#49.ゴブリンってなんだっけ?
それから2、3日かけて一層目のマッピングをほとんど終えた僕達はエマの作成した地図を眺めた。
「残すはここの区画だけか……」
地図に残る空白を指で指し示す。
「下層に降る階段は他には見当たりませんでしたし、ここが下層への唯一の場所でしょうね……」
リコが明らかに嫌そうな顔をする。
「ここは避けたかったなぁ〜……はぁ……」
「ああ、そうだね」
僕たち三人がこの区画を避ける理由は、かつてのトラウマがあるからだ。
「意外ですね、アナタ達がゴブリンの集落くらいでそこまで嫌がるなんて……数は多いかもしれませんが倒せないほどじゃないでしょう?」
エマがゴブリンくらいで何を後込みしてるんだ?と言わんばかりの言い様で尋ねてくる。
「キミ達は2万体のゴブリン大軍勢を見た事ないからそんなこと言えるんだよ。もし、この集落にアイツがいたら……」
「思い出したくもないわね。後にも先にも死ぬほど怖い思いをしたのはあの時くらいよ……」
「私はどちらかといえば、切っても切っても湧いてくるゴブリンの方がトラウマですけどね……」
そう、僕達の始まりはゴブリン大軍勢だった。
特に僕とアナは本格的に戦闘したのがアイツらが初めてだったし、なによりアイツには苦い敗戦を刻み込まれている。
「アイツ、ですか?」
クリスが首を傾げる。
「このアグニールが切り出される前の棍棒の持ち主だよ。ソイツの名前はゴブリンブッチャー……初めて本格的な戦いをした相手だったが、未だに勝てる気がしない相手だ。
少なくとも僕は秒速で完敗したぞ。今戦ったらどうかは分からないけれど、それくらい手痛い敗北だったからな……」
「ロイさんがそこまでいうほどのゴブリン……一体どんな……」
「まず、見た目が凶悪だ。天性の筋肉の鎧に体高がギガント種くらいある。
その上、どうやってこんなの防げっていうんだよってくらいの突進速度を持ち合わせていて、超質量の棍棒をいとも容易く振り回す筋力も備えてる。
極めつけは、高い知性だな。
リコの二重攻撃の展開が始まるより先に即座に危険と判断して範囲外まで離脱する状況判断力・敵の戦い方を冷静に観察して戦う分析力・優先順位の意思決定力・相手の行動や思考を把握して確実に詰めてくる論理力まであるとか、もはやゴブリンってなんだっけ?って聞きたくなるような悪夢のようなモンスターがこの世にはいるんだよ!」
「それは……ゴブリンではありませんね……」
「ククルカンを一回り大きくさせて隙を無くしたみたいな……そんな規格外なゴブリンがあそこにも居たらと思うと、な……」
「壮絶の一言に尽きますわね……」
「そりゃ、ククルカンだってまともな状態でやり合ってたら勝てるイメージ湧かないけどさ!
アイツはそうじゃないんだよ!!
ゴブリンなのに規格外なんだ! 出来たら二度と出会いたくない敵の代表みたいな存在なんだよ!!」
「なんとなく言いたいことが分かってきましたわ」
僕達にトラウマを植え付けたアイツが万が一、このダンジョンのあの集落に居たら……考えただけでも背筋が凍り、冷や汗が止まらない。
「アイツが居ると仮定したら対処法は二つだ。
一つは見かけた瞬間に引き返して逃げ帰ること。
二つ目は、僕以外はまともに戦闘しないように範囲外で待機することだろうな」
「ロイさん単騎でどうにかなるんですか?」
「僕だけでどうにかなるっていうよりは現状の戦力を冷静に把握すると、アイツに攻撃が通りそうなのは僕くらいしかいないって感じだな」
「え?」
「まずクリスの弓矢は無効だろうな。刺さったところでダメージにならないと思う。
リコとジルも通常モンスター相手なら刃が通るだろうけどアイツ相手の場合は刃が通るより先になぎ払われてミンチにされるか、攻撃を掻い潜って切り傷を負わせたところで有効打に出来る可能性は限りなく低いから容赦なくその隙を叩き潰しに来てやっぱりミンチにされると思う」
「ミンチにされるだろうって部分は同意ですね。あんなのを受け止められるのは、マスターの馬鹿力とクラウスだから出来た芸当だと思います」
「アナの精神操作は有効な可能性がありそうだけど、最優先で潰しにくると思うから近くにいるだけでアナは危険だろうね」
「冗談でも近付きたくはないわね、あんなの……」
「で、真正面からアイツの規格外の筋力を抑えられる僕しか戦闘できる人材がいないってこと」
「物理的に攻略が難しい相手ということだけは否応なしに理解しましたよ……」
「バカでノロマな筋肉ダルマだったら、こんなにビビってなんかいないさ」
