#1.神殺しの英雄と黒き竜
夢の中にいる気がした。
長い……とても長い夢を見ていたような気がするんだ。
暗いトンネルを歩く。
遙か先にキラッと一粒の光があった。
それを頼りに暗いトンネルを歩いた。
その光はやがて大きくなり、トンネルを抜けると、真っ青な空の下で白い花を敷き詰めたような小高い丘に出た。
「ここはどこなんだ?」
チクッと頭が痛む。
「うっ……」
痛みはすぐに消えた。
「ふぅ……なんだったんだ」
また歩き出した。向こうに見える森を目指してなんとなく歩いてみる。
――カツン。
石ころのようなものを蹴り上げて足を止める。青い石ころは光を反射しながら、ころころと転がった。
「ん、なんだろ?」
石ころを拾い、光に透かしてみる。
深い群青の中に夜明けを見た気がした。
―――ドォォン……
遠くからなにかが爆ぜる音が聴こえ、ふり返る。
「……って、うわああああああ!!!!」
ふり返ると、空が灼けて赤く燃え盛り、飛行艇が空から落ちてくる。
「なんなんだ、いったい……?」
降り注ぐ火の粉に追われて逃げるように森の中に駆け込む。
墜落して爆ぜる飛行艇の様子を森の茂みから覗いていると、手に持っていた青い石がチカチカと光った。
なにか呼ばれるように空を仰ぎ見た。
人の焼ける焦げ臭い匂いと黒煙の先で微かにまたたく何かをジッと見つめる。
しばし見つめて、落ちてくるなにかが分かった。
「人だっ!」
そう思うと、衝動に駆られてなにも考えずに駆け出していた。落ちてくる人影に近づいてくほど、握りしめた石ころが熱くなっていく。
「間に合えっ!!」
落下地点まで辿り着き、識別できるほど大きさまで人影が近づいてくる。薄い青色の髪をはためかせた女性が一直線にこちらに向かって落下してきた。
「どうやって受け止めればいいんだ?」
衝動的にここまで来たが、助ける算段がないことに気が付いた。
「ええい!なるようになれ!!」
今にも地面に叩きつけられそうな彼女を横から抱き上げて滑り込む。手元の石ころが波打つように震えた。
何度か地面に体を打ち付けながら彼女を抱き止めて、体が生きていることを思い出すように激しく痛むと、石ころが弾けるように輝いた。
「な、なんだ……これは……」
世界が青色に包まれたような途方もない光が空へと伸びる。その光の中で抱きとめた彼女の脈打つ鼓動が体の芯に響き、それがなぜだかとても暖かく懐かしく感じた。
「んんっ……」
抱きかかえた女性がゆっくりと意識を取り戻す。
「ああ、よかった」
僕は安堵したように言葉を零した。
彼女は目を覚まして、その透き通った赤いガラス玉のような瞳を何度かしばたたかせる。
「ようこそ、この世界へ……アナタをお待ちしておりました」
彼女は口元を緩めて、そう言った。
「えっ……?」
僕が呆気に取られていると彼女が目の縁に涙を少しだけ溜めて抱き返してくる。
「会いたかった、私の愛しいひと」
彼女が抱きつくと、彼女から赤い鮮やかな輝きが溢れ出す。僕の青と彼女の赤は絡み合うように混ざり合うと昇華していき、空を2色に染め上げた。
「ここは幽世と現世の境界線―――……私はアナタを待っていました」
「どういうことだい? 夢とは違うのかい?」
「その青い石はこの世界の願いで出来ています、その願いがアナタをここに呼んだ。私は願いに呼ばれてやって来たアナタを戦乙女として迎えに来ました」
「ね、がい……?」
「この世界に巣食う願いの結晶……便宜的に魔石とでも呼びましょうか……その魔石を見つけたアナタは世界が選んだ英雄なのです」
そう言って彼女は立ち上がり美しい真っ白な翼をどこからともなく広げると、僕たちを包んでいた青と赤の光が霧散して白い羽根が降り注ぐ。
