#39.英雄と王
(ゆび一本でいい……動いてくれぇえ……!!)
しゃくり上げるようなクリスの泣き声が耳に響く。
(ちく、しょ……う…………)
薄れていく意識の中でファフニールが呼んだ。
(おい、兄弟?)
(なんだよ、ファフニール?)
(お前はこんなヤツに勝てんのか?)
(ファフニール、お前はどうやってこのクソッタレを倒したんだよ……)
(ククルカンと殺り合うには早すぎたな。この筋肉バカは戦闘能力がぶっ飛んでっからなぁ〜、ケラケラ……)
(それでも、いま勝ちたいっ……勝たなくちゃいけないんだっ!!)
(おっと、チェンジは無しだぜ? 簡単にジョーカーをばら撒いてちゃ、つまんねぇだろ?)
(当然だろ! コイツは僕自身で殺すっ!!)
(じゃあ、ヒントだ……青い炎はなんでも燃やすって言ったよな? そいつを思い出せ、ロイ!!)
僕は地面に突っ伏したまま、ククルカンを呼んだ。
「……おい、ド畜生」
「あ? まだ起きてんのか、クソザコ?」
僕の体を黒い焔がまた灼いた。チリチリと燃える焔は怒りを火種に更に燃え上がる。
「大道芸は見飽きたんだよォ!! 他所でやってろ、ボケナスがぁ!!」
「新作を見せてやるから付き合えよ、筋肉バカ!!」
「虫の息でイキがってんじゃねぇぞ! テメェ!!」
僕はガクガクと震える体を無理やりに叩き起してククルカンを睨んだ。ヤツの炎は僕の怒りに呼応するかの如く、一段と燃え盛った。
「やっと、火が付いたかっ!! 待ってたぜぇ、最後の原罪!!!!」
「ああ、お前だけは許さない! 絶対にぶっ殺す!!」
黒焔は爆ぜる火の粉を巻き上げながら僕の体を焼き尽くし、焼かれた体が痛みと憎しみで作り直される。
そんな僕を見て、ククルカンが眠たげに言った。
「また同じことしてんじゃねーかァ!!
何回目だよ、それ?
つまんねぇなァ!! 火が強くなっただけならブチ殺すぞ? お前は死んでも死なねぇから問題ねえだろ?
なあ! 最後の原罪!!」
「ここからがショータイムの始まりだっ!!」
僕は溢れ出る怒りに身を委ねながら、青い炎で怨嗟の声や憎悪の叫びを焼いた。自分自身の怒りすらも燃料に青い獄炎は産声を上げる。
「なんだァ!? なにが起こってやがる!?」
「これが最後の原罪っていう理由だよ! 神獣皇ククルカン!!」
炎が炎を喰らい、無限に燃え上がる炎がまた炎を喰らって吹き上がる。揺らめく青と黒の双焔がククルカンの緑炎をも食い荒らさんと呻き、空すら焼き焦がす。
「テメェ!! 取っておきを隠してやがったなぁああ!!??」
「うるさいぞ、ブルってキャンキャン吠えんなよ…ああ、そうか。アンタは畜生共の王様だったな!!」
「このクソガキぃ!! そんくれぇの焚き火で吠えてんじゃねぇゾ!!!!」
ククルカンが目を血走らせて大斧を振り上げる。僕に振り下ろされたソレを素手で受け止めて、ヤツを蹴り飛ばす。よろめくククルカンを追撃して僕はヤツの顔面に拳を叩きつけた。
「どうなってやがるっ!? 俺の炎が喰われてやがる! 力が入らねぇ!!」
「お前が背負った罪は重すぎたんだよ!! ククルカンッッ!!!!!!!」
彼が背負う緑の炎から覗く亡者の嘆きは僕の炎に喰われ、緑の火の粉を黒に変え、青に変え、空に消えてゆく。揺らめく極色彩の火の粉たちは消えていく度に僕の心に憎しみの喘ぎを落としていった。
「なあ、ククルカン? あと何回殴ればいい?」
「ざけんじゃねぇぞ!! クソッタレがぁあ!!」
