Epilogue~『ミーナの手記』執筆風景
西暦二二二二年、後の記録によると以前の文明が完全に途絶えたのはこの年とされる。
旧人類の栄華は二十二世紀に頂点を極めるが、その前々世紀から終末論や衰亡論が噴出していた事、そして次世紀には滅んでしまった事を考えると、所詮その繁栄は砂上に築き上げられた楼閣に過ぎなかったのだろう。
今を生きる我々新人類の歴史は、旧人類の暦に照らし合わせると、西暦二三四〇年にその起源を見ることが出来るという事が判っている。
その間、百十八年に及ぶ空白期間の出来事は口伝に頼る他無かった。
――旧人類史学者・タージ=ハイド著『ミーナの手記釈書』冒頭分より。
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時は流れ、ミーナやその仲間達は大人へと近付いた。
妖刀の老翁との別れを切欠に、ミーナにはいくつかの目標が出来た。
ただ、実際にそれに取り掛かることが出来たのは二年が過ぎた頃からだった。
「今日はこんな所かな……。」
ミーナは筆を置いて伸びをした。
三年の時が経ったとはいえ、体格的にはそれ程大きく変化していない。
ただ、以前と比べて大人びたと周囲から言われるようになった。
そんなミーナが手掛けているのは、『妖刀』と出会ってから過ごした日々の思い出を記録として残す作業である。
彼女にとって、彼の事を知る人間が殆ど居ない、というのは気掛かりな事だった。
彼が居なければ今の自分は居ないのだから、彼が確かに存在したという証を何らかの形で残しておきたかった。
それで、ミーナは改めて読み書きを勉強し直した。
未だ拙い所は多々あるし、恐らく完全な形で習得するのは困難だろう。
しかしそれでも、彼女は周囲に助けられながら『妖刀』との記憶を振り返りながら、今日も筆を執る。
「色々な事があったよね……。」
ミーナは壁に立てかけられた刀、彼女自身の妖刀を見詰めながら、しみじみと思い出す。
記録に残そうとすると、必然的に過去を振り返る事になり、思い出の中で特に気にも留めていなかった妙に愛おしく感じる様な事も増えた。
特に最近では一人で執筆する事が多くなり、そうなると自然と涙が零れるのを抑えられない事もある。
だが、決して辛いとは思わない。
それはミーナにとって、掛け替えの無い宝物が増える瞬間だからだ。
「さて、と……。」
ミーナは墨を溶いて机を片付ける。
相変わらず彼女の朝は早いので、ゆっくりじっくりと進めるしかない。
だが、この日は普段と違い、翌日に別の楽しみが控えている。
「偶にはちゃんと手入れしておかないとね。」
ミーナはそう呟くと、刀を手に取って僅かに鞘から抜いた。
刀身は今も艶やかな輝きを放っている。
あれからミーナはずっと定期的に刃を研いで錆を落としているのだ。
人類の命運を賭けた戦いで生じた刃毀れも、今ではすっかり消えている。
この日、ミーナが妖刀の手入れを思い立ったのは、もう一つ手入れをするべき場所への出向を久々に命じられた為だ。
「流石に今の道場で刀を振る訳にはいかないけど、ね。」
彼女は時折任務として各地の遺跡を巡り、そこで一時的に暮らす人々の様子を確かめる様に言付けられる。
その一環として、明日は『古の都』跡地にある師の道場へ向かう事になっていた。
「明日は少し、久々に軽く振って稽古してから出ようかな。」
相変わらず忙しい彼女は、未だに毎日欠かさず稽古を重ねる習慣が作れていない。
警邏としての巡回任務中には弱体化した壊物や少しずつ増えてきた野生動物にも出くわすので、全く腕を振るう機会が無い訳でもない。
しかし、どんな物も手入れをサボっていると劣化し、鈍っていく。
そこで彼女は時折空いた時間を見付けては用意してもらった仮の道場へ向かい、刀を振るって型を確かめているのだ。
ミーナは再び鞘に刀身を収めると、壁に立てかけて微笑みを投げ掛けた。
「おやすみ。また明日ね、妖刀さん。」
妖刀は当然、何も答えない。
しかし、ミーナはそれで良かった。
今もここに有るという事が、彼女にとっては今も共に居るという証なのだから。
銀髪色白、そして深紅の虹彩が印象的な少女ミーナはいつの日も妖刀と共に黙示録後の世界を生きて行く。
最後まで御読みいただき誠にありがとうございました。
一年弱に亘り連載させて頂きました拙作『妖刀少女が行くポスト・アポカリプス』はこれにて完結で御座います。
前作に引き続き当初の予定と違う部分も出てきましたが、作品が短い為か自身の成長の為か前作よりは少ない変更で済みました。
途中、作品に向き合い続ける事が苦しかった事もありましたが、どうにか簡潔に漕ぎ付くことが出来て安心しています。
毎作、何かしら心を擦り減らす事があるので、以後はもう少し伸び伸びと執筆できればとささやかながら思っております。
もしお気に召して頂けましたら、フォローや評価、感想等頂けますと感無量であります。
また、過去作や次回作にも目を通して宜しければ感謝に言葉も御座いません。
では、改めまして、最後まで御付き合いくださいましたことに心より御礼申し上げます。




