10-C -命を賭けた戦い-
奈樹と勾玉の危機に駆けつけた風魔。エビル装甲兵を瞬く間に一掃するが、エビルは新たにエビル重戦兵 アース・ゴーレムを呼び出す。風魔がアース・ゴーレムに苦戦している間に、勾玉に続いて奈樹がエビルに負傷させられる。風魔もエビルとアース・ゴーレムの連携攻撃で倒れた。
絶望的な状況になった時、皆を救うためマテリアは一族に伝わる術、召喚術を敢行し、幻召獣を呼び出した。
マテリア「白天衣人鳥・ツバサ…」
エビル「召喚術…E兵器には扱いが難しすぎたため、使用と開発を断念した高等術…。そうか…君が召喚術師だったか…」
マテリア「ツバサ! お願いするです!」
ツバサ「……」
白衣と羽衣を纏い、宙に浮いたまま真っ白な翼を広げる。
エビル「ちっ…」
エビルが構える。マテリアが指をさす!
マテリア「ホワイトフェザー・マーキング!」
ツバサの翼から羽根が発射される! エビルはアース・ゴーレムを盾にし隠れる! アースゴーレムに羽が刺さってゆく! アース・ゴーレムは呻き声を上げる。
エビル「驚かせてくれる…別段威力があるわけでも…」
マテリア「ツバサ! テンペスト・リムーブ!」
ツバサが力を込めて大の字で浮かび上がる! 刺さった羽根が発光しだし、風を纏った大爆発を起こしてアースゴーレムは粉々(こなごな)に砕け散った! アース・ゴーレムだった石と土の欠片が空から落下してくる。
エビル「バカな…一撃だと…」
奈樹「幻召獣…ツバサ…」
ツバサは奈樹を見る。奈樹も衣で隠れたツバサの目の辺りを見る。
勾玉「とてつもない…力だ…」
マテリア「次はアナタです!」
エビル「ふっ…重戦兵を舐めるなよ!」
地に転がった石と土が集まりだし、地響きと共にアース・ゴーレムが復活する。
マテリア「そんな…!」
エビル「粒子化していなければ死んでいない…これは常識さ」
マテリア「ツバサ!」
ツバサはもう一度羽根を放ち、アース・ゴーレムへ突き刺す! そして大爆発を起こして砕け散る!
エビル「無駄だ…」
再びアース・ゴーレムは再生する!
マテリア「無傷だなんて…」
勾玉「いや…無傷ではない…」
マテリア「えっ…?」
勾玉「僅かだが周囲に欠片が残っている…再生はできても何度も完全な姿には戻れないのだろう…このまま何度も攻撃すれば…! グッ…!」
勾玉が突如吹き飛ばされる! エビルが瞬時に走り寄り、掌打で勾玉を攻撃していた。勾玉は5、6メートルほど先で倒れる。
マテリア「勾玉さん! …諦めなければ…いつか倒せるはず…! ツバサ!」
エビル「無駄だと言ってるだろう! ゴーレムとは不死身だ! それが真理だ!」
奈樹「…ゴーレム…不死身…真理…」
ツバサはもう一度、アース・ゴーレムを破壊する! 徐々(じょじょ)に石と土が集まってゆく。
エビル「ほらね…無駄さ。この男を殺したら、次は君の相手をしてあげよう。それまで頑張って壊し続けることだね」
エビルは倒れている勾玉へ向かって歩いてゆく。その時、奈樹は再生しようとするアース・ゴーレムに飛びかかっていた!
エビル「なっ…!」
マテリア「奈樹!」
エビルが振り返る。奈樹の手には咎力が集約していた! 人差し指をアース・ゴーレムの一部へ向ける!
エビル「まさか…! 弱点に気付いて…!」
奈樹「アクア・スプラッシュ!」
指先から発射された激しい水圧がアース・ゴーレムの体内の一部へ放出され続ける!