僕の燃えさかる炎がククルカンを殴り飛ばす度に勢いを弱め、次第にすぼんでいく。
どれぐらい殴ったか分からなくなった頃、辺りはすっかり暗くなってた。
「くっ……そ…………ハァハァ…………」
「神性は剥がれたぞ、ククルカン!」
僕のアグニールと彼の大斧がまた鍔迫り合うと、ククルカンがボロボロの体で吠える。
「お前ごときに背負ったもんを剥がされてたまるかよぉ!!」
「僕だってアンタに負けられないんだよォ!」
「ふざけんじゃねぇぞ、この青二才がァ!」
「さっさと引退しろよ、このロートルがぁ!!」
「このクソボケナスがぁああ!!」
「うるさいって言ってんだろぉおおお!!」
僕達はがなり合いながら、ただひたすらに得物を打ち合い、時に殴り合って、勝つ為に雄叫びを上げる。
「おい、クソガキ……テメェはなんで倒れねぇ……」
「おっさんこそ年甲斐もなく張り切りすぎだろ……」
「俺ァはよ、アイツらの為にも負けらんねぇんだよ……負けちゃならねぇんだ。
英雄ククルカンは常勝無敗、一騎当千なんだよ!」
「そんな想いを背負って、どうしてケモノに堕ちたんだ! アンタは!!」
「アイツらが望んだからだよ!! 莫迦共が俺を担ぎ上げたからだよ!
情け容赦なく外敵をブチ殺す! そんな俺をアイツらは夢見たんだよ!!
強え男がオメェみたいにナヨナヨなんざしてらんねぇんだよぉおおおお!!!!!」
「だから、なんだってんだよぉおお!!!!」
僕は上手く開かない目を無理やり見開いてククルカンに打ち掛かった。
「ああ、見たよ! 知ってるよ!!
ダフネが教えてくれたよ! アンタだって本当は英雄なんかじゃない!!
立派な王様だった! みんなの為に悩んで、悔やんで……普通の人間だったんだろ!!
そうだったんだろ! ククルカン!!
そんなアンタの背中をカッコイイと思ったんだよ! だから僕はアンタを止めたい!!もう縛られなくていい!
僕が望む英雄ククルカンは残虐非道な荒々しいアンタじゃない!!
みんなの為に自分を噛み殺して人々を奮い立たせることが出来る王……そんな英雄ククルカンなんだ!!!」
僕がアグニールを振り払うと彼の体は無抵抗に吹き飛んだ。
「知ったクチきくんじゃねぇよ、クソッタレ……」
「まだ意地になってんのか! このわからず屋!!」
ククルカンは立ち上がって詰め寄り、僕の頬を思っ切りにぶん殴る。
「だからよォ……知ったクチきくんじゃねぇよお!! ケツの青いガキがよォ!!!!」
僕は立ち上がってお返しに顔面へ拳骨をお見舞いする。
「アンタも! ダフネもっ!! ムキになって意地張ってるから泣き方を忘れるんだよぉおお!!」
「……がァッ!?」
「泣かなきゃ強いのかよ? 意味わかんねぇよ!
そんな英雄、僕は要らない!! そんな偶像なんか要らないんだ!!!!」
僕がありったけの力で拳を振り抜いて肩で息をすると、ククルカンは大の字で倒れ込み、星を見ていた。
「なあ、ククルカン? 青臭いガキに説教されてぶっ飛ばされた気分はどうだい?」
「ふざけんじゃねぇよ、クソボケが……」
「ははっ、そうだろな……僕だってそう思うよ……」
「ア゛ァ゛!? ブチ殺すぞ? テメェ……?」
「アンタが神獣皇ククルカンじゃなくて英雄ククルカンだったらコテンパンにやられてたんだろーな」
「ほざけ、ボケナス……」
「貴方の生き方、僕も見習いたいと思います」
「クソ、がっ!……こっちには来んじゃねぇぞ?