僕達が戦闘をした個体がたまたま知性の高い個体だった可能性はあるが、低く見積もっても良いことはないので基本性能をアイツに合わせた方がいい。
そもそも、あの区画にゴブリンブッチャーが居るという確定情報もないが僕の予感は何故だかアイツは居ると告げる。
「私、斥候は得意なので偵察してきましょうか?」
「エマを危険な目に遭わせるのはな……万が一、ゴブリンブッチャーとかち合ってしまったら即死は免れないし、やっぱりここは戦術として僕を先頭にしてゴブリンブッチャーありきで陣形や連携してゴブリンの集落を攻略した方がいいと思う」
「マスター、ゴブリンブッチャーが居るっていう根拠は?」
「ああ……それは、リコの仮説だよ」
「わたし、ですか?」
「リコの仮説通り、僕の力がこのダンジョンに影響を及ぼして内部を変異させてるとしたらアイツはあそこに絶対にいる。
僕の中で最強のモンスターはゴブリンブッチャーだ。ダンジョンが人のイメージで出来上がっているとしたら、ここの階層にハウンドとゴブリンしかいないのは納得出来るし、僕にとって始まりはハウンドとゴブリンだっからね。
この空間、少し既視感あるなって思ってたんだけど僕達の村付近に地形が似ているんだ。
もちろん、僕の影響だけじゃないだろうけど僕のイメージが強く反映されてるのは間違えないんじゃないかな?って」
「嫌な形で私の推察が当たってしまった感じですか」
「そうだね。僕もリコの話を聞いてなかったら気にもとめなかったんだろうけど、そう思うことにはね」
まして、下へと通ずる道があそこにしかないとなれば居ないと考える方が現実逃避だろう。
「みんな、覚悟は出来たかい?」
最後の区画を視界に捉え、僕は仲間達に尋ねる。
「絶対に前に出るなよ。アイツの餌食になるぞ」
「マスターも無茶はしないで下さいね」
「ああ。無茶して戦う相手じゃないしな……死なないを最優先しよう! 無理そうだったら一度撤退してそれなりに準備を整えてからまた攻略すればいいからな!!
ここで命を捨てる必要は無い!」
ゴブリン達の集落内や付近で戦闘に陥れば、地の利は向こうにある。伏兵の警戒をしつつ、ある程度は固まって動かないといけない。
その場合、ゴブリンブッチャーが出てきた時に撤退が困難になってしまう。
なので、踏み込まずに敵を引きずり出して戦う必要がある。
ーーどうやって、引きずり出すか。
これは単純明快、集落付近で暴れることだろう。
クリスの矢で奇襲を仕掛け、そのまま移動速度差を活かして僕達前衛三人が突貫で戦線を崩して即座に離脱する。
この場合、向こうの選択は二つ。
僕達が引いたところで追撃戦を仕掛けるか、第二波に備えて防御線を敷くかだ。
前者の場合だと、やはりモンスター。釣り出した所を叩くでシンプルになる。
後者の場合だと少し厄介だ。襲撃された集落を立て直すのに迎撃を選択するということはそれだけで知性の高さを示す指標にもなるが、同時に守る暮らしがあるということも示唆する。
心象の問題が付きまとうことになる。
ゴブリン達はモンスターとはいえ、言葉を介してコミュケーションを図れるほど集団として発達している種族だ。
それは耳飾りの記憶がありありと見せてくれた。
僕も今まで聞いてきた話やファフニールの力が無ければ意思疎通も図れないただのモンスターとして駆逐するだけで良かったのだが、一方通行とはいえ彼らの言葉を理解出来てしまう。
要するに見た目の問題と言語の壁が横たわっているだけで、精霊種と大した差異がないのだ。
それが意味することは何なのか、僕は分かっていた。多分、この中でそれを分かってるのは僕とリコだけだし、今までの歴史的背景からしても何ら悪業ではないのだろう。
ーー……人間にとっては、精霊達にとっても。
蛮族であり、同胞を襲う脅威であり、最も忌むべき隣人であるゴブリン。
彼らに知性はない。
彼らは悪名高き醜悪な簒奪者。
彼らはモンスター。
彼らは獰猛で狡猾な駆除すべき危険な存在。
そう評価するのが当然として、僕達の暮らしの中に浸透している意識だ。
だけど、実際のゴブリン達は違う……違ってしまっていた。
戦うことに恐怖を感じ、仲間を慈しみ、種としてごく当たり前に集団行動を行い、弱き者を庇い、脅威や外敵に立ち向かう勇気を持ち、著しく低い文化水準を支え合うことで補って生活している。
そんな背景を考えたことなんてなかった。
人間の方がずっと野蛮だ。
暮らしが豊かになれば諍いを起こし、大義名分を掲げて他者を侵略することも厭わず、同族ですら躊躇うことなく滅ぼす残虐性を持ち合わせている。
