15-C -機械塔の賢人-
ムトの交換条件で、身体を研究されることになった奈樹。その間、他の者達は別の用事をサツキから命じられることとなった。研究室のある四階から降りて、二階まできていた。
サツキ「こちらの整理をしていただきます」
それは先ほど奈樹がエア・ボードで衝突して倒壊させた二階のアトリエだった。埃が多いため、マスクとゴーグルを渡された。
蒼輝「俺の分は?」
ディアナ「私のも無い!」
マスクとゴーグルを渡されたのは勾玉とマテリアとバサラ。
サツキ「貴方達は私と買い出しへ」
サツキはそそくさと一階へ降りていく。
蒼輝「おっ、オイ!」
勾玉「こちらは片付けておく」
バサラ「サツキの姫といってらっしゃい」
マテリア「片付けなら得意です。奈樹の様子も時々見に行くですから不安にならないで下さいです」
三人は片付けに入るため、蒼輝はディアナとブラックと一緒に外へ出てサツキの後を追う。ディアナは大きな声でサツキに聞いた。
ディアナ「何を買うの?」
サツキ「……」
ディアナ「教えてくれなーい」
ディアナはブラックに向かって話しかける。そうして街へ出る。サツキの移動速度は並じゃなく、歩いてるだけで競歩以上の速さだ。蒼輝は走った。
ドンッ!
角を曲がった時に人とぶつかってしまった。感覚から男だった。蒼輝と男はすれ違いながらよろけた。サツキを追うために、ちらりと男を見て一言、謝った。
蒼輝「悪い! 急いでんだ!」
男の後ろ姿は黒い髪に黒いスカーフ、真っ黒のコートを着ていた。蒼輝の後を追うディアナとブラックも男とすれ違う。
ディアナ「……ん…?」
ディアナは最初こそ走りを止めなかったが、少し減速した。背を向けて歩いて行く黒いコートの男をディアナもブラックも視て、その背を見送っていた。
ディアナ「……」
いつの間にか立ち止まっていた。見入っている内にその男は居なくなった。ブラックはディアナの服の袖を柔らかく噛んで引っ張る。
ディアナ「…走らなきゃ…! あっ!」
ブラックはディアナの足元に潜り込み、自身を跨がせるようにし、背中に乗せた。ディアナが振り落とされないように掴まったことを確認すると、蒼輝の後を追って走り出した。
ディアナ「さっきの人…真っ黒でブラックみたいだったね。黒豹…というより黒猫って感じだったけど」
走るブラックの速度は素早く、すぐに折り返し式の階段を降りていく蒼輝とサツキを発見した。猫科特有の身のこなしで高い塀も軽く飛び降り、しなやかに柔らかく着地して追いついた。
ディアナ「このまま乗ってていーい?」
返事をするはずもないがディアナはニッコリと笑い、そのまま頼もしい背に乗っていた。
一方その頃…ムトの研究室。溶接マスクをしたムトが何かの機材の準備をしている同じ空間で、奈樹は一枚一枚服を脱いでいった。
奈樹「あの…下着…いえ…なんでもないです…」
せめて一枚くらい着てても…と思って懇願しようとしたが、言い切る前に観念することにした。条件を呑んで協力すると言った以上、今更口出しするのもどうかと思った。ここで機嫌を損ねてしまったら、交換条件すら白紙になってしまうかも知れないと思ったからだった。奈樹は羞恥心をできる限り忘れ、最後の身体に纏っていた服を脱ぎ去った。
ムト「そこの上に横になってくれ」
一枚の薄いシーツが敷かれた手術台のようなテーブル。仰向けで横になると、硬い面が背中にひんやりとする。肌寒さが全裸であることを意識してしまい、少し内股になって手で自身が恥ずかしいと思う部分を腕で隠してしまう。
ムト「ふむ、恥ずかしがらなくてよい。ワシはロクなことを考えない輩とは違って、そういう目で見るつもりはないんでの」
奈樹「そ…そうは言っても…」
溶接マスク越しに見られてると思うと奈樹の顔は赤くならずに入れなかった。
ムト「別にお嬢ちゃんに魅力がないと言っとるわけではないぞ? まぁ恥じらいを持っておるほうが乙女らしくて良いのかもしれんがの」
奈樹「ま…まぁ…そうかも知れません…」
ムト「おっと、ワシもこのままじゃ作業できんの」
そう言うとムトは分厚い手袋を取った。
奈樹「…えっ?」
奈樹はその手を見て、驚きのあまり目を見開いた。老人にしてはシワが無さすぎる男性の手だった。
ムト「よっこらっしょっと」