俺がマヌケに負けたとあっちゃアイツらに顔向け出来ねぇんだよぉ……それによぉ……ウザってぇしよォ、お前……」
「そっちには行きませんよ、僕は!!」
「今回は俺の負けだよ! 次はその生意気なツラをボコボコにしてやるからさっさと世界を救ってこいよ、神殺しの英雄さんよぉ!!!!」
「次に会うまでには、なまった筋肉を仕上げといて下さいよ……おっさん!」
「ウゼェ……サクッと殺せよ、クソッタレが……」
僕はククルカンの胸にクラウスを突き立てた。
嫌な感触が手に残り、彼は空へと消えていった。
ククルカンの遺した石に触れると、緑の光彩は波打つように世界に拡がっていく。緑光は僕達の光と混ざり合い、極色彩の光は世界の涯になった。
「リコ……フリージア……!!」
世界の涯で戦乙女達は、ただ立っていた。
胸元で桃色の灯が明滅し、その灯は時の止まった平原を撫ぜて遥か彼方まで走っていく。
僕の横を走り抜けたダフネが彼女達に駆け寄って行った気がした。
(リコリスねぇさま、フリージアねぇさま!!)
そんな幻聴みたいな声がどこからが聞こえ、リコとフリージアは顔をくしゃくしゃにすると大粒の涙を落として泣く。
「ダフネ……ダフネぇ…………」
リコが堪らず膝を折るとフリージアは呟いた。
「現世と幽世の狭間……夢は温かく残酷です……ああ、かくも儚きその残滓は…………」
彼女は形にならない想いを叙情詩にして言葉を零す。そんな光景をじっと見つめた。
「英雄ロイ、ククルカンを討ち果たしましたね」
「アイリスさん……」
不意に金色の髪を揺らした戦乙女が僕に声をかけた。僕は向き直って青い鎧に身を包んだ彼女の姿を認める。
「おめでとうございます。これでまた、世界を越えましたね」
「成し遂げたいことを成し遂げたハズなのに……なんで、僕の心は空っぽなんですか?」
「夢はうたかた……やがて時は歩み、針は進む。そうやって世界は紡がれてきたのですよ、ロイ」
アイリスさんは目を細めて笑う。
「ね、そうでしょ? ファフニール?」
「ああ、そうかもしんねぇなぁ? 俺には分かんねぇよ……んな、フワフワしたもんはよ…………」
「ふふっ、アナタらしいですねぇ」
僕の背後にいるファフニールに微笑みかけた彼女はとても愛らしく女性的だった。
「お前。なんで隠れてんだよ?」
「隠れちゃいねーよ! 俺はこーゆーのが嫌いなだけなんだっ!!」
「合わせる顔がないって感じだな、そいつは!」
「ウルセェ! ぶっ殺すぞ?」
「言ってろ、照れ屋さん」
僕が笑うと、ファフニールはゲシゲシと僕の足を踏みつける。
「俺らはよ、もう死んでんだよ……今さら色恋だ、恥ずかしいだなんてのはねぇんだよ! クソがっ!」
「概念と思念ですからねぇ、何とも不思議な感じがします」
「しょーじき、会いたくはなかったな……」
「珍しくアナタと同じ意見ですよ、ファフニール」
この世界の涯にある狭間は例えようのない不思議な場所だ。
暖かい光彩達が死人と旅人を引き合わせ、編まれた糸はまた解けていく。
ほどなくして、ダフネの指輪とククルカンの石は混ざり合って世界を覆う光の天蓋に消えていった。
光の粒たちが僕の指輪に収束していく。
リコとフリージアはもう泣いてはいない。僕もククルカン達との別れを祈りに変えて空を見る。
静かな平原の上を流星群が駆けていた。
ハジメマシテ な コンニチハ!
高原 律月ですっ!
竜の魔女39話になります!
ククルカン戦が終了しました。
ここまで進めて未だにこんな流れで良かったのか悩む時がありますが公開された以上、進めていくしかないって感じですね〜(笑)
ようやくククルカン討伐が終わってひと山越えました。
第一部はあと一話でラストです!
第二部はどうやって導入しようか、悩むところですね〜(笑)
それでは、また次回〜 ノシ