アース・ゴーレム「グゴゴ…ゴゴ…ゴ…」
鈍く低い声を出しながら崩れ落ちてゆく。奈樹が攻撃を止めて離れる。
マテリア「これは…!」
奈樹「エメス…」
エビル「やはり…気付いていたか…」
奈樹「本で読んだことがある…ゴーレムを起動させるには呪文が必要と。
それは真理を意味する言葉、emeth…そしてゴーレムを破壊する呪文…それは頭の文字を消し、死を意味する言葉、methへ変化させること…」
マテリア「その言葉が体内に隠されて刻まれていたですね…!」
奈樹「そうよマテリア…マテリアが使った召喚術の力で破壊してくれたから…倒すことができた…!」
マテリア「奈樹…!」
マテリアは嬉しかった。自分が、自分の力が役に立てたと言うことが。その表情は喜びに染まっていた…しかし、その直後に状況は変化する。
マテリア「…ッ…!」
奈樹「マテリアーーーーッ!」
奈樹は叫んだ。マテリアは小さく丸まったような姿勢で宙を舞っていた。
エビル「調子に乗るなよ…召喚術師 風情が!」
マテリアが居た位置には片足を上げたエビル。膝黒一撃がマテリアの腹部に炸裂していたのだ。マテリアは地に倒れ、腹部を両手で抱え蹲った後、気を失って動かなくなる。
術者が召喚術を維持できなくなり、幻召獣・ツバサが消滅する。
奈樹「マテリア…! マテリア…!」
エビル「人の心配している場合じゃないだろう?」
奈樹は背後から影に覆われた。
奈樹「…!」
倒壊しかけのアース・ゴーレムが奈樹に覆い被さり、上へのしかかろうとしていた。
エビル「自分が粒子化している間に常識くらい覚えておくといい…粒子化していなければ死んでいない…とね」
奈樹「あ…あぁ…」
これ以上、抵抗する意味はあるのだろうか。皆が倒れた。奈樹の瞳からは光が消えていた。エビル相手に一人で立ち向かう勇気が奈樹には無かった…。いっそ、このまま潰されてしまったほうが…。そう頭を過った。
アース・ゴーレム「グォォオオオオ!」
大きな声を上げながら倒れ込んでくる! 奈樹は目を強く閉じた!
ドゴォォォォォォォン
アースゴーレムは大きな揺れを伴いながら倒れた。
奈樹「…?」
奈樹は無事だった。目を少しずつ開けると、アースゴーレムは縦に二つに分かれ、左右に倒れていた。奈樹の前に人の影があった。その手には剣が握られていた。
「陰式…日没落とし」
奈樹「……!」
奈樹の瞳に光が戻った。
蒼輝「大丈夫か…? 奈樹…」
倒れたアース・ゴーレムの後ろに立つように蒼輝がいた。アース・ゴーレムは光となり、粒子化してイーバへ送還された!
奈樹「蒼輝…!」
エビル「まさか…復活してくるとはね…」
蒼輝はエビルを見る。
蒼輝「まぁな…かなり効いたぜ」
奈樹は立ち上がり、エビルに向き合う。
蒼輝「勾玉…」
仰向けに倒れた勾玉を見る。
蒼輝「風魔…」
うつ伏せに倒れた風魔を見る。
蒼輝「マテリア…」
蹲って倒れたマテリアを見る。
蒼輝「刹那…」
芙蓉達の所で倒れた刹那を見る。
奈樹「蒼輝…」
エビル「仲間の仇でも取るつもりか? 言っただろう? 君じゃ僕には勝てないと」
蒼輝「勝てないな…あの一撃を喰らってハッキリわかった」
弱音を吐きながら再びエビルを見る。
蒼輝「勝てない相手って知ってても皆立ち向かったんだ。勇気を出して立ち向かったんだ…俺は奈樹を…皆を守る!」
エビル「そういった信じる言葉は無意味だってこと…教えてあげよう」
蒼輝「無意味なんかじゃない! それを俺が証明してみせる!」
そう言って蒼輝とエビルがぶつかり合う! 攻撃をして、それをいなし、防御し、反撃する。その攻防が二人の間で行われていたが、やはり攻勢はエビル。 奈樹もエビルへ向かって蒼輝の加勢に入る!