素手で作業着のボタンとファスナーを下ろす。そこには至って普通の私服。そのまま溶接マスクを取った。
ムト「どうもマスク着けたままでないと落ち着かなくての」
老人でもなんでもない声。額にバンダナをしたサツキと同じ朱色の髪の若い男がマスクの下から顔を出した。
奈樹「えっ…!? えっ!? お爺さんなんじゃ…」
ムト「あぁ、喋り方かの? これは癖でのう。どこの誰ともわからぬ輩の発明の依頼が鬱陶しくての」
奈樹「あ…あ…」
奈樹は更に顔を真っ赤にして、急いで上体を起こして丸まり、衣服を纏わぬ自身の身体を出来る限り隠した。頭が焦りでグルグル回っている感覚に襲われる。
ムト「マスクに音声加工をして、ボケ老人の真似をしたら面白いほど諦めて帰って行くからの…。ん? どうしたんじゃ?」
奈樹「あの…その…えっと…あー…うんと…色々…調べたり…するつもりですか…?」
恥ずかしさで混乱しており、言葉がなかなか出てこなかった。
ムト「そのために脱いだんじゃろう? 気にせんでいい。女子の身体に興味あって頼んだわけじゃない。単純にお嬢ちゃんに興味が湧いたんじゃ」
奈樹「わ…私に…?」
ムト「好奇心だけの者は防犯ブザーで去る。盗みに入った不届き者はサツキが出向いた時点で去る。要件の無い荒らし目的の輩はミサイルで逃げる。今回はサツキの調整ミスでミサイルを撃ってしまったが…しかしそれでも、お嬢ちゃん達は逃げなかった。それだけワシに大事な用があると認識した」
奈樹は心臓がバクバクと大きく鼓動している。話を聞いてはいるが、今は自分の衣服の無い状態に意識がいってしまう。
ムト「逃げるどころかサツキの攻撃を防いだじゃろ? それだけではなく、調整が難しく繊細なコントロールが必要なエア・ボードも乗りこなした。常人では考えられん力を持っておる」
奈樹「そ…それはわかりました…。け…けど…若い男の人に隅々まで調べられるなんて…恥ずかしくて…」
ムトは奈樹の肩を掴んで、目を合わせる。そのムトの目は研究への好奇心と探究心。卑しい欲望など感じない純粋な瞳をしてる。
ムト「身体を調べられるというのは、逆に自分の身の安全を確認できると考えれば良い」
奈樹「そ…それはそうかも知れませんけど…」
ムト「推測ではあるが、お嬢ちゃんの身体は特殊じゃ。ここで調べておけば、お嬢ちゃんにもしものことがあった場合、治せるのは身体の状態を知り尽くしているワシだけじゃ」
奈樹「…!」
ムト「己の身体を守るために、今一度だけワシにその身を預ける覚悟をしてみんか?」
奈樹は目を見ていたが、徐々に俯いていた。自分の白い肌が見えた。
確かに言う通りだった。イーバで改造された身体。それがいつ異変を起こすかわからない。そのまま原因の対処法がわからなくて、そのまま死へ至らしめる可能性もある。
奈樹「お願いします…信じます」
奈樹は手を下ろし、全身の力を抜いて横になった。まだ恥ずかしかったが、目を閉じて我慢することにした。
ムト「アイマスクならあるぞ。ほれ」
奈樹はアイマスクを受け取って装着し、視界を閉ざした。自分で強く目を閉じているよりかはリラックスできた。
奈樹「ん…はむ…。な…なんれふか…こえ…」
見えない状態で、なにか柔らかなものが唇に触れた。
ムト「お裾分けのグミじゃよ。これがないと研究に集中できんくての」
奈樹はグミをモグモグと食べた。グレープ味が口に広がった。甘い味のお陰なのか、よりリラックスすることができた。
ムト「よしよし、それじゃ始めるかの。少しだけ血を抜いたり、ちょっと痛いこともあるかも知れんが我慢しておくれよ」
こうして奈樹はムトに身体を調べられることになった。
一方その頃…サツキと買い物を終えた帰路。蒼輝とディアナはサツキを追いかけていた。
蒼輝「あのさ…、俺達…必要だった!? その少量の食料と、大量のグミ買うだけのために!」
買い物袋を大量に持ちながら、ズカズカ歩いて行くサツキに質問する。
サツキ「……」
蒼輝「ご主人様にしか返事しねーのかなー!」
蒼輝はとにかく走った。ディアナはブラックに乗りながらサツキを追う。蒼輝を追い抜いていく。
ディアナ「ほらほらー、もう疲れたのー? 一生懸命走って走ってー」
蒼輝「あのなー…結構足場が悪くて…疲れるんだぞ…」
そう言ってる間にドンドン離される。
蒼輝「あぁ、チクショー! とりあえず家まで走るかー!」