「天啓です、降り注ぐ星たちが捧げる願いはここに……願いを祈りに変えて……」
「なんなんだ、一体……?」
「アナタの夢が世界の裏側――。概念の世界と繋がったのですよ、ロイ・オックスフォード」
状況を読めず、ただ呆然と光り輝く羽の雨を眺めていた。
一つの羽が僕の頬を撫ぜると光の粒になって天上の光へと溶けていき、それをただ呆然と見つめる。
にわかに信じ難い光景から僕は我に返って戦乙女と名乗る女性に声をかける。
「とりあえず、だ」
「はい、どうかしましたか?」
「キミは誰?」
世界観についていけず、無難な質問をしてみる。
「私は"竜の魔女"と呼ばれています」
「聞いたことあるような、ないような?」
「名をリコリスと言います。よろしくお願いしますね、マスター」
「ま、マスター?!」
「戦乙女の名にかけて、必ずやアナタをお守りします」
突然の出来事に言葉を整理できず、頭を抱えた。突然訳の分からない世界の裏側とかいうやつに連れてこられて成り行きで話が進んでしまっている気がする。
「リコリス、ここはいったい?
僕はどうやってここに来たかも分からない、元の世界への帰り道は分かるかい?」
「帰り道は私にも分かりません」
「まいったな…」
後頭部をカリカリと掻きながら辺りを見回す。あるのは、飛行艇が落ちてきた時に割れた雲、どこまでも続いてそうな白い野原……それと、ぐしゃぐしゃに潰れていまだに燃える飛空挺だけだった。
「あちらの森を抜ければ、あるいは……」
彼女が指で指し示す先に先ほど逃げ込んだ森が見える。
「踏み込むならば、気を付けてくださいね。あの森は神代の名残りです。
深く迷いやすい果てのない迷路となっております」
「じゃあ、抜けられないじゃないか」
「……ですね」
青い髪の女性は悪戯っぽく笑った。
そして、1つのことに気が付いて辺りをもう一度見渡す。
「あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「来た時に通ったトンネルは?」
「トン……ネル……?」
「僕はそこを抜けてここに来たんだ」
「さあ、知りませんね」
彼女が首を傾げた―――……その時、ガラガラと音を立てて飛行艇が崩れる。
「まってまってまって……なんなんだ、アレはっ!!?」
がらんどうの瓦礫から黒い竜が現れる。
「ファフニール……なぜここに……」
彼女は先ほどまでの温和な表情を険しい顔に変えて竜を睨みつけた。
彼女の感情の昂りを肌で感じる。
リコリスが荒っぽく右手を払うと、どこからともなく黒い細身の剣が現れて彼女の全身を青装束の鎧が包んだ。
荘厳の一言に尽きるその青い鎧は炎に照らされて薄暗く輝いた。
僕は戦くように黒い竜について尋ねる。
「ア、アイツはいったい!?」
「あの竜の名はファフニール。私が竜の魔女と呼ばれる所以になります……かつて、彼は人でした。欲に溺れて私の妹を食らい、その身を竜に落としました」
「人が竜にっ!? 」
「あの時、私は確かにヤツを殺したハズです。
それがなぜここに、なぜいま……」
焼けた鉄が赤い黄金のようにその竜の鱗を照らし、ぬめるような黒い肌は異様なまでに厳しい。
竜が蒸気機関のように鼻息を吹き出すと卑しいその口を大きく開けた。
「久方ぶりだな、リコ。俺は貴様を殺すのを長い間、ずいぶんと待ちわびたぞ」
僕たちを睥睨するよう竜がねめつける。
「戯れ言を! また煉獄に送り返して差し上げます!」
彼女は開口と同時に大きく踏み出して一直線に加速した。
リコリスは投げつけられる瓦礫を切り払い、焼き潰すような火焔を躱し、丸太のようなしっぽを掻い潜ると竜の喉元に向けて刃を突き立てる。
「眠りなさい!ファフニールっ!!」
