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Episode.102 光差す勝利

 遂に、遂に(かつ)て人類文明を破滅へと追いやった元凶、原初の壊物(かいぶつ)ネメシスとその残滓(ざんし)は完全にこの世から消滅した。

 リヒト達がやり残した事業は(ようや)く成し遂げられたのである。


 だがそれを終わらせたミーナ達四人は皆この『古の都』地下遺跡の最奥、だだっ広い空間でぴくりとも動かず倒れ伏している。


『ミーナよ、お前さんは、お前さん達は皆立派じゃ……。』


 床に突き刺さった妖刀は彼女らの偉業を称える。

 その(かたわ)らには最後の「決め手」となった義手が無造作に落ちていた。

 この結果は表立って戦ったミーナ達だけではなく、裏で大小様々に彼女達を支えた多くの者達の助力があってこその勝利である。


『だが、四方やこれで力尽きてしまうのではあるまいな? お前さん、あの昨夜(わし)に冒険への夢を語った(ばか)りではないか……。(わし)とてもう一度……。』


 妖刀は願っていた。

 ミーナ達が生きてこの地下遺跡を脱出する事を天に祈っていた。


 その時、何やら不思議な光がミーナを包み込んだ。

 ネメシスが発していたどす黒い負の想念とは違う、何者かの慈愛を思わせる温かみに満ちた光だった。


『あれは……‼』


 妖刀は直感した。

 それは屹度(きっと)、今までずっとミーナの傍らで彼女の旅路を見守っていたものだと。

 昨夜ミーナから聞かされた彼女の原点、その中で彼女が語っていた感覚は、決して気のせいではなかったのだと。


『ミーナ、起きなさい。』


 それはミーナに優しく語り掛けていた。

 妖刀に認知できるのは、その声が『思念体』の『念波』であるからだ。

 (かつ)てビヒトが言っていた様に、同じく思念体である彼には認識できる。

 そして、それが通じる条件はもう一つあるとも聞かされていた。


『あれは……ミーナの親か……‼』


 それは男女二人分の姿を模った。

 察するに、ミーナの両親、父親・ミハルと母親・ミオだろう。


『ミーナ。』

『ミーナ。』


 否、よく見るとそれは二人だけではない。

 確かに大きさが全く違うので一見して判り難くはあるが、両親の他にも何人もの『先祖』と思しき者達が彼女を取り囲んでいた。


『今、解った気がする……。』


 妖刀は察した。

 これが、これこそが多くの者に見出された彼女の特異性の正体なのだろう。

 これほど多くの思いに、願いに、彼女はずっと見守られていた。


『強い筈じゃ、敗けぬ筈じゃ……。多くの先祖を味方に付けていたからではない。屹度(きっと)お前さん自身も気付かん内に、彼等の思いに応え続けた……。お前さんの折れぬ心こそが何よりも強かったのじゃな……。』


