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妖刀少女が行くポスト・アポカリプス  作者: 坐久靈二
Chapter.3 存亡

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Episode.99 最深部の死闘

 最奥の広間で人類最大最後の敵、『ネメシスの脳髄』と懸命に渡り合うミーナ達を遺跡の制御を奪還したビヒトは蔭から見守っていた。


(わたし)には最早……皆を信じる事しか出来ない……。頼む、頑張ってくれ。人類の明日を潰えさせないでくれ……!』


 人知れぬ眼差しに切望を込めるビヒトは、唯一つ驚愕と戦慄を覚えてもいた。


『しかし、ミーナのあの鬼気迫る戦いぶり……。シャチも相当のものだとは思うが、彼の場合その特異な強さは安定している。だがミーナは先程、獣の様な咆哮を上げて豹変した様に見えた……。』


 ふと、ビヒトは先日まだ健在だった兄リヒトと交わした会話を思い出す。

 兄はゴモラとの戦いで絶体絶命の危機に陥ったミーナ達を信じる根拠として、彼女とシャチをこう評していた。


 曰く、人類の個体として自然の摂理を超えた異常な強さを持つ、『特異点』。


 今、ビヒトはミーナの異様さに同じく『特異点』とされたシャチ以上に何か異質な凄みを感じる。


『まるで何か、彼女の中に人間を超越した力が眠っているような……。』


 それは果たして、人類にとって救世主となるべくして組み込まれた運命なのか。

 それとも、更なる厄災の呼び水となるのか。


『だが、(わたし)には賭けるしかない。既にやるべきことはやった。』

『大丈夫ですよ。』


 ビヒトの傍らにはもう一人、別の男の思念体が佇み、共にミーナ達を見守っていた。


『ミーナは(ぼく)達の、人類の絶対的な味方です。(ぼく)はずっとずっと、彼女を信じて()みません。ネメシスに向けた彼女の言葉に、(ぼく)は心の底から救われた……。』


