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妖刀少女が行くポスト・アポカリプス  作者: 坐久靈二
Chapter.3 存亡

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Episode.108 ミーナの妖刀

 その老翁は青白く、しかし穏やかな表情でミーナ達を見下ろしていた。

 顔から受ける印象に比べ、体つきは何処か不相応に鍛え上げられている。


 ミーナはその様子から、彼が何者なのかすぐに察した。


「妖刀さん、そんな感じの人だったんだね……。」

『ああ。ルカ君から話を持ち掛けられた。最期は(わし)本来の姿でミーナ達にお別れを言わないか、とな。彼も中々粋な事をしてくれる。』


 妖刀の正体、その老翁の屈強な肉体は、彼が生前強大な敵との戦いを想定していたという話を裏付けているかのようだった。

 同時に、戦いに通じていた事にも説得力を与える。


『さて、(わし)此処(ここ)へ来るまでの間、残る封印された記憶を何もかも思い出した。全てはとても語り切れんが、少しその話をさせておくれ。』


 別れの挨拶の前に、妖刀の老翁には語るべき事があるらしい。

 この旅の真の目的は彼が心残りなく旅立てる様にという事なので、ミーナ達には特に異論は無かった。


『あの時、皆に話したと思うが、(わし)(かつ)て死者としてネメシスへの総攻撃に参加した。(わし)の様なこの世に留まっていた思念体や特に何も持たぬ一般人の有志は己を〝命電砲(めいでんほう)〟に変えてネメシスに攻撃した。しかし、一方で戦いや武術の心得があり、先んじて〝命電(めいでん)〟を武器に宿して攻撃しようと試みた者も多く居った。その中に、日本刀を持って参加した者が居った……。』

「ニホントウ……。」

「つまり、刀だな。」

流石(さすが)はシャチ、察しが良いの。人類の総攻撃を受け、沈黙を余儀なくされる寸前だったネメシスはあの時、時空の亀裂へと逃げ込もうとした。もし取り逃がしてしまえば、そこまで〝命電砲(めいでんほう)〟が届くかどうかは定かではない。つまり、今は危機が去っても(いず)れ訪れる再来の時に人類は怯え続けなければならない上、その時が訪れれば大幅に人口の減った状態で不意打ちを受け、確実に絶滅する。奴が逃げる前に決着を付けねばならんかった。』


 老翁は思い出に浸る様に遠くを見詰めていた。


(わし)は逃げようとする奴を時空の亀裂から遠ざける為に割り込む形で突撃した。その時、奴の身体に突き刺さっとった刀が衝撃で零れ落ちた。それだけではなく、(わし)とその刀はネメシスの代わりに時空の亀裂へと吸い込まれていった。』

「あ、そうか……‼」


 ミーナは思い出した。

 確かに、妖刀は初めて出会った時、『空間の裂け目』から川岸に零れ落ちてきた。


「『時空の亀裂』はいろんな場所に繋ぐことが出来る! それで、偶々(わたし)が見つけたあの裂け目から出て来たんだ……‼」

『ざっくりといえばそんな所じゃの。時空の狭間を彷徨う中で、いつの間にか(わし)は刀の中に入っておったんじゃな。恐らく、元々〝命電(めいでん)〟を宿す機能が付いた武器であった事も原因の一つじゃろう。』


 老翁はミーナの方へ視線を向け、彼女に言い聞かせる様に語る。


『即ち、(わし)は何でもない単なる死に損ないの爺に過ぎん。自らを妖刀と称したが、それは(わし)にお前さんを強くする何らかの妖力があるかも知れんとあの時勘違いしたからじゃ。しかし、それは間違いじゃった。(わし)の力などではなく、お前さんの力こそが刀を妖刀たらしめとった。それはお前さんの物、お前さんが振るってこその妖刀なんじゃ。』


 老翁の視線に促され、ミーナは足元に置かれた妖刀に目を遣った。

 恐らくはこの語らいを最後に、二度と対話する事も無い、唯の物と化してしまう。

 だが、そんなミーナの心境を見透かす様に妖刀は優しく諭す。


『ミーナ、(わし)がその刀に与えたのは思いじゃった。お前さんを護り、共に行きたいという思い……。(わし)はそれを、(わし)が入っとった刀に託すことにする。もし良ければ、受け取ってくれんかの。お前さんの妖刀を。』


 ミーナは小さく頷き、顔を上げて妖刀と眼を合わせた。


「分かった。ありがとう、お爺さん。」

『うむ。ああ、手に取るのはもう少し待っとくれよ。(わし)の姿が消えてしまう。』


 老翁は体を屈めそうになっていたミーナを止め、エリの方に視線を向けた。


『エリよ、経緯はどうあれ、お前さんがミーナと出会ってくれた事、ミーナと共に戦う道を選んでくれた事、感謝しておるよ。』

「え⁉ (わたし)、余り貴方(あなた)とは絡み無かったですけど……。」


 突如謝意を表され、エリは困惑していた。


『しかし、お前さんは此処(ここ)までミーナに着いて来てくれたじゃろう。苦手な遺跡の探索だというのに。それは紛れも無く、お前さんがミーナの信頼できる仲間になってくれた証じゃと思う。礼を言わん訳にはいかんよ。』