 しかし、ここで一つ思いも掛けない現象もまた起きていた。

 ミーナを取り囲んでいた光の人型の内、ごく小さな者の幾つかがシャチの周囲にも寄り添い始めたのだ。


『シャチ、お前も起きなさい。』


 これには妖刀も驚きと納得を感じた。

 彼等がミーナの先祖であるが故に彼女と意思を疎通しようとしているのだとしたら、シャチにそれを試みる理由も恐らく同じであろう。

 即ち、最後の謎が解けた。


『そうか、混ざっておったのか。宿敵だと思っとった血が、代を経た何処(どこ)かで……。つまりシャチ、お前さんもまた(わし)の子孫だったという訳じゃな。』


 妖刀が感慨に耽っていると、二人を取り囲んでいた光が消えた。

 同時に、二人は目を覚まして(おもむろ)に立ち上がった。


「うーん……。」

「気を……失っていたのか……。この(おれ)が……。」


 ミーナとシャチは辺りを見渡し、敵の姿を探している様だった。


『ネメシスとその残滓(ざんし)は完全に消え失せたぞ。お前さんらの完全勝利じゃ。』


 妖刀はそんな二人に戦いの帰結を伝えた。

 ミーナは安心した様に力なく微笑むとゆっくりと妖刀に近寄り、(かたわ)らに落ちていた義手を再装着して両手で刃を床から引き抜いた。


「ほら、これも。」

「ありがとう。」


 シャチが(さや)を拾い、ミーナに手渡した。


「シャチの武器は壊れちゃったね……。」

「仕方あるまい。役割を果たしてくれたのだ。」


 シャチの戦斧(ハルバード)は元々ネメシスの様な『負の想念』の純度が高い壊物(かいぶつ)と戦う為にリヒトに与えられたものである。

 今やその目的を果たし切ったと言える。


「破片を全て持ち替えることは出来んが、一部は地上で供養してやろう。リヒトの思い出と共にな……。」


 シャチは砕けた戦斧(ハルバード)のうち、柄と刃が繋がった大きな破片を手に取った。

 最も武器としての面影を残した部分を持ち帰りたいのだろう。


「フリヒトとエリが起きたら、今度は地上に戻らないとね……。」

「結構な道程(みちのり)だったからな。少し気は重いが、帰る迄が遺跡探索だからな。」


 ミーナとシャチは草臥れた様子で溜息を吐いた。

 死闘に次ぐ死闘の後では致し方あるまい。

 だがそんな二人、だけではなく未だに眠っているもう二人にとっても朗報が伝えられた。


『大丈夫だ、心配する事は無い。』

「その声は、ルカ⁉」

「ビヒト、宣言通り掬い上げたのか。」


 天井から広間全体に響き渡る様にルカの声が二人に語り掛けてきた。


『みんな、ありがとう。ビヒト様のお蔭で、(ぼく)は辛うじて思念体として五大遺跡の管理権を譲渡されてこの世に(しばら)く留まれる事になった。その権限を使い、地上への通路を開く。』


 ルカの言葉にミーナは笑みを溢し、シャチは何かを察したように目を閉じた。


「ルカ、お前の口振りから察するに、ビヒトも旅立ったのだな?」


 シャチは気を失っていて、ビヒトが最後の力をミーナに貸した所に居合わせることが出来なかった。

 ミーナも、ビヒトの事を想って口を閉じる。


『ビヒト様はこうなることを見越して、(ぼく)の為に大事な事を記録として遺しておいてくれたんだ。それによると、この階層に降りて来たあの床は、復路では地上まで直通させることが出来る。だから皆はあの床まで戻るだけで良い。』


 四人は最後の臓腑である『肺臓(はいぞう)』を(たお)した後、装置を作動させて床をこの階層、ダーク・リッチと戦った最後の通路まで降下させた。

 ルカ曰く、そこに戻りさえすれば後は彼が地上まで送り届けてくれると言う。

 態々(わざわざ)来た道を帰る必要は無いのだ。


『朗報じゃの。それともミーナ、冒険し足りんか?』

「ううん、そんな事無いよ。そういうことならフリヒトとエリを担いで今すぐにでも戻ろう。」

「ミーナにとってこの地下遺跡は既に未知の存在ではないからな。最初の遺跡の時からそうだっただろう。」


 ミーナとシャチはそれぞれフリヒトとエリを背負い上げた。

 ()くして、四人は長き道程(みちのり)を終えて帰路に就いた。



**



 通路を抜け、降下して来た床へと戻って来たミーナとシャチはフリヒトとエリの身体を降ろして寝かせた。

 流石(さすが)に背負い続ける程の体力は二人とも残っていなかった。


『じゃあ、地上に向かって上昇するよ。ゆっくりだから(しばら)く時間が掛かるけど、その間に休んでいてくれ。』


 ルカの言葉が終わると、頭上と足下から物音が鳴り響いて床が上昇し始めた。


「う……ん……。」

「あれ? ここは……。」


 その音や揺れに起こされたのか、フリヒトとエリも目を覚ました。

 ミーナとシャチは二人に戦いが終わった事、ビヒトが消えた事、彼に変わりルカが遺跡を管理する事になった事などを伝えた。


「そう……ですか……。」

「勝ったんだ……。人類が、(わたし)達が壊物(かいぶつ)に……。」


 勝利を伝えられた二人はそれぞれの物思いに耽る。

 一方でミーナとシャチも何か思う所があるようだ。


「ところでミーナ、(おれ)は目を覚ます直前、何か不思議な感覚があった。何か温かいものに寄り添われ、声を掛けられたような……。」

「シャチも? 実は(わたし)も……。」

『そうか、やはりの……。』


 ミーナとシャチは不思議そうな目を妖刀に向けた。

 二人は気付いていないが、その発言は一つの事実を裏付けていると、妖刀だけは知っていた。


『ま、近い内に話す機会もあろう。お前さんたちは勝って、無事に帰ることが出来るのじゃから。』


 そんなやり取りをしていると、四人の頭上に朱の光が差し込んで来た。

 どうやら一日が終わりを迎えようとしている様だが、四人にとってそれは新しい時代の暁の様でもあった。


 エリの言う通り、人類は壊物(かいぶつ)に勝ったのだ。

 そして、旧文明の残留思念はその役割を終えて皆旅立った。

 唯一人を除いて。


『近い内に、の……。』


 勝利の余韻に浸るが故か、妖刀の呟きの真意を汲み取れた者は居なかった。

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