そう叫んで全力疾走する蒼輝。サツキ、ディアナとブラック、蒼輝の順番に家に到着した。
蒼輝「結構…遠かったな…」
重い足取りで二階に上がると、部屋は綺麗に片付いていた。三階に上がると四階へ上がっていくサツキ。ブラックから降りて頭をよしよしと撫でているディアナ。そしてソファーに座る勾玉とマテリア。逆向きに椅子に跨るように座るバサラ。
蒼輝「ただいま…奈樹は?」
マテリア「もう降りてくると思うですよ」
バサラ「調べ終わって着替え中だそーだ」
勾玉「暑苦しそうにして…どうした?」
蒼輝「ランニングに付き合わされたんだよ…まったく…」
蒼輝は床に座り込む。しばらくすると衣服を着た奈樹と、再び溶接マスクに作業着を着たムトとサツキが降りてきた。
ムト「おぉ、お疲れ様。サツキ、皆に飲み物を」
サツキ「かしこまりました」
サツキはそそくさと歩いて飲み物を準備する。
ムト「お嬢ちゃんもご苦労様じゃのう」
奈樹「いえ…あの…これで条件は…」
ムト「あぁ、ワシもお主らに手を貸すと決めた。文字通り一肌脱いで貰ったんじゃから断る理由などない」
バサラ「やったぜ! 奈樹の姫のおかげだな!」
蒼輝「じゃあ、結局脱いだってことか?」
奈樹「…!」
奈樹が黙ったまま顔を真っ赤にする。
ムト「何を赤くなっとる。もうお嬢ちゃんの身体で不明な部分はないからの。体外も体内も全て…」
奈樹「そ…それ以上は…暴露しないで下さい…」
一体なにをどうやって、どこまで調べられたんだ…と思う一同だった。サツキが飲み物を出し終えた。
ムト「ふむ、それじゃ皆はここで一泊すると良い。今日はサツキのメンテナンスもあるからの、すぐには出発できん。好きに部屋を使って、好きに食べて、好きに寝てよいぞ。風呂場もそこにあるから使うといい」
サツキが行ってきた買い出しの中身は食事だった。そう言って四階に上がっていくムトとサツキの二人。残された者達はゆっくりすることにした。
マテリア「メンテナンスって…」
奈樹「さっき聞いたんだけど…サツキさんはムトさんが作ったロボットです。戦闘用ではないけど武装はしているみたいです」
腕からミサイルを発射した所を見て、ロボットか義手のどちらかと予想はしていたので、大きく驚くことはなかった。
蒼輝「通りでこっちに返事もしないし、身体能力が並外れてるはずだよ…」
そうして皆は三階で食事を取り、順にシャワーを浴び、今日は休むことにした。ディアナがソファーに、奈樹とマテリアはセミダブルの簡易ベッドで、蒼輝と勾玉とバサラは床で眠った。
四階のムトはサツキのメンテナンスを終えた後、奈樹のデータを見ていた。
ムト「…これは…本当にE兵器かのう…」
溶接マスクを外し、険しい顔でディスプレイを見ながら、ムトは呟いた。一つ、また一つとグミを口に入れながらデータを眺めていた。
ムト「まぁ良い…ワシが島へ移住すれば、いずれ解ることじゃろう…」
そうして蒼輝達は一夜を過ごした。朝、目を覚ますとムトは大量の収納札の束でアトリエや必要機材を全て収納していた。それをサツキが鞄に詰めて持っている。
こうして皆で街を発った。
マテリア「奈樹のそれ、羨ましいです」
勾玉「すっかり乗りこなしているな」
奈樹はエア・ボードで皆の歩く速度に合わせて移動している。
奈樹「これで蒼輝に、おぶってもらわなくて済んじゃった」
蒼輝「脱いだ報酬か…」
焦った奈樹が操作を誤って勢いよく速度を出し、脇の原っぱで倒れる。
蒼輝「な…奈樹…!」
走って倒れている奈樹を抱き起こす。
奈樹「もう! 変なこと言わないで…! 変なこと想像しないで…!」
蒼輝「そ…想像なんて…!」
蒼輝と奈樹は顔を赤くした。
ムト「そんなに想像してしまうくらい気になるなら、データ用に撮影した写真を見せてやっても…」
奈樹「ダメですダメです! 燃やしてください、消してください!」
バサラ「騒がしくなってきたもんだな…」
ディアナ「エヘヘ…楽しいね!」
そうして蒼輝、奈樹、勾玉、マテリア、バサラ、ディアナ、ブラックは、新たな仲間となったムト、サツキと一緒に再び花の都を目指す。そこでレイと合流し、ノスタルジアへ帰る予定だ。
帰りの長い長い道のりを、皆は歩いていった。
ノスタルジアへの帰還まで後、二日…。
第十五話 -機械塔の賢人- End