 既にビヒトはルカの残留思念を掬い上げるという此処(ここ)まで潜った目的を果たしていた。

 もう遣り残した事は何も無い。


『後は……そうだな。』


 ビヒトは(しば)し目を閉じ、そしてかっと開いて強い視線で彼女たちの戦いを見据える。


『信じよう、(わたし)も! 只管(ひたすら)に‼』


 二つの思念体が見守る中、戦いは新たな局面を迎えようとしていた。



**



 後頭部、ミーナに引き裂かれた裂け目から血の(はね)を生やし、第二形態へと変貌を遂げた『ネメシスの脳髄』は、そのまま大きく羽搏(はばた)く。


『この(はね)がどういう性質を持つか、今更言うまでも無かろう。(わたくし)はこれをこの部屋全域まで拡げることが出来る。この意味が解るな?』


 敵の背後に陣取っているミーナ、真正面で見上げるシャチ、遠巻きに援護の機を窺うフリヒトとエリは皆一様に警戒して身構えた。


 このまま敵の間合いに居ては危ない。――接近していた手練れの二人は瞬時にそう判断し、それぞれ跳び退いて距離を取った。


 間一髪、その直後に『ネメシスの脳髄』は生やした血の(はね)(さなが)蝙蝠(こうもり)が如く自身を包み込む様に閉じた。

 既に(はね)はその大きさを増しており、四人にこれから敵が仕掛けて来る事を否が応にも察知させる。


『解ったようだな、これから起こる絶望を! 喰らうが良い‼ 〝毒血(ヴェノムブラッド)殺翅翔(・デスソーリング)〟‼』


 次の瞬間、赤黒い(はね)が広間全域を覆い尽くすまでに増大しつつ、凄まじい速度で空間の余す所なく薙ぎ払った。

 全体攻撃故に、四人共が回避不能で喰らう他無い。

 しかも、既知の通りネメシスの血液には致死性の毒がある。


「うぐぅぅっ‼」

「ぐおおおっ‼」

「わあああっ‼」

「ああああっ‼」


 それ以前に、攻撃の威力自体も絶大だった。

 真面(まとも)に受ける他無かった四人は皆その羽搏(はばた)きに打ち据えられ、宙高く舞い上げられた。


『安心するが良い。心臓の時の様に遅効性などというまどろっこしい真似はせん。効果は今直ぐ即効で、瞬く間に体を蝕み死に至らしめるだろう‼』


 四人はそれぞれ床に強く叩きつけられた。

 この上、毒の効果まで始まるとしたら、そのダメージは甚大であり、戦闘を継続するどころではない。


 だが、四人は誰一人として折れず、即座に立ち上がった。

 毒の血を真面に受けた筈が、その外観に影響は全く見られない。

 精々が落下の衝撃で負った痣が出来ている程度だ。


莫迦(ばか)な、何故⁉』

『残念じゃったの、ネメシス。』


 妖刀はその答えを知っていた。

 ヒントは、先程言及した痣すらも徐々に、しかし眼に見えて確実に薄くなっているという事実だ。


『四人は全員この戦いの前、〝遺跡の秘薬〟として知られていた〝帝国の妙薬〟を服用しておる。その効果は肉体の耐久力、快復力を大幅に高め、毒物劇物、放射線の影響を限り無く零にまで排してしまう事。今のミーナ達に毒の攻撃は一切通用せん。物理攻撃には尋常ならざる耐性が付いておるのじゃ。』


 妖刀の言う様に、ミーナとシャチの動きに先程の攻撃の影響は感じられない。

 本来は即死ものの痛烈無比な一撃を受けたにも拘らず、シャチは立ち上がってすぐに戦斧(ハルバード)で残された一本の脚を斬り落とし、ミーナは再び脳天に妖刀を突き立てた。


『ぐあああああっっ‼ おのれ‼ こんな事があって堪るか‼』

『人生、何が起こるか分からん。一見回り道をしたように見えて、大いなる失敗により多大な犠牲を払ってしまったかに見えて、先の戦いで心臓から血霧の毒を受けてダーク・リッチの企みを阻止できなかった事が、ネメシス、貴様を(たお)す為に必須の手順だったとはの。妙薬を飲む一連の巡り合わせが無ければ今ので即死、完全に詰んでおった。』