ゴブリンの通説と人間の行動、それは丸っきり逆なのでは?とすら思えた。
正直に言って、原罪達がモンスター側に付いてることの方がよほど真っ当な神経をしてる気さえする。
モンスターは人間に侵略されているだけの存在。人間が必要以上に追い込まなければ、襲う必要すらない。
ゴブリンと初めて戦った時からソイツは薄暗く付きまとい続けていた。
「ーーこれは、ただの虐殺なんだ」
誰に言うわけでもなく半ば思案中に出てしまっただけの素直な感情は、リコ以外の仲間達を不幸のどん底に叩き落とした。
「あそこを通らなきゃいけないからゴブリン達を倒さなくてはならない。でも、そんなのはこっちの都合で彼らには何ら関係もない話なんだよな……」
意思疎通さえ図ることが出来たなら、こんな悲劇を起こさずに済んだのだろうか。
もっと踏み込んで、人間種がその暮らしに満足できる種族なら良かったのではないか。
モンスター達の口から出る劣等種や下等種族という言葉は肉体的強度の低さよりも、どちらかと言えば精神的幼稚さを指して言っているのかもしれない。
彼らから見た僕たち人間やそれに連なる精霊種は、稚拙で幼稚な品性の欠片も無い劣悪な蛮族なのだろう。
「マスター。その考え方には同意しますが、それは平面的な視野でもあると提言します」
リコは言った。
「確かに彼らの目線で見れば、今から私達がする行為はただの虐殺です。それは紛れもない事実です。
人々の暮らしを守る、皆を豊かにするという大義名分もメッキを貼った偶像崇拝主義でしょう。
私達が自分達自身で忌み嫌う下品で野蛮な侵略行為そのものと言えます」
「ああ、そうだね」
「その行為は愚かです。人間が持ち合わせる悪意の発露です。
ですが、魔物達は人間が作り出した虚像です。
この世界の仕組み上、彼らは人間に間引きされて淘汰されなければ存在意義を失ってしまうのです。
種族としては繁殖しない、天命がない、多様性を生み出せないという欠点を孕んでいるのです。
この3つが欠落しているというのは、生命として定義できるのでしょうか?
精霊種や獣人種という例外を除いたとして、彼らを彼らたらしめるのは人間が畏怖を抱き、数を減らそうと駆逐し、その存在を想起することで新たな生が宿り、一族として連綿と営むことなのです。
魔物と人間、手を取り合ってお互いに慎ましく生きましょうね……などという考えは双方にとって不利益は生じても利益を生み出すことはありません。
隣人となれば、それだけで彼らはこの世界での存在意義そのものも喪失してしまうのです」
「それは詭弁だろう! あそこにいるアイツらはただ生きているだけなんだぞ!!
まして、いつぞやの大軍勢のように人間に報復をする為に進軍してきた訳でもない!
このダンジョンっていう閉じられた空間で僕達に被害を及ぼす訳でもなく生きているだけだっ!」
「マスター、貴方の優しさは父のようですね。ひどく傲慢で滑稽です、厭らしく美しくすら思えます。
その傲慢な考え方自体が、他者を見下し弱者を嘲る行為だとなぜ分からないのですか?
ゴブリン達はゴブリンとして精一杯生きている。
それを虐殺するというのは人の道徳として確かに不健全ですが、それこそ人間の範疇で考えたことでしょう?
精一杯生きてる弱者に対して庇護してやろうなどと憐憫の目を向けて慈しんでやるというのは、アナタの庇護欲を満たす行為でしかありません。
欲求不満を解消に尊厳を踏みにじるというのは、それこそ人道として踏み外してると私は思いますが?」
「だったら、どうしたらいいんだよ!
そんな難しい言葉遊びを弄されても理解なんて出来ない! したくもないっ!!」
「そもそも論として、このダンジョンが作り変わったのだって数日前ですよ?
あのゴブリン達は前から存在しているような記憶を持ち合わせているのかもしれませんが、まやかしです。
人のイメージが擬似的に生を与えてるだけに過ぎません。
アナタの意識が生み出したこのダンジョンで生まれたゴブリン達はアナタがゴブリンの認識を改めてしまえば、次の世代を生むこともなく消えていってしまうんですよ?
仮にです。もしも、意思疎通が図れて友好的なゴブリンが新しく生まれたとしても……もうそれはゴブリンじゃない。アナタが生きやすく都合を改ざんして生み出した別の種族です。
まあ、この空間ならそれも可能なのでしょうが、生き物はアナタの玩具ではありません!
都合よく組み換えて新しい生命を生み出してしまおうなどというのは冒涜です!!
