3.騎士との再会
「えっマリーが家畜の世話もされているのですか?」
「そうです。最初は人を雇っていたのですけど父の趣味に近いものなので、そこまで大変ではなかったから私が始めました」
木々の隙間から光が零れ落ちる中、私は当たり前のようにリゼル様と昼食をとっていた。
初めて顔を合わせて以降、訓練所で見かけては、一緒に食事をとろうと誘われるようになった。彼も「食べる相手を探していたんだ」と、軽食を持って訪れるようになったため一緒にご飯を食べている。
彼との昼食時間は面白かった。リゼル様が話す話題は、王都の話が中心で、特に騎士団の話は胸をワクワクさせながら聞いている。
リゼル様は幼い頃から王城で暮らしているらしい。立場上、姓を明かせないことを謝られたけれど、私は気にせず話をして欲しいと頼んだ。
彼のサファイヤの瞳を見つめるたびに、とある考えが私の中に浮かび上がるけれど、考えてはすぐに否定した。あり得る筈がない、と。
リゼル様は私の話を聞きたいと仰るので、田舎暮らしの話しかないと伝えたけれど、それでも聞きたいと言うので、今もその話をしている。
今日の話題は、父が趣味で始めた家畜の世話について。そんなことまで話す令嬢もどうなのかと思うけれど、リゼル様は楽しそうに聞いてくれて、「それで?」なんて話の続きを聞きたがるものだから、私もついつい話を続けてしまう。
「あとは村で収穫があると私も手伝ったりしていますよ」
「エディグマでは何が特産ですか?」
「そうですね。一番は小麦です。収穫したばかりの小麦で作ったパンはとても美味しいです」
何もない田舎町のエディグマでの話題なんて、そんなに無いはずなのに、リゼル様が興味深そうに聞いてくださるから次々と話題が生まれてくる。
「いいな。僕も行ってみたい。貴女の故郷ならきっと素敵なところなのでしょう」
「そんな、本当に何もないところですから。来ても面白くないかと」
「そう? 君の話を聞いていると、とても魅力的な場所だよ」
リゼル様の言葉からお世辞は感じられない。本当に行きたいという気持ちを伝えてくれる。それがまた嬉しい。
食べ終えた昼食を片付けた後、休憩が終わるまで二人で会話を続けている。
本当なら、こうして男女が二人きりで会話を続けることも憚られる事ではあるけれど、訓練所は騎士以外に訪問する者はいない。聞けば、最近騎士の部隊が遠征に行っているらしく、そのため訓練所に人が訪れて来ないのだとリゼル様から教えてもらった。
「騎士団に所属されているわけではないのですね」
「うん。アルベルト……団長には幼い頃から良くして頂いているから、その縁でこうして訓練所の使用も許されているんだ」
「アルベルト様ですか」
その名前に私は胸がざわついた。
前世、ローズマリーの友人であり騎士であり、大切な人だったアルベルト。
「そう。剣を子供の頃に教えてくれたのも彼で……マリー?」
私の表情を見てリゼル様が声を掛ける。
いけない。動揺が顔に出てしまったかも。
「何でしょう?」
「うん……具合が悪そうに見えて……大丈夫?」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ? アルベルト様を兄のように慕っていらっしゃるのですね」
「そうだね……」
あれ?
