表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖刀少女が行くポスト・アポカリプス  作者: 坐久靈二
Chapter.3 存亡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/112

Episode.101 最後の戦い

 ミーナによって止めの一太刀を受け、消えていく(ばか)りと思われた『ネメシスの脳髄』の亡骸は人間程の大きさに(しぼ)んだところで突如としてどす黒く染まった。

 断末魔の苦痛にバタつかせていた六本の脚はビクビクと痙攣(けいれん)しながら漆黒の節を伸ばし始める。


『う、ごオオオオオオオッッ‼』

「な、何⁉」


 突然の異常な挙動にミーナが驚いたのも束の間、間髪(かんはつ)を入れずに六本の脚がミーナに襲い掛かって来た。

 不意を突かれたのと、余りの速度にミーナは成す術も無く体を縛り上げられてしまった。

 幸いな事に、納刀していた(さや)を持つ左手だけは自由に動かせるものの、万力の様な力で締め上げられたミーナは苦しみに呻き、吐血する。


「がはッ‼」

『ミーナ‼ 一体どういう事じゃ⁉ この期に及んでネメシスがまた新たな形態に変容したとでも言うのか⁉』


 ミーナが一転窮地に陥り、妖刀の気も動転している。


(まず)いぞ! これ以上ネメシスに進化されたら、最早此方(こちら)に打つ手は無い‼ ミーナが我が身を犠牲にする他……‼』


 既にシャチもフリヒトもエリも『ネメシスの脳髄』が放った『怒りの日(ディエス・イレ)』を受けて気を失っている。

 また、驚異的なタフネスを誇るシャチが仮に目を覚ましたとしても、彼の武器である戦斧(ハルバード)はミーナを守る為に砕け散ってしまっているのだ。


 真面(まとも)に身動き出来ない状態に拘束されたとはいえ、戦えるのはミーナのみ。

 そして彼女もまた、強大な破壊力を誇っていた妖刀の雷光を撃ち尽くしている。

 妖刀自身が数に入っていないのは、彼自身の力も殆ど残っていないという事を彼が誰より理解しているからだ。


 残されているとすれば、ミーナ自身の『命電(めいでん)』のみ。

 今までシャチもフリヒトもエリも、多かれ少なかれ自身の命を思念の力に変え、消耗しつつ戦ってきた。

 だがミーナの場合、これまで妖刀や残されたソドムの『想念の力』、そしてビヒトの『思念の力』が彼女の消耗を肩代わりして来た。


『これは……天の意思か? ミーナだけ唯で帰しはしないという……。』


 妖刀は運命を呪う様に声を搾り出した。

 しかしそれを聞いたミーナは微かな笑みを浮かべた。


「やるしかないじゃない。」


 苦痛に抗するが如く、ミーナは閉じていた目蓋(まぶた)を僅かに開いて目の前の、『ネメシスの脳髄』だったものが変容していく様をじっと見詰めている。

 その眼光には確かに覚悟の色が宿っていた。


(わたし)も命を削って戦えって事なら、迷わずにそうするよ! だってみんなそうして、やっとここまでネメシスを追い詰めたんだもの! (わたし)だけが自分を可愛がってみんなの頑張りを無駄にするなんて絶対に嫌だ‼」

『ミーナ……。』


 妖刀はミーナを護ることを本懐としてきた。

 だがその中で、彼女の想いを見誤っていたのかも知れない。


 (もっと)も、意気込んだ所で縛り上げられたミーナは戦う事すら望めない絶体絶命のピンチである。

 しかし、彼女には一つ確かな希望を感じるだけの理由があった。


「みんなのお陰で……(わたし)はまだ生きている! フリヒトとエリがチャンスを作り、シャチが『脳髄』の脚に着いていた武器を全て斬り落としてくれていた! もしあれが無かったら、(わたし)は今頃斬り刻まれている‼ みんなが(わたし)に望みを繋いでくれたんだ‼ ネメシスを(たお)す為の望みを‼」


 ここまで希望が繋がっている事、それ自体が既に奇跡。――ミーナが希望を棄てない理由がそこにあった。

 それと、もう一つ。


『解った、ミーナ。しかし、決して使い切るんじゃないぞよ。確かに皆、己の命を削って戦ってきたが、さりとて決して死んではおらん。ならばお前さんだけが死ぬ道理も無い。必ず生きて帰るんじゃ。解っておるな?』

「勿論!」


 ミーナは目を見開き、新たな姿となった敵を真直ぐに見据える。


『生きて帰るだと? それはならん! (わたくし)をこのような目に遭わせたお前は必ず息の根を止めてくれる。(わたくし)はその為に生まれて来たのだ‼』

「ネメシス‼」

『違う。(わたくし)はネメシスではない。』


 漆黒に染まっていた『ネメシスの脳髄』の残骸は煮詰まって沸騰する様にボコボコと音を立てて泡立ち始めた。

 そして一気に膨れ上がり、泡は無数の人間の顔、それも一様に怒り、憎しみ、嘆き、悲しみなど、あらゆる負の想念を体現した表情の『闇の人面疽』を模った。

 その中央の、脳髄だった部位は巨大な髑髏(どくろ)が恐ろしい怨嗟の表情を浮かべていた。


(わたくし)は人間のお前に敗れ、人類の人類への怒りを挫かれたネメシスが、今際に原初の怨嗟を思い出した事で産まれた存在。怒りの神の呪怨を核とした新たなる〝壊物(かいぶつ)〟種の個体。即ち、〝カース・オブ・ネメシス〟‼』


