Episode.106 ミーナの冒険
出発前夜、ミーナは自分の部屋で再び妖刀と向き合って藁の寝床に坐っていた。
「調子はどう? 一緒に居られそう?」
『うむ、どうにか間に合いそうじゃ。とは言え、意識の薄れ方が日に日に増しておる。ひょっとすると、片道しか保たんかも知れんの……。』
そう、とミーナは名残惜し気に呟いた。
『しかし、考えてみれば既にミーナと儂の冒険は当初の目的地に辿り着いた、と言えるじゃろう。実に、実に長い道程じゃったがな。』
「え……?」
『お前さん、元はと言えば安息の地を探して旅立ったじゃろ?』
「あ、うん……。そうだったね……。」
妖刀の言葉に、ミーナの記憶が思い出を呼び戻す。
妖刀と出会ってすぐ、彼女は仲間を失ってしまったこと。
しかし、それでも未知の領域へ人との出会いを目指し旅する事は、彼女にとってこの上ない喜びだった事。
「考えたら、楽しかったのは妖刀さんが居てくれたからかもしれない。もし本当に独りぼっちだったら、ワクワクよりも寂しさの方が勝っちゃったかも……。」
『じゃが、今のお前さんには多くの仲間がおる。旅の途中で出会った、多くの信頼できる仲間がの。それは大好きじゃが危険な冒険を共にしたいと思える程、掛け替えの無い相手じゃ。儂は、それこそがお前さんの求めた安息であったのだと信じて已まん。』
もう寂しい思いをする事は無い筈だ。――それが妖刀の弱々しく、されど何処か嬉しそうな声色に滲んでいた。
「私、妖刀さんが居なくなっちゃっても良いとは今でも思えないの。でも、いつかは別れの時が来るから、その時はちゃんと送り出さなきゃいけないと思う。だから、心の準備をさせてくれた妖刀さんや、それに応えてくれた皆には感謝してる。」
『うむ、皆が儂らの気持ちを汲んでくれて良かった。そして何より……。』
妖刀は何かを言い掛けて思い止まった。
「何より?」
『いや、止そう。これは旅を共にする全員にきちんと伝えるべき事じゃ。』
ミーナは言葉を吞み込んだ理由を何となく察した。
彼女の中には予感があったのだ。
このまま別れる前提で話をしていると、どんどん共に居られる時間が短くなっていく様な、そんな不思議な感覚があった。
おそらく妖刀はミーナ以上にそれを強く感じ、少しでも長く一緒にいる為に最後の最後まで取っておこうと、そう思ったのだろう。
「じゃ、妖刀さん。私もう寝るね。」
『ああ。お休み、ミーナ。』
ミーナは横になり、旅立ちに備えて眠りに就いた。
睡眠の要らない妖刀はこの夜もそのまま思い出に浸る。
***
翌朝、ミーナは集合場所の『新たなる都』の正門前に一番乗りでやって来た。
暫くして彼女に続きエリが、旅の荷物と新調した急拵えの戦斧を携えたシャチが、そしてルカを伴いフリヒトが最後に集まった。
旅立ちに当たり、ルカから挨拶が送られる。
『皆さん、僕は思念体になった都合上、遺跡から出ることが出来ません。なので一旦見送りはここまでとなります。向こうではある事情で姿を見せられませんので、ここでお別れとなります。』
『うむ、有難う、ルカ。』
ルカはリヒトとビヒトから五大遺跡全ての管理権を移譲されている。
だからこそ、『東の大遺跡』である『新たなる都』で立体映像の姿となってフリヒトの相談役を務めている。
その彼が『西の大遺跡』で姿を見せられないというのは妙な話である。
だが、妖刀はそれを当然の様に受け入れて話を続ける。
『ルカ、先立ってお前さんには最期の挨拶をしておかねばならんの。』
どうやら妖刀はもうルカに会えないと確信しているらしい。
やはり、旅の片道しか彼は保たないという事だろう。
『お前さんと出会うまで、ミーナは他に人類の生き残りが居るという事自体を確信出来ない状態じゃった。そういう意味で、お前さんはミーナの大きな希望になってくれた。それに、初めてダーク・リッチの討伐に向かった時、お前さんはミーナと一緒に来てくれたの。』
『いえ、それは元々僕達の問題でしたから。』
『いや、どうもミーナにとっても決して無関係な敵ではなかったようなのじゃ。どうやら奴はミーナの遠い親戚、それなりの因縁はあったらしくての。』
「何⁉ どういう事だ⁉」
突如妖刀が明かした関係、それはシャチにとって青天の霹靂だった。
「つまり俺とミーナは血縁関係にあるという事か⁉」
『とは言っても、非常に遠く他人と言っても良い関係じゃろうがな。しかし、どちらも儂の子孫ではあった。それがお前さんにも儂の声が聞こえた理由じゃ。』
