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妖刀少女が行くポスト・アポカリプス  作者: 坐久靈二
Chapter.3 存亡

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Episode.107 黙示録後の世界

 その夜、ミーナ達は妖刀と共に過ごしてきた思い出を語り合い、随分遅くまで起きていた。

 翌日早いと言っても、この時だけは皆少しでも可能な限り長く夜更かしした。

 皆がそれぞれ感じた事、思ってきた事を寝そべって明かし合った。


『最初は、(わし)が知る時代から余りにも様変わりした世界に飛ばされて、驚きと戸惑いで一杯じゃったわ……。』

「その割には初めて拾った時、随分落ち着いていたけど……。」

『まあ何より、刀になってしまった事が一大事じゃったからな。それに慣れてしまえば、後は気の持ちようで冷静さを保つ事は出来た。』


 最後まで起きていたのはやはりミーナだった。

 先ず最年少のフリヒトが脱落し、それからエリ、シャチが翌日を見越してそれぞれ就寝した。

 ともすればミーナは、このまま夜を明かしてしまいそうな勢いである。


『……また随分話し込んでしまったのう……。』

「あ、そうだね……。」


 ミーナは寝かせた妖刀から目を伏せた。

 ついうっかり話し過ぎて翌朝寝過ごし、別れの時を逃してしまったら目も当てられない。


「おやすみ、妖刀さん。」

『ああ、おやすみ。』


 まだ『西の大遺跡』まではそれなりに距離がある。

 徹夜した体力で歩くのは大変だろう。

 妖刀はそんな気遣いから話を打ち切った。


 ミーナが寝静まり、妖刀に慣れた孤独が訪れる。

 何百回も過ごした、不眠の夜である。


 そして、夜は必ず明ける。

 時は彼らを待ってくれはしない。

 黙示録後(ポスト・アポカリプス)の世界に、万を超えた数を算えた朝が訪れるのだ。




***




 銀髪色白、そして深紅の虹彩が印象的な少女ミーナは冒険が好きだった。

 青い空から照り付ける太陽の光の心地良さが好きだった。

 空間の裂け目から垣間見える怪しげな暗闇の不気味さが好きだった。


 この日、久々に気心の知れた仲間達と遠出した道中で一晩を明かして朝を迎えた。

 未だ眠い目蓋を擦るミーナに、眩い光が降り注ぐ。


 ミーナの愛したこの世界、黙示録後(ポスト・アポカリプス)の世界に降り注ぐ陽の光だ。


「ほら、行くぞミーナ。」

「うーん……。」

「まったく、朝早く発たねばならんのに夜更かしなんぞするからだ。」


 シャチに容赦なく急かされ、ミーナはとぼとぼと四人の最後尾を歩く。

 前日と違い、寝不足で今一つ気合が乗り切っていない。

 お陰でこの日はシャチが目的地への道程を先導することになった。

 とは言え、大半は線路に沿って歩いて行くだけなので、誰が引っ張ろうとそう変わらないだろうが。


「ま、ちょっと元気出て来たかな。」

「そうか?」

「うん、だって思い出したから……。」


 ミーナは足下から遥か前方まで続く古びた線路を眺めながら懐かしむ。


「こうやって線路を辿ることを教えてくれたのも、妖刀さんだったね……。」

『そう言えばそうじゃったかの……。』


 彼女が線路を知ったのは、ルカの集落を訪れた時だった。

 思えばこれから人手を求めて遠出するとなると、まず間違いなくこういった世界の巡り方をする事になるだろう。

 そう言う意味で、ミーナが旅を続ける限り彼女が妖刀と出会った証は残り続けるのだ。


(わたし)屹度(きっと)、これからも何度も世界を歩く……。そうだよね、フリヒト?」

「ええ、そうなると思います。まだ具体的な方針は(まと)まっていませんが、ルカさんはミーナさんとシャチさんにこういった旅を受け持つ特別な役割をお任せするつもりの様です。勿論、(ぼく)も同じ気持ちですよ。」


 言うならばこれはミーナとシャチに与えられる新たな役職である。


「その度に(わたし)は思い出すと思う。妖刀さんと過ごした日々の事を……。」

『ミーナ……。』


 ミーナは顔を上げ、力強い足取りで四人の再全に歩み出た。


「この世界の景色、少しずつ変わってきてる。毎日空を見ているから分かるの。(かつ)ての過ちと今の危険の象徴、空間の裂け目が少しずつ、ほんの少しずつだけど小さく、少なくなってきている……。」


 妖刀が生きた時代と今の世界の最も大きな差異、ミーナ達が長らく『空間の裂け目』と呼んでいた『時空の亀裂』はネメシス討伐以来、眼に見えて改善されていた。


「『時空の亀裂』が閉じている理由ですが、おそらくネメシスの討伐によって壊物(かいぶつ)の力が大幅に弱体化したことと無関係ではないでしょう、というのがルカさんの見解です。」

「更に、壊物(かいぶつ)の個体能力が落ちた事によって今後奴等は他の生物から新たな力を取り込むことが困難になっていく。共食いで数は増えれど、上位捕食者は脅威になる前に人間に狩られ、下位の餌はどんどん弱体化が加速していく。」

壊物(かいぶつ)は最早地上から消え失せる可能性が高い、という訳ね……。」


 その先には、(かつ)てリヒトが待ち望んだ景色があるのだろうか。

 いつかは『空間の裂け目』が空から消え去り、壊物(かいぶつ)が地上から消え失せ、そして人類は(かつ)てと同じか、それとも違う道か分からないが、文明を発展させていく。


