第一章 ノスタルジア エピローグ
蒼輝「イテテ…」
布団の上で目を覚ました蒼輝。全身が痛み、眠っていた感覚を覚醒させる。それでも上体を起こし、辺りを見渡した。全ての障子が閉じられた和の一室。芙蓉達の家ということは理解できた。
蒼輝「そっか…エビルを追い払って…そのまま…」
奈樹に膝枕をされたまま指きりをした。その瞬間に安堵感から眠ってしまったのだろう。
蒼輝「そうだ…奈樹はどうしてるんだろ…」
そう考えていると障子がスーっと開く。開いた先に立つのは奈樹。まるで意思を共有していたかのようなタイミングに蒼輝は驚いた。奈樹も蒼輝を見て驚き、すぐさま安心した表情をして隣にやってきて両膝を着き、ゆっくりと蒼輝の身体に手を回して抱きついた。
蒼輝「な…奈樹…!?」
抱きつかれて身体が痛む。けど、今はそれ以上に奈樹が傍にいる安心感が上回った。
奈樹「よかった…気がついて…心配したんだから…」
蒼輝は抱きついたままの奈樹の頭を、その蒼い髪をゆっくりと撫で、安心させた。奈樹はずっと離れなかった。間近なせいかおかげか、奈樹から漂う良い香りが鼻に入ってくる。少しの間、我慢していたが耐え切れなくなり、その小さな身体を抱き締め返した。ビクッと反応する柔らかな少女の身体。もう離さない、離れないという意思が伝わってくる。小さな手は衣服を掴み、少し肌に食い込むくらい強く、強く抱きしめてくる。
蒼輝「奈樹…」
名前を呼んだ。名残惜しそうに抱き締める腕の力が弱くなっていく。二人は目を合わせた。自然に蒼輝の両手は奈樹の両肩へ回っていて、そっと小さな肩に触れて掴んでいた。
見つめ合う二人は、お互いの瞳を見つめて徐々に二人だけの世界に吸い込まれてゆく。瞳に映る自分自身を見つめていると、無意識に二人の顔が近付いていた。奈樹の吐息が蒼輝の唇に触れる。その小さな小さなプルンとした唇に意識が向かう。
そして…
芙蓉「…人の家でそれ以上するのやめてくれる…?」
蒼輝「わぁ!」
奈樹「きゃ!」
唇と唇が触れ合いそうになった瞬間、二人は急いで離れた。奈樹が開いて入って来た障子の位置に芙蓉が立っていた。
蒼輝「あ…アハハ…閉め忘れてたな…」
芙蓉「閉めてたらいいってもんじゃないの。まったく…するならお互いの家でしなさいよ…」
芙蓉は呆れて溜息をつきながら部屋へ入り、両膝を着いて腰を下ろす。
奈樹「あ…いえ…これは…」
芙蓉「ちょっと様子を見に来たらイチャイチャして…。別にするなとは言わないわよ…。まだ照れくさいから人前じゃ認めたくないんでしょうけど、人の家でしないでって言ってるだけよ」
奈樹「………」
奈樹は顔を赤くして黙っていた。蒼輝はまだ先程の天国のような気分に浸っていた。もう少し芙蓉が来るのが遅ければ、あのまま…などと考えてしまっていた。
芙蓉「若気の至りってのもあるかも知れないけど、そういう男女関係が一番危険で…」
蒼輝「なんかオバさんくさい説教になってるぞ」
芙蓉がゆっくりと、何も言わず巫女服の袖を捲った。
奈樹「気を付けます! 気を付けますから!」
蒼輝「ごめんなさい! ごめんなさい!」
芙蓉のビンタしようとする手が収まった。
芙蓉「男はいいかも知れないけど、女の子はもっと警戒心持って接しなさいよ? 奈樹みたいな子を放っておかない男なんていっぱいいるんでしょうから…」
奈樹「そ…そんなこと…それに私は蒼輝にしか…」
芙蓉「だったら人の家じゃなくて、アンタ達の家でイチャイチャしてなさいって言ってんのよ!」
