第5話 ガラクタの要塞
冷たい雨がトタン屋根を叩く音が、絶えず響いている。
スラムの最奥、半分崩れかけた教会の跡地が、セコットやミーアたち孤児の「家」だった。
隙間風が容赦なく吹き込み、床には湿ったボロ布が敷かれているだけの劣悪な環境。冬になれば、毎朝誰かが冷たくなっているのがスラムの日常だ。
しかし今夜、孤児たちの顔にはかつてない笑みが溢れていた。
「すっげえ! 肉だ! 本物の肉だよ!」
「パンもしけってない……噛めば噛むほど甘い味がする……っ」
ガルドとの取引で得た硬パンと干し肉を、孤児たちが涙ぐみながら頬張っている。
生ゴミではない、本物の食料。
その様子を壁際で腕を組んで眺めながら、ルイスが小さく鼻を鳴らした。
「……たかが干し肉で大騒ぎだな。だが、悪くない顔だ」
「ルイスだって、さっきパンを食べる時、手が震えてたじゃないか」
「なっ、馬鹿を言え! 僕はただ、久しぶりの乾燥した食感に少し……」
むきになって言い訳をするルイスを横目に、セコットは残ったパンの欠片を飲み込み、大きく息を吐いた。
(腹は満たされた。次は『睡眠』だ)
前世の記憶を持つセコットにとって、この隙間風だらけの廃墟での睡眠は、拷問に等しかった。
体温を奪われ、常に誰かに襲われるかもしれないという恐怖で浅い眠りしか得られない。人間らしい尊厳など欠片も存在しない地獄だ。
「ルイス、ミーア。明日から本格的に『防衛設備』と『暖房』を作る。ガラクタの回収リストを更新するよ」
「防衛設備? 暖房だと?」
ルイスが怪訝な顔をした。
翌日。
セコットの指示で集められたのは、富裕層が捨てた『魔導温水器』の壊れたヒーターコアと、無数の『魔力蓄電器』、そして大量の銅線だった。
セコットはまず、浄水器を作った時と同じように、パイプを教会の床に這わせるように張り巡らせた。
「ただ火を焚くだけじゃ、煙で息が詰まるし熱が逃げる。だから、このパイプの中に水を通して、一箇所で熱したお湯を循環させるんだ。前世……いや、僕の頭の中にある『床暖房』の仕組みさ」
微弱な錬金術でパイプを繋ぎ合わせ、ヒーターコアの残骸を再利用して熱源とする。
さらに、教会の入り口や崩れた壁の隙間に、拾ってきた魔力蓄電器と銅線を張り巡らせた。
「こっちは『電気ショックの罠』だ」
「でんき、しょっく?」
「魔力蓄電器の中に残ってる微弱な魔力を、僕の錬金術で『雷属性』に変換して溜め込んでおく。もし夜中にゴロツキが不法侵入してこの銅線に触れたら……一瞬で全身の筋肉が麻痺して気絶する」
数時間後、作業を終えたセコットが熱源に火を入れた。
しばらくすると、床を這うパイプからジワジワと確かな『熱』が広がり始めた。
隙間風の冷たさを打ち消し、廃墟の中が嘘のようにポカポカと暖かくなっていく。
「……なんだこれ。魔法使いがいないのに、部屋中が暖かい……」
ミーアが床に手をつき、目を丸くした。他の孤児たちも、暖炉の前に集まる子猫のようにパイプの周りに群がり、心地よさそうに目を細めている。
ルイスはその光景を見て、またしても背筋に悪寒に似た戦慄を覚えた。
(……ただの子供の工作じゃない。暖かさと安全。これは、スラムの人間が最も飢えているものだ)
ルイスはセコットの隣に立ち、声を潜めた。
「……工場長。お前、分かってやってるのか?」
「何を?」
「これを見た孤児たちは、もう二度とお前を裏切れない。美味しい水、食料、そしてこの暖かさ。お前はたった数日で、この子供たちの『絶対的な支配者』になったんだぞ」
スラムにおいて、暴力による支配はいつか覆される。しかし、胃袋と快適さを握られた者は、決して反逆できない。
ルイスの言葉に、セコットは幼い顔でふふっと笑った。
「支配だなんて大げさだよ。僕はただ、自分が安心してふかふかの布団で寝たいだけさ。……でも、人手が足りないのは事実だ。これからはもっと大規模な『ゴミの仕分け』と『部品の調達』が必要になる」
セコットの目には、単なる生き残りではなく、このスラムそのものを自分たちの巨大な「工場」に変えてやろうという野心が燃えていた。
「ルイス、僕たちの組織を大きくしよう。このスラムで飢えてる孤児たちを、あと数十人ほど引き抜いてきてくれないか?」
悪魔のような5歳児の提案に、ルイスは口角を吊り上げ、獰猛に笑い返した。
「……いいだろう。この『温かいアジト』と『美味い水』を見せびらかせば、スラムのガキ共なんて一瞬で僕らの兵隊になるさ」