「そ、そうですか……?」

(わし)はミーナが成長した事はお前さんとの出会いも無関係ではないと思っとるぞ。お前さんの絶望に触れた事、そこから立ち直って行く姿を見せられた事はミーナや他の者達にとって大きな意義を(もたら)したと信じて疑わん。それに、お前さんが居なければミーナもシャチも、それから人類も今頃生きてはおらんかったじゃろう、という場面もあった。ありがとう。』


 エリは戸惑いと照れが混じっている様な、恐縮したような仕草で頭を掻いていた。

 そんな彼女から、老翁の視線はフリヒトに移る。


『フリヒト様、貴方(あなた)様には先ず何より、この機会を下さった事に感謝を申し上げねばなりません。』

「いいえ、偶々都合が合っただけの事ですしそれ程でもありませんよ。」

『当初、ミーナの旅の目的は安息の地へと辿り着く事でした。最終的にそれを叶えてくださったのは貴方(あなた)様に御座います。また、戦いの中で貴方(あなた)様は最後まで皆を導いてくださいました。無き御親族方から若くして多大なる重責を受け継ぎ、そのお務めを果たしていこうとなさっているその心構えは大いなる器の為せる業であると思っております。どうかご自愛の上、末永く健やかにお過ごしくださいませ。有難(ありがと)う御座いました。』


 ある意味、フリヒトの成長はミーナにも匹敵するかそれ以上かも知れない。

 老翁はそんな彼を高く評価し、多大な信頼と感謝を寄せていた。

 そこにはミーナに良くしてくれた彼の親族たち、リヒトやビヒト、そしてクニヒトへの思いも(こも)っていた。


 続いて、彼はシャチの方へ目を遣った。


『シャチ、昨日も話したが、お前さんもまたミーナと同じく縁が深い相手じゃ……。』


 シャチは神妙な面持ちで老翁の話を黙って聴いていた。


『お前さんとの掛け合いはミーナとの会話とはまた違う楽しさがあったの……。今となってはお前さんも無事ここまでミーナと共に来てくれて良かった。お前さんとの出会いはミーナにとっても、そして(わし)にとっても大いなる救いであったのだと思う。事実、お前さんにも幾度と無く助けられた。お前さんの事は感謝を寄せると共に、心から応援しておるぞ。』

「待て、応援とは何だ?」

『自分の胸に()いてみるが良い。()(かく)、ありがとうよ。』


 最期まで、老翁はシャチに対しては何処か揶揄う様な軽口を叩く。

 だが、そんなやり取りもこれでお終いなのだろう。

 シャチは珍しく不機嫌な顔をせず、冗談を交わし合う友人を見送る様な視線を老翁に向けていた。


 そして、最後に彼はミーナへと視線を戻す。


『ミーナよ、今迄本当に楽しかったの……。』

「そうだね……。」


 ミーナは精一杯、薄れ行く老翁の姿に笑顔を見せていた。

 溢れ出す感情を抑える様に。


(わし)は、唯々お前さんと出会えて良かった。お前さんと共に生きられた時間の全てが、(わし)にとって何よりの救いじゃった。』

(わたし)も……。」


 やはり、駄目だ。――ミーナは両目から零れ落ちる涙を止められなかった。

 (かつ)ての仲間を失ってから誰よりも付き合いが長い老翁との別れに湿っぽくなってしまうのも(むべ)なる事であった。


(わたし)もそうだよ、お爺さん。」

『ミーナよ、本当にありがとう。』


 老翁の姿が消えていく。

 どうやら別れの時は間近の様だ。

 ミーナは涙を拭うと、老翁に問い掛ける。


「最後に、一つだけ良いかな?」

『なんじゃ、ミーナよ?』

「お爺さん、貴方(あなた)の……、妖刀さんじゃない、貴方(あなた)の本当の名前を教えて。」


 ミーナの切望、当然のものだろう。

 ここまで絆を深めてきた相手の名前を知らない(まま)別れるなど、余りにも悲し過ぎる。


 老翁はそんな彼女の意を汲む様に優しく微笑(ほほえ)んだ。


(わし)の名は生前何度か変わった。じゃがお前さんの先祖として最も馴染みのある名前を選ぶとすると、魅射(ミイル)。』

「ミイル……お爺さん……。」

『うむ。確かに、これは言っておくべきじゃった。どうか思い出の片隅に置いといてくれ。』


 老翁の姿が消えていく。

 愈々(いよいよ)、その時は訪れたらしい。


『どうやらお迎えの様じゃ。魅雛(ミーナ)、皆、どうか達者でな。』

「ミイルさん、(わたし)の方こそありがとう。貴方(あなた)と出会えた事、過ごした時間、絶対に忘れないから。刀も、中にずっと貴方(あなた)を感じて大切にするから。もう寂しい想いは屹度(きっと)しないから。だから……。」


