きっと受け入れられないこと(-_-;)
または、【なろう遭遇事件簿File.2】
どうしても受け入れられないことは、誰にでもあるはずだ。理解は出来る。出来るが、自分はきっと絶対に使うことはないだろう…
それは『カギ括弧の重ね使い』である。
そりゃあ、今まで書いている本人にメリットがあればルールを守っているなら何だっていいだろうと思っていたけれども、地の文がどうとか、表現がどうとか登場人物の人となりなど悩み考える内、『』のやり方は作品を作者自身で貶しているのではないだろうか―― と思うようになった。
ジャンルがどうであれ、登場人物を簡単に表していいのか、それが問題だと思う。
もしかしたら一体感というものが生まれるのかもしれない。みんなの心情を一気書けるかもしれない。けれど、複数の登場人物の会話の場面を描くとき、
「重ねりゃ十分でしょ?」
「「「そうだそうだ!」」」
と思っている間、作者は成長するのだろうか。一人一つのカギ括弧とそれぞれの表情若しくは態度、状態を描く方が楽しくはないだろうか…
私にはどうもにも、書くということ世界を描くことに対して手を抜いているようにしか見えないのである。
自分の登場人物たちに、個性はありますか?
そんなことを『カギ括弧重ね使い』を利用している作者様に問いたいのであります。必要性は何だろうか…
偉そうで申し訳ないが、そう思うのであります。
以上です。