蒼輝「グッ…!」
二人で攻めるがエビルは巧みに攻撃を回避する。決して怯まない。それどころか傷すら負わせることはない。倒れこそしないが攻撃を喰らい徐々にダメージを受ける蒼輝。うまく二人掛りの攻めを受け流しながら、蒼輝にだけ攻撃を当てていくエビル。
奈樹「ライト・シールド!」
放たれたエビルの膝。奈樹が咄嗟に光の防壁を張る! 蒼輝は吹き飛んで倒れる。
蒼輝「ぐ…くそ…」
腹部を押さえながら上体を起こす。先程から打ち込まれた攻撃により、頭から血が流れてきている。
奈樹「蒼輝!」
エビルから距離を取り、蒼輝の元へ向かう。
蒼輝「ハァ…ハァ…」
蒼輝だけじゃなく、奈樹も肩を上下させ息が上がっている。エビルがゆっくり近付く。蒼輝の側頭部を蹴り飛ばす!
蒼輝「…!」
奈樹「蒼輝!」
5メートルほど吹き飛び、倒れる。しかし蒼輝は起き上がる。
エビル「まだ諦めないのかい? ここまでの実力差があるのに」
蒼輝「諦める…かよ…」
ゆっくりと立ち上がる。エビルはイライラしていた。ここまでノスタルジアに居る者達がしぶといと思っていなかったからだ。エビルは蒼輝の腹部に膝黒一撃を喰らわせた!
奈樹「蒼…輝…!」
蒼輝は吹き飛んで倒れる。奈樹は絶望感から、駆け寄る気力も失って座り込んでいた。しかし蒼輝はゆっくりと上体を起こして、腹部を押さえながらフラフラと立ち上がった。
エビル「バカな…!? クリーンヒットした…手応えはあった…! なのに…何故一撃で気絶したような奴が耐えられる…!?」
エビルは信じられない…と言った表情だったが、すぐさま憎悪に満ちた表情へ変わる。走り出し、再び膝黒一撃を蒼輝に喰らわせた! 再び宙高く蒼輝が吹き飛び、地に落ちてゴロゴロと転がって倒れる。
奈樹「蒼輝ーーーーッ!」
エビル「ハァ…ハァ…これで間違いない…奴は…」
蒼輝「約束したんだ…守るって…」
小さな声で聞こえた。蒼輝の意識は残っていた。そして、尚も立ち上がろうとした。
奈樹「蒼輝…もういい…! 立たないで! このままじゃ本当に…」
蒼輝「約束…したんだ…追っ手が来たら…守るって…。退屈…させないって…」
芙蓉「…!」
桔梗と桜羅といた芙蓉にも、その声は届いていた。
蒼輝「約束…した…んだ…」
エビル「くだらないな…そんなにも誰に、なにを約束したというんだ?」
蒼輝「…約束ってのは誰かとするものだって…ずっと思ってた…」
蒼輝は立ち上がり、顔を上げた。
蒼輝「けど違うんだ…誰かに強要するんじゃない。約束は…自分の心に誓うものなんだ…」
奈樹「蒼輝…」
奈樹を守ると約束した。それは奈樹に何かをさせるわけでもなく、自分自身が奈樹を守ると決意し、誓った言葉。
芙蓉に退屈させないと約束した。それも芙蓉に何かを強要させるわけではない。自分自身に誓った言葉。
蒼輝「約束がなきゃ…こんなに立ち上がれねぇよ…。自分に誓っていたから…無理してでも頑張れるんだな…やっとお前の気持ちが…わかった気がしたぜ…カノン」
心身ボロボロでもいつも頑張っていたカノン。遠い日に蒼輝に笑顔でいるように約束し合った。人に笑顔を望むのであれば自分が出来ていなくてはならない。カノンは自分に誓っていたのだろう。誓っていたからカノンは笑顔で満身創痍だった。
蒼輝「俺は…守るんだ…皆を…奈樹を…。俺は…この想いがあれば恐れずになんだってできるって信じてる…」
しかしダメージは大きく、足はフラフラで立っているのもやっとだった。
エビル「信じるだと…? そんなモノは無意味だ! なら神でも女神でも信仰して祈ってみろ! 今、この状況を覆すモノは信仰ではない! そんなくだらない感情…僕が壊してやる!」
エビルは蒼輝へ走って行く!
奈樹「蒼輝! ダメーーッ!」
次の一撃で蒼輝は死んでしまう。そう感じていた奈樹は目を閉じて叫んだ。
エビル「死ね!」
走るエビル! 動かない…いや動けない蒼輝。その前に一人の影が両手を広げて立ち塞がった!