 ミーナは妖刀を抜き様に二振りし、『脳髄』の血の(はね)を二枚とも斬り落とした。

 刀身から嫌な湯気が上がる。


『しかし、(わし)には効いてしまうようじゃ。先程の回転鋸刃(チェーンソー)といい、今迄無傷だった(わし)にも年貢の納め時が近付いておるのかも知れんの……。』


 どうやらネメシスの血液は妖刀を溶かす効果も持っていたらしい。

 という事は、ミーナの妖刀だけでなくシャチの戦斧(ハルバード)、フリヒトの矢、エリの短剣も劣化している事だろう。


「警戒しなければならないのに変わりは無いという事だね。」

然様(さよう)、武器が無くなっては戦いようが無い、詰みじゃからの。』

『そんなものを待つまでも無いわ‼』


 ミーナは再び悪寒を覚え、『脳髄』の上から跳び退いた。

 案の定、敵はまたしても全身をどす黒い『負の想念』で覆い尽くす。

 例によってシャチが戦斧(ハルバード)を振り被るが、今度はどうも敵の様子が違う。


『これを使う事になるとは思わなかったが、こうなったらもう容赦せん! お前達には己が罪を解る(はかり)すら認めん‼』


 黑い靄は『ネメシスの脳髄』を離れ、無数の巨大な動物の姿を(かたど)っていく。

 ミーナ達は(あずか)り知らぬことだが、それらは(かつ)てリヒトを取り囲んだ「人間の手によって絶滅に追い込まれた動物種」である。

 それらは『脳髄』の周囲で憎悪に表情を歪ませると、巨大な球形となり眼にも留まらぬ超高速度で周回運動し始めた。


 もしこの速度で「闇の鉄球」が襲い掛かってきたら、如何(いか)にミーナやシャチでも恐らく回避できないであろう。――そう全員が直感した。


『お前らが解るのは絶望だけで良い‼ 我が最大最強の攻撃によって挽肉(ミンチ)になれ‼ 〝怒りの日(ディエス・イレ)〟‼』


 またしても回避不能の痛恨撃が来る。――その瞬間に弾けるように動いた者達が居た。


「フリヒト‼」

「エリ‼」


 ミーナとシャチをそれぞれフリヒトとエリが身を挺して庇った。

 二人は激しく吐血し、大きく弾き飛ばされて床に叩きつけられた。

 蟲の様に藻掻いているところを見ると一命を取り留めた様だが、そのダメージは『帝国の妙薬』でも回復できないらしい。


『〝負の想念〟による攻撃までは治せんという事か……! ミーナ、これは拙いぞ……!』


 妖刀が弱気になるのも無理は無い。

 ネメシスは未だ「闇の鉄球」、『怒りの日(ディエス・イレ)』を撃ち尽くしていないのだ。

 このままではフリヒトとエリは若干ミーナとシャチの寿命を延ばしただけである。


「任せろ、ミーナ。」


 シャチが戦斧(ハルバード)を握り締めてミーナを守る様に前に立つ。


「シャチ、どうする気⁉」

「厄介なものを吹き飛ばすのは、いつもこの(おれ)の役目だろう?」


 再び、「闇の鉄球」がミーナとシャチに襲い掛かる。

 シャチは渾身の力で戦斧(ハルバード)を振るいこれを迎撃しようとする。

 しかし、戦斧(ハルバード)は敵の攻撃に力負けし、粉々に砕け散ってしまった。


「ぐっ、(くそ)っ‼」


 事此処(ここ)に至って、シャチに出来る事は最早フリヒトやエリと同じくミーナを身体で庇う事だけだった。

 しかし彼には天が与えた強靭な肉体がある。


「シャチ‼」

見縊(みくび)るなよ! (おれ)は特別な男‼ この程度の黒い塊如き、屁でも無いわああああっっ‼」


 言葉とは裏腹にシャチは一撃を受ける度によろめき、それでもどうにか持ち堪える。

 しかし、流石(さすが)に耐えきるには無理があったのか、『怒りの日(ディエス・イレ)』最後の一級によって遂に他の二人と同様弾き飛ばされてしまった。


「ぐあああああっっ‼」


 ネメシスの最大の攻撃はあっという間にミーナ以外の三人を戦闘不能にし、彼女を崖っぷちまで追い詰めてしまった。


(わたくし)には無尽蔵の〝負の想念〟が有る。次の〝怒りの日(ディエス・イレ)〟の準備はすぐに整えられる。終わりだな。』


 ミーナは考える。

 ここから勝ち目があるとすれば、筋は唯一つ。

 敵の最後の攻撃が来る前に、息の根を止められる必殺の一撃を繰り出すしかない。

 だが、既に虎の子の雷光は撃ち尽くしてしまっている。


「せめて後一発……残っていれば……‼」


 事此処(ここ)に至っては、妖刀か(ある)いはミーナ自身の『命電(めいでん)』を使うより道は無い。――そう思われた。


『弾ならばあるぞ‼』


 進退窮まったミーナに声を掛けたのはビヒトだった。

 同時に、妖刀が強い光を放つ。


(わたし)の〝命電(めいでん)〟を使え! 残り(かす)の様な思念だが、一発分くらいにはなる筈だ!』

「ビヒト……‼」


 ミーナは察した。

 この地下を彼が追い掛けて来た時から感じていた嫌な予感とは、この事だったのだ。

 考えずとも、彼もまたネメシスを(たお)す為に己の命を使う決断をする事は余りにも必然的な話だった。


 今迄のミーナなら、到底受け入れられなかっただろう。

 しかし、今や彼女は彼等兄弟がどのような思いをここまで繋いできたか、その重みを十分に理解出来ている。

 彼等にとって悲願の時を、決してふいにする訳には行かない。――その使命感が彼女に決断させた。


「解った! ありがとう‼」


 ミーナは妖刀を振り被る。

 狙うは先程と同じ、雷光と直接斬撃を同時に叩き込む最大技だ。


「行きます‼」


 ミーナは涙を振り切り、『ネメシスの脳髄』に向けて飛び出した。

 既に敵は漆黒の闇を(まと)い、一部動物の姿を(かたど)り始めている。

 これが最後のチャンスだろう。


『やれ、ミーナあああああっっ‼』


 妖刀も咆哮する。

 そしてそれに呼応する様に、ミーナは大いなる命と万感の思いを込めた絶大なる一撃を『ネメシスの脳髄』に向けて放った。


命電(めいでん)神斬剣(しんざんけん)ッッッ‼」


 それはミーナの脳裏に浮かんだ、最初で最後、唯一の技名だった。

 ビヒトの『命電(めいでん)砲』を雷光と共に纏った妖刀の、ミーナの全身全霊の一撃が悪しき闇黒(あんこく)の脳髄を一太刀の内に両断した。

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