表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

第1話 泥水スープの絶望とゴミ山からの覚醒

 灰色の空からは、いつも油まじりの冷たい雨が降っていた。

 肺の奥までこびりつくような、鉄錆と腐敗の臭い。

敗戦国ジュラスの最底辺に位置するスラム――通称『ゴミの国』。

 戦勝国や、壁の向こうに住むこの国の富裕層たちが吐き出した「贅沢なハイテク魔導具の残骸」が、巨大な山となってそびえ立つ場所。


「……っ、痛ぁ……」


 鋭利な鉄くずで指先を切り裂きながら、5歳のセコットはゴミの山を這いつくばっていた。

ガリガリに痩せ細った小さな体には、ボロ布のような服がへばりついている。

 セコットは捨て子だった。

 親の顔は知らない。

 このスラムで生き残る方法はただ一つ。

 ゴミ山の中から、まだ魔力がわずかに残っている部品や、稀に混ざっている希少金属・マナメタルの欠片を拾い集め、大人たちに売ることだ。

 対価は、壁の向こうから回ってくる残飯生ごみの配給。


(今日も、これっぽっちだ……)


泥まみれの手の中にあるのは、小指の先ほどの濁った金属片だけ。

これでは、今日の分のパンの耳すら貰えないかもしれない。

空腹で視界がチカチカと点滅する。

限界だった。

フラフラと立ち上がろうとした、その時だ。

ギシッ……という、嫌な音が頭上から響いた。

見上げると、バランスを崩した巨大な魔導エンジンの残骸が、セコットの小さな体に向かって落下してくるのが見えた。


(あ、死ぬ)


逃げる体力すら残っていなかった。

凄まじい衝撃と激痛が全身を貫き、セコットの意識は深い闇へと沈んでいった。




――温かいお湯が張られた、清潔な白いバスタブ。


――炊飯器から立ち上る、甘くふっくらとした白米の香り。


――ふかふかの羽毛布団と、雑菌一つない清潔な衣服。


(……なんだ、これは?)


闇の中で、セコットの脳髄に『あり得ない光景』が濁流のように流れ込んできた。

魔法など存在しない世界。代わりに「科学」という論理が全てを解決し、蛇口をひねれば透明な水が出て、誰もが飢えることなく眠りにつける狂ったような楽園。

『日本』という国で生きていた、大人の男としての記憶。


「セコット! セコット、目を開けて!」


頬をバシバシと叩かれる痛みで、セコットはパチリと目を覚ました。

視界に飛び込んできたのは、煤と泥にまみれた見慣れたスラムの光景。そして、泣きそうな顔で自分を覗き込む、同じ孤児の少女の顔だった。


「よかった……! ゴミが崩れて下敷きになったって聞いて、もうダメかと思った……!」


ズキズキと痛む頭を押さえながら、セコットはゆっくりと身を起こした。

奇跡的に、落ちてきた残骸の隙間に体がすっぽりと収まっていたらしい。打撲と擦り傷はあるが、骨は折れていなかった。


「……心配かけて、ごめん」


自分の口から出た言葉に、セコット自身が一番驚いた。

5歳の子供の発音だが、頭の中は完全に『前世の大人』の思考に切り替わっている。


「無事でほんっとうに良かった!ほら、これ食べな! 少しだけど、今日の配給の分け前だよ。温め直したから!」


少女がホッとしたような笑顔を見せ、欠けた木の椀をセコットに差し出した。

そこに入っていたものを見て、セコットは息を呑んだ。

濁った灰色の液体。

得体の知れない野菜のクズ。色が変わった謎の肉片。

それらがグチャグチャに煮込まれ、酸いような、腐りかけのような強烈な異臭を放っている。

富裕層が食べ残し、ゴミ箱に捨てたものをかき集めて煮込んだ、スラムの孤児たちにとっての『命のスープ』だ。

昨日までのセコットなら、これを涎を垂らして奪い合うように食べていた。


しかし――。


(……ウッ……!)


日本の清潔な食文化、食品衛生、そして『本物の美味い飯』の記憶を思い出した今のセコットにとって、それは完全に「生理的限界を超える生ゴミ」でしかなかった。

胃液がせり上がり、本能が全力で摂取を拒絶している。


「どうしたの? 早く食べないと、他の奴らに取られちゃうよ?」

「……いらない」

「えっ?」

「ごめん。今は、食えない……」


椀を押し返し、セコットは自分の両手を見つめた。

泥と血にまみれた、小さくて非力な5歳の子供の手。

この国には「魔法」があるが、セコットが持つ魔力など、ロウソクの火を灯せる程度のちっぽけなものでしかない。


(だけど⋯もう絶対に嫌だ)


こんな泥水をすすって、ゴミに埋もれて凍え死ぬだけの人生なんて、絶対に御免だ。

とりあえず安全で清潔な家ら絶対に欲しい。

腹を下さない綺麗な水が飲みたい。

まともな肉を焼いて食いたい。

セコットの瞳に、これまでの怯えた捨て子のものではない、大人の暗い炎が宿った。


(ここには、前世にはなかった『魔法で動く機械の残骸』が山ほど捨てられている。なら……)

大人の知識と、この世界のガラクタを組み合わせれば、何かができるはずだ。


必ずこの地獄から這い上がり、生き残ってやる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