彼女の凛とした横顔から見える美しい瞳に憎悪の炎が宿る。研ぎ澄まされた切っ先がきらめいた。
―――――キィイインン……。
リコの激情を嘲笑うかのよう、鋭い刃は弾かれていなないた。
「無駄だよ」
「なっ……!!?」
彼女が弾かれた剣閃でバランスを崩すと、竜はハエを叩き落とすよう彼女を太い尾で無情に叩きつける。
「――がぁっ!?」
彼女の体が手折られそうな枝のようにしなり、悲鳴をあげる。吹き飛ばされた彼女は土ぼこりを舞上げながら転がり、野に打ち据えられた。
ヒリつく絶望に冷や汗が止まらない。
「概念となり、憎悪によって作られた我が魂をお前の刃で断つことは出来ぬよ。
もう、お前は希望ではない……俺と同じこちら側の存在だ――……」
「なにを……世迷い言を……」
「己がよく理解しているだろう、竜の魔女」
「ぐっ……」
黒き竜が汚いくぐもった声を吐き出しながら卑しい笑みを浮かべて彼女をあざける。
彼女は這いずるようにもがき、零れた剣を拾い上げようと必死に震える手を伸ばす。
「はぁ……はぁ……くっ、届かな……い……私がマスターを、希望を彼を護らなくてはっ……」
「無様だな、リコ。
もがくな、諦めよ……楽になれ。憎悪で磨かれたその魂を偽るな」
「私はアナタとは違います!
主の御心のもと、この刃を振るうと決めているのです!!」
「では、なぜ私を刺し貫けぬのだ。憎しみで塗り固めた刃を俺に突き立てたお前に神を語る資格があるというのか?」
ようやく届いた柄を手繰り寄せるように彼女が手元に引き寄せた。
くすぶる火種のパチパチと割れる音が妙によく聞こえる。
今にも潰されそうな彼女が剣を支えに立ち上がって吠えた。
「来なさい、ファフニール!! アナタとの因縁を今ここで断ち切らせてもらいますっ!!」
大きく底のない口が開かれて彼女を飲み込まんと迫った。
僕の耳の奥で声が聴こえた。
(……力が欲しいですか?)
誰かも知らない声が聞こえると群青の光が世界を反転させる。
「いけません、マスター! その声に耳を傾けてはなりません!
概念に飲まれてしまいますよ! 危険です!!」
遠くで女の声がする。
(もう一度、問います……力が欲しいですか?)
また声が聴こえた。
少し遠くでリコリスの声も聞こえる。
「ダメです! マスター!!」
僕は答えた。
「―――彼女をッッ!!
―――助ける力が欲しい!!」
心の底でなにかが爆ぜた気がした。
燃え盛るような衝動が僕の体から吹き出し、業火が体を灼き、ブスブスと煮立つ肌が痛み、黒炭のような体を青い炎が焦がす。
「あぁ……なんという……」
僕の体を1片も残さず焼いた炎は収束し、残された青い石に吸い込まれていく。
魔石が空に溶けると、概念となった僕の体が再構築される。
世界を覆った群青が僕に引き寄せられた。
「願いが……祈りが……マスターを依り代にして世界と概念が構築されていく。なんという祝福、もはや呪いともいうべき福音がいま、ここに……」
僕は自身の体を確かめるように左手を空にかざした。
「あ、見慣れた手だ」
そこはかとなく、安心感を覚える。
僕が祈ると青い炎が吹き出し、どこからもなく美しい剣が現れた。
「これ、は……?」
戸惑いながらもその剣を握手に取る。青白く煌びやかな刀身のその剣を振りかざし、ファフニールをにらんだ。
「お前をいまここで断ち切る!」
「やってみるがいい、英雄殿」
「瞬く間にケリを付けるさ」
足先に力を込めて踏み出し、吹き飛ぶようにファフニールの首元まで踏み込んで刃を振るう。
鼓動が跳ね、脈打つ体が無意識で叫ぶ。
「―――蒼紅蓮覇天窮鳳翔斬ッッ!!」
振り下ろした刃がヤツの首に当たり、ガツンとした手応えが身体中に響き返って手がじんじんと痛む。
「なんて硬さだ、それでもッッ!!