それは禁忌ですよ、マスター!!!!」
「そんなド正論で……」
「正論で塗り固めて正当化するのは悪逆ですか?
それが人の本質ですよ。
言葉を扱い知性を発達させた人間はそうやって自分達の行いを肯定してきたからこそ発展したのです。
それを否定するというのは、否定した人間とっては免罪行為になるかもしれませんが、人としては欠落してます。罪から逃げて他人に罪を擦り付けるだけの愚か者がする行いです。
人間の美しさとは、正しさとは、生者が罪を背負い誰しもがゴルゴダの坂を登り続け、闇雲にもがき、より良い明日を願って苦しむことなのではないですか?
並より一等優れたいなどと驕るのは、優しさという欺瞞で営みを軽視し生を愚弄するような……それこそ、外道の所業です」
僕は彼女の論説に打ちのめされて言葉を返すこともなく、ただ考えた。
彼女の言い分はある意味では正しい。いや、正しすぎて感情を欠落してるのではないかとすら思える。
何かが腑に落ちない。
認められない。
彼女の言葉は人としての僕の考え方を全否定するような、そんな色を帯びていた。
「正しい正しくないで討論するのは聖職者のやることです。
やるべきことをやる、必要なことは認める。
選択の責任を負うのは自身にしか出来ないです。
私が言いたいのは、どんな選択をするにしても選択するのはマスター自身です。
ゴブリンが、みんなが……という逃げ口上をしているアナタが気に入らない。
だからボコボコにしたい。
そうこれは八つ当たりなんですよ、要するに」
ああ、そうか。と、納得できた。
彼女と僕とでは最初から立ち位置が違っていたんだ。
僕は自身の考え方を正当化したくて彼女の弁論を打ち負かしたかっただけ。
彼女は自分の考えを素直に述べただけで、そこに打算も何も無かったんだ。
「これは参ったな、そりゃ勝てる訳ないよな!」
彼女にとって、考えを晒して嫌われたり疑いの目を向けられることなんてことは考えの中にすらなくて、ただ言いたいことを言葉として吐き出しただけなんだ。
そう思ったら、なぜか笑いが零れて止まらない。
仲間達は僕の唐突な笑いに戸惑うよう、顔をしかめて様子を伺っていた。
「さすがは竜の魔女だ。異端狩りをものともせず、徹底抗戦も辞さないということだね?」
「だって、そんなのは無駄でしょう?」
「ああ、そうだね。どちらが正しいとか強いとか偉いなんて比べ合ってる時点で滑稽だったね。
それぞれで考え方が違うなら比較するべきはお互いの欠点で、自分が正しいと主張するのはあまりに暴力的だ。
力任せに論調を通そうなんてのは、人のすることじゃないな!!」
「間違ってるとか合ってるというのは結果の先にあるもので、討論に持ち出すものじゃないんですよ。
私自身は言ってることが正しいとは思ってません。
ですが、私はそう考える。
だから、意見として所感を述べる。
まあ、それだけの話です。
正しいかどうかなんてのは、個々で変わるものですからね……それこそ無意味ですよ。無駄すぎる、毎日を精一杯生きているゴブリン達に失礼です」
「ゴブリンからしてみたら、こっちがゴチャゴチャ考えたところで外敵か興味の外かしかないもんな。
彼らは集合経験知として人間は凶悪で残忍な外敵と捉えてるからこそ人間を襲うんだし、人間も集合知としてゴブリンは排除すべき脅威でありそうでなくてはならないってことなんだな」
「ええ、そういうことです」
僕は憑き物が落ちたように爽快な気分でゴブリン達の集落を見やった。
「この脳筋夫婦って、たまに意味不明な言い合いを始めて二人の世界で完結しちゃうのよねぇー」
「似た者同士で仲がいいってことじゃないですか?」
「私はちんぷんかんぷんでしてよ? 痴話ゲンカの類ということでまとめてよろしいのでしょうか?」
「言いたいことは分かるんですけどね。
いま、言い合うことなの? って感じでしたね」
僕はゴブリンの集落をアグニールで指し示して、仲間達の目を見ながら言った。
「僕はあそこにいるであろうゴブリンブッチャーと戦いたい。あの日からどれくらい自分が強くなれたかを知りたい。
もっと言ったら、このダンジョンの最深部はどうなってるのかが知りたい!!
自分が今からする行為はキレイゴトじゃないし、アイツらからしたら理不尽な暴力でしかない。
だけど、敵対してしまってる以上はこの先を往くには押し通るしかないんだ。
僕はキミ達とこのダンジョンを攻略したい!
だから、ついてきてくれないかい?」
僕の言葉に仲間達は黙って頷いた。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原律月です!
竜の魔女第49話です。
疑問を掘り下げていったら、とんでもない話なってしまいました(笑)
それでは、また次回〜 ノシ