私は次第に花がしぼむように表情が消えていくリゼル様を不思議に思いながら見つめた。
私以上に表情が変わっているのではなかろうか。
「リゼル様?」
心配になって名前を呼ぼうと思ったけれど、先に彼の名前を呼ぶ人がいた。
低音な声。
私とリゼル様は同時に顔を見上げた。
そこにはアルベルト様が立っていた。
「訓練中ですか? 私も休憩中なので、良ければ訓練にご一緒しても?」
穏やかな顔立ちは前世に見ていた頃から何一つ変わらない。年月が経ったことで青年の頃の面影はなく、一人の男性となっているけれど、ローズマリーの知るアルベルトがそこにいた。
「団長殿自ら声かけて頂けるなんて有難いお誘いなのですが、今は彼女ともう少し話をしたいので、今日はお断りするよ」
「えっ」
「えっ」
同時に出た声は、私とアルベルト様のものだった。
さっきまでの表情とは全く違ったリゼル様の笑顔。清々しいほどに微笑んでいらっしゃった。失礼ながら不気味なぐらい。
「……そうですか。では、またの機会にしましょう」
「ええ、ぜひ」
リゼル様と話していたアルベルト様が、ふと私の方を見る。こうして間近に顔を合わせるのは、生まれ変わってから初めてのことだった。
「貴女は?」
「申し遅れました。マリー・エディグマと申します」
私は失礼がないよう立ち上がり、丁寧にカーテシーをした。そのしぐさに、同時に二人からの視線が刺さる。
そういえばリゼル様にはちゃんとした挨拶なんてしていなかった。もしかして失礼なことだったかも。
そんなことを考えていたら、普段不愛想だったアルベルトが小さく笑った。
「貴女がエディグマ嬢か。騎士団長のアルベルトです。貴女の噂は騎士団でよく耳にしています」
「え……?」
「どういうこと?」
私だけではなく、何故かリゼル様も聞いてきた。
「訓練をしていると、時々可愛らしい侍女がここで昼食をとっていると噂になっていたんですよ。おかげで貴女がいる時間の団員は士気が上がって日頃より訓練に力が入っているらしい」
「そうなんですか……」
なんてことだ。遠くから覗いているだけだから、気づかれていないと思っていたのに。
私は恐縮してしまって頭を下げるしかなかった。
「どうか、遠慮せずにこれからも見てやってくれませんか? 団員達には仕事中には絶対に声をかけるなと口酸っぱく言っていますので、貴女の邪魔をするような者はいないと思います」
アルベルト様の視線が面白そうにリゼル様を見ていた。
「僕は彼女の邪魔をしているつもりはないよ」
「そうでしょうね。とても楽しそうな様子で話していましたから」
二人のやり取りを見て、本当に兄弟のような雰囲気が見えた。お互いに心を許しているような間柄なのかもしれない。
遠くから鐘の音が響く。時刻を知らせる鐘。
休憩時間が終わる合図でもある。
「アルベルト様、お邪魔いたしました。それでは、リゼル様。またお会いしましょう」
「明日もここに?」
「ええ。その予定です」
「それならまた明日も来るから昼食を一緒に食べよう」
「はい。それでは、失礼します」
二人に頭を下げてから、私は急ぎ足に王宮へ向かう。
訓練所からだいぶ離れたところでふと、後ろを振り返れば二人は何かを話している。
びっくりした。
まさかアルベルト様と話すことがあるなんて。
当たり前だけれど、彼は私に気づくことはない。生まれ変わった身だ。記憶は引き継いでも別人であることに変わりはない。
私も、彼にローズマリーであったことを告げるつもりはない。
ローズマリーの死後も、こうして生きていることが、私はとても嬉しかった。
それだけで十分だった。
「それにしても……団員の方に気づかれていたなんて……」
仕事を始めてから暫く訓練所の近くで昼食をとっていたけれど、今まで一度も話しかけられたことがないし、特に不審がられることもないのをいいことに利用していたけれど。
「まさか噂されているなんて……」
顔が熱いのか寒いのか分からない。とにかく恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
本音は、そんな話を聞いてしまったら、もう訓練所でご飯なんて食べれないのだけれど。
『また明日も来るから昼食を一緒に食べよう』
そう、私を誘ってくれたリゼル様の顔を思い出す。
そして頷いてしまった、思わず。
毎日のように顔を合わせるようになったリゼル様との昼食を楽しんでいる自分がいることに。
私は戸惑いを感じつつも、気持ちに素直に従うことにした。