんど空を飛んだ状態から着地すると、また更に強く地面を踏み抜く。あっという間に僕とゴブリン達の距離は0になり、僕は緑の炎を纏う愛剣を振り上げた。
「どけぇえええええ!!!!」
強襲された武装ゴブリン達は予想外だったのか、僕の姿を瞳に写したまま硬直して死を覚悟する。
アグニールが振り下ろされる刹那、前方で空気が叩き壊されるような音がした。
爆発音以外の何物でもないようなその音と共にアイツはやって来た。
アグニールを振り上げた僕にヤツの体を投げ捨てたような体当たりが直撃する。
「……ガハッ!!」
味わったこともないが、真正面から飛んできた大砲の弾が直撃したら、多分きっと……こんな感じ。
とにかく硬い、重い、そんな一撃に僕の体はベキベキと悲鳴を上げる。
虐殺の代償はあまりにも痛かった。
大質量の肉塊と衝突した僕は慣性の法則を無視したかのように吹き飛ぶ。
それこそ遥か後方で待機してたハズの仲間がどんどん前方に遠ざかっていく。
勢いが弱まり、体がゴロゴロと地面を転げた。とてもじゃないが、受身を取るとか体勢を立て直すとか、そんなこと出来ないくらいの痛みで無様に寝転がる。
「ゴホッ……ガハッガハッ……!!??」
何とか吐き出した咳払いでさらに体が痛む。冷や汗どころか全身から出血してるんじゃないかと錯覚するほどに大量の生ぬるい汗が吹き出る。
「ロイ! すぐに治癒するわ!」
クリスを退避させた時にアナ達を更に後方に待避させておいたお陰で、そう時間を置かずにアナの神聖魔法で体から痛みが消し飛んだ。
「ヒュー……ヒュー…………即死するかと思ったぁ……」
僕は四肢がしっかりと動くのを確認する。アナが呆れたような口調で言った。
「なにもワザと受けなくてもいいじゃない……」
「ケジメだよ、ケジメ……これでアイツと真正面から戦える!!」
ゴブリンブッチャーの追撃が始まると前衛が危ない。僕は会話半分でまた疾駆した。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」
吹き飛んだ僕を呆然と眺めていた三人を置き去りにして、踏み込む度に体が加速していく。
高鳴る心臓の音が全身に血を巡らせるよう指先にまで響いた。アグニールを握り締めた手のひらが妙に熱い。
再びゴブリン達を視界に収めて僕は叫んだ。
「怒れる火神の咆哮!!」
四つの色が煌めき合う炎装を身に纏い、僕はゴブリンブッチャーと対峙した。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原 律月です。
竜の魔女、記念すべき50話です!
気が付けばこんなに長くなりました(∩T꒳T∩)
タイトルが某ロボットアニメのパクリになってしまいましたが、他に適切なタイトルが思い浮かばずそのままです(笑)
良いのが浮かんだら差し替えせねばと思います((´∀`*))ヶラヶラ
それでは、また次回〜 ノシ