 老翁が消える直前に、ミーナは早口で捲し立てた。

 なるべく多くの言葉を、感謝を、安心を、彼に伝えたかった。


 そんなミーナの想いに応える様に、老翁は最後まで笑顔を絶やさない。


「だから、さようなら……。」

『うむ、さらばじゃ魅雛(ミーナ)。幸せにな……。』


 その言葉を最後に、老翁の姿は跡形も無く消え去った。

 彼は遠い世界に旅立ったのだろう。

 (いず)れは誰もが()つ場所へと。


「妖刀さん……。お爺さん……。ミイルさん……。」


 光が消えた。

 ミーナはその場に膝を突き、刀を拾い上げた。

 そしてそっと、感触を確かめる様に抱き締めた。


「さようなら。ずっと忘れない……。ずっと、貴方(あなた)をここに感じて……。」


 ミーナは刀を、正真正銘彼女の物になったそれを、ミーナの妖刀を抱き締めた儘涙を流していた。

 まるで出会ってからの記憶を辿る様に、彼女はその場から動かない。

 (しば)しの間、四人はその場でじっとしていた。




***




 結局、ミーナが疲れ果てていた事もあって、四人はそのまま『西の大遺跡』で一泊する事にした。

 周辺の調査はシャチとフリヒトで行い、エリはへとへとになったミーナの傍で待機する。

 一晩をこの立体映像の間で明かし、翌日に『南の大遺跡』まで移動してそこで一泊、もう半日ほど掛けて『南の大遺跡』の調査と『新たなる都』への帰還を行う、という予定を立て直した。


 夜が明け、帰りの道中を見違えるほど元気になったミーナが先導する。


「太陽が眩しいね‼」


 午前、東に向かって進む彼女達に正面から日差しが降り注ぐ。

 それは新たな世界を歩く人類の行く末を照らしている、そう思いたい心境にさせてくれる。


 ミーナは一晩、今後の事について考えていた。


「ねえ、フリヒト。」

「何でしょう、ミーナさん。」


 先ず一つ、ミーナはフリヒトに切り出した。


「今後、遺跡を手入れして活用していくって事は、『古の都』も使うよね?」

「まあ、前みたいに全域で暮らせるようになるのは当分先の事でしょうけど……。」


 フリヒトは何となくミーナの言いたい事を察した様だ。

 それはフリヒトも少なからず同じ気持ちだったからだろう。


「そうですね。早い内から休憩くらい出来る様に整備しておいた方が良いかも知れません。例えば、父の道場なんかも状態が心配ですしね。」

「ありがとう、フリヒト。」


 ミーナとフリヒトにとって、『古の都』に在るクニヒトの道場は掛け替えの無い思い出の場所である。

 それを荒れた(まま)にしておくことは、気分の良いものではないだろう。

 フリヒトはミーナの意を汲み、前向きな検討を約束したのだ。

 ミーナはフリヒトに勢い良く抱き着いた。


「ちょ、ちょっとミーナさん⁉」

流石(さすが)、皆のリーダーは器が大きいね。」


 じゃれ付くミーナに戸惑うのはフリヒト、そしてその後ではシャチが面白くない顔をしている。


「応援、か……。」

「あ、成程そう言う事ね。」


 シャチの様子を見れば、エリにも老翁が別れ際にシャチに残した言葉の意味も察しが付く。


「確かに、絆が深いからって油断は禁物かもね。」

「何だと? おいどういう事だ、エリ?」


 シャチはそろそろ自分に素直になった方が良いのかも知れない。


 そしてもう一つ、ミーナには決心があった。


「それともう一つ、フリヒトにお願いがあるんだけど……。」

「な、何ですか?」


 フリヒトに年相応の少年らしい表情が戻っている。

 ミーナの態度に、指導者として繕っていた仮面が外れたのだろう。


「実は(わたし)、大遺跡を巡る旅に出る前、少しだけアリスから勉強を教わってたんだ。」


 ミーナを突き動かしているのはいつも道への探求心である。

 それは知識面でもまた例外ではなかった。


「もしかして、続きを教わりたい、という事ですか? ルカさんに?」

「そう‼」


 ミーナの願いを聞き、シャチの表情が益々険しくなった。

 その様子を見て、エリが可笑しそうに吹き出す。


「どういう風の吹き回しだ、ミーナ?」


 シャチはむすっとした表情で問い掛けた。

 ミーナはフリヒトを解放し、振り向いてそれに応える。


(わたし)、やりたい事があるんだ。」

「何だそりゃ?」


 そう、一晩考えたミーナは目標を立てた。

 それを叶えるには知識が必要なのだ。


 しかし、勉強を教わるとなれば今度はルカとの距離も縮まるだろう。

 シャチにとっては思わぬライバルがいきなり増えた形になる。


「さ、早く帰ろう‼」


 ミーナは妖刀を握り締め、前方を力強く指示した。

 その中にはもう誰も居ないが、掛け替えの無い思い出が詰まっている。


 ミーナ達は、人類は歩いて行く。

 明日の訪れる方向へ、困難な道を、これからもずっと。

只今完結直前連続更新中。

6/4㈰の最終回まで毎日連続更新します。

何卒宜しくお願い致します。

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