「そうか……。」
シャチは少し目蓋を大きく開き、そして何かを思う様にミーナを見詰めた。
『まあシャチ、お前さんが気にすることではない。儂が言いたいのは、遠からずミーナが因縁に巻き込まれた可能性はあるから、ルカにはミーナを運命に引き込んだと自分を責める必要は無かろうという事じゃ。』
『そうなのですか……。』
『それより、儂はお前さんに謝らねばならん。あの時、お前さんの右足を切断するようミーナに助言したのは儂じゃからの。』
『それは仕方の無いことでしょう。其方こそ、自分を責めないでください。』
ルカは妖刀に向けて笑い掛けた。
『そう言って貰えると救われる。他にも、お前さんはミーナの事を要所要所で陰から何かと助けてくれた。終いには命をも投げ出してまで……。多くの意味で、お前さん無くして今のミーナは無いと言って良いじゃろう。儂にはそれが何よりも有難い。今回の旅を許してくれたことを含め、深い感謝を込めて、最期に礼を言いたい。』
妖刀の言う通り、ルカは同じ道を共に行くことは無かったものの、いつもミーナの旅路を旅路を裏から支えていた。
『礼を言うのは僕の方ですよ。貴方が僕にくれた巡り合わせが何よりも掛け替えの無いものだったからこそ……。』
それはルカにとって、ミーナが何より大切だったからこそだろう。
だから、彼の眼に後悔の色は無かった。
『妖刀さん、今までお世話になりました。』
『ルカ、達者での。』
『まあ僕に病は無いですし、リヒト様やビヒト様みたいに長居出来る訳でもありませんが……。』
一足先に、妖刀はルカと最期の挨拶を終えた。
『待たせたの、皆。』
それを見届けたミーナは号令を掛ける。
「行こう! 冒険へ‼」
「お前、道は大丈夫なんだろうな……。」
「こっちに真直ぐ行けば大丈夫でしょ?」
先行き不安だが、取り敢えずミーナ達一行は『西の大遺跡』に向けて『新たなる都』を発った。
***
予定では先ず、西へまっすぐ歩き『南の大遺跡』へ四半日ほど掛けて行く。
そこから北上し、最初の遺跡巡りで寝食を取った電車の一大ターミナルで一晩明かす。
そして翌日、線路を辿って『西の大遺跡』まで行く事になっている。
これは、大きな余裕を持って組まれた行程である。
そのような必要があったのは、これがミーナの為の旅だったからだ。
最初の『南の大遺跡』までの道程と、寝床となるターミナルから『西の大遺跡』までの道程は、ミーナにとって未知のものである。
その為、ミーナが好奇心を抑えられる訳が無いのだ。
「うーん、こっちかなあ……?」
「お前、興味の赴く儘に進んで結局迷ってないか……?」
途中までは問題無かった。
だが、『南の大遺跡』までの道中には山が横たわっていたのだ。
これを登るとなると、ただ真直ぐ進む訳にはいかない。
その為、方向感覚が非常に重要になるのだ。
しかし、ミーナとて今まで何も考えず冒険してきた訳ではない。
「と、取り敢えず頂上へ行けばどっちの方向に進めば良いかわかるから……!」
「それもそうですね。」
「フリヒト、休みたいなら無理せず言えよ?」
「御心配無く。」
一年で見かけ以上に大きくなったフリヒトの前に、シャチの気遣いも杞憂だった。
ミーナの好きな様に歩かせているのも他ならぬ彼である。
『彼も立派になったの……。』
妖刀はミーナの仲間の成長にも感嘆の声を漏らした。
そして、四人のは山の頂上へ出た。
「おお‼」
「これは凄い‼」
「でも、見覚えがあるわね……。」
ミーナは三人の視線を感じていた。
頂上に出て遠くに見えたのは、四人が旅立った『新たなる都』だ。
ミーナの気紛れの為、四人は既に反対側を登っていたのだ。
「で、でもこれで進むべき道ははっきりしたでしょ?」
「ま、それもそうだがな。」
その後、ミーナ達は『南の大遺跡』に辿り着いた。
そこから寝食を取る予定のターミナルへは一度来た道を逆上するだけなので、迷うことは無かった。
途中、やはりミーナは地下を進むことを提案し、今回は三人とも渋々同意したが、道中が余りにも暗過ぎるので一駅で断念した。
ミーナ達は懐かしの駅で一晩を明かし、日の出と共に旅の目的地を目指して出発する。
最後の夜、妖刀は遅くまで四人に自らが経験して来た事を少しでも多く語って語って、語り尽くした。
只今完結直前連続更新中。
6/4㈰の最終回まで毎日連続更新します。
何卒宜しくお願い致します。