「元々の動植物にとっても壊物(かいぶつ)は大き過ぎる脅威でした。奴等は自然界も容赦無く食い荒らすだけでなく、自然に還る部位が(ほとん)どありませんからね。」

「強力な個体程、体中を巡る体液が毒劇物となっている様な連中だからな。丸ごと捕食できるのは同じ壊物(かいぶつ)だけ。それはただ自分を強化し同族で増殖するのみ。分解されるべき排泄物も無いのだからな。つくづく、自然界にとって何の貢献も無い搾取者だ。」

「まあ人間に後れを取る程弱体化すれば、もっと強い動物がいくらでもいるという自然界ではまず生きていけないでしょうね。」


 それは確かに、この時空に於ける大半の生物にとっては良い事なのだろう。

 しかし、壊物(かいぶつ)の在り方は誰が悪い訳でもなく、壊物(かいぶつ)がそういう生き物であるというだけだ。


壊物(かいぶつ)は絶滅するんだね……。」

『絶滅は自然界で自然に起こる事ではある。一方で、人間がそれに()いて突出しているというのもまた事実。』

「この新しい世界で、壊物(かいぶつ)はその第一号になる。多分これから先、人類が一種たりとも絶滅させないかというと、多分そんな事は無い。でも……。」


 ミーナは疲労が嘘の様に力強い足取りで歩いて行く。

 それは人類を前に進める意思を示す様に。


「それでも、(ぼく)達は人間として生きていくしかないんですよね。」


 彼女に続いたのはフリヒトだった。

 彼には今後そんな人類を引っ張って行かねばならないという使命感があるのだろう。

 そして二人に釣られ、シャチとエリの足取りも早くなる。


(わたし)はこの世界が好き。でも世界の在り様は絶えず変わっていく。(わたし)は、(わたし)達はこれから先、ずっと変わり続ける空の下を歩き続けるんだ……。」


 ネメシスを(たお)し、世界を救った今もミーナは冒険心に溢れる十代前半の少女である。

 今は旅の途中で出会った仲間達と共に生活している。

 彼女は黙示録後(ポスト・アポカリプス)の世界を出歩く意味を理解していた。

 そこは多くの生き物を駆逐し、棲み分けた(かつ)ての人間達が築き上げた旧文明と地続きの世界だ。


 だがその前に、ミーナ達は一つの別れを経なければならない。


『ミーナよ、遺跡はまだか?』

「地図の距離によると屹度(きっと)もう少しだよ、妖刀さん。」

『そうか、良かった……。』


 妖刀の様子から、ミーナは察していた。

 やはり、彼は復路まで()たないのだろう。

 別れは目的地の『西の大遺跡』で告げられるのだ。


「あ、見えた‼」


 線路から見えたそれは、『古の都』より小振りで『新たなる都』よりは大きな街の跡地のような姿をしていた。

 四人は線路から離れ、目的地へと駆け寄る。


 妖刀と共に行く最後の遺跡へとミーナ達は足を踏み入れた。




***




 これまで数々の大遺跡を巡ってきた四人にとって、『西の大遺跡』の探索はそう難しいものではなかった。

 既に侵入を防ぐべき理由、ネメシスの臓腑も眠っていない以上、(いたずら)に妨害される事も無い。


 だがミーナにとって仕掛けの困難さは重要ではない。

 そこにある新しい景色こそ、彼女が求める冒険なのだ。


「こっちかな……?」


 ミーナを先頭に、四人はとりあえず最奥を目指している。

 その手前へと辿り着くまで時間は掛からなかった。


「ここは……。」

「『原子力遺跡』よりは少々狭いが、『心臓』の時と同じ様な広間が三つも並んでいる。おそらく、これらの場所にこの遺跡の『臓腑』は眠っていたのだ。」


 ダーク・リッチによって奪われていなければ、ミーナ達はこの場所で三つの『臓腑』と戦っていただろう。

 四人は一年前の戦いの記憶を呼び起こしていた。


「妖刀さん、大丈夫?」

『うむ、何とかな……。じゃが、愈々(いよいよ)時間が押してきておるかも知れん。出来れば次の場所へと急いで貰いたい……。』


 妖刀は自らの死期が近付いているとミーナに伝え、そして更なる奥へと向かうよう促した。

 ミーナ達は妖刀が何を意図しているのか分からず互いに顔を見合わせたが、何やら妖刀には考えが有るらしい。


『ルカ君には感謝してもし切れんの……。』


 ミーナ達は部屋を進み、更なる奥へと通じる扉の前に立った。

 遺跡は四人を歓迎する様に扉を自動で開いていく。


 その先に待っていたのは、中心に筒の様な装置を備えた円形の部屋、何度も遺跡で足を踏み入れた『立体映像の間』だった。


『さあ、あの中心の円筒、その傍に(わし)を置いておくれ……。』


 妖刀の弱々しい声に促されるまま、ミーナは彼を装置の正面に寝かせた。

 すると円筒から、初めてリヒトと出会った時の様に光が溢れてミーナ達を包み込んだ。


 光が収まって、ミーナ達は円筒の情報に浮かび上がった人の姿を見て目を(みは)った。

 そこには見知らぬ、しかしどこか懐かしく感じる老翁が浮かび上がっていた。

只今完結直前連続更新中。

6/4㈰の最終回まで毎日連続更新します。

何卒宜しくお願い致します。

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