エビル「!」
エビルは急停止する。
蒼輝「…!」
エビル「そこを退くんだ…」
蒼輝の前には黒い髪が靡いていた。芙蓉が蒼輝の盾になるように、両手を広げていた。凛とした一切の恐れを持たない表情でエビルを見ていた。
桔梗「芙蓉ちゃん!」
桜羅「ふ…芙蓉ちゃん…! 危ないよ…!」
遠くから叫ぶ二人。しかし芙蓉は動かなかった。
芙蓉「私ごと蹴り飛ばさないの?」
エビル「望むのであれば、そうしてあげるよ?」
芙蓉「嘘」
エビルの眉がピクリと動く。
奈樹「芙蓉さん…」
芙蓉「私に手を出せないんでしょ?」
エビル「そんなことはないさ。極力手を加えずに帰還させたいとは思っているがね」
芙蓉「私に…粒子化できるほどの生命力が残っているか…わからないんでしょ?」
蒼輝「芙蓉…」
エビル「それがどうした? だからって何もできることは…」
芙蓉「命を、賭けられるわ」
蒼輝「芙蓉!?」
奈樹「芙蓉さん!」
芙蓉が前に咎力を溜め始める。エビルが後ずさりをする。
エビル「バ…バカな真似はするなよ…? それを使えば寿命を縮めることになる…自分が一番知っているはずだ…」
芙蓉「この島の皆が命を賭けて…私を、奈樹を守ろうとしたんだから。私も命を賭ける。たった今その覚悟ができただけよ」
黒く禍々(まがまが)しい咎力の球体が、両腕で上下に広げた芙蓉の前に発生する! 凄まじい圧力で皆が吹き飛ばされそうになる。
エビル「よせ…! やめろ…!」
芙蓉「邪術…邪葬開花!」
球体だった邪術は開花した花弁のように広がりながらエビルを包み込む! 伸縮しながら内部で破壊活動を行う!
「ぐああああああッ!」
中からくぐもったエビルの声が響く! しばらくすると花弁の中からエビルがゴミのように吐き出され、ゴロゴロと転げ回って倒れる。
蒼輝「芙蓉…お前…」
芙蓉「いいのよ。使ったからってすぐに死ぬわけじゃないから。この島に来て退屈じゃなくなった…皆にはお世話になった…それに」
芙蓉はチラッと蒼輝を見る。
芙蓉「これからも…皆にお世話になるから」
蒼輝「芙蓉…」
蒼輝は身体中の痛みを我慢して、微笑んだ。
芙蓉「血塗れで笑ってたら気味悪いわよ?」
蒼輝「ハハッ、違いないな」
それでも蒼輝は笑った。
エビル「クッソ…クソ…」
メガネにヒビが入り服がボロボロになったエビルが、ゆっくり立ち上がる。
エビル「殺してやる…全員…殺す…!」
芙蓉「!」
蒼輝「まだ…動けるのか…!」
二人は身構えた。
奈樹「聖術…解放…!」
奈樹を白い炎のオーラが包み込む! しかし焦っているからか、その揺らめきは安定しない。
エビル「遅い…! まずは奈樹…貴様を殺してやる!」
蒼輝「奈樹…!」
エビルが奈樹に向かって走る!
ドゴォォォォォォォ!
突如、奈樹とエビルを遮断するように炎の壁が現れる!
エビル「なっ…!」
奈樹「この炎は…!」
エビルが炎の壁を前に立ち往生する。勾玉が倒れたまま顔を上げ、奈樹とエビルの間に向けて手を向けていた。
エビル「く…! 邪魔をするな!」
そう叫んだ瞬間、地面からエビルの周りに厚い水の壁が出てきてエビルを閉じ込めた! 遠くで刹那が座り込み、地面に手を当てていた。
刹那「奈樹様…! 今の内に…!」
水牢 ‐ウォーター・プリズン‐でエビルを拘束する刹那。その間に奈樹は聖術を扱う為に咎力を溜めて安定させる。
芙蓉「私も力を貸すわ」
奈樹「芙蓉さん…!」
奈樹と芙蓉が背を合わせて肩を並べ、一点へと手を向ける。向ける先は炎の壁。
エビル「こんなもので拘束できると思うな!」
膝蹴りを水の壁へ当てる! 膝黒一撃はいとも簡単に水牢を破壊した! 勾玉のファイア・ウォールも限界となり、炎が消えてゆく。
エビル「ハァ…ハァ…さぁ、奈樹…殺してやるぞ…!」
炎の壁が消えた先には、奈樹と芙蓉がエビルに向かって手を向けていた。
エビル「…!」
二人の息はピッタリだった。
芙蓉「邪術…邪葬開花!」 奈樹「聖術…セイント・バースト!」
二人の禁術がエビルに発射され、邪術の花弁に包まれた後、白い爆発が内部を包み込んだ!