芙蓉は怒鳴って注意した。二人は反省した。そして蒼輝がこの部屋へ運び込まれたことについて話を聞いた。
イーバ幹部のエビルを撃退した後、皆は屋敷へ戻って治療を受けていた。奈樹と風魔と刹那は比較的に軽傷、勾玉は膝黒一撃を受けた腕以外は軽傷。蒼輝は包帯を巻かれ、この部屋の布団で横にされた。マテリアも別室で眠っていて、桔梗と桜羅が看病しているという。
蒼輝「皆…無事なんだな…。あっ、そうだ芙蓉。ありがとうな」
芙蓉「何が?」
蒼輝「エビルを撃退できたのは芙蓉の力があってこそだったからさ…」
奈樹「芙蓉さん、ありがとうございました」
キョトンとして聞き返した芙蓉に対してお礼を言い、二人は座ったまま頭を下げた。
芙蓉「約束」
蒼輝「えっ?」
芙蓉「約束、守ってくれたでしょう?」
蒼輝「退屈させないっていう…」
すると芙蓉は立ち上がって、部屋を出ていこうとした。
芙蓉「私との約束は果たしたんだから…もう一つの約束に集中しなさい。それを言いに来たのよ」
蒼輝「もう一つの…約束…」
隣で座る奈樹を見た。奈樹を守る…いや、守り続けるという約束。
芙蓉「これで重荷、少しは軽くなるでしょう? 私は桔梗と桜羅がいれば退屈しない…大丈夫だから」
そう言って微笑み、部屋から出て障子を閉め、足音は廊下を歩いて行った。芙蓉の足音はもう聞こえない。
奈樹「……」
蒼輝「……」
二人は再び二人きりになって、顔を見合わせた。さっきの抱き締め合っていた光景が脳裏に蘇った。その気持ちの昂りせいか、蒼輝は奈樹のことを愛おしく思えて仕方なくなっていた。
蒼輝「その…さっきの…続き…?」
奈樹はハッとして顔を真っ赤にして立ち上がり、背を向けて障子を開けた。
奈樹「…ふ…芙蓉さんに人の家じゃダメって言われたでしょ…それに身体に響くかも知れないから休まないと…ね?」
蒼輝「あっ…」
奈樹は急いで廊下に出て障子を締め、小走りな足音を鳴らしながら去っていった。
蒼輝「……」
再び横になった。ちょっと残念な気持ちもあったものの、身体を休めることにした。
奈樹を守る。これからも、この先ずっと…イーバの驚異が無くなるまで。いや…もしかしたらその先もずっと…。今はエビルとの戦いが終わり、皆が無事だったという事実を実感することにした。
その後…別の一室にて。
刹那「奈樹様ー! あれ? お顔すっごく赤いよお?」
奈樹「そ…そんなことない…」
芙蓉「ふーん…結局続きしてきたんだ…」
奈樹「し…してません!」
芙蓉「そうだったの? まぁファーストキスは、もっとロマンチックな雰囲気や場所でしないとね」
奈樹「ファースト…。ふ…芙蓉さんはそういうのが理想なんですか?」
奈樹は散々冷やかされた反撃に出たつもりで言ってみた。
芙蓉「そうね。奈樹の様子を見てたら、自分もいつかロマンチックなシーンでしたいって、そういう感情を覚えちゃった」
奈樹「……」
刹那「あれー? もっとお顔赤くなってるよお?」
奈樹「な、なってない! 芙蓉さんの発言が大胆で驚いただけ!」
芙蓉「ふふっ、人を焦らそうとして墓穴掘ってるじゃない。奈樹はピュアなんだから、素直でいなさい」
顔を赤くした奈樹、それを眺める刹那。そして芙蓉は、この平和で和やかな時間を、退屈せずに楽しく過ごしていた。こうして悠久の島ノスタルジアは、しばらく平和な時間を過ごすことになるのであった。
蒼咎のシックザール 第一章 ノスタルジア エピローグ End