負ける訳にいかないんだぁああ!!」
僕の想いに応えるように刀身から青い火がよりいっそう激しく吹き上がり、龍を焼き切らんと燃え盛る。
「ああ……見事だ……」
黒い竜はそう呟くと、心なしか安堵したような顔を見せる。
縦に割れた獣のような瞳が僕を見つめ、その瞳を見つめ返しながら手にした剣を力の限り振り払う。
「――焼き切れろぉおおおおぉぉ!!!!」
神性を纏う美しい剣がファフニールの黒い鱗を断ち、ブツリと湿った音を立ててヤツの首が吹き飛ぶ。
断ち切った首から黒い血が吹き出し、僕に降り注ぐ。
「ハァ……ハァ……」
急激に向上した身体能力に振り回された僕は肩で息をしてその血を浴びると、色々な感情が僕の中に溶けていった。
「マスター、なんということを……」
黒い雨の向こうで赤い瞳の彼女は青ざめた表情で立ち竦んでいる。
「この体になってキミが止めた理由が分かった気がするよ、これは人間の力じゃない……僕は何かに選ばれてしまったんだね……」
怨嗟と憎しみで粘つく黒血が体に染み渡り、自分に課せられた運命を理解する。
ファフニールは、はねられた首だけで僕に言った。
「神殺しの英雄よ、ありがとう……これで貴様も原罪の仲間入りだ。向こう側で待ってるぞ……」
僕は無言のまま、冷めた目で彼を見下ろし、哀れみも勝った余韻も無く、ただ彼に己の運命を重ねていた。
「これでやっと……アイリスの……彼女の元へ……」
「ああ、還れよ…ファフニール……」
竜は目を閉じると一雫だけ涙を落とし、サラサラと風に流れていく。
「またな、ファフニール……」
なぜだか、また彼に会うような気がして、気が付けばそう呟いていた。
「マスター、アナタはもう人には戻れないのですよ。良かったのですか?」
「リコ、いいんだよ。キミを守りたかった、それだけさ」
「アナタの守り人として、人のまましてあげていたかった」
「説明不足すぎたんだよ。魔石に願いを込めると願いそのものになるとは思わなかったんだ。
まあ、キミを助けられたなら人じゃなくなろうが概念になろうがどうだってよかったのさ」
「まったく、もう!」
僕は頬をかきながら、くちびるを尖らせて怒る彼女を横目に見やる。
しばらく無言で非難していた彼女は呆れたように息を吐くと、くすりと小さく笑った。
「でしたら、私にもこの翼はもう必要ないのかもしれないですね……」
彼女が自身の折れた白い翼をもぎ取ると翼は無数の羽根になって空の彼方へ飛んで行った。
「さあ、行こうか」
「ええ、マスター」
僕たちは夢の中にあるような果てのない平原を歩き出した。
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<今回 初登場のキャラ紹介>
ロイ君(主人公)
・誰かを助けたいという気持ちだけで立ち上がった本編主人公
【竜の魔女】リコリス イメージ
・概念的な存在である戦乙女の時の姿。本編のメインヒロイン(予定)
・約束と過去の行いの狭間で揺れている。
ハジメマシテ な コンニチハ !
高原 律月ですっ!!
新作をはじめました。
今回は多分王道冒険ファンタジーです、たぶん……きっと……(震え声)
なろう発らしい作品を目指して頑張ります(`・ω・´)キリッ
すぐに暴走しちゃうので、そうならないように気を付けます((´∀`*))ヶラヶラ
補足をすると、いま二人がいる場所は夢と現実の狭間です。
あくまでロイ君の夢の中での出来事であります!
それでは、また次回〜 ノシ