奈樹「……」
芙蓉「……」
邪術の花弁が無数に飛び散った後、上の服が完全に無くなっていて、まるで赤い服を着たかのように血塗れでボロボロになっているエビルが立っていた。
エビル「ハァ…ガハッ…。やって…くれたな…。だが…君達の禁術は未完成だ…この程度なら…」
エビルを背後から影が包み込む。エビルが何事かと振り返ると、その正体を認識した。
蒼輝「陰式…日没落とし…!」
ジャンプして高い位置から陰剣ブレイド・シャドウを振り下ろし、エビルを一閃し切り裂いた!
エビル「がっ…!」
既にボロボロの蒼輝はまともに着地できず、その勢いから倒れながら奈樹と芙蓉の足元へ転がる。急いで奈樹は座り、蒼輝を抱き起こす。
エビル「ぐ…うぐ…」
蒼輝達に背を向けてフラフラと歩き、地に手を付く。
エビル「ハァ…ガフッ…! まさか…この…僕が…。覚えていろ…しばらくはこの島に手を出せないが…次こそ…必ず…」
吐血したエビルは粒子化とは違う光に包まれ、イーバへと向かって飛んでいった!
そして…しばらくの静寂。辺りを包んでいた霧は晴れ、曇っていた空も晴れてきていた。雲間から柔らかい陽が差し込んでいた。
蒼輝「終わった…な…」
奈樹「えぇ…」
奈樹に膝枕をされている蒼輝が言った。奈樹もクタクタだったが、今は戦いが終わった安心感で疲れなど忘れていた。芙蓉は近くにいた勾玉に向かって行った。
芙蓉「大丈夫?」
勾玉「まったく…こんな激戦だと…退屈…しないものだな…」
ゆっくりと上体を起こす。
芙蓉「それ、私の口癖なんだけど?」
芙蓉は『ほんと退屈しないわね』と言いたげに、柔らかく笑った。ボロボロながらも随分と回復した刹那はニコニコしながら、奈樹の所へ歩いてくる。
刹那「やったね…奈樹様…」
奈樹「刹那…よかった無事で…。そうだ…マテリアは…!」
桔梗「こっちのお姉ちゃんは大丈夫だよー!」
桜羅「あっ…まだ動かないようがいいよ…」
マテリアも意識が戻っていた。風魔はいつの間にかさっきまで倒れていた場所で座っていた。それを見て皆が無事だと安心した。
風魔「…やれやれ…」
一人離れて皆を見ていた。そしてエビルの飛んでいった、イーバのある方向の空を見た。そして誰にも聞こえないように小声で独り言を呟いた。
風魔「…奈樹と芙蓉…あの二人が追い払ってくれてよかったよ…」
自分の手を見た。
風魔「まだ早い…まだ皆の前でアレを解放するわけにはいかない…。早めにやられたフリしといて正解だったな…」
風魔は心の底から安堵していた。まだ、他の者に明かしてはならないことがあったからだ。
風魔「しかしイーバ幹部か…」
立ち上がってズボンに付いた尻の土をパンパンと叩いた。
風魔「…あの程度なんだ…」
奈樹「蒼輝…」
膝枕されながら頭を撫でられている。その蒼輝が見上げた先には奈樹の顔があった。心配している表情だった。
蒼輝「奈樹…これからも…俺が守るからな…」
蒼輝が小指を立てて言った。奈樹はその小指に、自分の小指を絡ませ、精一杯の微笑みを蒼輝に送った。
その奈樹の笑顔を見て、蒼輝も笑顔になった。しばらくの間、二人の小指は結ばれていた…。
第十話 -命を賭けた戦い- End
蒼咎のシックザール 第一章 完