 それは正に、怨念の集合体としか形容のしようがない姿形をした壊物(かいぶつ)だった。

 その最後の敵、『カース・オブ・ネメシス』は六本の脚で尚も執拗にミーナの身体を締め上げる。


「ぐうううううっっ‼」

『死ね‼ このまま(くび)り殺してくれる‼ お前だけは絶対に許さん‼ (かつ)(わたくし)を屈辱に塗れさせた〝あ奴〟ともまた異なる〝特異点の中の特異点〟‼ お前を殺し、そしてこの呪怨の(おもむ)(まま)に何もかもを破壊し尽くしてくれる! 在りと(あら)ゆる時空の何もかもを喰らい尽くしてくれる‼』


 凄まじい『負の想念』の限りをミーナに向ける『カース・オブ・ネメシス』。

 だが、これだけ彼女を締め続けているにも拘らず、ミーナは一向に絶命する気配を見せない。


『ミーナよ、解っておるな?』


 妖刀は静かに言い聞かせる。

 ミーナも、全て承知の上と言わん(ばか)りに頷いた。


「『カース・オブ・ネメシス』。悪いけど貴方(あなた)(わたし)は殺せない。」

『何だと?』

「だって貴方(あなた)、全然弱いもの。」


 ミーナは厳然たる事実を『カース・オブ・ネメシス』に突き付けた。

 妖刀も早くから気付いていた事だが、未だにミーナを絞殺しきれていない事からも明らかである。


『所詮貴様は、否、壊物(かいぶつ)という種の生体そのものがそうと言えるが、貴様等は他種の遺伝子情報や人間の怨念を借りなければ強くなれない張りぼての存在に過ぎん。それはネメシスとて例外ではない。ネメシスが強大であったのは、世界という人類最大規模の群体から怨念を借りていたからじゃ。故に、ネメシス自身の怨念などたかが知れておる。そんな空虚な想念を核としたところで、大した力は得られんという訳じゃな。』


 これまでミーナ達に強敵として立ちはだかって来た壊物(かいぶつ)達は皆、強大な力を持つ明確な背景を人間から借りていた。

 ネメシスは言わずもがな、『双極の魔王』ことソドムとゴモラはそれより小規模とはいえ国家規模の怨念を核としていた。

 また、ダーク・リッチはイッチという個人をベースにした『負の想念体』であるが、そこには己の逃避的過失により文明を滅ぼしてしまった悔恨という余りにも重過ぎる無念が潜んでいた。


 それらに比べて、人間の借り物ではないネメシス自身、壊物(かいぶつ)という種の起源に在った無念等というものは、所詮一個の生命体が身勝手に他種を喰い尽くそうとして返り討ちに在った事の逆恨みという、どうしようもなく小粒の怨念だった。

 である以上、その程度のものを核としたところで大した壊物(かいぶつ)になれるはずが無かったのである。


『くっ……! だが‼ 今お前は(わたくし)に捕まれ身動きが取れん! 即ち‼ このままでは(わたくし)(たお)すことが出来ず、(いず)れ体力が尽きて死ぬ! 時が来れば(わたくし)に殺される最後からは逃れられない‼』


 勝ち誇る『カース・オブ・ネメシス』だが、ミーナは喝破する。


「人間の強さは心の強さ‼ 自分の命を越えて未来を想い積み上げて来た思いの強さだ‼ それは決して、壊物(かいぶつ)なんかに敗けはしない‼」


 ミーナには唯一、左腕が残されている。

 納刀された(さや)を握っていた左手は一瞬手を放し、刀を落とす。

 すぐ様、柄を握ったミーナは妖刀を振るい、遠心力で抜刀して片手のまま順手に持ち替える。


『刀を抜いた所で無駄だ‼ その間合いからは(わたくし)まで届かん‼』

「届く‼ (わたし)たち人間は‼ 人類は‼ 弱い者同士互いに助け合う為に(かつ)て文明を築き上げ、そしてそれを蘇らせようと今も頑張っているんだ‼」


 ミーナは左手に握った妖刀の切っ先を『カース・オブ・ネメシス』の本体に向け、そして勢い良く腕を切り離した。

 その速度、威力はミーナ自身の『命電(めいでん)』が乗った凄みと共に、敵を貫通して床に妖刀を突き刺した。


『ギャアアアアアアッッ‼ ば、莫迦(ばか)な‼ 義手だとおおおおおっっ⁉』


 ミーナの左腕は義手、それも旧文明が作り上げた最高品質の逸品である。

 正に弱き者のための技術、人間の美点の象徴。

 (かつ)て人類文明の正しさを信じた男リヒトがミーナに授けたそれが、最後の最後で決め手となったのだ。


 ミーナを縛っていた脚の拘束は呆気無く解け、彼女は床に落下して倒れ伏した。

 対する『カース・オブ・ネメシス』はまたしてもその存在を薄めながら(しぼ)んでいく。


『おのれ……! おのれ……‼ だが今度はこの(わたくし)の無念を更なる核として……‼』


 尚も『カース・オブ・ネメシス』は生き汚く足搔こうとする。

 だが、ネメシスの怨念ですらこの程度でしか無いのに、その更なる搾り(かす)に出来ることなど残されていよう筈が無かった。


『嗚呼……(おわ)る……。究極の存在に……進化する筈だった(わたくし)が……何と脆く儚い……。』


 叶う筈の無い空虚な無念の(しゃが)れ声を残し、ネメシスが残した呪怨の結晶は今度こそ跡形も無く消え去った。

 ()くして、(かつ)て人類文明に破滅を(もたら)した原初の壊物(かいぶつ)は、それでもなお生き延びた人間達の手で(ようや)く引導を渡された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